第31話 洞窟探検の女/都市伝説追跡の男
「進め!誰一人生かしておくな!」
声を張り上げるアリア。軍司令官の方針を連呼するだけの指揮だが、追う側の脳裏から同胞殺しの罪の意識を拭い去る効果は発揮している。
「死ね!」
「ギャース!」
蛮斧の世が生きるか死ぬかの修羅を極めているということはあるまい。光曜の世でも同じで、どのような理論でそれを為すかのみが異なる。
「か、勘弁して……」
「上の命令だぜ、死ね!」
「ギャース!」
そこにどのような理由があろうとも、ただ一人の人間が、別の一人の人間の心臓を止めるだけ。だからこそ戦争は愚行なのだが、人は戦争を捨てることができない。社会を占める特定の層にとっての都合の良し悪しではなく、誰もが戦にて正義を主張することができるため、易々とは手放せないのだ。
「降伏!降伏するよ!」
「軍司令官もこう言っている、死ね!」
「ギャース!」
だから、文明の象に違いがあっても、上下など無いのだと痛感する。そしてこの世にはどのような運命も無く、神も悪魔も無い。存在するとしても、人の行いへのいかなる因果関係も持たない。
「閣下の命令を貫徹せよ!」
「閣下の命令を!」
「閣下の!」
だが、それでは社会を維持できず、人は自身すら生かすことができないため、我々は秩序の作法を素知らぬ顔で受け入れるのだ。
「ギャース!」
「ギャース!」
「ギャース!」
前に、私は賢しげに庁舎隊長へ訓を垂れたことがあるが、それなどおぞましくも薄ら寒く感じる。
「大半は始末しましたぜ!」
「だが、二代目とその取り巻きが奥の洞窟に逃げ込んだ。どうすんだよ」
「決まっている!追って討つのだ!」
「……」
「まだ文句があるのか」
「三代目は洞窟の中に入ったことはおありで?」
「いや、ない」
「なら教えましょう。洞窟の中は灯りもない。道もワカらない。迷って出て来れなくなるかも。つまり、何があるかワカらない。そんでもって、そのうち夜になる。休む場所もない。誰が俺らを支援してくれるかも決まってない。それでも入れって?」
「軍司令官閣下の命令だぞ!」
「皆の衆、この女、オレたちに死ねって言ってるぜ!」
「し、死ぬと決まったわけではなかろう!」
「じゃあ絶対に死なないと言えるのか、あ〜ン?」
「うっ」
もしも人の世を律する絶対的な仕組みがあるならば、人はそれまでの作法を捨てて、飛びつくのではないか。この山の先で、私はそんな真理を見出すことになるだろうか。
「や、やかましい!そこに穴があるなら中に入れ!」
「い、嫌だ!こんなクソ女のために死にたくねえ!」
「オレも!」
「じゃあオレも!」
パン
元出撃隊長の平手が炸裂。その音で、私は現況の再確認の必要を思い出した。
「なら死ぬか!」
「に、逃げろ!」
新生出撃隊の何名かが戦線からの離脱を開始する。が、彼らが逃げる先は自然彼らが洞窟と言う坑道になる。
「くっ……私の力が足りないせいで……」
「ぐっへへへへ」
「ガイルドゥムよ、心配は無いと、三代目出撃隊長に伝えるのです」
「はっ。隊長心配ない。洞窟の中、敵味方遭遇すれば戦いになり、血を見ないでは済まない。それにこの騒ぎを聞いて、下の連中が登ってくるはず。全ては順調だ」
「そうですか……」
「ガイルドゥムよ。その調子です。そして、中には自分が入るから、三代目出撃隊長はここで後からくる味方を待つようにとも伝えるのです」
「はっ。……というわけだ」
「だが、あなただけ危険な目に遭わせるわけには」
「はっ……。大丈夫だ。今の状況、まず前線に立つ役割のある者が進むべきだ」
「しかし!」
「はっ……。それに、総大将は危険な中に入るものでもない」
「そ、総大将……ワカりました。私を隊長と呼んでくれるあなたの助言を容れましょう」
逐一の伝達はどうしても必要であり、面倒ではあっても欠かせない。これが避けようのない遠隔操作の手間であるのだから。
「松明を用意しろ!」
「みなの命を守るためですね。火が消えたら、呼吸ができない場所という……」
「いや、単なる灯りだ」
「え」
「ぐへ」
―絶望ガ崗 坑内
「……」
新生出撃隊十数名で中にはいる。道幅は予想より広く、入口に近いほど狭くなっていた。ここは、表口ではないのかもしれない。
「おお、ゴキブリの群れだ」
「ぎゃあ!」
「なんか臭いな」
「上にコウモリの群れがいる。あれのウンコ臭だろ」
「元出撃隊長、おれは出ます」
「ダメだ先に進め退路は俺が塞いでいるぞ」
