第35話 圧迫面接官の男/観察眼の女
昼の庁舎前広場が妙に熱い。
「よーし、集まったな」
若い女たちも若くない女たちも、前線都市全域から大勢集まってきていたぞ。欲深き女どもに幸あれ。
「ってあれ?百名超じゃなかったっけ。おい、勇敢女、何名来てる」
「……今締め切りましたが、あれから増えてますね丁度二百名」
「げっ!」
「庁舎隊長殿」
集まってきた下女衆の声。
「みんな来たな」
「私たちに判定役をとのことですが」
顔色が険しい。
「文句あるか」
「私たちが決めて良いのなら、ありません」
「勘違いするな。決めるのはおれだ。お前らはその意見を資料としておれに示すだけでいい」
「では、異論があります。私たちも暇ではありません」
「ウソだな。よく女同士無駄なおしゃべりをしてるぜ。お前らすぐに群れるからな、群れ群れ」
ポージング。
「業務連絡です!」
「蒸れ蒸れ。なんにせよ命令だからな。やるんだ。いいかやるんだよ」
「ひどい……」
「横暴よ……」
「私たちの苦労も知らないでよくも……」
突き刺さるヘイトを感じるぜ……おや、後頭部に別のヘイトを感じるぞ。振り向くと、
「庁舎隊長」
「あ、軍司令官閣下……?」
ちっ、こいつか。
「女性ばかりこんなに集めて、今度は彼女らを使った暴動計画かい?」
「人聞きの悪い。いやというか、人員増のための企画書、出しておきましたよね?」
「ああ、読んだとも。増員は最大で二名と書いてあったな。で、これは?」
「はっはっはっ!ウチは人気があるようで」
「堕落したねえ庁舎隊長、キミも女を囲うようになったか。軍法会議を覚悟したまえ」
「何言ってんすか」
「いつもならこの時間帯、私は茶を嗜みリラックスしている。しきっているんだ。それがこの騒動でメイドたちが駆り出されてしまった。私の平安を妨害しやがってこの野郎!」
歯を剥いて憤慨してきた。ああ、くだらねえ。なにそんな怒ってんのか。
「たまにはいいじゃないすか、そんなの」
「そんなのとはなんだ!」
「っと閣下、みんな見てますよ」
「うん?」
軍司令官が選考参加者集団に視線をやると、好奇に満ちた女たちの静かなるざわめきが響く……ちっ、やってらんねえ。だがしかし、おれは閃いたのだ。軍司令官のスケベ根性は利用できる。囁いてやれ。
「可愛い子が入れば、閣下の目の保養にも、なるんじゃあ、ないですか」
「キミ、その言い方は無礼ではないか」
「閣下の他には、誰も聞いてません」
「そういう意味では無……」
「だとしてもほら、女どもは皆閣下に注目してますよ。一挙一投足」
「んむ」
女たちの視線を受けて、直ちに気障でらしい振る舞いを醸し出す軍司令官。勝った。
「一挙一投足、ね」
そこに、突撃クソ女がやってくる。
「庁舎隊長。これだけの人数。何事かと思っていた。それこそ暴動かもと」
「どっかのクソ女がいきなり辞めちまってからに募集をかけたんだよ、前と違ってもっと優秀なメイドをってね」
「なんですって!閣下、これはもはや無許可の集会規模です。即刻解散をさせるべきではありませんか。企画書通りにはいかない恐れありです!」
甘い、最高権者はすでに籠絡済みよ。
「ま、まあ」
「?」
「まあまあ、アリア君」
「か、閣下?」
「まあまあまあまあ……ねっ」
タクロ、軍司令官、アリアが何やら揉めているが、それにしても凄い人数が集まったものである。この国境の町、良き活発さに心が弾む。ともあれ集団とはそれだけで厄介なもので、タクロは自ら招いたこの群れを上手に捌かねばならない。
「あら」
群衆の中に、タクロの幼なじみの赤毛の女がいる。所在無さげにしているが、背丈があるからよく目立つ。そして、私の密かな施術が効いているようだ。最後に会った時と比べて、体が絞れてきている。そして、私はびっくりフルーツ事件について、遺恨はない。性根の良い娘は可愛い。
それに彼女が庁舎で働くことができれば、私はタクロに対する色々な意味でのカードを持つことにもなるのではないか。早計かもしれないし手を下すことは極力控えるが、私は赤毛の幼馴染を応援しよう。
さらに気になる顔を見つける。女の群れの中で一人、特に顔つきの出来上がった華やかな面。見覚えがあり……間違いない。光曜境の人質交換の際に、すれ違った女だ。光曜境市長の娘とされ、疑わしかったが、その女が単身この町に来ている。
あの戦いの後、蛮斧が光曜の要人を捕虜にしたと言う話は聞いていない。であれば、この女は自らの意思あるいは命令で、この蛮斧世界にいると言うことになる。目的は何か。ありきたりな考えならば、諜報活動だ。あるいは、立ちこめる深い霧と超音波のせいで帰国ができない、ということか?しかし、それならば庁舎に就職しようとは思うはずもない。これは私の直感だが、その目的は、要人殺しだろう。
