第32話 真剣勝負の女/ヌルい男
「行き止まりだ!崖になっている!」
臭気と虫と隊の不和を敵として進み続ける新生出撃隊分隊。ついに、先行者達を発見した。
「いたぞ!二代目だ!」
「逃亡兵もいるぞ!」
「みんなまとめて死ね、軍司令官閣下の命令だ!」
が、彼らは疲弊しきっており、
「出口?突撃デブの、うしろに、あるね。でもいけるものか!」
「たすけてくれー!たすけてくれー!虫が、くるよ……」
「ガイルドゥムさーん……ガイルドゥムさーん……ここだよ……はやく……はやく……」
悲惨の一言だった。彼らはみな精神を病んでいるかのよう。余りの無惨さに戦いにすらならなかった。そして進退極まった二代目に、戦斧が突きつけられる。
「観念したか」
「へ、へへ……」
「おう!何とか言えよ!」
「殺せ、殺せよ……」
「?」
「臭い……もう臭いのは嫌だ」
「……」
暴徒も、逃亡兵も全員破滅するしかないだろう。
軍司令官の指示は達成されたわけだが、私の目的は未だ発見できていない。場所が違うのだろうか。
いや、そんな筈は無い。他に道を見落としているか、この先にあるか。
「ガイルドゥムよ、崖下を調べなさい」
「承知」
下は深すぎてか底が見えない。だが、
「風が吹いてきてる。ここより綺麗な空気だ」
この下しかあるまい。
「ガイルドゥムよ、よくやりました」
「グフっ、グフっ」
「ガイルドゥムよ、逃した者はもう居ないかもしれませんが、念のためです。この下へ降りましょう」
「承知!……降り口は……」
「ガイルドゥムよ、あれですね」
壁に打ち付けられた鎹のようなものがある。つまり、降りることを想定され造られたということだ。
「この体重だと壊れるかも?」
巨漢の心配は妥当だ。成人男性三人分の巨体。今後は、この男も減量させる必要があるかもしれない。
「ガイルドゥムよ、大丈夫です。万が一鎹が外れても、支援します。あなたは設備から落ちないようにしてください」
「部下どもはどうしましょう?」
「ガイルドゥムよ、来た道を返しましょう」
「承知。お前ら、二代目も捕まえたし、先に洞窟の外へ出ていいぞ!」
「ワワワワワ!」
「ワワー!ワワワー!」
「隊長、ダメですね。壁が出てるまんまです」
「横にズラしてみるか、ほら、そっち持て」
「持てってなにを?」
「壁を」
「んなもん持て無いすよ」
「持つように掴め。いくぞ、ふん!…………ダメだなこりゃ」
「……うす」
「他に出口は?」
「ないす」
「弱ったな」
困り果てるおれたち四人と突っ立っている漆黒の新隊員。
「このままじゃ、俺たちここで死ぬしかないんじゃ!」
「た、隊長〜」
強面のくせに動揺する組長二人。ああ、情けない。他方、無口なトサカ頭と漆黒のトサカ頭は落ち着いている。おれは二人に感銘を受けて、
「お前ら、良い度胸しているな。見直したぜ!」
「……恐れ入りやす」
「……」
両方嬉しそう。それを見て、面白くなさそうなエルリヒが漆黒隊員に突っかかる。
「おうおうおうてめー!んだコラー!」
「プッ、よせよ」
吹き出すもう一人のトサカ頭。確かにみっともなくて笑えてくる。
「コイツ気に入らねえ」
「でもお前だよコレ。ほら」
ナチュアリヒが特に特徴的なトサカ頭を示すと、どうにも可笑しくてみな顔を伏せる始末。
「おいてめー、ここから出ていけ!」
するとコクンと頷き、小走りに椅子の部屋へ戻っていく漆黒隊員。すると非難が起こる。
「おい、言い過ぎだろ」
「ああ、酷いなお前」
「ええっ」
「……」
「オレが悪いのかよ!」
「連れ戻してこいよ」
「ああ、というか頭下げてこいよ」
