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境界防衛  作者: 蓑火子
採用選考過程にて
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第39話 考古学の女/走査の男

 圧倒的恐怖の前には従順にならざるを得ないということだろう。直ちに、おれは腕輪を外した。すると、おれを覆っていた漆黒の気配も消えた。そこには、笑顔のまま恐ろしい気配を発し続ける女宰相が居るのみである。


「いや、殺されるかと思った」

「私の心を覗きましたね?」


 下手な否定は物の役に立たんだろうから、正直に告白しつつ、彼女が気に入る方向にもってくしかあるまい。すでにその道筋は出来ている。すなわち、神妙な顔を作り顎を手で支え、呟いて見せるのだ。


「なるほど。殺意や憎悪は黒く感じるのか」

「えっ」

「そして安心感や感謝の念は黄色に」

「……」


 ん?となると、城壁野郎は朝の散歩でおれと出会って、安心していたということか?なにか違っているかもしれないが、まあこのまま突き進め行け行け!


「黒よりも少し軽めの疑惑や不信は青」


 これは城壁君及び女宰相で感じた通り。


「赤い光は好奇心の顕れ、と言ったところ」


 女宰相がこちらをジッと見ている。今一度、その心を覗いてやれ。おれは手に腕輪を通して見せた。すると、赤い光を感じた。そしてすぐに外す。


 「執着・好奇」赤色

 「安心・感謝」黄色

 「疑念・不信」青色

 「憎悪・殺意」黒色


「文字は読めないが、おおよそはそういうことです。閣下、以上が捜索、発見からお届けまでで解明した内容です」


 まだこちらを凝視しているが、その瞳からすでに殺意は消えていた。よし、やったぜ。




「タクロ君は、この世界の歴史をどの程度聞いたことがありますか?」

「唐突になんです」

「自分が産まれる前、親が産まれる前、先祖の事跡、それよりももっと前、昔に起こった出来事について、どれだけ知っているか、ということです」

「うーむ」


 少し思い出すような仕草だ。私の知る限り、今を重視する蛮斧世界は、過去や歴史を重視しない。


「死ぬほど昔の英雄がなんだとか、神々がどーたらこーたら、怪物があーだこーだ、まあスケールのでかい話がありますよね。あちこちの巫女や占い師が宣っている内容程度すけど。でもあれはそういう商売すよ」

「あなたはその神々や怪物の存在を信じますか?」

「信じないね。見た事も会ったこともないし」

「では、その神々の後に人間たちの大きな国が存在した時代があったという話を聞いたことは?」

「まあ。あ、私、叔父夫婦が教師をやっていて」

「そうでしたね」

「少しは習ったことがあるかも。でも、その時代は遥か昔に滅びて、今は痕跡も残っていないんじゃなかったっけ?」

「日常、目に見える範囲ではそうかもしれません」

「ん?ということは昔に存在した証拠があるのか?」

「あなたが今身に着けているそれが、その証拠です」

「へえ?」

「光曜において、それは古代遺産と呼ばれるものです」

「古代遺産」

「そして、先般発見された絶望ヶ崗の設備も、古代遺産です」

「ほーん。じゃあ、ウチの漆黒隊員も古代遺産?」

「そう捉えて間違いありません。その遺産も、気が遠くなるほど昔に造られたものですが、あなたが見た通り、今でも使用できます。何故動くのか、その仕組みについて今の時代の知見では解明には至っていません」

「閣下にもワカらない?」

「まずは調べてみなければ。しかし、解明は極めて困難でしょう。これまで解明できたことはありませんでしたから」

「ということは他にも?」


 その通り。ウビキトゥについてタクロに隠し立てはもう不要だろう。


「例えば、今この瞬間も河向こうで霧を発生させている古代遺産を私は調査したことがあります。しかし、どのように霧を発生させ、人の方向感覚を狂わせているか、確証はありません。仮説のみです」

