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境界防衛  作者: 蓑火子
労使の闘争にて
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第26話 押し付けの男/催眠の女

 忙しい、忙しい。だから、なんでクソ司令野郎が女どもを連れ立って塔に登るのか、そしてそれを女宰相が知っているかは忘れよう。このままいくと、ヤツは女宰相に妙な難癖をつけるかもしれない。確かに、妨害をしたいところだ。


 最初に庁舎へ侵入した暴徒らは蹴散らせた。一息つけるか?会議室には、すでに誰もいなかった。


「エルリヒ生きてるか!」

「な、なんとか」


 倒れた暴徒衆の間を縫うように歩いてきたトサカの剛直が萎れてきている。


「もう殺し合いだな」

「あ、当たり前っしょ。みんな真斧を振るってるよ。庁舎の外で、様子を見ている連中が、ほらわんさかいるぜ」

「軍司令官たちが塔に避難した」

「ああ、そうすか。ぺっ」


 感情を吐き捨てる若者の目は死んでいた。


ピコーン


 その弾みで良い案を思いついたゾ。


「そこでだエルリヒ君。暴徒どもを塔へ仕向けよう」


 目に光が宿った若者のトサカ頭が、また剛直を持ち上げてくる。


「軍司令官閣下を追わせるってことすね?」

「ワワワ、口が悪いよ君。軍司令官閣下ご一行が塔へ無事避難完了したと情報伝達するだけだよ」

「承知!」


 暴動の原因たる軍司令官に対して思うところありという顔だ。笑顔で飛び出していった。


「ワワワ、軍司令官閣下は塔に避難された!女たちも一緒だ!もう安心だ!思う存分戦え!」


 組長の意図はすぐに伝わった。エルリヒ組隊士はあちこちで応答する。


「ワワワ、そうか!軍司令官閣下が塔へご避難を!」

「ワワワ、塔ならもう安心だ!」

「ワワワ、そうかそうか」


 そしてエルリヒの口笛が響く。組毎に通じるサインにより、まだまだ動ける連中が会議室へ集まってきた。


 そこに暴徒の何人かがいやらしい顔を覗かせる。


「もう抵抗しないのか?」


 ムカつくニヤケ面に向け木をしならせ、思いっきり凄んでやる。


「小休止だ。お前らの目標はおれのケツか?それとも軍司令官閣下と女たちか?」


 グフグフえずきながら去っていく連中。ふう、これで小休止を継続できる。


 庁舎の外については、いつでも対処できるよう庁舎隊分隊を残してあるし、たぶん城壁隊が備えているはずだ。クソ司令官の打った手って、これっきゃないだろうし。




―庁舎の塔 螺旋階段


「閣下、後ろから誰かが!」

「むっ」

「軍司令官閣下!お話が!てめえこの野郎ボーナスをよこしやがれ!」

「立ち去れ!」

「なんだあ、……!」


 階段を駆け上がってきたトサカヘアーはくるりと急展開し、全力で駆け下っていく。その先で他の追跡者にぶつかった様子、悲鳴が聞こえた。


「閣下!ありがとうございます!」

「閣下の威厳の前では恐れを知らぬ戦士もかたなしですわ!」

「なに、大したことじゃないさ。さあ、足を滑らさないようにね」


 メイドがキツく抱えるため、庁舎猫が心の奥底で脱出したがっており、操縦が負担になってくる。


「このニャンコ、随分大人しいんだねアリア君」

「はい。大人しくしてくれて助かります」

「ほーら、うりうりうり」


 軍司令官が猫の首筋を撫で始める。庁舎猫の深層心理から歓喜の感情が湧いた。


「おや、あまり反応しないね。緊張してるのかな。もしかしたらエリシア君に抱っこされて落ち着いているのかもな」

「はい、そうかもしれませんね」

「美形なにゃんさんだね、うりうりうり」

「フフフ」

「閣下!お聞きください」

「なんだ、また来たか」

「聞け聴け聞け聴け」

「帰れ!」

「死にさらせえ、……!」


 クルッ


 なるほど、これなら女たちに愛されるはずだ。それにしても、庁舎隊長に依頼した妨害策は、軍司令官のこの能力のため、まるで揮わない。仕方がない。こうなったら私直々にこの男の応対をするしかないか。


