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境界防衛  作者: 蓑火子
労使の闘争にて
30/131

第30話 パワハラの男/遠隔操作の女

 ―絶望ガ崗の麓


「ぺっぺっ!ここは本当に煙が凄いな」

「それに蒸し暑い。やな場所だぜ。とっととケリをつけないと」

「拙速には反対です。どれだけ時間がかかっても、軍司令官閣下のご命令を貫徹するのが我らの仕事では?」

「その間にみんなお家へ帰っちまうよ」


 急拵えの陣にて、城壁隊長、庁舎隊長、補給隊長、そして三代目出撃隊長の四名で会合を持つ。


「軍司令官閣下は、暴徒を始末するために我々をこの地に送り込んだ」

「そう、その通りですね」

「が、それでもまずは降伏を命じる文書を出そう」


 城壁君の意見に賛成のおれと補給隊長。三代目は不承知のようだが、黙っている。


「向こうに文書読めるヤツいるかな?」

「二代目出撃隊長は?」

「まあなんとか読めるだろうが、本当にアイツいるのかね」

「ウワサだが、十中八九は」

「文面はと……」


 文書通知推進派筆頭を自負するおれから入筆。


「『死にたくなければ大人しく降伏しやがれ』他には?」

「『隊長衆で、寛大な処分を軍司令官にお願いしてやっから』を加えたら?」

「よし」


 書き加える城壁太郎。


「三代目出撃隊長殿、ご意見は?」


 補給隊長が水を向けるも、


「降伏勧告など閣下の指示にはない。だから私は参加しない」

「ああそうかい。後はそうだな。『降伏がイヤなら光曜の地へ逃げろ』なんてのは?」

「いいねえ、それ。サラサラ」

「おい!」


 睨みを利かせてイキり立つ三代目。こんにゃろ、おれも負けちゃいられねえ。筆を片手でへし折って見せる。ペキペキ


「なにガンくれてんだコラ」

「そ、そんなの許される筈がないだろう!反乱を起こした連中だぞ」

「お前はおれたちの劣悪な勤務環境を知らねえから、んなことが言えるんだ」

「ああ、もっともだ」


 城壁侍が黙っているせいで、おれと補給隊長の息が合ってしまう。実に気持ち悪い。三代目はなんとかするべきだという視線を城壁へ向ける。


「相手を追い詰めすぎても良くない。包囲の目的がなんであれ、こういった駆引は常套手段なんだ」


と城壁甘太郎が宣うことで、それ以上は何も言わなくなった。なんだなんだ贔屓しやがって。城壁野郎は女達の評判が良いようで、イヤになる。


「で、誰が行く?」

「二代目出撃隊長殿とは、補給隊長殿が仲良かったろ」

「おれの仲良しはデブの元出撃隊長だ。二代目のことはよく知らん」

「ウチの副隊長と懇意なのか。それは何故?」

「前に言ったろ?そこにいる庁舎野郎をブッ殺す算段を立てていた仲なのさ」

「なるほど。その話、私も詳しく聞きたい」

「いいとも」

「おい」


 遠慮がない。ならば、


「そんなら突撃デブに行かせれば良いよ。アイツ元上司だし」

「そう、だよな……三代目出撃隊長。どうかね?」

「私は使者を出すことにも不承知だ」


 この……


バン!


「ざっけんなよこのクソアマ!てめえんとこの隊の不始末だろうが、主に!」

「な、な、な」


バンバンバン!


「アタシ就任したばかりだから……なんて言わねえだろうな!そんなの関係ねえ!出撃隊の!いいか、出撃隊の不始末!をだ!おれたちがケツ拭きしてやってんだよタコ!ケツ穴見せな!」


 バンバン机を叩きまくって詰ってやる。ああ、楽しいぜえ。クソアマの顔色が怒りで真っ白になっている。けーっけっけっけっ。


「タクロよせ。彼女に言っても始まらん。だが、元出撃隊長は適任だと俺も思う。元上司でもあり、ヤツ自身腕が立つから、不測の事態に対処しやすい。出撃隊長、受けてくれないか」

「……承知した」

「すまないな」


 この態度の違い。なんとかならんのかね。




 隊長衆の総意として使者役を命じられた元出撃隊長は、息荒く、使者として単身山を登っていく。


 煙だらけのこの地には鳥が少ない。このカラスを逃してしまえば、遠隔が利かなくなるから、注意が必要だ。一方で、山を登りながらこの男の不安は高まっている。巨体に不利な山道だからというだけではない。


「ガイルドゥムよ。落ち着いて、任務を果たすのです。いずれ戦いは避けられないのですから」

「う、うう」


 どうも元部下達に、今の姿を見られるのが苦痛であるようだ。副隊長では不満で、隊長以上でないと落ち着かないとは、なかなかに欲深い。彼が隊長に復権できるかは軍司令官次第でもあって、何とも言えないが、何か勲章を与えてやれば、その貪欲は満たされるのだろうか。


