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境界防衛  作者: 蓑火子
採用選考過程にて
34/131

第34話 まったく馬鹿な男/無反省の女

―庁舎の塔


 応接の間に至る螺旋階段も、火事の痕も、二重扉も、今や全てが違って見える気がする。


ガチャ

ガチャ


「……どうも」

「お帰りなさい」

「……」

「タクロ君」

「はあ、まあ」


 ついさっきおれ様を半殺しにしたくせに、なんとまあ、涼しい顔。


「大変でしたね、お互いに」

「ええ、大変でしたとも」


 半殺しにされただけでもツラいのに、戦いの後もツラかった。


「元出撃隊長殿や負傷者をみな、あなたが引き上げたのですね」

「ええ、おれともう一人で」

「サイカーが手伝ってくれたのですか?」

「ええ、多分呼び名も知らんそいつですが、その通りですとも」


 あの部屋を白日の下に置きたくないだろうあんたの意を汲んでだよ、と言いたいが我慢しておく。椅子の部屋に通じる道も壁を戻し、瓦礫を置き、隠蔽済みだ。


「私への心遣いですね。感謝します」

「……」


 バトル時の本性から見るにこりゃ作られた笑顔だろうが、それでも心が揺れてしまう。ああ、何故だろうナイスバディの美人だからかまったく馬鹿なおれ。


「ただ、あなたの部下の二人は、あのことを知っていますね」


 あのこと……装置のことかな。


「黙っておけとは言っておきましたよ。二人とも入院せにゃならんけど」


 途端に、冷えた笑顔が現れたように、空気が冷えた。この女、やる気か?


「あいつらに何かすれば、おれは例えあんたといえども絶対に」

「しませんよ」

「許さない……!え、あ、はい。でも、今、笑顔が凍ってましたよね?」

「いいえ?」

「ウソつけ、殺気感じたぞ」

「しませんよ」


 殺気は気のせいではないな、怖い女……と、そこに、トサカ頭が二房入ってきた。一房は介助つきだ。


「イテテ……あ、やっぱりここすね隊長」

「やっぱりとはなんだ」

「別に。で、報告すよ、元出撃隊長を入院させてきやした。しばらくは絶対安静だそうで」

「アイツ身体ボロボロだったもんなあ。かわいそうになあ」


 横目で女宰相を見てやる。が、涼しい顔……コイツもしかしてとんでもない女なんじゃないか。


「かわいそう?あのブタ、オレの手をこんなにしやがったんすよ。ぶっ殺してやる」


 真犯人の存在をそこにいるよと教えてあげたいぜ。


「両方とも完全には折れてないんだろ、よかったじゃん」

「ぶっ殺!」

「まあ、お前もこれから入院するんだ。しばらくは大人しくな。で、ナチュアリヒの具合は」

「大丈夫、数日安静にすれば良いそうです」

「そりゃよかった」

「で、コイツのことなんですが」


 隣の鉄仮面房を、負傷した腕の先にある指でちょいちょい指さすエルリヒ房。そんな相手を甲斐甲斐しく介助するその姿は美しい。


「うん。鉄仮面つけてりゃ、違和感ないな」

「いや、あるでしょうが」

「庁舎隊長殿。私はそちらの方、初めてお会いする部下の方ですね」

「……」


 平然な顔してよく言うぜ。


「ほら隊長……」

「まあ、我が隊の新人ですよ。ウチの組長べったりなヤツなんです」


 は?