「ひぃ!」
「どうしたしっかりしろ!」
「何か踏んで滑った!」
「ヤスデの群れを踏んだんだ!手、手貸して!」
「引っ張るな!」
「ぎゃあ!」
「情けない!蛮斧の男が虫如きで悲鳴をあげるな!」
保存も解体もされずに放置されている廃墟とは、環境次第でこのようになるものなのだろうか。酷い荒れ様だ。文明の痕跡は自然に覆われ果てている。
「二代目と我らが先発隊はこの先に逃げたのか……もう放っておきましょうよ。どうせロクな目に遭ってない」
「ダメだ」
「……」
「うわっ」
先に進むと急に湿度と温度が上昇した。
「こ、ここは絶望ガ崗……絶望ガ崗……」
「何を言っている。おい、しっかりしろ」
進むも退くも絶望ガ崗ということで、隊士の精神に異常が現れ始める。だが、私はこう述べる。
「ガイルドゥムよ。みなを引き連れて先に進むのです。作戦の目的を遂げ、再び栄達の座を得るのです」
「承知!」
―絶望ガ崗 麓
「都市伝説の野郎、なんて体力だ」
「はあはあ、あ、足が速すぎる。もうダメです。心臓が」
「いや、もう走らなくていい」
「えっ」
「洞窟に入ったからだ。アイツこの先に進んだ」
「夢中で走ってて気がつかなかった……こんなトコあったんですね」
山道は藪道となり、当たるを幸い突っ切ってきた獣道、人一人程度、控えめに道幅はあった。ということは、人がの出入りがあるということだ。
「よし、行くぞ」
「マジですか」
「選抜メンバーで行こう。連れて行くトサカ頭はお前とお前とあれ?……そうだ、ヘルツリヒ君は女のケツに貼りつけてるんだった」
「私とエルリヒを連れてくと、統率する者が居なくなりますが」
「行きたくないか?」
「本音では。でも隊長は行きたいんでしょ?」
「洞窟は男のロマンだからなあ」
「じゃあ行きますよ、仕方ない」
「オレも行くす。統率するヤツなんていらねすよ。みんな勝手に上手くやるでしょ。おい、皆の衆そうだろがい」
「ワワワワワ」
うむ。やっぱこの二人は使いやすくて良い。
「三人より、四人パーティがいいな」
「何故です?」
「なんとなくそっちの方が安定する気がする」
「は?」
「様式美って感じがするんだよ」
「全くワカりませんが、じゃ、元ヘルツリヒ組から誰か選抜しますか」
「行きたいヤツなんていねえって。籤引きすね」
そして、一人が選抜された。地味で影の薄いトサカ頭だったが、特に嫌な顔もせずについてくる。
「全員松明は持ったな、よし出発だ!」
進行方向に対して、おれ、トサカ頭、トサカ頭、トサカ頭の順に進む。そこは奇妙な洞窟だった。入り口は狭くなっていたが、天井やら壁が崩れているだけで、元は広々としていた場所という感じだ。進んだ先の行き止まりで上を見上げると、
「こりゃすごい」
天井が見えないほどの空間が広がっていた。大きな竪穴になっているようだ。さらに、
「壁に階段?が掘ってある」
「これが順路かな……ウチの塔より幅広な螺旋階段か」
「でも、どこまで高さがあるんだ。落ちたら死んだりして」
「……うす」
「墜落すんなよ」
階段を上がっていく。湿気が強いのか、水滴が垂れてくるが、生物はあまり生息していないようだ。
「なんだか少し肌寒いですね」
「この崗、燃えてるはずなのに不思議だな」
「墜落すんなよ」
「墜落墜落言わんでくださいよ縁起でもない」
洞窟の不思議さを前に、口数が徐々に少なくなる。ある程度上がってから、下を覗く。
「落ちたらただじゃすまないな」
という高さに至ると、エントランスのような場所に出た。そこは、いくつかの部屋のような区分けがされている。特別なモノはない。
「ふう、ここなら墜落の心配はないな」
「なんだか焦げ跡がありますね」
おれが生まれる前に火事があったという名残だろうか。さらに道を奥へ進む。
「そう言えば、ここは昔のダイヤモンド鉱山だったな」
「ダイヤ!探しやす」
「でも、ダイヤは火に弱いんでしょ。ここは燃えてる崗だし、全部炭になってるのでは?」
「詳しいなナチュ君」
「ええ、まあ」
嬉しそうだ。ダイヤが見つかったらこっそり懐に入れて、女宰相に渡してみるか。
「行き止まり」
「途中、分岐はありませんでしたよ」
「間違いないすね。だろ?」
「……うす」
「だが都市伝説野郎にも会わなかった。どっかに進路というかドアでもあるっぽいな」
「そういえば、壁になんかありますよ」
「どれどれ」
ナチュアリヒが指さす壁の何かは押してほしそうな造りをしている。押してみる。
