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境界防衛  作者: 蓑火子
採用選考過程にて
38/131

第38話 尋問の女/盗聴の男

 そして、それは唐突に来た。


「おらあ!」

「!?」


 夜、独り応接間に侵入してきたその女をおれは押し倒した。上から覆い被さるように襲い掛かれば誰だってイチコロで、すぐに武器を取り上げる。ナイフ二振りに吹き矢、首絞め鎖を発見。これはそこそこ殺し慣れていると言うことか。それよりもやはり女、手に体が柔らかい。


「げへへへ」

「くっ!」


 胸や尻、腹に手が当たるがここまでは不可抗力だろう。すると女の体が急に反り上がり、後頭部が迫ってきた。もちろんこれはワナ。避けずにむしろ顔面で頭突きを喰らわしてやる。一瞬、女の良きかな芳香が漂った。


 ゴン


「うっ」


 鼻がジンジンするが女は動きを止めた。よく見れば、女の耳のあたりに針が置かれており、これも没収だ。


「じたばたするんじゃねえ」


 声強く女を脅すがこれは効果がない。それでも両手両足を縛ることには成功した。


「誰かが気配をブッ殺して登ってきてもすぐにワカんだよ。確かに塔って安全なんだな」


 ベッドに身を横たえて眠ったふりの女宰相は微かな月明かりを浴びていたが、事態が片付いたことを知るや瞳を開いて起き上がり、こちらへやってきた。


「宰相閣下紹介します。これにあるは軍司令官の積極的な推薦と、私の消極的な賛成により、一昨日メイドの一員となったメーレ嬢です。おら、ツラ上げろ」


 髪の毛を掴んでぐいと顔を持ち上げる。その美貌は天然物のようだが、女宰相と比べた場合どちらが上か……って、解答の決まりきった愚問である。


「下女どもにゃ、お前にあえてこの場所を伝えさせなかったが、警戒されているとは思わなかったんか?まあいい。女、貴様が何故閣下を狙ったかは、これからゆっくり尋問してやるからな覚悟してろよ。おれ達蛮斧の拷問は残虐がウリだ。女子供だろうと容赦はしない。むしろ刺激されたサディズムが拷問タイムを延々と引き伸ばす。延長に継ぐ延長。全てが終わるのは何年後だろうか。でも終わりはあるんだよかったな。目を焼かれ鼻を削がれ顔を切り刻まれ耳を千切られ舌を裂かれ歯を抜かれ、ええと他には……そう全身に刺青を入れる。爪も剥いでやるし、焼ごても当ててやるよ!」

「庁舎隊長殿」

「まだあったかな。水責め、香辛料責め、臭気責め、そうだ絶望ヶ崗の蟲責めなんて聞くだけで期待しちゃうだろ!」

「庁舎隊長殿」

「はいなんでしょう」

「鼻血が垂れそうですよ」

「おっと、これは失礼」


 女宰相はもういいから、という顔をしている。が、不審者を捕らえるために夜通し天井に張り付いていたおれの努力は認めてくれているはず……何故ワカるか。こんな時でも彼女は良い笑顔をしているからさ。ああ、興奮するぅ。


