第29話 自覚のある女
「というわけでまた戦い。しかも、裏切り者退治に駆り出されることになりました」
「あなたの多忙は、これまでの実績に由来するのでしょう。名誉なことでは?」
「どうなんすかね。ともかく、閣下とお喋りする時間すら作れない」
と言いつつ、時間を縫っての訪問は私への配慮による。今の所、この男との関係には問題は無い。
そして、彼が次に駆り出される場所は私にとっても重要だ。
「ところで、その……絶望ガ崗というのは、この町の西にある丘のことですね?」
「そうすよ」
「かつてはダイヤモンドの鉱山だったと……」
「おっ、さすが詳しいですね。おれが生まれるずっと前はそうだったらしいですがね。あ、でもそれは閣下が産まれるよりも前でしょ」
「さて、どうですか」
「え」
ニヤけていた庁舎隊長の目が点のようになった。構わず話しを進めよう。
「元々は貴国が発見して、坑道を掘って……」
「そうだ。なのに、目をつけた光曜人が攻め込んだんだんだだった。その時の戦いで火がついたんすよね。鉱山主も破産、首つり、全く、何てことしてくれるんすか」
「今だに火は消えていないとか」
「はい。地下というか坑道というか、中では火が燻っているって話しです……実際、あちこちから煙が上がってますしね」
「なるほど。それが今の地名の由来ということですね」
「そうそう、絶望という命名は伊達じゃないすよ」
「崗にはまだ住民が?」
「住んでます。この都市での生活がイヤになったか余程の変人としか思えないような惨めな連中が、煙だらけの土地で飢えと貧乏を友として意固地に住んでます」
この陽性な人物にしては、キツい言い方だ。
「暴徒の残党は、そこに逃げ込んだのですね」
「マトモな神経ならあんな場所に長くいられませんて。放置しておけばいいとおれは思うんですがね。煙と貧乏がイヤになって、そのうちトサカ丸めて帰ってくるのに」
「しかし、軍司令官殿は討伐する気なのですね」
「ええ。出撃隊を新編成してまで。あ、そうだ閣下聞いてくださいよ」
庁舎隊長が私に愚痴を解き放つ。ああだこうだ言っているが、なんのことはない。アリアが何の相談もなく軍に入隊したことではなく、単純に女の隊長が誕生したことが気に食わないようだ。こんな意見を耳にすれば、我が国のあり方もあながち間違いばかりではないような気になってくる。
「とまあ、そんなこんなで庁舎の下女が一人減りました。補充を考えるハメになりそうです」
「軍司令官殿も、思い切ったことをしますね」
「でしょ?……でも」
少し咎めるような視線だ。これもこの人物にしては珍しい。
「ヤツは閣下と話しをして思いついたと言ってましたがね」
何を吹き込んだのか、ということか。
「光曜では女性も軍に入隊している、という話しをしただけなのですけれど」
「なるほど。クソ司令官は貴国の先進文化とやらに憧れてるのか」
司令官は私の意見というより、光曜の制度を取り入れようとしているのだろう。庁舎隊長が意地悪くニヤニヤしはじめる。
「貴国みたいに、男たちがみんな去勢されたイヌみたいなら女の隊長もいいでしょうがね」
今日のところは私が引いて、黙っていてあげよう。
「蛮斧の男たちは基本種馬。あの女も無事じゃ済まないかもな」
アリアに司令官の寵愛があるのは間違い無い。メイド長であり、最も品行方正で、庁舎隊長を除き基本誰にでも親切だ。容姿も良く整っており、身だしなみも綺麗である。きっと家柄も良いのだろう。積極的な者でなくとも放っておかないタイプではないか。もし彼女が光曜の都市に行けば、必ず声をかけられるはず。
「庁舎隊長は、彼女を助けたくはないのですか?」
「おれに対する態度が酷いのに?」
原因は庁舎隊長自身にもあるだろうが、この人物のパートナー観は外見重視ではない、ということか。ならば、私に親切を尽くす理由はなんだろうか、と考えてしまう。
「それはそれとしても、元部下ではありませんか」
「……助けたくてもあの態度がね。やっぱり背中を蹴っ飛ばした恨みだなありゃ」
「タクロ君」
「は、はい」
この男は私の言った言葉を覚えているだろうか。
「私の言葉、覚えていますか?」
「え。あ、ああ、下女どもと仲良くせよ、という」
「その下女、という言葉も良くありません。彼女たちの前ではちゃんとメイド、とするべきですよ」
「はぁ、気をつけます」
私が望む協力者像は、もっと明朗なのである。この男にそれを要求したとして、望み過ぎではないはず。至らない点は教育するしかない。
