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境界防衛  作者: 蓑火子
労使の闘争にて
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第33話 上がる女/上がりはしなかった男

 立ち塞がった邪魔者を地に沈めた私は、古代の跡を進む。二代目出撃隊長も、逃亡兵も、庁舎隊長と庁舎隊士も、私の敵ではない。


 ふと、自分の意識が元出撃隊長と深く繋がっていることに気がつく。彼が完全に気を失う前に、その精神の拠点に深く手を差し込むことができたのは幸いだった。この後に彼が生きていれば、褒美を与えよう。


 道の先には岩石が転がっているような部屋があった。


「……」


 見つけた。知らぬ者が見ればただの岩造りの腰掛けにしか見えないだろう。例のサイカーの存在からも、この遺物は未だ動いている。確実に。


 素晴らしい。ああ、素晴らしい。


 現代の人々が何事かを達成しようとも、古代の人々が到達した技術には至らない。その世界すら滅んだ以上、我々の世界に如何程の価値があるだろうか。より多数の人々の平和と幸福の為に保持されるべきだ、という意味以外の価値などあるまい。


 だが、我が国の太子がこの施設を手にすれば、その目的の為に用いようとするだろう。それは防ぎたい。光曜人の目には触れさせず、蛮斧人にも認識させず、私が確保する。そんなことは可能だろうか?


 ここは蛮斧の領域。可能と仮定して、私の手足となる者へ極秘に保持させるしかないか?そのために元出撃隊長を高位者とさせようか?時間がかかりすぎるなら、中継ぎとして庁舎隊長でもよいが、彼を洗脳できるだろうか?


 この設備、どれだけ調査しても足りそうもない。心を躍らせていると、後ろに気配がした。荒い息で庁舎隊長が立っている。散々に痛めつけたはずだったが……サイカーが庁舎隊長に肩を貸している。まだ回復したわけではないようだ。


「貴様、突撃デブじゃないな」


 気がつかれたか。だが、


「何モンだ?」


 私が入っていることを気取られなければ、答えを返す必要はない。この部屋をもっと調査したい。今の彼からこちらに手を出すことはあるまい。ならば、無視してしまえばいい。


「……」


 実に素晴らしい装置である。自己に類似した物体を複製する、考え難い技術の到達点。一体の製造後はすぐに稼働はできないようだが……これが数多くの偉大を為した、古代人の膨大な労働力の根源なのだろうか。


「おれなんぞ無視か」


 古代の人がどのような名前でこの装置を読んでいたかはワカらない。彼らの肉声は残っていないし、我々の文明も彼らから多くを学んだが、根源は異なる。ならば私が名前を与えねば。