「凄腕の魔術師がそう言うんじゃ、そうなんでしょうねえ」


 あまり興味は無さそうである。


「その他にも、古代遺産はあちこちに点在しています。それはふとした時に世に現れる……」

「今回みたいに?」

「ええ。ですがその遺物について、私は知りませんでした。恐らく、光曜の太子が独自に入手し、彼女に持たせたのでしょう」

「聞く限りじゃ貴重なブツなのに?」

「その機能が太子の求めるものではなかったから、かもしれませんね」

「そして暗殺に失敗した……その太子ってヤツ、かなり馬鹿なんじゃ……」


 この率直な意見に率直な反応はできないが、全面的に同意だ。


「私は太子の教師をしていたこともあるのです」

「ええと」

「……」

「まあその」

「……」

「……教育の失敗は教える側だけでなく、教わる側にも原因があると、叔父は言ってましたがね」

「慰めてくれてありがとう」

 タクロはウビキトゥを腕から外し、私に差し出した。今の話を聞いても、やはり私との約束は守る男だった。


「はい、では引き渡します」

「ありがとうございます」


 腕輪状のそれを手で繰って調べてみる。金属様なのに非常に軽く、不思議な感触が私の気分を古代へと連れて行ってくれる。


「そういえば閣下、これをウビキツーって言ってましたね」

「ええ、ウビキトゥ。幼い砌、師事していた頃、古代遺物は総じてそう呼ばれていたものです」

「当時の連中が呼んでいた名前は?」

「余りにも古過ぎて伝わっておりません。よって、学者たちが推測をしてそう呼ぶのです」

「じゃあ他の呼び名も?」

「光曜において、古代遺産研究の歴史はそれなりに長いものがあります。そして研究者の派閥があり、ウビキトゥまたはアドミンなどと呼称しています」

「アドミン。言い易いすね。私はソレで行きます」


 新説を唱える学者の呼称を採るとは、やはりタクロは愉快な人物である。


「私もあなたと話をする時は、そう呼びましょうか。では、タクロ君」

「はい?」

「このアドミンはあなたが預かっていて下さい」

「ええっ」


 改めて手渡されたウビキトゥを見て、彼は最初驚き、次いでニヤニヤしながら受け取った。何を考えているか、手に取るようにワカる。


「こんな面白いオモチャを預かって、よろしいんで?」

「ええ」

「閣下の心を覗くかもしれませんぜ」

「もちろんいいですよ」

「え!」

「なんなら今、試してみてください」

「ほ、本当に?」

「はい」

「本当の本当に?」

「どうぞ」

「ワワワワワ……マジか」


 タクロの手が震え、喉がグビリと鳴る。可笑しいものだ。


「それでは……」

「……」

「……」

「ん?あれ?何も出てこない」

「ええ、私には反応しないよう、今、手を打ちましたから」

「クソ、マジかよ!」


 そして地団駄踏み。


「い、いえ、ずるいなあ。というか、さっきちょっと触った程度でんなことができるんすか!」

「魔術の心得があれば、それほど難しいことではないのです」

「へええ」


 本当は、私の側に走査を防ぐ障膜を張っただけであるが、心底悔しがるタクロであった。


「それを使用し、活用してみてください。きっと愉快なことになると思います」

「閣下楽しんでますね?」

「ええ、とっても」


 きっと今の私は微笑んでいるに違いない。


「ぜひ使用感を教えて下さいね」

「はあ、まあ」




 結局、女殺し屋の扱いはメイドのまま変えなかった。女宰相がそれを強く望んだこともあるが、


「メーレ、とは偽名ですね」

「は、はい」


 目を覚まさせられた彼女は、女宰相にすこぶる怯え、従順になっていた。何かされたのだろうなあ。


「本名を教えてください」

「……クララです」


 ウチの下女に似た名前かも。


「素敵な名前ですね。では以後、皆にもクララを名乗って下さい。つまらぬ偽名はセカンドネームということで」

「あ、あなたは私を殺さないのですか」

「今はあなたの身柄を庁舎隊長殿へ預けます」


 怯えた目でおれを見る女。うーむ、女宰相の手によって闘志を完全に失ってしまったのか。


「よろしくな人殺し」

「うっ」【青】

「庁舎隊長殿」


 人殺し女の色は見えるが、女宰相のは見えない。チッ。


「あいや、ついうっかり。よろしくな、自称メーレの実はクララ」

「……私が蛮斧人如きの虜になるとは」【青】

「仕事にしくじったんだ。しかたねえさ。まあ、宰相閣下の役に立てば、命を落とさず上手くやってけるよ多分」

「随分と人聞きが悪いですね……しかしまあ、当たらずとも遠からず。それに、私の殺害に失敗したあなたには戻る場所など無いでしょう。光曜の大都会に逃げるというのなら話は違うかもしれませんが」