「ちくしょーふざけんなおわっ」
騒いでると、壁が動き始める。閉ざされていた道が開こうとしている。
「ど、どうなってんだ」
「隊長後ろ!」
「あっ!」
背後でも壁が横滑りし、椅子の部屋への道が閉ざされようとしている。おれは直感的に理解した。
「これは……そういう扉なんだよ!」
「えっ」
「二重扉というか、奥の部屋への道は、外部に対して常に閉まっている状態なんじゃないか」
「へえ……あ」
漆黒隊員が小走りに戻ってきた。
「あいつが操作したのかも。なら褒めてやらなきゃな、エルリヒ君?」
「はあ、まあ」
壁が閉まる前にするりと抜けてきた漆黒隊員を、
「よくやった!」
「すごいな!」
「ああ、もうなんでもいいや」
「……っす」
と各々歓声で出迎えるが、
「あっ」
さらに小走り抜けていく。
「なんだ愛想ねえな」
「あんだけ言われたから怒ってるんだよ」
「あ、謝りゃいいんでしょ」
「……いや違う」
「えっ」
無口なトサカ頭の声が遠くから聞こえる。いつの間に。
「……この壁も閉まってます。速く」
☆
出口側 【壁】 ↑
道道道漆道↓道無【壁】タナ道道道エ↑道道道
【壁】 椅子側
【壁】:動く壁 道:通路
タ:タクロ ナ:ナチュアリヒ エ:エルリヒ 無:無口君
漆:漆黒隊員
☆
「やばい!」
「走れ走れ走れ!」
「置いてかないで!」
何と二重ではなく、三重だったか。行きにもう少し注意深く見ていれば、気がついていたかもしれない。
「ワカった!出てけと言われたから、その通りにしてるんだ!」
「誰がです!」
「漆黒隊員が!」
「んなことはあとでしょ!」
ゴンゴン音を立てて閉ざされようとする壁。まずおれが抜ける。その直後、ナチュアリヒも抜ける。だがエルリヒの距離が遠い。
「速ーく!」
「うわー!」
庁舎隊の結束は強い。何も言わなくても、三人で動く壁を閉ざすまいと全力を振り絞るが、
「……!」
「なんて重さだよ!」
「ぐおお!は、挟まれる……潰れる……ダ、ダメだ!」
このままでは潰される。おれは咄嗟にトサカ頭二人を無理矢理壁から引き離した。そして、
ゴォーン……
と音を響かせて、無慈悲に閉じられる壁であった。
「あー!」
エルリヒの泣き声が響く。
「た、隊長!」
閉ざされても声は聞こえる。
「おい落ち着け。今、開けてやるから」
「た、隊長……」
「そういえばどうやって開けたんだっけ?」
「隊長、頼むよ!」
「確か壁のなんかを押したんですよ隊長が。忘れたんですか」
「そうだった。確かこの辺に……」
「ま、まだ開かないすか」
「あれ?無い」
「おい隊長!おらあ!キレっぞ!」
「ワカったワカった!ちょっと落ち着けよ。よく探してっから!」
「遅えんだよてめえ!」
泣き叫び、一人ぼっちが心細いのか、狂乱気味だ。多少の無礼は許してやるとしても、本当に見つからない。
「あ、そうだ。漆黒隊員に聞こう!おい、漆黒君はどこだ!」
「あ、つ、連れてきます」
「ナチュアリヒー!オレを捨てて行くのかー」
「ちょっと離れるだけだよ大袈裟だな」
「ああ、おれと無口君は残っているぞ」
「うう……」
悲壮なマジ泣き、爆笑の気がこみ上げてくるが、グッと我慢する。
「まあなんか話でもしようぜ」
「ここを開ける以外の話は聞かねえ!」
こりゃダメだ。
その時、背後で鈍い音と小さな悲鳴が聞こえた。
妙な気配だ。
「隊長?」
「……誰か来る」
「え!誰!え!救援かな!誰!?」
泣き虫野郎の声がうるさいが、姿を現したのは、
「ぐっひひひひ」
「げ」
……突撃デブだった。