「へっ。よほど大切なんだな、その椅子」


 機能を見て、すぐに決まった。プシュケーだ。限界突破の鍵は根源にあり、と言うが如く、性能に相応しい美称ではないか。


「ねえ、宰相閣下」

「……」


 動きを止めてしまった。まずい、と思ったが、


「やっぱりな。ウチのに松明の火を浴びせたろ。いつか見た風っぽかったぜ」


 あれでワカるとは。相変わらず、鋭い。


「そのデブ、脳みそは鳥並みでも鳥じゃねえんだぞ」

「……」

「そいつを良いように操って、手も壊して……そこまでしてココに来たかったんだな。暴徒の連中を利用して」

「……」

「ひでえことしやがる。そのために何人死んだかワカらん。もう一人、ウチの組長の両腕をへし折りやがって」

「……」

「なんとか言えよ」

「私はそんな人間ですよ」

「……」


 挑発に乗って、自分の声を伝えてしまった。しかし、この場で返答を避けるほどに臆病であってもならないだろう。


「私を軽蔑しますか」

「え、いや、まあ、うんと」

「……」

「何か事情はあるんだろうけど」


 やや目を伏せる庁舎隊長。相変わらず甘い……


「事情があれば、このようなことをして許されると?」

「な、なに言ってやがる。あんたがしでかしたことだろ」

「私がしでかしたことを、あなたは容認しますか?」

「できねえから言ってんだ!」

「では何と?」

「えっ」

「私をここで殺す、と?」

「……」

「しかし、私の体は庁舎の塔にあります。今、この時点で私を殺すことはできません」

「だろうよ。何となく予想はつくよ」

「では庁舎の塔に戻れば、私を殺せると?」

「んなこと言ってないし」

「というよりもあなた、この場から生きて帰れるとでも?」

「へっ?」

「あなたが今知ったこと、私が自分の目的を遂げるための手段を本当に選ばないとしたら、私の存在に気がついたあなたは邪魔なだけ。違いますか?」

「飛躍しすぎだよ」

「そうでしょうか。あなたと、向こうで転がっているあなたの部下を始末すれば、私の本性を知る者は誰もいなくなる……」

「ズ、ズルいぞ」

「私は魔術を用います。魔術とは、そういうことも可能にする技術と言い換えることもできます」

「本当に……ズルいな」


 負傷していてもさらに身構えようとするその姿は、安全な場所に立つ私の心に感情を注ぐ。


「さあ、命乞いなさい」

「なんだと」

「サイカーの肩を借りてここまで追ってきた勇気は褒めてあげましょう。軽率な行いでも。だから」

「……」


 蛮性から程遠い庁舎隊長の目がギラギラと輝いている。


「私を納得させる命乞いをすれば、見逃してあげますよ」

「サイカー……いやいや……見逃すとは、随分な言いようだな」

「私とあなたの間には、それだけの力量差があります。私にとってあなたを殺すことは、虫を踏み潰すようなものです」


 そう、殺そうと思えばいつでも殺せた。何故それをしなかったか。彼が蛮斧における私の世話人である、ということ。協力者がいれば都合が良い、ということ。加えて、彼の私に対する好意が、殺す機会を生じさせなかった。今も思う。ここで殺すのは惜しいと。そして誇り高いこの男なら、


「だからって命乞いなんてするか」


 そう、するはずがないのだ。彼の精神力を、もっと試したい。


「殺されたいのですか?」

「ふざくんな」

「真面目ですよ。さあ、這いつくばって?」


 今、私は抑え難き強者の性を感じている。


「おれのケツでも撫でてくれるのかい」

「首に縄をつけてあげるわ」

「けっ、ならこうしてやる」


 タクロはサイカーの首に、ビタッと手斧を当てた。


「サイカーってあんたは言ったな?コイツはここから出てきた野郎だ。コイツを消されたらあんたにとって都合が悪かろう」

「ふふふ」

「笑うなよ。そんな余裕あるか?」

「あなたにはできませんよ」

「ハッ、殺ってやるぜ」

「できませんよ。それをするにはあなたは優しすぎるもの」

「んだとお?」

「野蛮無惨な蛮斧の戦士というのに、あなたには冷酷さが決定的に不足しています。最大の欠点ですね」


 彼の好しからざる、最大の欠点だ。


「……」

「しかし、私はあなたをなんの躊躇いもなく殺すことができます」

「そうかい。それにしてもあんたは不潔な物と縁があるな?」

「?」

「あんたが操る突撃デブ、すげえ臭えぜ。よほど酷い道を歩いてきたんだろうが」

「……」

「声はあんたなのにな。クソ踏んだ時のあんたの靴と似たニオイがするぜ」


 口の減らない若造を痛めつけてやろう。




 突風がおれの体を天井まで押し上げた。


「ぐえっ」


 天井に頭を打つ日が来るなんて。クラクラする。落下、さらにデブの強キック。手で身構えるが、


ドゴッ!


 アゴまで蹴り抜かれた。


 という事態が瞬時に把握できる程度には、頭が冴えてきた気がする、攻撃を受けながらも。おれは喧嘩が強いんだ。美貌の女宰相が相手だろうと舐められてたまるか。それに、この女は予期せぬ出来事には弱いはずだ。


「おらあ!」


 漆黒隊員では効果がなかった。ならば椅子ならばどうだ。蹴られた反動で椅子に近づき、斧を構えるおれ。


「あ……」

「この椅子をぶち壊してやる」

「……」


 今度は反応ありありだ。


「虫けらのようにおれを殺せるんだろ?やれよ。おれが斧を振り下ろすのが先か、アンタの魔術が先かどうかだ」

「私のが先でしょう」

「だからどっちが先か、やってみようぜ?このままアンタに殺されるくらいなら、死ぬ気でやってやる」

「やめなさい」

「聞こえなーい」

「やめなさい!」

「へええ、アンタでもそんな大声を出すんだな。イイ声だぜ。もっと聞かせてもらいたいよおおっとお!」

「やめて!」

「へっへっへ……やめてって。こんな岩のくり抜きスケベ椅子がそれほど大切かよ」

「それを破壊しないで」

「謝れ!」

「!」


 女宰相が操る突撃デブの動きが止まった。おれのハッタリが効いたか?