暗殺目的とすれば、軍司令官、あるいはタクロが標的か。そうで無いのならば……狙いは私かもしれず、ならば光曜の太子の使いということになる。注視せねばなるまい。
選考が始まった。
「ようこそ選考会へ。お名前は?」
「アルマです」
「あちらへどうぞ」
いきなり弾いた。
「次、名前は?」
「エリカです」
「エリ……はい、あちらへどうぞ」
また弾いた。タクロは本気で名前で決めようとしているようだ。
「レイアです」
「レーアです」
「ロレアです」
「ロリアです」
「ライラです」
「ライカです」
「あちらへどうぞ」
これではすぐに決まりそうだが、失格者の怨みもまた溜まりそう。
「カロリーナです」
「あっ、こちらへどうぞ」
「?」
ようやく一人通過したか。
「次どうぞ」
「カロリーネです」
「ちょっと待った!さっきの君」
「はい」
「二人ともあちらへどうぞ」
「??」
似ている名前も排除とは。しかしこれでは決まるものも決まらないのではないか。
「ちょっとタクロ君」
つい、口を挟んでしまう。
「なんです。出番はまだですよ、邪魔せんで下さい」
「いくら何でも杜撰すぎませんか」
「二百名相手にはこれしか無いんだ、次!」
珍しく、周囲が見えなくなっているようでもある。タクロに限って女性が苦手、ということはないはずだが。
「ヴィルヘルミーナです」
「こちらへどうぞ」
「レオポルディーネです」
「こちらへどうぞ」
「マーセイディーズです」
「ジェラルダインです」
「イルメントルートです」
「フロレンティアーナです」
「こちらへどうぞ」
被り難き名前の長い女ばかりが通過していく。選考者たちもこの気配を敏感に感じ取っているようだった。
「ジークルーン・ジークリンデです」
「どっちなんだ」
「どちらも。父母それぞれの祖母の名を名乗る一族の決まりに従ってます」
「受付名簿にあったか?」
「ありません」
「通り名のエリナで登録しました」
「あります」
渋い顔になる庁舎隊長に、女は念押しする。
「日常生活では本名を使用しています」
「……よし、いいだろう」
「こちらへどうぞ」
行った先でガッツポーズの女であった。メイドたちは、この選考の形に抗議したい気配を押し殺している。能力ではなく名前で合否を決めるのでは、今後が不安であるはずだ。エリアに至っては白目を剥いて震えており、臆病で大人しい彼女にしては実に珍しい憤りの発露だった。
一方、タクロの指示に従い、てきぱき名簿の処理を進めるアリシア。こちらは異議無さそうな顔をしている。今のメイドのなかで最も落ち着いていて、タクロから受ける信頼を裏切ることをしたくないのかもしれない。
例の女が来た。捕虜交換時、タクロはいなかったから、違和感を感じることはあるまい。そして、見覚えがあるはずの城壁隊長はこの場にいない。
「メーレです」
「あちらへどうぞ」
「……」
なんと、タクロは弾いた。微妙だが、名前被りは無いのに。どのような思考があったかはワカらないが。時に見せる感の鋭さの発揮なのかもしれない。
が、ここで軍司令官が出てきた。不機嫌な顔をしている。
「キミ、選考の基準はなにか」
「秘密」
「もしやと思うが、名前の長短か」
「さて、どうでしょう」
「いい加減すぎる。やり直したまえ」
「できません、次!」
「止まれ!これは命令だぞ」
「閣下、時間が足らんでしょ」
「なら、私たちが手を貸そう。アリア君」
「はい」
「ちょ、ちょっと、出撃隊員を選ぶんじゃないんすよ」
「キミの企画書の精神に従って選ぶ。時間がないなら手伝ってやると言っているのだ。推し頂きたまえ」
「うぐぐ」
最近珍しいが、これは勘の悪い軍司令官の側に分がある。あちら集団の女たちに、軍司令官とアリアが声をかけ始める。立ち尽くし、それを見るタクロにアリシアが話しかける。
「隊長殿、続けますか?」
「つ、続けるとも。さあ次だ!名前は……あれ?」
赤毛の幼馴染の番であった。
「……な、名前だよね。私は」
「言わんでいいし知ってるし。それより応募すんのか」
「う、うん。まあ」
「その体格では無理……あれ、お前、痩せたか?」
「ちょっと」
「いや、かなりだろ」
「そ、そうかな?」
「ワカった。病気だな、それで金が必要になったんだ」
「違うよ」
「じゃあついに店が倒産したか」
「そ、それも違う」
「蛮斧の女が病気と飢え以外で、そんなに痩せるはずがない」
メイドたち全員が、幼稚な発言をするタクロを睨んでいる。
「うるさいなあ。よくワカらないけど、痩せたんだよ。体調も良いんだ」
「ここで働くって、我らが庁舎隊御用達の酒場はどうすんだよ」
「最近来てないくせに」
「こちらへどうぞ」
メイドたちが勝手に案内を始めた。
「こら、おれはまだ決めてないぞ」
「でも、後も詰まってますので……」