という顔のエルリヒの隣で、凛々しく姿勢を直す鉄仮面。しかし、所々見える皮膚はあまりに黒く、滑らかすぎた。


「とりあえず一緒の病室に泊めてやれ」

「マジすか。気が休まらない」

「離れねんなら、しょうがないだろがい」

「落ち着かねえなあ。隊長、なんか考えておいてくださいよ」

「それよりエルリヒ」

「うす」

「そいつとは何処で会ったんだっけ」


 すでに話し合わせは仕込んでいる。それまで嫌がっていたトサカ頭も、目を笑わせて乱暴に、


「コイツ昔からいたでしょ」

「そうだったな。そいつの故郷はどこだった?」

「オレと同じ。ここから南のしけた村すよ」

「よし、今日はタダ酒を飲ましてやる」

「やった!病院で待ってますよ。おら、ついてこい」

「……」


 トサカ二房が出て行った。


「まあ、他言無用を言い含めて、あんな具合だから、見逃してやってください」

「条件があります」

「条件って……」

「後日、鉄仮面の彼を観察させてください」

「あの様子じゃ漏れなくウチのエルリヒ君もついてきますよ」

「組長殿の相手は、あなたに任せましょう」

「……」



「で、核心の話」

「庁舎隊長殿。お話はまたいずれ」

「おいおい」

「それよりエルリヒさん、飲酒は一杯だけがいいです」

「話変えんなよ。でもなんで?」

「一杯だけなら、骨の治りが速まりますから。飲み過ぎてはいけませんが」

「へぇ……それであの施設は」

「ダメよ」

「ダメ?はっはー、ここでダメなのか、時間がダメなのか」

「……」

「何がダメなのかも言えない?残念です、閣下は、おれに対しては信頼してくれてる、と思ってたのになあ」

「庁舎隊長殿」

「壮絶に殴り合った仲じゃないすか」

「庁舎隊長殿」

「ん?」


 女宰相が出口の辺りを見ている。誰か居るのか。


「……」

「……」


 黙っていると、


ガチャ

ガチャ


「失礼します」


 下女が入ってきた。勝ち気で強気で、でもちょっと陰があって、おれの指示をあんまり聞かないどうしようもない下女の一人だ。名前は確か、クリア、いやクレシア、いやいや……


「庁舎隊長殿、指示を受けていた品の補充に参りました」

「お、おう」


 無言で作業を続ける……クレリア、違うクレシダかな?気を使ってか、女宰相が話しかける。


「クレアさん、いつもありがとうございます」


 そうだ、クレアだ。


「いえ。私の仕事ですから」


 そういや、出撃クソ女の次くらいに、軍司令官に媚びていたっけ。


「もう体調は良くなりましたか」

「はい。絶好調です」

「よかった」


 今日の女宰相、妙に話しかけているな……あの設備についちゃ誰にも聞かれるわけにはいかないって事か。


「あの……」

「ん?」

「お話の邪魔をして申し訳ありませんでした」

「気にするな。大した話じゃない」

「……」

「?」

「それでは失礼いたします」


 ま、話は聞かれていないだろ。よしんば聞かれてたとして、あの女に理解できる話でもなかろ。


「始末するんで?」


 横を向く女宰相。これは無視だな。かわいいところもある。そして、用心深い女宰相のこと、これは押しても引いてもダメそうだ。しかたない。話を変えるか。




「こんな話があるんですよ」

「はい」

「……」

「?」

「ええと、下女頭を誰もやりたがらなくて」

「メイド長、としたほうが良いでしょう」

「ああ、まあそれです。そういやさっきのにも拒否されましてね」

「そうなのですか」


 だが、クレアは明らかにタクロに気を遣っていた。理由は明らかで、火災からの脱出時に良質なアイテムを手渡されたことで、彼に感謝しているのだろう。話も聞かれておらず、始末する理由もない。


