第25話 焚き火の男/観察する女
早速、部下を引き連れ庁舎の前にやってきたトサカ頭。
「隊長。なんか不穏な空気すね」
「それへの備えだよ。脱落者は」
「いないけど、何人かが非常に反抗的す」
「暴動に参加したいって?」
「んな感じだなあ。ボーナス勝ち取るぞって」
「どいつ?」
「あれとあれとあれすね」
「よし」
不満たらたらの顔であるトサカ頭の前に立つと、途端に好戦的な声の垂れ流しだ。
「隊長〜」
あ、こりゃダメだな。
「あー、おい偵察をたのむ。見てきてくれ」
「どこすか」
「酒場の辺り。不穏な連中がたむろってるらしい」
不平トサカらの目が光った。
「隊長。あいつらの言い分を聞いてやったほうがいい」
「なんなら合流しましょうよ」
「嘘つき司令官をここで守るって、冗談でしょ」
確かに冗談っぽいが、
「なんにしても、情報が欲しい。おれはその嘘つき野郎の命令で、ここから動けないからなあ」
「はあ、そんならまあ」
組を離れ出発する幾人か。不満たらたらである。
「隊長、あいつら帰って……」
「こないかもな」
もうそんならそれで仕方ないが、クズはいない方が良いこともある。
「軍司令官も、俺たち配置するよか連中と話せばいいのに」
本当は配置命令すらでてない、とも言えず、適当に頷いて、
「さあ準備を始めるぞ。皆の衆、あの木を全部切って、通り前に積み上げろ」
「ワワ!?」
「ワワワ!?」
「ワワワワ!?」
思わぬ土木作業に、不平不満が噴出する。
「やかましい!いいか!おれたち庁舎隊だけが、ここを守っている。つまり、おれたちは軍司令官に感謝される!するとどうなる!?」
「ボーナスがもらえる!」
「そうだ!」
実際にもらえるかどうかは知ったことではない。だが、兵を動かすには言葉が必要なのだ。
「でも隊長、軍司令官は信用できないって話は!?」
「おれが交渉してやる!お前ら、おれが信用できねえか!」
「……」
意見が無いのが悲しいが、信用しない、できないという声もない。
「そういうことだよ。ワカったらとっとと準備!走れよ!手を動かせ!気合い入れろ!おら、やるんだよ」
一同腑に落ちない表情でやむを得ず、と勤務を始める。庁舎前の大通りに、薪束がどんどん積み上がっていく。
「隊長。この木、軍司令官が大切にしてませんでしたっけ」
そういや良く女連れで散策しながら花を指さして語らっていたかもだがこの際無視。
「いいよ別に」
「はあ、まあバリケードには十分っすね」
準備万端成りつつある頃、どこかで騒動が起こったか、怒号が聞こえた。地響きも感じる。
「た、隊長」
「こりゃ動き出したな」
「ど、どこへ」
「さあ……偵察は戻ってきてないか」
「あいつら戻らんでしょ」
さては暴徒と合流したかな。
「タクロ君、黙って聞いてください」
「えっ?あ、かっ……」
この澄んだ良く通る美声は女宰相だ。急に声を聞いてドキドキしてしまうが、黙って聞けとのこと、二度目でもあるし超素直に従える。
「酒場付近にいた集団が動き出しました。目的地は当然庁舎です。今のあなたから見て左手が進路よ。右手に集団はいません」
「魔術凄えな、ありがたい」
おれの位置や向きまで把握している。例の鳥の目でも使ってんだろう。助かる情報提供だ。もう偵察の連中は帰って来なくていいな。
「しかし、人数が違います。無理はオススメしませんよ」
「うっ」
庁舎の防衛を放置すれば、暴徒は女宰相の部屋にまでなだれ込むだろう。三下どもの魔手にかかる彼女ではないが、おれの誇りが許さない。
「たたた隊長!きた!きたよ!きたぜ!」
トサカ頭が叫んだ。大集団が隊列を組んで辻を激走してくる。隊列を組んで?ああクソ、軍隊、戦士が叛逆するとこれだから面倒なんだ。
パッと見た印象だと、これはウチ以外ほとんどの隊が参加してるっぽいな。いや、城壁隊も不参加か?連中、口々に叫んで曰く。
「勝利の未払ボーナスを払え!」