「と、とりあえずお前はあっちに行ってくれあっちに」
「あっち……え、ぐ、軍司令官閣下がいる方へ?」
「ああ、えーっと、うーんと」
「こちらへどうぞ」
「こっちですね」
「はい、どうぞ」
女たちの連携により、彼女はとりあえずの通過側へ案内された。眺めていてなかなか愉快な光景であった。
結局、名前で捌いたタクロであったが、事務処理能力の高いアリアと軍司令官によって、再チェックが行われた。志望動機と振る舞いにより、選別をしている。少なくとも公正に見える。当然、選考から漏れた女たちもいるが、
「この魅力溢れる町に住むキミたちのために、私は必死に頑張ろうと考えている」
「キミたちが何ものも恐れずに生きていけるように私は頑張るつもりだ」
「私は約束するよ。どんなことがあったとしても、せめてこの町の人々だけが幸せにいられるように」
軍司令官の気障な話だけではない。会話をし、さらに握手を交わし、ご機嫌に帰っていく落伍者たちであった。この人物は女たちからの受けが本当に良い。不思議なほどに。例の能力の一環というだけではあるまい。
そして三つの集団が成立。タクロ作のこちら集団。あちら手段はさらに二つに分かれ、アリアが選抜した実務者集団と、軍司令官が選抜した美女集団とに。
ほぞを噛むタクロ。
「くそ、予定が崩されちまった」
しかしそもそも予定に狂いは生じていたし、人数も五、六十名ほどになったのだから、タクロはアリアと軍司令官に感謝をせねばなるまい。
「企画書では……次は書類テストだな。試験問題は?」
「会議室にまとめてあります」
「六十人も入っては息苦しいな。まず庁舎隊長の選抜組から見ていくか」
「いや、そちらの集団からにしましょう」
「さっきから文句ばかりだ、私は軍司令官だぞ!」
「軍司令官なら部下の職権を侵さんでください」
この二人の押し合いがもっとも時間の浪費なのかもしれない。そこに、書類の束を持ってきたアリシアが強引に解説を開始。私と同じ思いに到ったのか。
「ここに行政文書があります。正しく処理されているもの、そうでないものが入り混じっている状態です。順番にとって確認し、その書類が正当に処理されたものであるか否か、必ず理由もつけて説明してください。軍司令官閣下、庁舎隊長殿。試験官として、会議室にて待機願います」
「おおおおう?」
「フッ、ワカったよ」
声の出し方、説明能力、割って入るタイミング、全てが理想的だった。といって決してでしゃばらないこの娘は運動能力だけでなく、度胸にも長けている。私は感心するしかない。
双方の補佐役として、アリアとクレアも会議室に入った。私も視線を鳥から猫に切り替える。
意外なことに、試験一番手は赤毛の幼馴染だった。
「この書類は、正しくないと思います」
「それは何故?」
「決裁の」
「決まってる。決裁をしている者が怪しいためだ」
「決裁者は……庁舎隊長」
「閣下はいい加減黙っててください。で、なんでだ?」
「決裁の日付がヘンだよ」
「どれどれ……ん?ちゃんと書いてあるぜ」
「この前日、隊の連中と飲みまくったあんたが目を覚ましたのが二日後だったから」
「そ、そうだっけ?」
「そうだよ。というかこの時のツケ、まだ未払いだからね」
「HAHAHAHA!」
聞いていた軍司令官が身をよじって爆笑。
「わ、笑える……しょ、書類の日付を直しておくように。あと、借金は明日までに返済するように」
「ちょ、ちょっと勝手なこと言わんでください!」
「そうだ。私が立て替えよう。いくらだい?」
「これくらいなのですが……」
「ちょ、待てよ!」
「ワカった。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ま、待ってくれ!」
「と言うわけで庁舎隊長、キミは合計で金貨三枚分、私に負債を負う身だ。忘れるなよ」
「じょじょじょ」
「冗談ではないよ。そして私は利息を取る。日利で一割、当然複利だからね」
「げっ!」
「今、手持ちがあれば受け取るがね、ある?多分無いだろう?ン?」
「き、金貨なんて普段持ち歩くもんじゃないし」
確かに、それは光耀でも同じ。
「さてな。だが、私は元本について金貨以外での返済を認めなーい。キミには特別に、勤務中だが、金策に走ることを認めよう。ただし、時間は無いから?選考は代わって私が引き受けてやってもいいが?」
「くっ……」
「どうするね」
「す、すぐに戻ります。その間は……」
「いいだろう引き受けよう。キミは好きにしたまえ。つまり、無理に戻らなくてもいいってことさ。では、始めようかアリア君」
「ハイ。では、こちらへどうぞ」
涙を切って庁舎を飛び出して行ったタクロを、申し訳なさそうな顔で眺める赤毛の幼馴染である。選考からタクロを追放した軍司令官の手腕は中々に見事であったと言う他あるまい。