 そして背後からは、集団が付いてきている。元出撃隊長は気づいていないが、手勢を持ったアリアだ。有事に備えているのだろう。部下の支持が少ない中、積極的な娘である。



 山肌は煙の噴出口を避けながら到着した、絶望ガ崗の中腹。今日は晴天だが、煙で景色がくすんで映る。そして見るからに仮設の陣には、取り巻きに囲まれた二代目出撃隊長がいた。目が合うと、


「も、元隊ちょ……」

「何しに来たデブ!」

「失せろデブ!」

「俺たちは死を恐れないぞデブ!」


 悪口の嵐だ。巨体から伝わる不安感が増えていく。出撃隊からは暴動に加わった者が多かった。つまり、かつての部下から呪詛を投げられているわけで、さすがに気の毒になる。私は元出撃隊長に務めて落ち着いた口調で台詞を伝え、それを述べさせる。


「も、も、元出撃隊長として、二代目出撃隊長と話がしたい。も、も、諸々善処を約束するから、今は鎮まってもらいたい」


 思わぬ穏健ぶりに、恐らく暴動の盟主に祭り上げられたことを心底後悔している様子の二代目、応じようとの素振りを見せるが、取巻きらが騒ぎ出す。彼らこそ最も強硬な暴動の核だろう。


「そう言って俺たちを皆殺しにするつもりだろデブ!」

「前からそういう野郎だったぜ!このデブは!」

「ああ、イヤになるほど残酷で、デブだった!」


 実に評判が悪い。私が知る限りでも、気に食わないという理由で庁舎隊長を殺害しようとしていたのが元出撃隊長だから、これまで余程ひどいことを繰り返してきたのだろう。致し方無し。


「ガイルドゥムよ。二代目出撃隊長の名を呼び、説得なさい」

「げげげゲナウーツ!俺を信じてくれ!」


 元上司の訴えに、切なさ溢れる瞳の二代目。そこに、取巻きが何事かを耳打ちするすると。何かを思い出したように、二代目は悲痛に叫んだ。


「前にあんたは俺の首を絞めようとした!忘れたか?俺が軍司令官に妙な術をかけられて気絶したときだよ!」


 これは庁舎隊長から聞いた話だろうが、なるほど、二代目は過激な取巻きに手玉に取られている。相手はすでに絶望に沈んでおり、元出撃隊長が来たからと言ってそれが安定に変わることはなさそうだ。絶望ガ崗の名に相応しい。


 ならば、私にとって好都合である。私は自身を揺り椅子に深く委ねた。


「ガイルドゥムよ。もはや事態は極まりました。隊長たちからの手紙を掲げ、彼らに示すのです。そして……」


 さっ……


「デブなんだそれは」

「た、隊長衆からの手紙だ。な、中を読むか?」

「……とりあえずは。デブ見せろ」

「ガイルドゥムよ、破り捨てなさい」


 ビリビリビリ!


「なにしやがるデブ!」

「ガイルドゥムよ、言うのです!読むまでもない!お前達は皆殺し!もはや刻下に救いなしと!」

「やっぱりだ!」

「殺される!」

「ワワワワワ!」


 斧を構えた暴徒が巨漢を囲む。


「ガイルドゥムよ、身に降りかかる火の粉を払いなさい。遠慮はいりません」


ブン

ドカッ

グシャ

グチョ


 闘いが始まった。その合間、悩乱する元出撃隊長。


「なぜ、なぜ」


 私の誘導に疑問を抱いたのなら、納得を与えてやろう。まずは、


「ガイルドゥムよ。軍司令官はもとより彼らを許すつもりはありません。であるならば、彼らの命を持って、あなたが軍隊で認められる道を選びましょう」

「それもそうか」


 おっと。


「大暴れしても良いんで?」


 今ので納得がいったのなら、私も良心に痛みを覚えることはない。


「ガイルドゥムよ、運命の捧げ物を己がものとするのです」

「承知!」


 運命、とは自分で口にして虫唾が走る言葉だが、この男を動かすにはこれが最も効果的なのだから仕方ない。


 元出撃隊長は近くにあった拘束用の鎖を斧に結びつけると、それを全力で回転させ始めた。恐ろしげな回転音に、慄く暴徒。当たればまず即死、防いでも重傷は免れそうもない。元出撃隊長が動く。


 暴徒の悲鳴がこだまする。そもそも彼らは戦いに敗れ、食料物資が不足しており士気低く、混乱しがちで絶望を杖に立っているようなものだ。お飾りでしかない二代目出撃隊長は、強力な個性の持ち主でもない。群れは算を乱して散り始める。


 そこにアリアが飛び込んできた。


「やはり勧告は受け入れられず戦いに……全員、副隊長を支援し、敵を迎撃せよ!」


 だが、鎖を振り回す元出撃隊長は危険で味方も近づけず、また迎撃する相手は極めて少なく、アリアが連れてきたほぼ全員が追撃を行うしかない。


「三代目!」

「なんだ!」

「連中が山頂の方に逃げて行きやす」

「ヤツらが生きていては、都市の治安に対する大きな懸念になる!一人残らず討ち取る!」

「難しいことはワカらねえ!」

「つまり、山頂まで追跡だ!」

「ワワワワワ!イヤだね!」

「なに!」

「黙れ!偉そうに命令すんな女!」

「三代目、山登りで疲れた!休みたい!」

「おっぱい!」


 不平をばら撒き始める新生出撃隊隊士たち。これでは足手まといでしかない。やはり即席隊長に蛮斧男の統率は困難だ。そうでなくたって難しいのだから。時に粗暴な庁舎隊長、または城壁隊長には、彼らなりの合理性があっての振る舞いなのだろうと勉強になる。こういう時、軍紀を引き締めるにはやはり実力行使しかない。


「ガイルドゥムよ、三代目出撃隊長を支援なさい」


 パン!


