第28話 ハナ差の男
「い、今、今のアンタがやったのか」
「ええ」
いつも落ち着いてやがるが、今は特に落ち着き払ってやがる。
「私のやったことよ」
「な、なんてことすんだよ。これで普通に飛び降りるしか無くなったぞ。あーあ、しかもこんな根元から切っちゃって。頭イカレ……」
……この女宰相に限ってそれはないか。なら何かの目的があるはず。でも、何だろ。さっぱりワカらん。
「いやその前に脱出ルートを探さないと」
「その必要はありません」
「必要ありありだよ!」
「大丈夫です」
「あ、あんたの魔術で助かるって?」
が、答えはない。ちょ、ちょっと怖い空気。
「あ、あの……閣下?もしや何か、怒っておいでで?」
「この先」
「えっ」
「あなたは何者となるつもりですか?」
質問を質問で返すなよ、と言いたいが、有無を言わせぬ迫力がある。おれ何かマズいこと言ったっけ?体重のことだろうか。
「あなたは何者となることを目指すのですか?」
「何者。いや、何者ってそりゃ」
特に無い。
「確実に何も考えていないことはワカります」
「は、はい。アタリです」
「あなたを邪険にしている軍司令官殿は、何やら大きな野心を抱いているようですが」
「ああ、出世とか」
「城壁隊長殿にも、青雲の志があるのでは?」
「青雲……まあ知らないけどそうかも」
「前の出撃隊長にも」
「あいつはそうかもだけど、あの体型じゃそれまでに死ぬだろうし」
軽口が通用しない。今の女宰相からはなんだか凄みを感じる。
「かつてあなたが話題に出した誓約の魔術の件ですが、軍司令官殿は確かに不可思議な力を持っているようですね」
「え!?」
「その目を見ると、逆らえなくなるような」
「ワカりますか。てか、何かされましたか?」
「ですが、この建物に火が付いた時、彼はいたく動揺し、その力を持って危機を脱しようとはしなかった。その力がそういったことには向いていないためでしょう」
「あ、あの閣下」
「であれば、彼があなたの敵ならば、命を奪う好機だったはず」
「んなっ」
平然とスゴいことを言うな。
「それなのに、あなたは脱出を手助けするだけでなく、アリシアを先に行かせて地上での安全まで保障してやった」
よく見てやがるなあ。
「といって、軍司令官に阿ることもしない。中途半端な人間関係の処理です。体調を崩しているといって、一メイドに上等の道具を渡す余裕が、あなたにあるとでも?」
言われてみればそうなのかもだが……
「タクロ君。あなたは先の戦勝の立役者であり、この暴動に対処した実務の立役者でもあります。つまり、周囲も放っておくはずがない。そうである以上、今後は人が好いだけでは生きていけませんよ」
これは忠告か。ムカっ腹が立つが、
「……」
不思議とそれ以上の怒りも沸いてこない。その発言が真実を突いているから……じゃなく、彼女がおれの心配をしてくれているから、でもない。このどさくさ紛れに軍司令官殺害を思い浮かべるその残忍さをイイと思ったから、でももちろんない。
答えは、落ち着き払っているが、彼女が少し焦っているように見えたから。麗人のまた別の側面が見れて嬉しい気持ちになっている。
「マリスさん」
「はい」
「あなたの目的とするものが何か、おれにはまだ見えませんが……まあ、力にはなれますよ、多分ね。犬死することなく」
「そう」
するりと流されたおれの宣言。根拠を伴わない答えには関心がないのだろう。本当に、只者じゃないな、この女。
雨が降ってきた。降り出しの勢いを感じる。
「絶好のタイミング。まさしく恵の雨だな。これなら火事は収まるかもだ」
塔の下を見れば、おれの部下率いる庁舎隊と城壁隊が暴徒を挟み圧迫しはじめていた。あの連中が集まるのは庁舎、両隊示しあわせたわけではないが、城壁隊はしっかりとその役割を果たしていた。クソ上司の打った手は機能している。これなら暴徒どもを追放することができるだろう。
降りた連中も、安全は確保できたかな。