 一行は扉の前に至る。


「そう言えばここの鍵は」

「はい、日頃私が預からせて頂いています」

「よかった。ところで、それは庁舎隊長の指示でかな?アリシア君」

「はい。捕虜の方のお世話について指示されておりますので」

「他に鍵を持っているのは」

「庁舎隊長殿だけです」

「彼もここに避難してくるかもな。では」


 促されて開錠するアリシア。


ガチャ、ガチャ


 その人物は颯爽と入室してくる。


「お会いするのは二度目ですね。光曜国の宰相殿」


 揺り椅子から立ち上がり、無言で頭を下げる。

 

「改めて、前線都市の軍司令官を務めるシー・テオダムです。以後お見知り置きを」


 対外的な意味を意識してか、凛々しく述べた。


「こちらこそ改めて、マリスと申します」

「現在、この町では暴動が発生しております。ここは非常に堅牢かつ安全な場所であるため、我々は避難して参りました」


 それでいいのか、と思う。


「この騒ぎは暴動なのですか?」

「ええ。もっとも貴女は事態を把握されているのでは?」

「と仰いますと?」

「あまり驚かれていないようなのでね」

「そう仰られても、何も申しようもなく……」

「そうですかフフフ。まあいい。ほらみんな入って入って、さあ、さあ」

「お、お邪魔します……」


 メイドたちが遠慮がちに入室してくる。アリシア以外でも、全員話をしたことがある顔だ。


「それでマリス殿」

「はい」

「日頃、ご不便はありませんか」

「はい。おかげさまをもちまして」

「それは良かった。情勢が許せば帰国が許されることもあるのやもしれませんが、光曜境での衝突のこともある。今は何とも申せません。好転することを祈っておりますよ」

「ありがとうございます」


 この薄ら寒い会話から、この人物が庁舎隊長の真逆に立つ性質であることが良く判る。女性の前では常に紳士で、一切の感情を作っている。素の感情を決して明らかにしない。それでいて女たちからかくも支持されるのだから大したものだ。一方で、私に対しては哀れみと無関心の感情が同居している。


「そうだ。マリス殿のお世話といえば、庁舎隊長ですが、あの通りの粗忽者です。無礼などありませんでしたか」

「ええ。とっても良くして頂いております」

「本当に?」

「はい、……!」

「ここは是非、本音を出してもらいたいものだ。それで?」


 眩しいわけではない。なのに彼の顔から強烈な光のようなものを感じる。いけない、これがこの男の持つ—


「そう……ですね。庁舎隊長タクロ殿は出来る限りのことを私にしてくれています」

「どのような?」

「……頻繁にここを訪れて話し相手になってくれたり……気晴らしにと町を案内してくれたり……武人らしく正直な方なのでしょう……態度言葉に裏表なく……私の境遇に同情を示してくれています……彼には心から感謝をしております」

「そう、ですか」


 わずかな間、軍司令官はつまらなさそうな顔になった。周りの女たちが、庁舎隊長への意外な高評価に驚いているためではあるまい。


「……あと、河に舟を出してくれたことが……操るのがとても巧みでした……舟を降りる際に手をさしのべて介助してくれたり……と、……!」


 思い出したくないことを思い出し、息が止まったことで、不思議な魔術から脱せた。


「?」


 犬の粗相にもこのようなトラウマ的効果があったとは。話が止まり、軍司令官は訝しげに眉を寄せる。今の瞬間、私が彼の催眠から脱したことに気がついた?