「払わなければどうなるかワカらんぞ!」
「不払いには死を!」
千人超はいる。もはや説得は無意味だがやるやらないは別だ。女宰相の支援を受けて、おらぁ気合が上がってきたぞ!演台代わりの薪束に登り、バッと手を広げ、顎を下げて絶叫する。
「お前ら聞け!おれがボーナスの話をしてやるから!」
「タクロの野郎が何か言ってるぞ!」
「野郎、上手いことやりやがって!」
「殺せ!殺せ!」
「うおっ」
一つならぬ手斧がすっ飛んできた。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
「隊長?」
「せ、説得はダメだ。仕方ない。薪束に火放て!」
「火?」
「いいから早く!」
「市内での放火は死刑ですよ!」
「今は非常事態だろうが!それにどうせおれが責任を取るんだ!とっとと着火だ着火!」
生木はそう簡単に燃えないが、油を撒いたら後は気合いだ。バリケードから煙が立ち込め始める。
「ワワワワワ、有毒の木を燃やせば有毒な煙が出ると決まっている」
「え!」
真っ青になるトサカ頭達。
「お前たち。死にたくなければ死ぬ気で扇げ。煙を暴徒側に押しやるんだ!」
無言で、扇げるものを身につけ手当たり次第にパタパタと始めるエルリヒ組隊士。煙の向こう側で苦悶の叫びが響く。
「喉が痛い!肺が!肺が!」
「逃げろ!これは毒だぞ!」
「痛え、目が開けられないよう!」
よーし。毒ガス作戦は成功だ。我々は暴徒の勢いを挫くことに成功した。
「た、隊長。あんまりじゃないすか……」
「大丈夫。死ぬほどの煙じゃない、多分」
「いや、どうせなら大麻の煙でやれば、みんなハッピーになって終わったんじゃないかって話すよ。暴動も解決」
「あ、その手があったか」
おれは大麻をやらないからなあ。
「お前、頭良いなあ」
「えへへ」
なんにせよこれで治ってくれればいいんだが。
「連中あらかた散ったかな。火を消そうか」
「承知」
「タクロ君、まだよ」
「えっ」
「誰かが、向かってきている」
「消火マテ」
「?」
煙を凝視ってもよくワカらんが、
「あっ」
切れ間から見えた。確かに、誰かが向かってきてる。
「誰だあいつ」
「息してないのか?こっちに来るんじゃ?」
「まさか!」
そいつはエルリヒ組隊士衆の目を奪う、凄まじい走りっぷりを魅せつけている。
「すげえな、どこの所属だ」
「煙が濃くてよくワカりませんが……あ、あれは撲殺僧侶じゃありませんか」
「なに!」
杖を振るって当たるを幸い住民を殴り殺す狂気の僧侶と言う噂だが、その姿を見た者はいないし、恐らく被害者もいない。実際に爆走してるヤツはいるようだが、個人の特定はできていない。つまり、都市伝説の類の例のアレだが、
「アイツ、こんな日中に走るのは初めてじゃないすか!」
その走りに引っ張られ、暴徒も苦しみを押しのけながら行動を開始した。
「許さねえ!タクロを殺せ!続け!」
「いや、庁舎の人間は皆殺しだ!」
「みなごろし!みなごろし!」
根性無しの暴徒が、火事場の根性を手にしてしまった。
「ちっくしょう、こんな時に現れなくてもいいのに……もっと煙起こせ!」
「やってます!」
「こ、こっちに来るぞ!」
通称、撲殺僧侶はバリケードを駆け上がった。黒くて顔がよく見えないが、何かを訴えているように見える。声は聞こえない。賃上げを訴えているのだろうか?手に杖を持っているようだが、
「杖……?いや、ツルハシか?」
だが、それも長いことは無く、そのまま走り去っていった。圧倒的存在感の疾走が、後に残された庁舎隊へ沈黙を与える。
「……」
「なんだったんだあれは」
「さあ……いずれにせよ、世にも不思議なもの、見た気がします」
情緒たっぷりにそうほざくトサカ頭。その都市伝説的な神秘を、確かに我々は目の当たりにしたのだった……と浸っていると絶叫が。
「隊長!もうダメです」
「なにがダメなんだ」