確かに、彼女の言う通り、自分の立場について多少は意識しておいた方が良いのだろう、が、行き当たりばったりはおれの信条である。深く考えないことは、恐怖を忘れさせる。
「まあ、タクロ君は」
「はい」
雨を浴びるその横顔が美しい。とてつもなく。
「まずは庁舎の娘たちと友好関係を築くことね」
「さっきあんなことをした後なのに?」
「だからこそ、ですよ。心の壁があったとして、どちらも崩れたでしょうから」
「いや、逆じゃないですかね」
「あなたの即断に感謝している娘は、いると思いますよ」
「だといいんですが」
庁舎を囲む暴徒たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。もう大丈夫だろう。塔の屋上に立つおれと女宰相は、暴動が収まっていく確信を得ていた。
「で、どうやって下りましょうか」
「消化活動と雨のお陰で煙の勢いも弱まった様子、私は部屋で結構ですよ」
「火災の後の建物はオススメできません」
「それでもここがいいわ」
「煙で燻され、雨も入り込んでます。環境が悪い」
「大丈夫。掃除しますから」
確かに他により良い場所など無い。だが、アリシアはすぐには戻れない。
「なら、掃除くらいはお手伝いしましょう。招かれざる客も入ったことですし、消毒は必要でしょう」
「お願いします」
女宰相は微笑んだ。美しい。水が滴っている。うーん、たまらん。
そして翌日までに暴徒どもは残らず都市から追い払われ、さらに次の日、情勢の鎮静化と共に、隊長衆は軍司令官に呼びだされた。
―軍司令官執務室
「今回の暴動は散々だった」
「閣下、お怪我は」
「大丈夫だったよ。ねえ、庁舎隊長」
「はあい」
「……」
腑抜けた声を出してやったが、それに対する反撃は来ない。聞いている話では、着地の時にしくじって、大したことのない小さな打撲があちこちできたらしいが。
「……そんなことより、出撃隊長が居ないな」
そんなことより、庁舎隊について司令官が約束した褒美について、隊に金貨が振舞われると決まった。執行予定日は二週間後とのこと。何よりである。
「人をやって呼ばせます」
「その必要はない」
「えっ?」
軍司令官が組んだ手に口を隠しながら、淡々と述べる。
「彼は暴動を組織した一人だったのでね、いるはずがない」
なんと、隊長の一人が。
「んな大それたことできるヤツじゃなかったが」
「まあ地位は人を変えるんだ。諸君らも覚えておきたまえ」
でっち上げかもしれんがまあどうでもいいか。
「では……また出撃隊の長の職に穴が開きますな」
「なに、すでに三代目の出撃隊長を用意した」
「ええっ?」
快速の人事だ。ならば暴動に積極対処しなかったのは、意図的なんだろうなあ。本当にイヤな野郎……
「そろそろここにやってくる頃だが、おっ来ているようだ。さあ、入りたまえ!」
威勢の良い声に従ってやって来たのは……武装防具に身を固めた女だった。しかも見覚えのある顔。
「あ!」
下女頭の女だ。そう言えば、脱出時に蹴飛ばしてから顔を見ていない。名前はなんだったかアレア、いやアレシアか。おれとは目も合わせやがらん。うっかり口にしてしまう。
「女って……マジですか」
「マジだよ。この前、マリス殿と話をして、光曜の軍事制度の一端に触れた。わが国も女性の登用を進めたほうがいいと思ってね!」
コイツと彼女が?うーむ、どんな話しをしたんだろ。
「紹介しよう、三代目出撃隊長のアリア君だ」
「よろしくお願いします」
「おい」
無視された。
「おいってば」
また無視された。
「お前、野蛮なのは嫌いなんじゃなかったっけ」
すると、今度はキッとこっちを向く。
「この暴動で私は考え直した。あんたのようなクズに物事をいいようにさせない、そのために志願して隊長に任命して頂いた。ただ、それだけだ」
おお。何か口調も荒っぽくなっている。
「おまえ、口調もカッコも正直言って似合っていないぜ」
「黙れ!」