「続けて?」


 いや、まだ大丈夫。一方の女たちは意外だ、実に意外だ、と顔を見合わせ合っている。


「……惨めな捕虜には分不相応な配慮を、お示し頂きました」

「ム」


 これはバレたか?となると、またさっきの見えない光が来るか。力の正体もワカらないが、こんな不快な若僧に心をいいようにされてはたまらぬ。ならば会話の実によって防いで見せよう。


「……私が女の身であり、祖国の家族にとっていずれ不名誉にならないように、と……もっとも、これらの振る舞いは我が国では、時代遅れのものですが」

「ん?」


 司令官は、時代遅れ、と聞いて少し考えた。良い傾向だ。


「ほう、そうなのですか」

「……はい」

「何故ですか?」

「……光曜国では、性による社会的立場の取り扱いは慎重に検討される必要があります……よって、どちらの性からでも過度な配慮があった場合は、嗜められてしまうことでしょう」

「ふーむ」


 この意見を分断する考えは光曜でも極論だが、それだけに男性へ与える反応が強い。この人物にとっても例に漏れずである。


「ですが」


 よし、喰いついてきた。私は術にかかった振りを続ければ、時間を稼ぐことができる。


「舟に慣れた野蛮な庁舎隊長が、不自由な生活で体調も万全ではない貴女を気遣うことに、嗜められねばならない理由などないように思いますが」

「……無論その通りです……しかし……それだけで維持ができるほど……社会は単純でないという考えが、昨今の光曜人の基本にあるのです……国民間の個人的な配慮も……さらに適切な選択によって行われねば意味をなさないし不健全になる……ということです」

「では、マリス殿の属する国家は健全と?」


 挑発にもかかった。率直無比な面もあるようだ。


「……誰もが社会を自立的に構成することを求められており……それが個々『私』の任務から逃げる物では無い以上は」


 すでに、実態は異なるが。


「そういえばあなたの国では、女性にも軍正規兵への道が開かれていましたな。それにしては、先般この町に攻め寄せて来たのはほとんど男だらけの軍隊だった、と聞いているのだが」

「……時代に背を向けた人たちがいるのも……また事実です……時に彼らは国民の非難の対象となることもあります」

「では、貴国の民の目から見たら、わが国の女たちは時代に逆行した、さぞ哀れな存在に見えるのかな?」


 おお。これは軍司令官の反撃に違いない。居並ぶメイドたちを傷つける発言を、私から引き出そうとしているようだが、対処は容易である。


「……いいえ……そうは見えません」

「本当に?」

「……この国の女性たちは勇猛な蛮斧戦士の娘、妻、母として……社会を支えています……彼女たち自身が戦士でなくとも」

「では、この庁舎に勤務するメイドたちはどうかな?」

「……皆様方は公私問わず、懸命にその持ち場を支えている……私が毎日、見聞きしている通りです……この勤労と責任感を糧に……いつの日か光曜の姿に追いつき、そして越えていくでしょう」


 思わず本音が漏れてしまったが、私自身への追及は止んだと見える。しばらく話を流せばよかろう。


「そう言い切れるかな?話から聞くと、どうもあなたはかなりの愛国者のようだが」

「……無論……光曜が貴国に比べて文明的であると言う判断はあります……しかし……属する国の違いによって哀れんだり卑下したりと言う事は……本質的からズレたものと考えています……それこそ性の差と同じように」

「具体的に聞きたいな」

「……繰り返しになりますが……今の光曜国では……男と女にほとんど社会的な違いはありません……これは人々を、かつてから存在する一方的な不満や怨念から解放しますが……一面においてただそれだけのものであって……それが完全無欠な社会ではないことは明白だからです」

「聞いたことがある。光曜は産まれる子どもが減っているという話だ」

「……はい」

「フフフ。社会を自立的に構成する『私』がどれほどいても、彼らの後に続く者がいないのではね。子を産まねば、社会を支える人口が減り続ける。それはつまりきっと正しくない状態である、と私なら考えるな」