 噂の大都会か。おれも一度は行ってみたい、暗殺女は俯いたままだが。


「というわけで庁舎隊長殿。しばらくは彼女を私付きにしてください。クレアさんの補佐として」


 また名前が紛らわしい感じになって来たぜ。


「あー、それとも勇敢女を戻しましょうか」

「それではクレアさんが悲しみますから、しばらくは今のままで」

「実は、あの生意気女をメイド長にしようと思ってたんすよ」

「あら、それは良い考えね。アリアさんが居ない今、もっともリーダーシップを持つのは彼女ですから」

「でも、この暗殺女を」

「くっ……」【青】

「あ、いや、クレラをいきなりメイド長にするのも面白そうじゃないすか」


 自ら暗殺集団を組織するとはなかなかの働き。使わずに終わったとしても。


「確かにそうね。条件として、クララが私の言う事に従ってくれるのなら。そうで無いなら命を奪わねばならないけれど」

「!」【青】


 おいおい、自分も言ってるぜ。暗殺女も、著しく驚愕している。植え付けられた恐怖は余程のものだったに違いない。


「……というのは言い過ぎとしても、選抜試験の残り三名から選び直しになるだけですよ」

「ま、試用期間だな。頑張るんだぜ」


 女宰相にとって、この人殺しにはまだ利用価値があるのだろうし、すでにばら撒いたらしい暗殺の種についても警戒は必要だ。手元で軟禁することが吉凶どちらに転ぶか、多分、女宰相殿の見通しでは吉になるんだろうなあ。


 こうして暗殺騒動はとりあえず落着した。



「というわけで、そろそろ新人にも女宰相殿の身辺業務を担ってもらうことにした。ちゃんと教えてやれよ」


 と通知した後、不満気な生意気女が追ってきた。なんと言っても、ずっと青の気を纏っている。そして、


「私の業務に問題があるからですか?」【青】


 面倒な女なんだよなあ。


「そう思うのか」

「思いたくありません」【青】

「あっそ。まあ違うよ」

「では何故ですか。宰相殿のお世話、アリシアはもっと長かったのに、私はたった数日なんて」【青】


 ああ、これが女を取っ替え引っ換えの男なら、愉しい会話なのに。だが、女宰相は女どもからの人気が本当に高い。


 ふと視線を感じると、城壁君が通路を歩いている。何も言わないが、青の気を纏っている。これは発言から誤解を招いているかもしれない。それにしても、このアドミンとやらは誰かと会話をしたり視線を感じるごとに発動するのか。面倒くさくなってきたな。


「庁舎隊長殿」【青】


 こっちも面倒くさい。こんなに食い下がって来るとは思わなかったが、まあいいか。


「おまえをメイド長にするつもりなんだよ」

「そ、それはお断りしたはずです」【黄】


 おや。おやおやおや。色が変わった。やっぱ言葉と真意は別物なんだな。


「女宰相殿の推薦もあってな」

「えっ」【黄】


 そして思わぬ顔。


「タクロ」【青】

「そのまま通り過ぎていいぞ城壁太郎」

「そうはいかん。話が耳に入ってきたからな。捕虜に人事案を諮るとは由々しき売国行為だぞ」【青】

「うるさいなあ……ともかく、突撃クソ女の後はおまえが最適だって話さ。まあ、彼女の意見を聞くまでもなくおれも同感なんだがね」

「……」【赤】


 げ……面映くてみてられないぜ。これは罪なアイテムだ。


「じゃあ暗殺女への教育は頼んだぞ」

「暗殺女?」

「暗殺女?聞き違いだ、新人女だよ」

「?……ワカりました。やってみます」【黄】

「うっしメイド長のことももう一度考えてくれそんじゃ。それで、用件は?というか最近よく見るな」

「軍司令官だよ」

「あっそ、じゃあな」

「待て、話しもある」

「おれは忙しいんだがなあ」

「こっちへ来い」【青】

「とっとととと」


 物陰へ引っ張り込まれる。


「気持ち悪いヤツだなあ」

「ヘンな噂がある。光曜人がこの町に忍び込んでいると」

「へえ」


 多分、暗殺女のことだろ。


「裏家業の連中に話を聞いたヤツがいる。補給隊と付き合いがあるアイツだよ」

「それよりおれたちは表家業なの?」

「決まっている。でだ、物騒な武具なんかを集めているらしい」

「集めている?まさか暴動でも起こすのか?」

「どちらかと言えば要人襲撃だろう」【黄】


 中々鋭いヤツだ。しかし、暗殺女の作戦はすでに阻止している。ここは適当にいなしておこう。


「なるほど。大した分析だ」

「のんきなヤツめ。軍司令官に何かあったら俺とお前が責任を負う事になる」【黄】

「……」

「……」

「クビかあ」

「そうならないために……」

「クビになったら一緒に盗賊でもやろうぜ!」

「チッ……」【黄】


 去っていく城壁スタッドマウアー。それにしても、色の意味は本当にこれで正しいのか?だとしたら、ヤツはあんな不機嫌ヅラでも、さほど機嫌は悪くないと言う事になるし、色々考えているってことに。この遺物と同じだけ、あいつも謎が深いな。



