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境界防衛  作者: 蓑火子
採用選考過程にて
40/131

第40話 調和させる女/調整する男

 軍司令官が殺害に値しないという考えは、彼が卑しい小物である事実にのみ偏った、早計な思い込みかもしれない。彼には、敵を退ける不思議な能力が間違いなく備わっているが、もしそれがウビキトゥによるものなら?クララから取り上げたウビキトゥとは異なり、太子なら欲しがりそうな効果だ。


「クララ、あなたが報酬の支払いを委託した相手は、誰ですか?」

「町のならず者です……生涯現役のシュヴァルツェルトと名乗ってましたが」

「あ、知ってる」


 タクロが反応した。


「何者ですか?」

「昔は戦士だったおっさんすね。光曜に出て結構稼いだと自慢して顰蹙を買ってましたが、戦争中の今は損の方が多いはず。ケチで小心なヤツすよ」

「この件で、逮捕してみては?」

「蛮斧世界では、証言のみで逮捕できません。誹謗中傷が飛び交っていて、キリがないから。逮捕するくらいなら殺した方が手っ取り早いんです」

「あら、前は誹謗中傷で非難されるから、大それたことは言えないと言ってませんでしたか?」

「はは、蛮斧世界にも上と下があるんですよ。コイツには下の事情が当てはまります。私同様にね」


 成る程、びっくりな発言だが納得でもある。


「タクロ君が税務調査に入ったのは?」

「天声人語かたりのプファイファーというダニです。補給隊と親しく強盗、誘拐、特に密輸入に精をだしているってことくらいしか」

「案件が二つあったと仮定して、クララが用意した暗殺集団はもう一つの依頼も受けたのかもしれません。二つこなせれば、稼ぎとしては合理的ですから」


 我ながら大胆な想像であるが、心の様子から見るに、クララはもう嘘をついていない。ならば、


 クララ→暗殺集団→生涯現役男→マリスを狙う

 ?→暗殺集団→天声人語かたり→軍司令官を狙う


という事があったのかもしれない。仮説だが。


「そうだ。そうに違いありません」

「おうおう、適当なこと言ってないか?」

「そんなことは」

「乗っかって良い目が見れっかよ!」

「い、いい加減にしろ!」


 抗議するクララを見下すタクロ。やや演技がかかっているように、つまり卑しさを見せている。


「おうおうおう一丁前に。ならお前、暗殺集団を止めてこいよ」

「あんたが私のアジトに入ったから、もう散っているはずだ。そういう手筈にしていた」

「ふーん、もはや責任とれねえと?」


 タクロは陰険な目付きを作って、続ける。


「おらぁコイツの性根を信頼してない。昨日まで宰相閣下を殺す気でいたくせによう」

「くっ、い、今だって……」

「なんだよ?きこえないなあ」

「……」


 私はクララの持つ恐怖の感情を増幅させた。今は私に逆らえまい。そして、おれが暗殺女をイジメても女宰相は知らん顔ですか?という顔のタクロ。まあ、暗殺集団はまだ何もしていないし、私の殺害は諦めるかもしれない。ならば、だ。