「聞こえねえか謝れ!詫び入れろオラ!」

「ッ……」


 謝らないな。クソ、ならブチ壊してやるか。斧を思いっきり振り下ろす。


 ドン


 紙一重の突風が抜け、斧が吹っ飛ばされた。なんて速さ。おれの命もここまでか。観念し、椅子に座り込んだ。だが……


「……?」


 女宰相からの攻撃は飛んでこなかった。さっきはあれほどの殺意を放っていたのに。突撃デブも、立ち尽くして微動だにしない。


「ふふふ」


 女宰相の笑い声だ。


「何笑ってんすか」

「タクロ君、今何を考えていますか」

「なんだろ……何も考えたくない」

「では私の考えていることを言いましょう。このあたりで、お互いに手仕舞いにしませんか?」

「手仕舞い……休戦?休戦するってことか」

「違いますよ。仲直りをする、と言うことです」

「何、おれを仕留める力はもう残ってないのか?」

「残念ながら」

「本当かよ」

「今ので私は力を使い果たしてしまいました……これ以上戦うことも、この場を調査することもできません」

「そりゃいいな。なら、ぜひ仲直りしましょう」

「ですが私はあなたに謝っていません。謝るつもりもありません。それでも良いのですか?」

「いいよ、もう、何でも」

「タクロ君」

「なんすか」

「あなたが無事に帰還して、また顔を合わせる日々が始まるわ」

「そっすね」

「このままだと気まずいでしょうね、お互いに」

「誰かさんのせいでね」

「私はあなたと気まずくなることを望みません」

「望まないっつったってなあ」

「気まずいのは嫌なのです。なので、今、ここで仲直りの誓いを立てましょう」

「誓いぃ?」

「そう。お互いに誓約するのです。気まずい態度はとらない、これまで通り良好に振舞うと」

「しかし、誓約なんて破るためにするもんでしょう」

「誓約をすれば、お互いに努力します。違いますか?」

「まあ……なんだかずいぶんガキっぽい感じするけど」

「いいではありませんか。かつて誰もがみな子供だった、という言葉もありますし。今だけ童心に還りましょう。仲直りも、より真実味が増すと言うものです」


 確かに、小さい頃はケンカした次の瞬間、仲直りできたっけ。ただ、あの頃のケンカは殺し合いでは絶対に無かったが。


「まぁいいすよ。で、どうするんです」

「互いに目を見て、自分の胸に手を当てて、誓いを声に出すのですよ。では私から」

「お……」


 静止した突撃デブの体から、女宰相らしき光が現れた。確かに、彼女っぽい雰囲気がある。不意打ちで視線が衝突し、心臓がガキのように跳ねた。


「私はこの諍いを悔やみ、以後あなたと良好な関係を……イマひとつですね。タクロ君」

「は、はい」

「また、明日からよろしくお願いしますね」

「お、おう」

「はい。次はあなたの番よ」

「お、おう。ええと、その、なんだ。まあおれはこんなことがあってもあんたのことは別にそれほど嫌いじゃないです。だからまあ、また明日からよろしく」

「フフフ」

「ダ、ダメすか?」

「まあ……いいでしょう」


 女宰相らしき光は微笑んだ。クソ、ちょっと可愛いぜ。


「ではタクロ君。元出撃隊長の身体を返します。あなたの帰還を心よりお待ちしていますよ」

「え、ちょ、ちょっと!」


 光が消えた。と同時に彼女の気配も消えた……気がする。


「このデブ、おれが連れ帰るのか?ああクソやってらんねえ」

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