「上昇志向のない連中だぜ」


 メイドたちの心中には出撃隊を継いだアリアを見て、躊躇する気持ちが芽生えたことだろう。女の身で軍事と関われば、それだけ危険も増えるのだから。


「実戦部隊に組長が重要であるように、メイド長が必要なのですね」

「まあそう言うことすね」


 一つ、手伝いをしてやろう。


「組長は、どのような基準で選ばれるのですか?」

「えっと、あいつらは戦場での活躍とか、普段の様子を見ておれが決めてます」

「誰かに拒否されることは?」

「あんまりヘンなヤツを上げると、下の連中がこっそり始末したりはあるらしいですけどね」

「始末?」

「殺しちゃうってことです。庁舎隊ではまだないけど」


 さすがは蛮斧の世界。


「メイド長についてですが、面接を行って、その上であなたが指名するというのはいかがですか?」

「面接?」

「メイド長に必要な心構えを問うのです。その条件に最も適った娘を、あなたが任命する」

「なるほど……」

「理りを説けば、先程のクレアさんも断りはしないでしょう」

「確かに、業務命令ならあいつらも断れんでしょうな」


 ちょっと違うのだが、この辺りの意識の差は已むを得ないものか。


「よし、それで行きましょう。最初、募集をかけようと思ってましたが」

「あら、募集をかけるのもよいではありませんか。いずれにせよ欠員は補充しなければならないのしょう?」

「それもそうですね……あ、ちょっと失礼」


ガチャ


 二重扉内の用具収納を漁るタクロ。


「これこれ。私の前任者が前に使ったらしいチラシです」


ーーーーー

通知

庁舎下女の仕事二名急募する旨、

以上

ーーーーー


「行政通知文、ですね」

「これに釣られてきたのが今の連中です。ワワワワワ」

「せっかくですから、構成を変えませんか」

「というと?」

「たとえば」


さらさらさら


ーーーーー

二名急募!

市民憩いの庁舎で働こう!

行政事務と衛生維持のお仕事です!

チームワーク溢れるメンバーが、

頼れるあなたを待ってます!