「放置ですね」「放置だな」

「えっ」


 これは愉快。私とタクロの発言が重なった。彼は私を見てニヤリと笑った。私も微笑んでおこう。


「まあ宰相閣下は強いし、ウチの軍司令官が殺されても別に不都合はないし」

「ええ……?」


 極論そういうことだ。クララは、彼の忠誠心の欠如に信じられない、と言う呆れ顔をしているが、今この話は進まない。とりあえずは手仕舞いだろう。


 意見通じたのが嬉しかったのだろう、タクロはまだ、私を見てニヤニヤしている。




「というわけで閣下、今日これからウチのエルリヒともう一人、挨拶させますよ」


 何が、というわけで?という顔の暗殺女。が、女宰相の目は輝いた。それはまるで星のように美しい、とは流石に恥ずかしくて言えない。


「是非。今からでもお願いします」


 挙動不審になる暗殺女に解説の女宰相殿。


「エルリヒさんは、庁舎隊長殿の腹心ですよ」

「は、はい。何度か見たことがあります」

「ヤツに誘われたか?」

「いや、顔を赤くして無言で去って行ったが」

「理由はワカるな?」

「まあ……」

「ヤツを泣かせても良い。涙枯れ果ててこそ、蛮斧の漢だ」

「いや、まあ……」【青】


 ガチャ


「来た来た」


 ガチャ


「隊長来たよ〜、あっ!」


 入室して、おれや女宰相を見るよりもメイド服の暗殺女を見るトサカ頭。毛が直立した。後ろから鉄仮面の漆黒君も入ってきた。


「えっとその……」【赤】


 新種の植物みたいにもじもじしているトサカは赤くなって俯いてしまった。ちょうどいい。おれは上司の顔と声を作る。


「クレラ君」

「……」

「おい」

「えっ?っ……ハ、ハイ」【青】


 部下の顔と声を作る暗殺女。飲み込みが早くて良い。


「ウチの組長に挨拶はしたか?」

「ハ、ハイ」【青】

「同じ庁舎者同士、親睦を深める良い機会だ。エルリヒ君」

「はい!」【赤】

「光耀境陥落戦の様子について、クラレ君に説明を。おれは漆黒隊員と宰相殿で茶を飲んでいるから」

「はいぃ!……ん?クレラ?クラレ」【赤】

「ハイ。私のことは名前でクララと呼んでくださいね」【青】

「はいぃぃ」【赤】


 ニッコリと微笑んでみせる暗殺女。この判断の的確さと度胸の良さは、確かに群を抜いているかもしれない。女全てがかくも要領が良いわけではあるまいし。こうして庁舎隊三人衆の一雄が骨抜きにされていく。



 それからしばらく。アドミンの無機質な走査は、赤くなる漢と青ざめる女を対照的に映し出している。罪な話だ。男女の哄笑が響く部屋の一角だけ不思議な空気だが、一方の女宰相と漆黒隊員を見ると、


「……」

「……」


 観察、被観察が続く。二人とも無言であるが。そして、アドミンから身を守っている女宰相はともかく、漆黒隊員についても走査結果は表れない。やっぱりコイツは人間じゃないんだなあ、と実感する。それでも、指示を聞いたり、肩を貸してくれたり、酒を注いでくれるから、色々考えてしまう。


「では、鉄仮面を上げてみてください」

「……」


 素直に面を上に上げる漆黒隊員。目鼻口は無いが、のっぺりとした表面にそれらしきシルエットが見える。片方には目は無いが、視線は存在するような気もする。不思議である。二人は仕草で会話をしているようにも見える。


「なるほど」

「何を言ってるかワカるんすか?」

「いいえ、彼は何も言わないわ。仕草を読んでるのですよ」

「へええ」


 女宰相マリス、この人はこうやって生きてきた人なんだなあ、という気がする。好奇心が強く、熱心で、目的のためなら手段を選ばす……そういえば、おれはなぜ彼女が簡単に捕虜になったかもまだ知らない。暗殺女など、すぐに本性が暴かれたのに。女宰相は相変わらず謎だらけの女なのだ。誇り高さがそうさせるのだろうか?


「最近は出撃することが多いと伺いました」【青】

「……は、はお」【赤】

「庁舎隊の皆さんは無敵とも」【青】

「……は、はお」【赤】

「そんな部隊の組長さんおお強いのですか?」【青】

「……は、はお」【赤】


 好きな女の前で無口なトサカ、配慮を続けて会話を続ける女、声を持たない物体、その物体と仕草で会話をする女、不思議な空間を眺め続けるおれ。結構な時間が過ぎても、不思議と退屈はしないでいた。


「良く、ワカりました」

「あ、終わったんで?」

「いいえ。これからが本番です」

「というと?」

「庁舎隊長殿、今夜私を例の場所へ案内して下さい」

「今夜!今夜って、決断が早いですなあ」

「そうでしょう?段取りはお任せいたします。あなたは約束を守って下さる方と、私は確信していますよ」


 そしておれを見てニッコリ微笑むのだ。うーむ、こんな笑顔をもらっちゃ、やるっきゃ無いな。夜、極秘に捕虜を連れ出し、その要求する場所へ案内し、観察が終われば元通りに直す。言うは易しの大作戦である。が、おれにはすでに計画があった。


「エルリヒ君、漆黒隊員。少しの間、外に出ていてくれ」

「なんすか?秘密の打ち合わせですか」【黄】

「ああ。この女にお前をどう思っているか、聞こうと思ってね」

「や、やめてくださいよそんな……」【赤】

「まあ悪いようにはしないからさ、ほれ。呼んだらまた来てくれ」

「仕方ねえなあ。おら、出るぞ」

「……」


 一人と一体を外に出し、


「閣下。その作戦を進めるにはこの部屋に誰かを残さねばなりません。そしてそれを、この暗殺女にやらせます」

「えっ、どの作戦だ?」


 うむ、聞こえていなかったようで何より。


「大きな声を出すなよ?」

「う……ワカった」

「これから宰相殿は外出する。ことによると一日程度」

「はあっ!?」【青】

「声」

「う……」


 正気を疑うかのような暗殺女の視線。この反応は正常なのだろう。


「そこで、お前に宰相殿に変装して、そこに座り続けてもらう」

「ば、ばかな。バレるに決まってるだろ!」【青】

「声」

「……」

「今、専属メイドは誰だ?」

「わ、私だろ?」

「そうだ。閣下のために働け」

「だが!」

「幸い、閣下とお前は背丈も体格も似ているからな」

「無理だ!あ、頭がおかしいのでは?」【青】

「そうとも。正気でできるかこんなこと!」

「正気でやって下さい」


 いらんつっこみが入った。


「その前に、おれは閣下の正気を疑っていますが。ともかく。不自然に思われちゃいけねえから、門番を立てることもできん。特別扱いは無し。それでやらなきゃ意味がない。お前は光曜から来た捕虜宰相マリスとして、来客があれば捌かねばならん」