「今は夜」

「ん?」

「軍司令官殿も誰もがお休み中です。そこで、可能であればあなたの権限で、私に質問をさせてもらいたいのです」

「ちょい待ちですよ。コイツ暗殺者ですぜ」

「……」

「まあ、だから尚のことか」

「そして、あなたには席を外しておいてもらいたい」

「さて。それはどうかな……」


 すると、頭の中に声が響いてくる。


「話の内容はこちらで伝えます。いくら素性を偽ってもこの者は確実に光曜人です。そのことをあなたは知らない、とした方が都合が良いと思うのですよ」


 なるへそ。そういうことなら。しかし魔術は便利だ。おれは不承不承を装って、


「えーい仕方ない。ただし、私はこの部屋の入り口で待機しています。それが絶対条件です」

「構いません」


というわけで部屋の外に出たおれ。暗闇を眺めながら、頭の中に響く二人の会話に耳を澄ませるのだ。




「さてお嬢さん」


 反応はないが、女は私に鋭く意識を向けている。


「光曜境の戦いの時に私はあなたを目撃しました。あなたが間近で私を見たように」


 簀巻き様にされ、観念したようにうなだれているが、まだ恐怖より闘志が優っている。


「あの時は市長の娘、ということで交換捕虜となっていましたが、その後、濃霧の発生に紛れて姿を隠したのですね」


 恐らくこの娘、濃霧発生についても事前に知らされていたのではないだろうか。蛮斧側に取り残された一人、というわけではない。自分の意思でこの世界に残留しているはずだ。


「この声の大きさなら、外の蛮斧人には聞こえません。安心してください。私たちは同じ国の者同士です」


 やや、娘の意識の波長が揺れた。


「では問います。何故、私の命を狙いに?」

「……」

「誰かの命令で?」


 また揺れた。


「貴女は光曜人で……私の命を狙った。自ずと指示者は限られる……私が誰であれ……」

「あなたは宰相の身」


 意識の揺れとともに、声を発する娘。


「しかも、敵の手に落ちて一か月以上経つというのに解任もされていない。その地位を狙う者、光曜に不足しないのでは?」


 発声から強い意思を読み取れる。この娘は覚悟を持って、暗殺の凶器たるを受け入れたのだろう。


「私を罷免したい。しかし、その人事が通らない。ならば殺してしまえと?」

「さて」

「私にはそうとは思えません。なぜなら、光曜王宮の力関係はそこまで複雑ではありませんから」

 光曜王宮と聞いて、その心はまた揺れた。


「……などという分析、必要もありませんけれどもね」

「?」

「必要な分析は、なぜ太子は私の命を狙い続けるか、です」

「……!」


 平静を装っても無意味。まるで海面に人が落ちた様に、彼女の波が揺れた。動揺をは隠せない性質のよう。押せば崩れる。


「私は太子様の使いではない」

「良いのです。太子があなたを使わしたことはワカっています。光曜境を脱出した折にも、太子は私に向け暗殺部隊を送ってきました」

「違うと言っている」

「太子は、一つの目的のために行動することを嫌う子でした」

「やめろ!」

「よく主張していたもの。それだけでは愚かな行動、だとね。ならば、私の暗殺計画とは別に、なにかを計画しているはず」

「やめろ……」

「私が死ねば幸い。失敗しても、もう一つの手段がある」

「……」

「太子が断ち切りたいものは?今だに私を宰相の地位から動かさない事実?さて。しかし、きっとその計画は動いているのでしょう」

「やめて」

「あなたは太子の熱心ではないもう一つの計画のためこの境界の町へ送られた。それも命懸けで」

「……もうやめて」

「取るに足らない計画のために」

「ああ……」

「哀れですね」

「……」




 つまり、女宰相の命を狙っているのは、光曜の太子ということか。この女暗殺者はその命令に従って、光曜境の戦いで進んで人質になり、その後、姿を眩まして、庁舎に入り込む好機を狙っていた。あんな馬鹿馬鹿しい試験に臨み、軍司令官や女たちの好奇の視線を浴びて。