※給金は町の平均賃金以上をお約束。詳細は庁舎隊長まで

ーーーーー


「どうでしょう」

「おお、なんかスゴいな。光曜ではこんななんすね……しかし、我が国は字が読めないヤツもいますよ」

「チラシではなくポスターにして貼り出せば誰かが読んでくれるでしょうし、労力なく噂は広がりますよ」

「確かに。じゃ、この町、を都市に書き直して……早速、表に貼り出してきます」


 跳ぶように出て行ったタクロの後ろ姿を見て、この善良な男には、どこかで古代遺物についての話をしておくべきであると感じる。ただ、不思議とためらいも感じるのである。




―療養所


「お、来たな隊長」

「ああ。ほれ、酒だよ」

「やった!ってコレだけ?」

「今日はな。一日この量なら、傷の治りが速いんだと」

「誰説です?」

「光曜の女宰相殿」

「へえ……本当に?」

「ああ」

「なら、言うことを聞きますよ」

「なんで?」

「敵国の美人の言う事はきっと正しい気がします。ちょっと年上そうすけどね」


 可愛いヤツめと頷いていると、女宰相がサイカーと呼ぶ鉄仮面がおれの器に酒を注ぐ。


「おっ、ありがたい」


 なんて気が利くんだろう。


「そんじゃあ飲むか」

「もうやってますよ。それよか隊長、庁舎メイドの欠員に募集かけたっしょ」

「え、もう知ってんの?」

「当たり前ですよ。早速、都市はその話で持ちきりすから」

「マジか、さっきポスター貼り出したばっかりだぜ」

「実は、庁舎の仕事は人気があるんすよ」

「まあなあ、おれたち活躍してるからなあ」

「……それもなくはないかもだけど、真相は軍司令官が都市の女たちに人気があるから」

「何の関係が?」

「決まってるっしょ、お手つきを期待してるんすよ、げへっ、へっへっへっ」

「……くっだらねえ。そんなクソ雌が来たら、絶対落としてやる」

「止めといたら?恨まれますぜ」

「今回はおれが直接面接するんだぜ。全てはおれが気にいるかどうかだ」

「可愛いくて若い娘を優先してくださいよう」

「いや、覚えやすい名前の女を優先するつもりだ」

「今の、名前覚えました?」

「ああ、どうかなあ」

「そんなら、メガネの大人しいのは?」

「ええと、エリシア」

「じゃあ、あの幼い感じのは?」

「エリア、いや違う、エレシアだ」

「占いにハマってる、ちょっと婀っぽい娘は?」

「レリリア」

「おしい」

「レリシア」

「隊長ふざけてるだろ。全部ハズレだよ!」

「やかましい!だからだよ、今度は覚えやすい名前の女を優先する!」

「今の女たちは可愛いけど、みんな気位が高くていけねえ。ちょっとケツを撫でようとしただけで、凄え目で睨んでくるんだ」

「そりゃそうだろ」

「どうか親しめる娘でお願いしやす」



―庁舎


「おはようございます、庁舎隊長殿」

「おう勇敢女、早いな」

「募集の応募が来ています。凄い量です」

「そりゃ結構だ」

「百名程度来てますが」

「なに!マジか」

「これが受付簿です」

「どれどれ。う……」

「確かに大変ですが、大変なのは全員を面接する隊長殿だけです」

「……」

「何か?」

「お、お前らも同席させるぞ」

「え、何故」

「お仲間を選抜させてやるよ!どうだ嬉しいか」

「……はい、多少は」

「全くクソ面倒くせえ……おい、これ外に貼り出しといてくれ」

「はい……面接は明日の昼過ぎ、ですね」

「ああ、とっとと終わらせよう」

「メイドはみな昼過ぎが比較的忙しいので、午後の別の時間帯であれば助かると思いますが」

「ダメだそれで行く」

「しかし」

「決めたんだよ、いいな」

「はい、それでは」




 朝、タクロがやってきた。


「と言うわけで、明日の昼過ぎに面接することにしました」

「あなたは決定が速いのね」

「人生は即断即決ですよ」

「昨日の今日で、よく集まったものです。何名くらいですか?」

「ざっと百人」

「え」


 聞き違いではない。そして百人もの面接を行うのに、大した考えは皆無の様子。いくら乱暴我殺が信条の蛮斧世界とはいえ、それで大丈夫だろうか。


「なにか?」

「……即断は結構な事ですが、百人超の応募、それだけの面接をこなせますか?」

「面接をする前に、ふるいに掛けます」

「どのような基準で?」

「まず、名前です。今の連中と近い名前だったり、紛らわしいヤツらは問答無用で全員却下」

「それはまた」

「それと業務能力を実践させ、今のげじょ……メイド連中に見させます。そこから抜擢した人数を私が面接する。どうです?」

「名前で弾くことと人数以外は合理的と思います」


 目も行き届かない上、有意の人材もふるいにふってしまう事になるだろう。今、メイドは比較的良い人材が揃っているが、悪質な者が入ってきては私にとっては望ましくない。それがいくら小さな影響しかないとはいえ。そんな私の顔色を読み取った様子のタクロ。


「上手く行かないとお考えですか?」


 仕方ない。私のアイデアを加えてみよう。


「百人もいるのなら、例えば十のグループに分けて、選考を行なった方が、進行上都合が良いと思います」

「なるほど」

「また、選考官も増やした方が良いですね」

「あ、それは女どもにやらせます」

「あと、百人が一度に庁舎の業務のテストをすることは困難でしょうし、庁舎内が混雑します。外の広場で判断に足るテストを行うべきです」

「走らせるとか?」

「端的に言えば」


 などと話をしていると、なにやらタクロの顔が笑顔に染まってきた。


「なんだか楽しくなってきましたよ。そうだ、閣下も選考を手伝ってくれませんか?」

「?どういうことでしょう」

「例のポスターの効果があったのだとしたらですよ、本件について閣下と私は切っても切れない一蓮托生の仲じゃないですか」

「切ったら切れますし、一蓮托生では無いと思いますよ」


 捕虜の私を働かせようとは、図太い精神をしている。


「いいじゃないですか。良いメイドが入れば、閣下のためにもなる、かもしれない。なに、また例の如く会場の様子を遠視して、これはと言う者がいたら私に知らせて欲しいのです。閣下はメイドについては、私より見る目があるでしょうから」


 それは確かにその通り。これは私にとって、協力者を得る良い機会にもできる。そして、遠視をする程度ならこれまでどおり。タクロとのバランスを崩すものでもない。


「そう、ですね。その程度であれば」

「よっしゃ!明日が楽しみだなぁ」

「しかし条件があります」

「また条件ですか」


 言いなりになっているだけではつまらない。


「件の施設についてです」

「へい」

「この目で、直接見たいと思っています」

「は?」

「直接、見たいのです」


 自分の立場理解してる?という顔だ。


「無事に確認できるよう、取り計らってください」

「マジですか」

「これは絶対条件です。どうですか?」


 タクロは私の依頼を断るまい。


「……仕方ない。しくじったらクビじゃ済まないでしょうが」


 確かに、この国では死刑だろう。


「ふふふ、よろしくお願いします。私もやる気が出てきましたよ」

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