 さて、暗殺の噂について、詳細を暗殺女に聞いてみよう。OJTを終えた暗殺女を物陰に引っ張り込む。


「あっ……な、なんだ」【青】

「ちょうど、暗殺の噂が流れはじめている。お前の仕込みで動いている案件か?」

「……」【黒】


 こんにゃろ。おれに露骨な殺意を向けて来やがって。壁ドンしているからだけじゃねえ。


「ああそうかい。仕方ない。宰相殿に報告だな」

「そ、それは……」【青】


 女宰相の恐怖は本当に凄いな。


「じゃあ吐け」

「確かに、わ、私の仕込みだ」

「ふんふん」


 白状ると暗殺女の仕事が失敗した場合、蛮斧のならず者を雇い入れて、都市に混乱を起こし、騒動に紛れて女宰相を殺す、という計画らしい。


「噂が流れるということは、その連中、契約を履行するつもりなのかな」

「……成功すれば、報酬が支払われる」

「誰から」

「……」【青】

「女宰相殿」

「つ、追跡するのか」【青】

「まあな、カネ払って仕事を終わりにさせる」

「……」

「カネはお前の給金から充てる」

「……」【黒】



―前線都市郊外


ドガッ!


「と言うわけでまた税務調査だ」

「前回は借金返済のお役に立ててよかった」【黒】


 ん?


「まあ助かったから礼は言っておく。でだ。半端モンどもにカネを払う契約があるだろ」

「よくご存知で」【黒】


 さっきからコイツ、真っ黒だな。おれへの殺意は絶好調だ。まあ金を、巻き上げたから当然かな。


「だろ?全部吐いた方がいい、依頼主は?」

「前金を預かっている場合は、誰が依頼主かは追わないですね」【黒】

「もう一度言うぞ。税務調査で来た」

「話を持って来たのは翼人の女でした」【黒】

「翼人?この国では珍しいな」


 このアドミン、その発言が嘘かどうかまではワカらんのだなあ。


「絶望ガ崗の方角で赤い狼煙が上がれば、支払うタイミングとのことです」【黒】

「で、誰に払う?」

「半端モンでしょうが、詳細は不明です。赤狼煙が上がった後、合言葉を持った連中がカネを受け取りに来るとしか」【黒】

「合言葉。教えろ」

「これは漏らせませんよ」【黒】

「吐け」

「言ったらあんた、カネを掠め取るでしょうが」【黒】

「まあね」

「ほら」【黄】


 あ、歯を剥いて笑った。コイツは情報を漏らさんな。しかたない。



―庁舎


「と言うわけで合言葉を吐け」

「何の話だ」【黒】

「このアマ、今更しらばっくれるな」

「ほ、本当に私は知らない」【青】

「マジ?」

「ああ」

「ワカった。おれじゃなく、宰相殿に聞いてもらうとしよう」

「ま、まって。本当に知らないんだ。翼人など知らない」【青】

「人殺しを信用できるかこの人殺しが!」

「うっ……」

「じゃあどうやってカネの受け渡しをするつもりだったんだよう」

「……仲介人に前金を払っている。そこからだ」

「そいつは誰だ」

「この町のならず者だよ」

「それが合言葉か?」

「ああ、どうすれば信じられるの?」【青】



―庁舎の塔 応接室


「というわけで、やはり閣下になんとかしてもらおうと」

「や、やめて……」【青】

「なるほど」

「この暗殺女が偽っていないなら、物騒な案件が二つ動いていることになるが、んなことはありえねえ」

「そうとは限らないのでは?た、例えばだ。この町の軍司令官が狙われているとか」

「光曜人がウチのクズ軍司令官を殺す理由などあるか!」

「うう……」【青】


 だがしかし、おれの興奮とは違い、静かに質問を渡す女宰相であった。

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