「……あるいは人口は……自分たちで産まなくとも……他に求めることもできます」

「別の人種をか。光曜はそれで大国になった歴史を持っていたね」

「……結局はその繰り返し……そこで生活する人々が幸福であるという条件があれば……特定の何かにこだわることもありません」

「革命的発言だな。あなたにはお子さんがいると聞いている。新参者が憎くはないのですか?」

「……かつては誰もが新参者だったと思えば」

「誰もがそう寛容ではなく、それによって生じる社会の歪みはどうする?その都度、争いが繰り返される。紛争、紛争、紛争。光曜国の歴史そのものだ。それでは生活する人々の幸福は保障されない」

「……いつか……解決されるのかもしれません」

「投げやりな。貴国の中ではそうかもな。だが、我が蛮斧国は大変な多産だ。食料不足や飢え、騒動を避けるためにあなた方の国に染み出している、と言う一面もある。蛮斧にはいつかの解決など夢見る暇は無いし、政治の王道として、社会の歪みは外に向けられるべきだ」

「……隣国はたまったもではないでしょう」

「彼らが生き残るためには仕方がなく、泣いてもらうしかない。貴国の繁栄を、指を咥えてただ見ているだけの蛮斧人ではないから。それが嫌なら代償としてのカネを払うべきなのだ」

「……つまりはそういうことです」

「?」

「……どのような違いがあろうとも……それぞれの事情に沿った喜びや悲しみが存在すると言うことです……それはただ違うだけであり……突き詰めて考えた場合、物事の価値に上下など存在しない」


 ここで軍司令官は一息置いた。


「全く驚きだ。あなたは光曜の優位を否定するのですか」

「……いつか蛮斧人も……光曜人の気持ちを理解してしまう日が来ますよ」

「また、いつか、か」


 ため息をつく軍司令官。が、鋭利な印象がある。先程の催眠を用いるのではなく、言葉のみを発することに決めたようだ。切り抜けられたようだ。


「確かにあなたの言うようなことがあるのかもしれないな。この世にはまだ人が知らないものが多い」


 探るような目だ。この者の若さを感じさせる。


「河際まで伸びてきている濃霧もそうだ。異常気象なのかどうか……そういえば、城壁隊長の報告では、マリス殿は霧の中に居た、とあった。原因について心当たりはないですか」

「……といっても霧であれば……異常気象、としか思いつくものはありません」

「光曜国では良く起こるので?」

「……寡聞にして存じません」

「フフフ、そうですか。まあですよねえ」


 庁舎隊長はこの件について、彼に報告をしていないはず。


「まあ、この前線都市にだって解明されていない怪奇現象もある。撲殺僧侶というのを聞いたことは?」

「……一度、庁舎隊長殿から聞いたかもしれません」

「あれは正体が謎なんだったね」


 メイドたちがみな頷く。好奇心の強い彼女らは、このような話には関心があるようだ。


「あとはそう。もっと単純に言えば運命」

「……」


 運命とは、随分深遠なようでもあるが、この人物の口から発せられると幼稚に感じる。


「マリス殿、あなたは運命を信じない?」

「……」


 無言は通るか?いや、きっと勘付かれる。ならば、


「……信じてはおりません」

「へえ!では、あなたが捕虜としてこの街にいる事は運命ではないと?」

「……数多の人々の、数多くの選択の結果を、運命というのならば」

「では、我々がこの部屋に避難してきた選択とその結果は運命であるということだ」

「……そうかもしれません」


 私自身、運命、つまり人の行動を律し得る形而上の存在を信じることをしないが、この人物は異なるのかもしれない。ロマンチストと言うべきか。


「フフ、あなたとの会話はなかなか楽しい」

「……ありがとうございます」


 煙を撒くことには成功した。さて、いつまでこの操られた状態を続けようか。


「こんなことなら私も庁舎隊長を見習って、もっと足繁く応接間を訪問すべきだったな」

「……」

「今の私のコメントに感想はありますか」

「……避けられていた、と感じました」

「その通り、【私は若い娘が好きだからね】」


 その言葉は、周りのメイドたちに聞こえないよう、光曜の古い言葉で発せられた。内容も内容なだけに、私は自身の反応隠蔽に集中力を割くしかなかった。

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