 トサカが最も目立つ不平兵に、元出撃隊長の水平平手打ちが与えられる。吹き飛ばされ、一撃で失神したその姿を見て、さすがに沈黙する隊士一同。なにやら良く見た流れだ。


「貴様ら、俺たち蛮斧の精神を忘れたか?やりたい放題やりたきゃやればいい。だが、その始末はとらせる。隊長に従えないのなら、都市には無事に帰れないと思え」

「……」

「返事」

「……ワワワ」


 さらに鎖斧を回転させて、


「じゃあとっとと山を登れ。ダラダラしているやつは、叩っ斬るぞ!」


 鎮まった。


「ガイルドゥムよ。よくやりました。見事です。さらにこう言いなさい。それは……」

「はい、はい……おい!裏切り者の二代目を捕らえれば、褒美があるかもしれんぞ!」

「もう信用できねえ!」

「忘れたか?この隊の隊長は誰だ」

「?」

「少なくとも、庁舎隊や補給隊より、軍司令官閣下の覚えは良い。違うか」

「ワ!」

「ワワワワワ!」


 とりあえず全員走り出した。アリアが熱っぽく感謝の意を呈する。


「ガイルドゥム殿、あなたを副隊長に選んで良かった。これで閣下の命令を遂げることができそうです」

「だ、だが軍司令官が俺を許してくれるかは……」

「これだけの功績があるのです。私から必ず口添えしましょう。そのためには彼らを追撃し、殲滅せねばなりませんが」

「ぐ、ぐえへへへ」


 全身汗まみれになりながら不気味かつ不敵に笑った元出撃隊長は、自らの意思で山を登り始めた。指示を出している時とそうでない時の落差は激しいものの、戦闘能力には問題ない。強く、庁舎隊長とは別の意味で実に使える。


 敵を追って奥に入る、という実に自然な流れで、私の計画は順調に進行している。




―絶望ガ崗 麓


「隊長。山の上で騒動が起きてやす」

「騒動?使者に出した突撃デブが討ち死にしたか?」

「生き死にはワカらんすけど、まあそういう気配だそうすよ」

「えぇ……」


 争いになる要素があったっけ?落ちぶれデブではどうにもそう思えないのに。なんてことを考えていると補給隊長が来た。


「おい、あの女、手勢を連れてデブを追っていったそうだ」

「へえ、行動的だな」


 少し見直した。


「のんきな野郎だ。あの女こそ、お前の元部下だろうが。メイドだろうが。どういう教育してやがんだよ」

「何もしてないよ。なーんも」

「まあ教育は軍司令官閣下が直々にするか、ふへへ」


 こいつは、おれたちだって教育対象であることを忘れているようだ。城壁君もやって来る。


「騒動になった以上、やむを得ない。軍司令官の言う通りになってはしまうが、戦闘開始だ」

「そろそろ夕方なのに?」

「お前、今回はやけにやる気がないな」


 当たり前だ。


「味方殺しは気が進まねえ」

「青いこと言いやがるなあ。まあ、お前が動かないならそれはそれでいい。スタッドマウアー、行くか?」

「ああ、先行する。タクロ、お前も早く追ってこい」


 そうして庁舎隊だけになる麓の陣。


「隊長よろしいんで?」

「即席出撃隊にはヘルツリヒが行っているし」


 ウチで最も親切な組長を代理として付けてやっているおれはなんて親切な男なんだろう。


「味方を攻めたくないって気持ち、ワカります。俺も同じです」

「だよなあ。あいつら良く平気だよな」

「平気じゃないかもですが……」


 その時。


「ん?」


 陣からの山道の外れに誰かが現れた。


「あいつ誰だ?」


 よく見れば黒く、ヌメっとしている。


「あ!ありゃ、噂の撲殺僧侶ですぜ!」

「あ」


 たちまちに暴動の時の姿を思い出す。


「だな……こんなクソ山で、都市伝説がでるとは」


 暴動勃発時に見たのと同じような雰囲気だ。こちらに対し、何かを訴えているようにも見える。だが、何も言わない。手には何かを持っているようだ。


「杖じゃなくて、やっぱりツルハシか?」

「っぽいですね」


 そしてまた、全力疾走で去っていく。


「ナチュアリヒ、アイツを追うぞ」

「暴徒の追撃はいいんですか?」

「都市伝説の解明の方が、味方殺しよりはよほど面白いぜ」

「確かに」

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