「と、突破されるってことだよこの野郎!」
ウチの兵どもはピンチに口が悪くなる。ということはもはやこれまでか。おれはバリケードの中から、枝振りの良いキョウチクトウの幹を手にする。
「エルリヒ。隊をまとめて庁舎内へ避難しろ」
「承知!隊長も頃合いで避難しろよ」
「おう」
煙幕を飛び抜けて、蛮斧の戦士たちが飛びかかっている。それを迎え撃つのが先の戦いで大活躍の隊長自身とは。私は今、この国の暗部を目の当たりにしている。
庁舎隊長は木の枝を鞭のように振り回し、近づく暴徒を打ち続けている。
バシッ
「ぎゃあ!」
「貴様らいい加減にしろ!」
「黙れ!絶対にボーナスを獲得するぞ!絶対にだ!タクロを排除しろ!」
「ワワワワ!」
刃物を振るう暴徒に比べ、木の枝を振い続けている庁舎隊長は手加減しているのだろう。やはり喧嘩というか立ち回りが圧倒的だ。身のこなしが、まるで違う。強い。
「隊長!」
トサカヘアーの部下が合図をすると同時に、庁舎隊長は建物内へ滑り込むように避難、庁舎の扉は固く閉ざされた。暴徒たちは鋼鉄の扉に斧を振り下ろしたり、蹴りを入れたり壊扉を開始。私は視点をカラスから庁舎猫へ切り替える。
すると、目の前に軍司令官とメイドたちがいた。場所は会議室か。軍司令官以外、みな不安気な表情だ。
「閣下……」
「暴動なら大丈夫。庁舎隊長が対処中だしね」
「その庁舎隊長も、建物内に避難してきました」
「なんと。意外と気骨がないな。それでも安心するんだ。手は打っているからね」
「それはどのような手か、教えて頂くことは……」
「大丈夫だよ。ボクを信じて欲しい」
口調も優しく、こんな時でも物腰も柔らかい。一人ひとり、眼を見て手を取り穏やかに話す。なるほど、これは女受けが良かろう。そして女受けしない人物がやってきた。
「閣下、その手をおれにも教えてください」
「庁舎隊長」
相当激しく手加減して戦ったのだろう。あちこち擦り傷だらけである。
「防衛を諦めたのかね?」
「外での防衛はね。数が違いすぎるよ」
「なら、籠城するのか」
「単純な作戦ならそうだが、あんた手を打ってんだろ?」
「口の利き方がなってないな」
「おいおい、今はそれどころじゃねえだろが」
庁舎隊長が怖い顔で軍司令官との距離を詰める。いつもより兇悪感を醸している庁舎隊長に、女たちはすっかり怯えているが、相手はさにあらず。
「あんたが待機させてるスタッドマウアーをどう使うんだ」
「フフッ。キミはそれが私の打った手だと思っているのかね」
「?違うのか」
「まあ違くはない」
「おい」
庁舎隊長をあしらうその口調。
「城壁隊でどうにかできるのか」
「さて。キミの毒ガス作戦でも押し留められなかったからなあ。風で指向性を持たせたとは言え、ある意味で無差別攻撃!我ら蛮斧らしい、実に汚い良い手だと思ったが、あれは私が大切にしていた木だったんだぞ!この野郎!よくも勝手に伐採しやがったな!」
いきなりの爆発、庁舎隊長もさすがに面食らっている。
「フン、キョウチクトウは神聖な木だということを知らないキミのようなガサツで武芸一本槍のロクデナシを好きにさせた私が悪かったんだ!今はそのマヌケ面が裏切り暴徒どもより憎らしい……!」
「た、たかが木だろ。また植えろよ、勝手に」
「この場を切り抜けて、キミに植えさせるからな。覚えておけ!」
「じゃあ、余裕で切り抜けることができるのか」
「当然だろ」
「早く頼むよ」
しかし、軍司令官は気障に言い放つ。
「庁舎隊長が、庁舎から逃げ出すのか」
「そういう冗談はいいからさ」
「私はマジだよ。キミは最後まで残って、庁舎隊長としての職責に殉じたまえ」
「た、隊長!」
会議室入口で、血染めのトサカヘアーが悲鳴を上げた。
「扉が破られました!エントランスに連中がなだれ込んできます!」