「ふ、不可能だ」

「同感だ。そこで閣下。変装の良いアイデアを出して下さいよ」

「他の手段は?」

「つつがなく出入りするためには、自然に振るわまなければなりません」


 おれが思うに正気に正気でない女宰相、少し考えて、


「アイデアがまとまりました」

「早い、さすが!というか当然ですな」

「まずは、私の服装を身につけてもらいましょう」

「ふんふん」

「そして髪の色を変化させます」


 女宰相殿は美しい黒髪にうっすらと碧がかかっている摩訶不思議な色をしている。対する暗殺女は見事な金髪だ。


「毛染めでも用意してきましょか?」

「それだと元の色に戻るまで時間がかかりますから、ここは私の処置で……」


 そう言った女宰相が宙で手を繰る。すると、暗殺女の髪色が女宰相と同じになった。


「すげえ」

「こ、これは」【黄】

「実は、人の目に見える色を変えただけで、実際は何も変わっていません。それに激しい動きがあれば、効果は無くなります」

「魔術すね?」

「その通り、だからここに残した魔力が尽きても元通りになります。一日以上は残るようにしておきますが、極力動かないことも大切です」

「そりゃ辛いな。魔術でもう一人閣下を生み出すことはできないんですか?」

「それはちょっと難しいですね」


 ちょっとか。にしても、彼女にも出来ないことはあるということだ。


「次は、声ですね」


 女宰相は手を繰って、また何かをした。


「さあ、何かしゃべって下さい」

「えっと……」

「あっ、既に違う!」

「そ、そうか?」【黄】

「ふふ。では、蛮斧の世界へようこそ、と」

「ば、蛮斧の世界へようこそ……」

「おおすげえ!完全に閣下の声だ!どんな仕掛けですか」

「内緒です。そしてこの変声も一日持つ程度です」

「完璧だ。というわけで暗殺女、後の振る舞いは任せた。閣下の安寧は全てお前にかかっているということを忘れるなよ」

「うぅ……せ、せめて何処に行くかだけ、教えてくれ」【青】


 今、暗殺女の声は女宰相の声である。


「んなこと知ってどうする暗殺女」

「せめて納得して行いたい……」【青】

「納得していないのか」

「当たり前だろ!ここで働くことだって不服なのに!」【黒】

「じゃあ教えてくださいタクロ様と言え」

「なっ!」【青】

「上目遣いで言え」

「お、教え、教えて……く、くだ、くだしあ……」【青】


 女宰相の声でこの絞り声。た、たまらん。はあはあはあ。


「タクロ君」


 おっと、目が潤んできた。こりゃ誇り高い女だ。やり過ぎは禁物だな。すると、女宰相が泪ぐむ暗殺女に顔を近づけた。


「私から納得を得るということは、太子と縁を切る事になります。あなたそれを理解していますか?」

「……」【青】


 無言で横を向いた暗殺女に、女宰相は優し気に述べるのみ。


「いいでしょう。これより、私と庁舎隊長殿でウビキトゥがあるかもしれない遺跡の探索を行います」

「こ、この蛮斧の地でウビキトゥを見つけたのですか!」【黄】


 女は驚き、目が一気に明るくなる。このアイテム、光曜では相当の価値があるのかもしれない。一攫千金クラスかな?


「それを確認しに行くのですよ」

「しかし何故この男も?」【黒】


 随分と嫌われたものだ。


「善意で協力してくれる方だからです」


 そういうわけだ、と手を挙げておく。


「……ワカりました。しかし、あなたは何のためにウビキトゥを?」【青】

「私は王族でも軍人でもなく、一学徒でした。今もそうありたいと思っていますが、つまり、純粋な好奇心ですよ」

「……ここしばらくこの地に縛られ、あなたを見てきました。今のあなたから、愛国心を感じない。そんな方がウビキトゥを求めている。それを用いて、祖国に逆らうつもりなのではありませんか?」【青】


 感情がそうさせているのだろうが、無礼な発言である。女宰相の処置も手ぬるかったのではないかね、という気がしてくる。しかし、彼女はあくまで優しい。


「いいえ」


 優しく微笑んで、


「私はあなたたちとは違いますよ」

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