「なんだタクロの敵か。なら、みんなと仲良くできるな」
笑う補給隊長を鋭く睨むのはおれではない。
「勘違いしないで。下らない男はみな敵だ」
一瞬、笑いが止まった補給隊長だったが、まあよろしく、と愛想良くするも、三代目とやらはそれすらも無視。代わって、熱い視線で軍司令官を見つめる。軍司令官は軍司令官で、視線を合わせて微笑んだ。
「閣下……」
「フフフ」
「……」
「……」
「……」
ああクソ、やってられねえ。おれが舌打ちをすると、二人は正気に戻った。
「ああ、でだ。ともかく仕事の話だ」
「今度はどこで暴動が?」
「逃げ出した暴徒が絶望ガ崗へ逃げ込んでいる。よって、これを討伐する」
ええ……と声を出したのはおれと補給隊長だった。城壁は黙っている。
「追撃するんですか?」
「当たり前だ。町のすぐ近くに立て篭っているんだよ?ほっとけば攻めてくるだろ」
「攻める前に使者を送りましょうよ」
「送ってどうする」
「そりゃ、降伏を促すというか」
おれの意見に、珍しく補給隊長が同意してくる。
「二代目の出撃隊長はそんな度胸のある男じゃない。担がれてるだけです。和解をエサに分離は簡単でしょう。あるいは崗を包囲して消耗を待つのはどうです」
「そうそう」
それに山登りなんてかったるい。
「庁舎隊長殿、補給隊長殿」
「なんだよ三代目出撃隊長殿」
「敵は謀反の罪状明らかな者共です。降伏の後、改悛させたとして、もはや陽の下を歩くことは無いでしょう」
「そうだ、その通り」
「そうなんすか?」
「貴様その言い方はなんだ」
先の一件で、おれは軍司令官に対して遠慮が無くなったのだが、この気安さを明らかに歓迎していない三代目出撃隊長の突っかかりがうざい。
「反逆罪、騒乱罪、あと命令不服従の服務規程違反に放火罪、施設侵入罪、司令官攻撃罪。当然だろ」
「蛮斧の世に最後のありましたっけ?」
「さっき私が作った」
「もともとボーナスをめぐる争いでしょ。しかも誤報による。使用人どもの賞与を弾めって要求が逸脱しただけなら、許してやったらいいんじゃないすか」
「閣下の命を狙ったのです!……けじめは必要ですね」
三代目出撃隊長の強く鋭い声に、おれはそれ以上反論する気が無くなった。そしてまた、クソ司令と三代目出撃隊長が瞳を重ねてる。
「閣下……」
「フフフ……」
その傍らで、復讐にと思い切り屁を放ってやるおれだった。
ドン
轟音により、二人は正気に戻った。軍司令官は窓を開けながら、
「まあ追撃すると決めたのだ。撤回はしないよ。ゴホ」
もう一発くらえ。ドン
「くっさ」
「このクソ女」
「タクロ、もうやめておけ」
おれ以外、みな鼻を押さえている。
「ゴホゴホ。ところで、出撃隊から数多くの連中が暴動に参加したのは知っての通り。で、絶望ガ崗に篭っている。つまり、このままでは隊としての機能が十分でないからによって……」
何だかものすごい嫌な予感がする。
「各隊から出撃隊へ兵を分けるように」
「え!」「え!」「え!」
城壁、補給、庁舎三名が奇跡のように揃って声をあげた。
「閣下それは」
「各隊五分の一ずつだ。下っ端だけでなく、組長も含めてだぞ」
「そんなの、みんな嫌がるに決まってるじゃないですか」
「別の暴動になるかも」
ただでさえ、女が隊長となるのだ。蛮斧の男たちは基本、女に指揮されるのを好まない、というか超嫌う。
「軍司令官閣下、ご再考ください」
「私も反対です」
「なにかね?キミらは私に逆らうのかね?」
悪戯っぽく微笑むクソ上司。地位の圧倒的優越を楽しんでいやがるようだ。
「軍司令官たる私がその職権において決めたのだ。拒否は許さん。騒ぐような者がでれば、全員まとめて絶望ガ崗へ追放してやるからそう思え。返事は」
「ですが急に隊を分けろなんて、無茶です」
「無茶じゃない。よしんば無茶なら、無茶にならないようやり方を考えたまえ。それがキミらの仕事だろ?」