 うーむ、そんなことがあり得るのだろうか。


 そう言えば城壁野郎が来たときに、この女は姿を眩ましていたが、きっと光耀境で顔を見られていたのかもだ。考えればもろもろ繋がるような気もする。


 そして改めて、女宰相殿は祖国から命を狙われる人物ということだ。それもなんだか気の毒な話だ……ん?これは……




「……哀れなのはどちらですか宰相殿」

「えっ」


 娘の心の温度が上昇している。


「一刻の宰相ともあろう者がなぜ、前線に出て、捕虜になったか、いろいろな噂が流れている。それでも心配する者が大勢なのに……」

「……」

「なんですか先程の体たらくは」

「それは?」

「あの庁舎隊長と言う男に色目を使っている」

「根拠のない言いがかりですね」

「根拠ならばある。宰相閣下あなたはあの男に好意を抱いている」

「……彼は私に同情的な人物です。ならば、好意を持つのは当然でしょう?」

「違うそうじゃない。私はとあるものを身に付けてこの蛮斧世界にやってきた。それが私の証拠だ」

「それがなんであれ、根拠のない中傷ですね」

「ウビキトゥを知らぬあなたではないはずだ」

「……」

「ほら」

「……もしや」

「その通り。あの御方が私に与えてくれたものだ。あなたを殺害する役に立つだろうと。このウビキトゥの力で、女の身一つからでもこちら側で協力者を見つけてここまで来ることができたのだ。私が独りであなたの命を狙っているとでも思っていたのか」

「ハッタリはおよしなさい」

「すでに仕込みは済んでいる。私が仕損じたとしても、あなたに安息は訪れない」

「今、私は、あなたがそれを明かした理由を考えています。せっかく仕込んだ暗殺の手段。それを私に暴露すれば、私はさらに警戒を強め、結果上手くいかなくなるかもしれないのに」

「……」

「感情的になった結果の始末なのか。なるほど、あるいは事実なのかもしれませんが、気に留める程度にはしておきましょう。では、そのウビキトゥを預からせて頂きます」

「……」

「?何もありませんね……あなたが言う証拠などやはりハッタリ、あっ」


ガチャ、バタン

ガチャ、バタン


「タクロ君」

「あ、閣下……今流れてるこの曲はなんですか」

「説明は後で。それより彼女から取り上げた品を」

「え、ああはい。これすよ」


 様々な暗殺道具が並んでいるが、それらしきものはない。そしてタクロはこの種の物品を私有する人物ではない。再び戻る。


「どこに隠しましたか」

「ここへは持ってきていない」

「では、あなたの拠点ですね。それはどこ?」

「素直に教えるとでも?」




 さっきまで、女宰相に言い負かされていた暗殺女が、いつの間にか強気になっている。おれの頭の中で音楽が流れている間に、攻守入れ替わったんか?


「素直に教えなさい。でないと、後悔することになりますよ」

「命を奪うこともできず屈すること以上の後悔など!」


 実に強気である。そして、女宰相が背筋が寒くなるような口調で、


「では望み通りに」


 女は女宰相にガッシリ顔を掴まれた。


「なっ。ひぃ!」


 いきなり恐怖に怯え悲鳴をあげ始める暗殺女。


「夜明けはまだよ。大きな声を出しては、迷惑ですね」


 女宰相が何かをすると、女の声はまるで猿ぐつわをした時のような押し沈んだ声に変わる。例の風を何かする魔術だろうか。


 身動き取れず、泣き叫び、涙はなみず垂れ流し、狂乱状態の女。しばらくそれが続き、また女宰相が何かをした。すると、女は許しを乞い始めた。


「ゆ、許して!」

「なら白状なさい。あなたが持つウビキトゥはどこにあるのですか」

「ああ……」


 諦めにも似た悲痛な嗚咽が伸びていく。が、その反応に満足できなかった女宰相はまだ何かの仕草をする。哀れな女は再び悲鳴の中に沈んでいった。それにしても、ウビキツーとは何だろう。