「あなたも先般見た通り、女性も男性に負けない程度には情報網を活用します。だから庁舎の彼女たちの間でタクロ君の評判が良くなれば、自然と接し方も変わってきますよ」
「でも、あいつらのご機嫌をとったからってなんかイイ事ありますかね?」
「危機に際し、彼女らがあなたを助けてくれるかもしれません」
「あんまりイメージできませんけどね」
話はさらに、出撃隊の新編成に際して自身は誰よりも上手くやったこと、それでも部下たちの不満が高まっていること、河向こうの霧が一向に晴れないことに及ぶ。愉快に話す庁舎隊長の顔を見ていると、ふと、この穏やかならぬ非日常の心地よさを感じる。
「そんなこんなで、現場は近いのですぐに戻ってきます」
「とは言え戦いなのですから、気をつけて下さいね」
「まあ、もしもダイヤが見つかったら閣下に進呈しますよ」
「あら。では、期待して待ってますよ」
嬉しそうに部屋を退出する庁舎隊長と入れ替わるようにアリシアが入ってきた。
「よう、お勤めご苦労。一人抜けたから大変だろ」
「はい。彼女は私たちの長でしたので、今は統率をする者がいない状態です」
「だからおれがメイド長代行を務めてる」
アリシアの表情からは、満足の行く勤務成績ではないようだ。
「ともかく後任の方を決めてください。決定に時間がかかると、人間関係が荒れてきます」
「ならアリア、お前やるかい?」
「新参の私では、みな納得しないでしょう」
庁舎隊長はくるりと私を向く。
「とまあこんな具合です。下……メイド隊も、新出撃隊も」
それだけ言って去っていく庁舎隊長。それよりも、彼は自らが犯した間違いに気が付いていない。
「閣下。ご覧のように、庁舎隊長殿は私たちの名前をちっとも覚えてくれないのです」
「そのようね、アリシアさん」
それでも腹を立てた様子もなく仕事を開始するこの娘は良い性質をしている。
「アリシアさん。先日は貴女が率先して行動をしてくれたことが、みなの行動に繋がっていましたね」
「いえ、全ては隊長殿の掌の上にあったと思います」
「それでも貴女の行動は立派でしたよ」
「ありがとうございます。しかし、ロープが切れたことは隊長殿の思惑には無かったのでしょう」
私が切ったのだから当然だ。
「でも、雨が降るという幸運がありました。庁舎隊長殿はいわゆる持っている方なのかもしれません」
「はい……では、失礼します」
素っ気ない。勘の良い娘だから、ロープが切れたのは事故ではないと勘づいたのか?あの場に残っていたのは私と庁舎隊長のみ。私が切った、という判断に辿り着くのはそう難しくない。いずれにせよ彼女との仲は修正をしておく必要があるようだ。
塔の上の応接室には私独り。新編成される出撃隊の様子を見に、カラスを上空に飛ばす。出撃隊の兵舎には、男達が集められている。
新編成された出撃隊を懸命に統率しようと、精力的に任務に着手するアリア。だが、庁舎隊長の言う通り、蛮斧の野蛮な男たちはそう簡単に女の指示を聞いたりはしない。彼女の凛々しい声が響く。
「私が新たに出撃隊の隊長を拝命したアリアである!」
「はあい」
アリアの凛々しい声に対するは、低く、野太く間延びした声だ。
「不祥事を経て、隊は新たなメンツとなった。各自自己紹介をしておくように」
「はあい」
「でも大体みんな顔を知ってますぜ。毎晩の酒盛りで顔馴染みですから」
「ならいい。だが、全員今日から出撃隊。出撃もすぐ。新しい編成を再確認するぞ」
「はあい」
見るからに士気が低い。さらに一群の兵らが下卑たる口調で質問をする。
「それよりも私らはですな、どうして経験も実績も筋肉も無い女のあんたが隊長に任じられたかを知りたいんですが」
「軍司令官閣下の決定だ」
「軍司令官に聞けと?」
「いや、私に聞け。そして答えは軍司令官の決定だ、ということだ」
「隊長が愛人だったからって噂がありますが」
パシッ
アリアの鋭い平手打ちが飛んだ。一瞬の静寂後、怒りを爆発させる蛮斧兵。
「このクソ女」
すかさず、男の股間に膝蹴りが入った。男衆一同、みな切なげにため息を漏らすと、蛮斧兵は崩れ落ちるように倒れた。蛮斧の婦女子は野蛮な男の乱暴から身を守るため護身に優れていると聞く通り。しかし、男衆の目が一気に冷たくなる。
「全くいい度胸だ。全員で四方から囲めばわけねえが」
「ひん剥いてやる。蛮斧の男達の真髄ってやつをその体に叩き込んでやる」
「ワワワワワ」
素早く展開した蛮斧兵ら、あっという間にアリアの四方が塞がれた。彼女もさすがに動揺を深める。
「貴様ら反抗するのか!」
「声が小さい!ウォークライ、やってみろよ!」
「ワ、ワわわ」