今日の軍司令官には、例の不思議な力を使ってくる気配はない。どうやら地の力だけで命令を完遂させるつもりでいるが、
「しかし……」
城壁も首を縦に振らない状況を見て、
「不服か。よし。ならば多数決で決めよう」
コレ多数決で決めることですかね、という言葉が喉まで出かかる。
「フン、不満だという者がいるから仕方無いな」
あ、漏れてた。
「閣下の専権事項なのに……器の広さに感服いたしますわ」
瞳を潤ませる三代目。こりゃアタマおかしいな。そう、例の不思議な力で洗脳されているにきっと違いないな。んだんだ。
「ではルールだ。一人一票、簡単だね。私は軍司令官と言う立場であるが、謙虚にも一票しか持たない。さて、城壁隊長、補給隊長、君たちは反対だったね。で、出撃隊長、貴女は?」
「はっ!もちろん賛成です!」
そりゃそうだろうな。威勢の良い女の声。満足して頷いた後、クソ司令官が凄く楽しそうにおれを見てくる。
「で、は。庁舎隊長、キミの意見を聞こうか」
「そりゃ俺は」
「閣下。今、二・二で拮抗していますわね」
「ああ。だから彼はどういう答えをするべきか、心得ているはずと私は考えている。いや、確信していると言ってよい」
圧迫をかけてきた。このやろ、火事から助けてやったと言うのに、この強気。本当にいい度胸してやがる。というか、
「お言葉ですが、どうでしょうか。野蛮オブ野蛮の慣用句はこの男のためにこそあると言って良く……」
「大丈夫。それでも私は彼を信じている」
クソ女の猿芝居も、クソ男のにやけ面も気持ち悪い。他方、
「タクロ、はいはい頷くだけが蛮斧の戦士では無い。現場の誇りを思い出せ」
この野郎も調子が良い。補給は確か俺のことが大嫌いだったはずなのだが……城壁君は何も言わずに黙っているが、視線に似たような意見が込もっている。さて、どうしてくれよう……
「ええと」
「……」
「……」
「……」
「フフフ……」
「未帰還の巡回隊にボロボロの出撃隊。これらは攻撃の要。そして攻撃は戦争の基本だ」
「そうだ、その通りだ」
「マトモなこと、言うこともあるのね」
クソ女め、ヒィヒィ言わせたろか。
「とは言え、兵隊は一朝一夕の編成で成るものではない。日々の訓練や交流、飲み会、特に実践を通して連帯は育まれる」
「そうとも、その通りだ」
無言で頷く城壁隊長。
「だが度重なる連戦の結果、どの隊も疲弊している。特に、暴動に真正面から対処した我が隊などは、損耗が著しい」
話しを聞きながら疑問符を頭に乗せる両派。実際の損耗など、そこまでのことはないためだが、
「しかし光曜とは戦争中。油断は出来ない。武威を怠ることは許されない」
もう一度深く頷くリストラ派に、不機嫌な慎重派。
「同時に、さらに兵忠を損なうこともまた、避けねばなりますまい」
今度は逆。そして怒り始める両派。
「どっちなんだ」
「いい加減に結論をだせ」
「クズ男の本性が出た、ということです」
「……」
ここまでか。よしならば。
「えー、であるからして、庁舎隊からの移動を半分の十分の一、としてくださるのであれば、私は閣下に賛成いたします。他に条件は出しません」
「なんだと」
「タクロ、貴様」
バン!
役者のように机を一叩した軍司令官が絶叫した。
「決まった!三対二、これで多数決だ!では改めて命じる。新生出撃隊を構成する人員は庁舎隊からは十分の一。城壁隊、補給隊からは四分の一!」
「は!?」
「……!」
他は増えた。
「新編成する兵の選別は、今日中に行うこと。明日には、新出撃隊長が閲兵式を行う。明後日には絶望ガ崗への出撃だ。では以上、解散!」
「そ、そんな。閣下!」
「うるさい多数決で決まったことだろ!」
「補給隊長殿、お控え下さい」
「いやしかしですな」
中々に騒がしい。そんな愚か者どもを眺めるおれに、城壁君が一言。
「上手くやりやがったな」
「お前だって前はそうだったじゃん」
「どうやったって寄せ集めになる。彼女に統率できるか?」
「まあやらせてみて、しくじったら叩き出せばいいさ」