 というわけで、何やら苦しめられていた女は拠点の場所を吐いた。庁舎からそう遠くない建物だ。


 出ようと思えばいつでも出れるだろう応接室から動かない女宰相。


「タクロ君にお願いがあります」

「へいへい。その何かを取って来いってんでしょ」

「感謝します」

「感謝も良いけれど、まだおれに説明していないことが色々あるでしょ。ちゃんと見つけてきたら、解説してくださいよ」

「すでに私は全て包み隠さず、あなたに話そうという心づもりです」

「ほ、本当ですか……ゴクリ」

「はい。ただし、まだその時ではないと言うだけなのです」

「なーんだそりゃ」


 良いように利用されているなあ。としてもまあ、おれがそうしてやりたいんだからしゃあなし。女宰相の使いっぱとして動く際は、彼女の真相に迫る日を妄想し活力としよう。



―前線都市大通り


 件の建物を家探しする。調度品が皆無の殺風景な部屋だったため、それらしきものはすぐに見つかる。大切そうに、布に包まれたこれだろう。


「腕輪?いや腕帯かな」


 かなりの年代物に見える。やや重い色調の落ち着いた装飾具といったところで、今や美貌も泣き濡れてしまったあのかわいそうな女もこれをつけていたのかと思うと、多少興奮を覚える。くんくんくん、においを嗅いでみるが異常無し。うっすら香料の存在を感じた。


 ちょっと手首に身につけてみる。キツくも、重くもない。なかなかクラシックでイイ感じだ。うーむ、なんとなく気分が上がってきた。



 建物を出ると、朝焼けの空が広がり始めていた。歩き始めた所で、意外でもなんでも無い人物に出会った。


「タクロ」

「よおザ・城壁、こんな朝早くからお散歩か?」

「朝の散歩は体に良い」

「医者行け」

「で、この建物でなにをしてる」

「最近、職場に近くに家を借りたんだ」

「ほぼ住所不定のくせに、適当なことを」

「まあね……ん?」


 何か眩しい。そして、目の前に文字が浮かんできた。しかし、蛮斧で使っているものではないから、読めない。思わず目をこする。


「寝不足とは、いいご身分だな」

「いや、えっと」

「女をとっかえひっかえしてばかりだと、未練が募るぞ」


 また、眩しさを感じた。朝日はまだ起きてないから、太陽の光りじゃない。それに読めない文字が動いている。なんだこりゃ。


「あ、いや。まあなんだ、軍司令官にあやかってね」


 今度は目の前が青く光った。謎文字がヌルヌル動いている。


「身の丈に合わないことは止めるんだな」

「で、なに、もう出勤すんの?」

「一度家に戻る」

「だよな。日課の習字があるもんな」


 軍畜城壁は去って行った。色も文字も消えた。おれは自分の腕を見る。


「うん、これだな」


 女宰相がとりに行かせたのだ、他に原因があるはずない。というわけで、



―庁舎の塔 応接室


「閣下、これなんです?」

「身につけたのですか」

「ええ、まあ」


 また、目の前が青く光った。謎文字もあり。


「何があったのですか?」


 興味津々の女宰相に説明をすると、今度は赤い光が。口角を上げ頷く女宰相。


「なるほど。では、彼女の言う通りでしたね」

「あ、ヤツ起きました?」

「気は失ったまま、問うてみたのです」

「んなことできんすね、魔術怖……」


 また青い光り。女宰相は少し怪訝な顔だが、ん?


「それによると」

「待った」

「?」


 コツがワカってきたかも。青く光らせてみせよう。


「宰相閣下殿。ちゃんと説明してくれないと、これは渡せません」


 どうか?


「今、説明しようとしてたのに」


 今度は黒い。この色は初めてだが、勘が外れたな。


「じゃあ聞きます」

「これは、人の心の状態を測る道具です」

「状態を測る……怒りとか?」

「単純には喜怒哀楽なのでしょうが。それが色覚と文字で、装着者に伝わるそうです」

「色と文字……ああ、なるほど!」


 納得が行ったおれの様子を女宰相が見ている。目の前が黄色く光る。


「タクロ君はもう効果を得ているのね?城壁隊長殿とはどんな話を?」

「まあ蛮斧男のくだらない朝の挨拶ですよ」

「一句毎に、覚えてますか」


 凄い執着だ。


「そりゃまあ」


 多分黄色く……光った。当たりだ。さらに説明をすると、


「なるほど、なるほど」


 これも黄、実に嬉しそうだ。


「他に感じたことはありますか?」

「まさに今」

「と言うと?」

「閣下と話をしていて、カラフルに光ってます」

「!」


 その後、おれの視界は漆黒に包まれた。それは圧倒的で、本能的恐怖を刺激するほどだった。

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