こうなると腕っ節に自信のある庁舎隊長が行くしかあるまい。先の見えない不毛な押問答に見切りをつけた彼は、キョウチクトウの枝を手に飛び出して行った。しかしこの若き責任者は一体何を考えているのだろう?不自然なほどに落ち着いている上に、茶まで嗜む始末。よほど腕に自信があるのか、それとも本当に奥の手があるのか。
メイドの一人が猫を胸に抱えた。避難に備えてのことだろう。フニャと鳴く庁舎猫。
その時、会議室の窓が割れ一人のトサカヘアーが乗り込んできた。
「金と命と女をよこせ!」
髪の長いメイドに向かっていく蛮夫。彼女が司令官の後に隠れると、
「立ち去れ」
「金命女金命女、……!」
椅子に座り茶を飲みながらの軍司令官がそう命じただけで、戦士は命令に従い部屋を退出し、飛び交う何かが当たったのか、血を撒き散らして倒れた。
「閣下!」「閣下」「閣下!」「閣下!」「閣下!」「閣下!」
女たちが一斉に軍司令官を讃えると、彼は小指をピンと立て、やっぱり気障に前髪を梳く。
「素晴らしいですわ!一声かけただけで従うなんて」
「フッ、みんなを不当な暴力から守らないとね」
「野蛮でない、文明の光差す解決法!」
「フッ、戦うだけが解決ではないからね」
「閣下のお側に居れば、私たちは安全です」
「フッ、もちろんだとも!HAHAHA!」
女たちの歓声に酔い軍司令官はかなりご満悦だ。お調子者のようだが単純なのかもしれない。それにしてもいつだったか、庁舎隊長が精神に作用する魔術について質問をしてきたことがあったが、あれはこれに関することなのだろう。魔術を使ったようには見えなかったが、何かあるとすれば、声をかけた時だろうか?いずれにせよ観察と警戒が必要だ。
「オラッ!」
「オラッ!」
「オラッと!」
「ギャース!」
「ギャース!」
「ギャース!」
「はあはあ」
扉の向こうでは乱闘真っ最中の庁舎隊長がいる。汗と涙と血が飛び交う地獄だ。一方、こちら側では司令官と女たちがそれを軽蔑するように、茶と茶菓子を手に眺めている。余りにも報われないが、これもまた世の姿。彼に幸あれ、と願うしかない。
「閣下。恐れ入ります」
「ン?」
お喋りが乱れ咲く中、アリシアが軍司令官の前に立つ。
「塔の応接室に捕虜の方が残されたままです。いかがいたしますか」
真面目な彼女はいつも以上に真剣な表情だ。私の身を案じてくれている。本当は忘れられたままの方が好都合なのだが。
「捕虜の……光曜の宰相殿だね」
「はい」
「確かに、暴徒がそこまで到達すれば、捕虜の安全が危険に晒されてしまう」
軍司令官は器を空けるとすぐ注ぎ直される。
「だが、こんな状況で彼女を牢、というより所定の場所から移すわけにもいかない。色々な意味でね」
「……はい」
こんな時、アリシアは凡百娘のように顔を伏せたりはしない。相手の目をジッと見つめている。
「……」
「……」
「ならば、我々が彼女の住まいへ行こうか」
「えっ」
目が口ほどに物を言ったようだが、これは良くない傾向だ。
「私が塔を登るのだ。そうすれば捕虜の安全が守れる。皆も安全。アリシア君、どうかな?」
「は、はい。ありがとうございます」
「HAHAHA!当然だよ、私は軍司令官だからね!」
ちっともありがたくないし、それより軍司令官なら率先して暴動を抑えたらどうか、と思うのは私だけではないはずだ。
ともかくもこれから軍司令官が来る、と一計を思いついた。
「タクロ君。聞こえますね」
「か、閣下?い、今はそれどころではないんですが、オラッ!」
「ギャース!」
息災でなにより。
「返事は不要です。これから軍司令官とメイドたちが私のいる部屋に避難します」
「野郎」
「塔への避難の良悪はともかく、彼らの避難をそれとなく邪魔してみてください。無理をすることもありません」
「なら道を通せんぼするとか?オラッ!オラッ!」
「ギャース!」
「ギャース!」
「方法はあなたに任せます。頼みましたよ」
時間稼ぎになるかどうか。さて、私は来客対応の準備をするとしよう。