異様な姿、頭に松明を巻き付け、その巨体は左手に漆黒隊員、右手にナチュアリヒを掴んでいる。漆黒はワカらないが、ナチュアリヒはのびているようだった。そして、デブの目は明らかに正気ではない。
「デブ何しに来た」
「うぐぐぐぐ……」
庁舎隊長を前に興奮が高まっていく元出撃隊長。暴徒と思い二人を叩きのめしたが、まさか庁舎隊士とは。
「ウチの若いのをヤリやがったな?」
「うぐぐぐぐ……」
かかり気味だ。しかしそれは庁舎隊長も同じか。どちらも野蛮がウリの戦士たちだ。
「ガイルドゥムよ。落ち着きなさい。あなたの目的は、庁舎隊長との戦いではありません。功績を手に帰還し、出世をすることです」
「う、ぐぐぐぐ……」
「ガイルドゥムよ。あなたはすでに功績を手にした。後はここの調査を終え帰還するだけです」
「おごごごご……」
庁舎隊長への殺意と私の指示がせめぎ合っているが、言葉での制御があまり効いていない。こんな重要な時に。かほどに憎い相手なのか。
「ナチュアリヒを離せ。あとウチの漆黒隊員もだ」
庁舎隊長の口ぶりが不審である。元出撃隊長が左手に掴んでいる人物は、その感触から明らかに人間ではない。改めて観察する。ツヤがあると同時に弾力もあるが、人の皮膚では無い。松明が照らし出すその姿が答えだ。
これは……サイカーだ。来蛮四十数日目にして、私はついに見つけた。
「もう一度言う。二人を離せ。でなければ殺す」
と言ったかと思うと、庁舎隊長は斧を振り下ろしてきた。一歩下がって攻撃を躱した元出撃隊長を、さらに追撃してくる。
ここで元出撃隊長を倒されるわけにはいかない。私の目的を遂げるためにも。致し方なし。即時決断が必要だ。
「ガイルドゥムよ、迎撃せよ!」
「ワワワワワ!」
歓喜のウォークライ。解き放たれた元出撃隊長は、両手の二名を庁舎隊長へ向けて放り投げた。二名を受け取り動きが止まった相手を容赦なく襲う、元出撃隊長のえげつない攻撃。だが、斧により受け流された。
私は庁舎隊長と戦う道を選んだ。
が、何故だろうか、と自問してみる。強い強いと言われ実績も十分な彼を試してみたいと言うこともあるし、他の蛮斧人の前で庁舎隊長との直接会話が困難ということもある。しかしそれらは、全て些末なこと。私には、私に対して終始好意的なこの人物と戦ってみたいと言う願望があったようだ。自分の力を思う存分振るい、彼に対して威を誇りたい、と率直に思う。これでも光曜の人間がより文明的である、と誰が言えるだろうか。
元出撃隊長の体は、庁舎隊長に対する憎悪のために、激しく強化されていた。自我を失うほどにだ。これは私には好都合で、その力に行き先を示すことで、効果的な戦い方を補助できる。
「オフっ、オフっ」
巨漢の強烈な立蹴りが、庁舎隊長の腹部に命中した。彼はうずくまるもすぐに立ち上がった。が、腹を庇う仕草が。骨を痛めたのだろうか。また、動きが鈍くなった。やや心が痛む。
庁舎隊長の視線の先。それは元出撃体調が腰にぶら下げている鎖。これを狙っている。おそらくあれで、元出撃隊長の首を絞めあげるつもりだ。殺意がある。
だがそうはさせない。私はこの先にあるだろう設備、古代遺物を見に行きたいのだ。
骨軋み、肉裂ける激闘が続く。
チラ、チラ……
さっきから邪魔者が視界に入り込む。庁舎隊士の一人が小さな弓を番え、こちらをずっと狙っている。弓兵なのにこうも姿を晒すとは、明らかにこちらへの牽制。狙い定まらぬよう、こちらは速い動きを強いられる。そして、元出撃隊長の体格では俊敏な動きは厳しい。あの弓兵も、元出撃隊長を殺すつもりなのだ。蛮斧人の決闘の、なんと明確なこと!