爆笑が広がる。これはまずいのではないか。良い展望が期待できない。そして私の余計な発言で、軍司令官が彼女を隊長に抜擢したとするのなら、私も事故に対して責任を持つことになる。
「ひん剥け!」
やむを得ない。一人の巨漢の男の肩にカラスを降ろす。
「ほぁっ?」
「ガイルドゥムよ。新しい出撃隊長が危機にあります。その身を保護するように」
「は、ははっ」
私の指示を聞き、巨体の男が抗争の中に飛び込んでいく。元出撃隊長である。そして、問答無用でアリアを移動させ、その壁となった。早速絡み出す蛮斧兵。
「何のつもりだよデブ」
「お楽しみの邪魔すんのかよデブ」
「すっこんでろよデブ!」
が、巨漢は落ち着き払った声で、ゆっくりと説く。
「俺はこの体だから一度に何人でも相手にできる。俺に勝てる奴がこの場に居るのか?」
「ざっけんなよデブ!」
「引っ込めよデブ!」
「くせえんだよデブ!」
会話になっていないが、それでも同じ台詞を繰り返す元出撃隊長。蛮斧兵の目が血走ってきた。火のついた情欲を妨害されて、頭に血が昇りはじめているのだろう。
こんな騒動になっていても、庁舎隊長や城壁隊長は現れない。この場にいないのか、情報を出す者がいないのか、ならば元出撃隊長に片付けさせるしかない。
「ガイルドゥムよ。秩序を取り戻すために、反対者を鎮圧しなさい」
「承知!」
返事と共に元突撃隊長は大きく飛び跳ね、腹から落下した。巻き込まれた直下の蛮斧兵からは、骨が折れるようなイヤな音がした。
この実力行使に色を失った連中は、囲みを解いて去っていく。後には動けなくなった者も残されていた。
元出撃隊長に、三代目出撃隊長は語りかける。
「あ、あの。貴方は、前の、前の、出撃隊長ですね」
「……」
「前に、庁舎隊長に負けたと聞いていましたが、それでも強いのですね」
「うぐっ!?」
「?」
「ぐおっ、おおぅ……」
おっと、元出撃隊長には、庁舎隊長の話は禁句なのだ。私の言葉を彼の脳裏に伝えて鎮めてやる。
「よくやりましたガイルドゥムよ。貴方は三代目出撃隊長を救った。この功績を、軍司令官はきっと評価してくれるでしょう」
「ぐ、軍司令官閣下が俺を評価してくれると?」
自分に話しかけられたと思った三代目は不思議そうな顔をするが肯定する。
「ええ。閣下には私からもお伝えします」
「ぐ、ぐへへへへありがたやありがたや」
先般、火災鎮火のための雨を降らせるため、元出撃隊長のに蓄積させていた衝力を解き放っている。元々不安定な彼の情緒が安定していないのはそのためであろう。
幸い私からのメッセージ媒介たるカラスを、縁起物として崇め始めている。接触の機会が多ければ、媒介した蓄積も容易だ。先般雨を降らせたように、彼を外部における私の手足として、その動作性を洗練させていこう。
すなわち、私も元出撃隊長の体を借りて、この討伐戦に参加をする、ということ。と言ってこの巨漢の精神を全て操ることができているわけではない。私は彼に言葉を授け、その行動に方向性を与えてやるだけである。
「ガイルドゥムよ。三代目出撃隊長は女性の身で、蛮斧の軍隊では苦しみも多いでしょう。よって、貴方が協力を惜しまぬように。それにより軍司令官の良い評価を得ることができれば、貴方の復権の日も近くなるでしょう」
「承知!」
いざとなれば庁舎隊長に動いてもらわねばなるまいが。と、補給隊長がやって来た。
「よお、お嬢さん」
「なんだ」
冷たく対応するアリア。
「警戒しなくて良い。隊の物資を持ってきた」
「そうか、確認してから受領する……検収を貴方にお願いをしてもいいですか?」
「ぐへへへ……」
元出撃隊長が応じる。
「なんだ上手くやってるじゃないか。ギスギスした上下関係に苦労しているかと思ったが」
「彼のことか」
「元出撃隊長なんて言われてるが、元々は俺たちの仲間だよ。反タクロ同盟だな」
「そう……私は彼を副隊長にするつもりだ」
「悪くない人事だな。ガイルドゥムは腕っぷしもあるから、下の奴らも従うだろ。あと、イヤイヤ出したウチの隊の連中についてもお手柔らかにな」
「私に従っているウチはな」
「でもヤツも変わったなあ。飲む打つ買うと暴力に明け暮れていたのに、すっかり大人しくなっちまった。肩にカラスなんて乗っけて、自然派だぜ……」
どうやらスノッブな補給隊長は、とりあえずアリアに協力はしてくれるようだ。
こう見ていると蛮斧の世界も狭くはない。私の目的を遂げるため、この世界にも協力者を広く求めることは欠かせないのだろう。特に、この応接室に身を置き続ける以上は。