「ちょっと隊長、そんな簡単なうわっ」
壁がガリガリ音を立てながら、横に移動した。さらに、背後の来た道にも横から壁が出現した。
「……」
「……」
「……」
「……うす」
「勝手に壁が出たり入ったり、スゴイなこれは」
「しかし、閉じ込められたのでは」
「壁の何かを押せば元通りだろ……あれ?」
「壁が壁に入って押せないですよ」
「新しい壁の方には?」
「何か押せるようなものは、ないです」
「もっと良く調べろよ」
「ないですってば」
「……うす」
「隊長〜」
「ははっ、どれどれ?でこうなっちまったよ!」
二人の非難の目が痛い。幸いなことにもう一人のトサカ頭は無言であり、コイツの隣に立って二人を威嚇してやる。
「なんだやんのか」
「や、やりません」
「先に行けばいいんだよ……返事は」
「ワ、ワワワ」
「よーし、行くぞ」
何かの目的があって造られた動く壁だろうが、悪意は感じない。まあ、大丈夫だろ。
一本道を進むと、灯りが見える。松明の火とは明らかに違う、青白い光だ。
その部屋は薄明るく、何か奇妙な音がする。誰もいないが、椅子のような岩が置かれていた。
「誰もいない……が、大仰なイスだな」
「ふう、疲れた」
トサカ頭が腰を掛けた。すると、何処からか声のような何かが聞こえる。
「やっぱり誰かいるな」
「今の、何語かワカりましたか?」
「コイツ、ワカらんって知ってて聞いてんな?」
聞いたこともない言葉だった。この辺りで蛮斧と光曜以外の独自の言葉を使う国は数えるほどしかない。ちなみに、蛮斧語も光曜語もだいたい似ているのも大いなる不思議の一つだ。
「エルリヒ、いつまでも座ってないで、お前も何か探せよ」
「やってるよ」
「ああ?こんにゃろ……」
と近づくと、そこには影があった。
「あ、あれ」
影というより漆黒の物体か。動いている。そして、おれが知るその人物にそっくりである。
「エルリヒ!」
「へ、へい!探してるってば」
「こ、これ……お前だよ!」
「え?」
「この真っ黒いの、お前だ……よな?」
「な、なんすかそれ」
襲いかかってきたり、何かをしてくる様子はないが、シルエットはまるで同じの、黒い物体である。
「このトサカの感じは、お前しかいない」
「ちょ、ちょっと!オレ以外にも二人トサカ頭がいるでしょうが」
「角度や長さが違うよ」
「そ、そうすか?自分じゃワカらんなあ」
椅子に腰掛けていた漆黒の物体は立ち上がり、歩き始めた。正確には、エルリヒに付いて。
「た、隊長」
「お前、なにやった」
「何もしてないでしょ。見てたでしょ」
確かに、椅子に腰掛けて休憩していただけではある。
「コイツ、例の都市伝説野郎にそっくりですね」
「うーむ」
「見た目は似ているけど、あれは全速力でダッシュしてたよ。コイツはあんまり動かないな」
「何か命令してみるか」
「隊長、もう思いつきは……」
もちろん思いつきだ。
「おい漆黒の、右手を上げろ」
スッ
「上げた!」
「じゃ、じゃあウォークライだ。ワワワワワ」
「……」
無言である。
「口はきけないのかね」
おれはエルリヒを指差す。
「お前、コイツの真似をしろ」
すると、
「おっ」
「……」
「こりゃ……」
漆黒の物体はエルリヒの細かな動作も真似し始める。完全に模写している。
「こりゃすげえ!」
「ああ、なんだか将来性を感じる!」
「気味悪いぜ!」
盛り上がってくる庁舎隊パーティ。
「お前がこの部屋に入ってしたことは?」
「ええっと、椅子に座ったことくらいすね」
「こうか」
おれも椅子に腰をかける……何も起こらない。
「何か変化は?」
「ないですね」
「……うす」
「やっぱりこの椅子じゃないのかな」
「何故エルリヒそっくりか、エルリヒは椅子に座っただけ、本当だよな」
「はい、ホントす」
頷くトサカに合わせて、漆黒の物体も頷く。笑える。
「うひひっ」
「何笑ってんすか」
「ならこの椅子が原因に違いないが、ふひっ、なんもないな」
笑いながら、軽く蹴ってみるが、
「イテ。いや、岩だなこりゃ」
本気で蹴ったら足が折れてしまう。
「これが都市伝説の正体か」
「例の撲殺僧侶も、誰かがここに座ったってこと?」
「うーむ。推理だけどな」
「……推理もいいすけど、コイツどうします?」
漆黒の物体は変わらずエルリヒの隣に立っている。
「まあ、とりあえず、庁舎隊の新しいメンバーとして迎え入れよう」
「マジか!」
「……承知」
「ところでどうやってここから出るんです?」