そう、これは決闘である。二対二。対等な立場ではないか。決闘に容赦はいらないのだ。加減は不要、決闘は容易に死闘へと転じる。
私は、地に落ちた松明を蹴り上げさせた。浮かぶ焔目掛けて衝力を放ち、風を叩きつけた。
「!」
火は激しく飛び広がり、弓兵を覆う。悲鳴無く、エイミングが消えた。それを確認した視界の端で、別に動くものがあった。漆黒色はサイカーだ。奥の壁に何かをしている。その小さな声を拾う。
「そうだエライ。ここを開けてくれ。そんでもって途中で止めるんだ。道が開けるように。さっきの指示は取り消し。開けてくれたらオレはお前に感謝するぜ」
壁の奥に誘導する誰かがいる!声に応じて何やら頷いているこのサイカーはその者の反映か。ここが開くと言うことは、タクロに援軍が増えるということ。阻止してみせる。
「ガイルドゥムよ!」
「承知!」
人馬一体とはまさにこのこと。息の合った行動でサイカーに迫る。距離があるため、鎖斧を放る。斧はサイカーに命中し、壁が開き切る前にその動きを止めた。だが、その瞬間、元出撃隊長の心が恐怖に染まった。
「おれを甘くみたな」
体を衝撃が貫いた。何があったか見えない。どのような攻撃を受けたかはワカらなかった。だが、ぐらりと傾いた元出撃隊長は、そのまま地に伏してしまった。
「ガイルドゥムよ!立てますか!」
反応が無い。心臓は動いているが気を失っている。なんてこと。目前まで来て、私は手足を失うのか。
その内に半開きの壁の向こう側から、庁舎隊士がやって来る。
「さびしかったよ隊長!」
「いてててて……」
「オレが来たからにはもう大丈夫……って終わってるすね」
「当たり前だ。おれがこんなデブに負けるかよ」
気絶している元出撃隊長が、その声に微かだが反応した。そこに残るは口惜しさの感情だけ。彼の精神は声なき声で叫んでおり、私の心まで聞こえてくる。
……
負けたくない。クソ生意気なタクロのガキに、負けたままではいられないのに。いっそ死んだ方がマシだ……
今にも消えそうな彼の意識に、私は触れる。
「ガイルドゥムよ、このまま負けるのなら?」
死んだ方がマシ……
「私はあなたを立ち上がらせることができる。けれどそれは大きな負担となり、あなたは一生不具者となるかもしれない。後悔するかもしれませんよ」
負けたままよりは……
「私に命を委ねると?」
勝つ為に、それができるなら……
「ワカりました。あなたの望みを叶えましょう」
ああ……
ゴオーン……
「なるほど。ここを押せば開くんか。覚えておこう……よしこれで半開き」
「この無口野郎は……なんだか焦げてるな」
「松明の火を浴びたんだよ」
「……大丈夫す。そんな酷いヤケドじゃないな。失神してるだけす」
「ナチュアリヒは……おっ、こっちも生きてるな。そして我らが漆黒隊員。あいつがデブの気を逸らしてくれた、んだと思う……」
「言っときますがオレの作戦っすよ!」
「やるじゃないかエルリヒ。褒賞が出たら分けてやるよ」
「さすが隊長!って鎖が絡まってる」
「解いてやらなきゃな」
「でもコイツ、全然平気みたいですよ何も喋んないけど」
「タフだなあ。ホレそっち、こっちにくれよ」
「へい。隊長」
「デブ野郎め、こんな重い鎖持ち歩くなっての」
「隊長」
「うん?」
「隊長後ろ!」
エルリヒの叫びを聞いたおれは、後ろを振り向かず前に跳んだ。直後、豪速の走り強キックが突き抜けた気がした。お陰で助かったが、顔は真っ青で口は半開き、目だけが真っ赤に見開かれた突撃デブが再び立ち上がっていた。
「おいおい……」
「ば、化け物」
拙い動きだが、一歩一歩こっちに近づいてくる。
「仕方ねえ」
「殺るんすね」
「ああ」
さっきからそのつもりでも、見知った相手を殺るのはどうしても気が引ける。が、こっちが危ない、などと考えていると、デブの肉拳が明後日の方向の壁を殴った。肉から骨と血が飛び出した。
「気付けか?」
「ひえー痛そー」
次の瞬間、気がつけばおれは倒れていた。全身を激痛が襲う。ちらっと見えたのは、信じられない速さでの立ち強キックだ。目がチカチカして前が見えない。
「痛え、痛えよ!」
エルリヒの悲鳴が聞こえる。ゴロゴロのたうち回る気配も。こりゃ戦闘続行不能だな。おれ一人で戦わねばならない。
目が慣れてきた。突撃デブが、赤い目でおれを見下ろしている。こ、殺されるか。
「……」
だが、突撃デブはおれに手をかけず、半開きのままとなった動く壁の奥へ消えていった。おれの意識も消えそう……だ……が何とか踏ん張らねばならなかった。