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境界防衛  作者: 蓑火子
労使の闘争にて
24/131

第24話 労働争議の男/利用する女

―庁舎の塔 応接室


 背中の痛みに耐え勤務に精励するおれを、女宰相は気遣ってくれる。


「タクロ君、痛みますか」

「なに、我慢できないほどでは」

「その背中の怪我は、私のせいですね。本当にごめんなさい」


 美女がおれに、それは申し訳なさそうに詫びている。美景だぜ。


「いや、閣下にゲテモノフルーツを与えたあの女が悪いんですよ」

「でも彼女は善意に拠ったのですから」

「もっとマシなものを持ち歩けと言っときました」

「ダメよそんな。きっと気にしてしまうわ」

「んなのほっといていいんすよ」

「あなたのお友達ですから、そうはいきませんよ」


 まあ、惨劇時、あいつはそう遠くない場所にいたから、放心状態の女宰相を隠すのには一役買った。それで相殺としてやるか。


 新たな発見もあった。女宰相は予期しない逆境に弱いのでは、ということ。相手の弱みを知ると言うのは実に愉快。そんなわけでご機嫌なおれは、自分を負傷させた相手に心からの笑顔を振りまくなんともマヌケないつものおれだった。


「それにしても、アレを好む蛮斧の戦士とは、恐ろしい精神力の持ち主ですね」

「本式では、アレを食ってから酒を流し込むんす。すると、食い合わせの問題なのか、腹が思いっきり膨れる。上も下も。散会まで圧力に耐えねばならない決まりで、まさに地獄の苦しみ。それをどこまで耐えられるかで、漢の強さを計る、耐えられそうになければ外へ蹴飛ばしてそこで楽にさせてやる、という他愛もないパーティゲームが蛮斧にはあります」

「正直に言って、カルチャーショックだわ」

「ワワワワワ、蛮斧の戦士を甘くみちゃいけませんぜ閣下」


 と、そこに扉を開けて部下が入ってくる。ちなみに、おれはこの部屋の前には番を置いていない。必要が無いし、邪魔になるからだが、ともかくそいつによると、


「暴動?」




 庁舎隊長の部下が駆け足で入室し、息を切らしながら報告を始めた。暴動ということだが。


「まさか例の件で?」


 庁舎隊長によると、軍司令官には光曜境陥落のボーナスを払うつもりがない、という噂は、蛮斧の戦士の間を駆け足で走り抜け、彼らを憤慨させていた、とのこと。それがあっという間に暴動という形で火を吹いたのだとしたら、これこそが蛮斧勢の弱さだろう。つまり、統率が弱いのだ。


 ツンツンヘアーの蛮斧戦士は私の前での報告を躊躇しているようだが、庁舎隊長は気にしていない様子。


「構わないから全部話せ」

「は、はあ。じゃあ……荒くれどもは隊長も暴動に賛成している、と口々に言ってて」

「え!なんで!?」

「光曜境攻略の立役者なのに、略奪もできず褒賞もなく、怒ってるって」

「げ……」


 庁舎隊長の心の容から、それはあるまい。


「だからか庁舎隊の面子からも、暴徒に合流しそうな連中がいます」

「だ、誰だ」

「俺の部下とか」


 流石に顔色の変わる庁舎隊長。


「ひ、引き締めたか」

「もちろんです。でも他の組長についてはワカりません。仮にウチからの参加者がでたら……」

「まずいぞ。庁舎隊も叛逆に加担ということになったら……どっかにリーダーがいるだろ。誰なんだ」

「それがワカらないんです」

「マジ?」

「マジ」


 暴動が事実だとして、扇動するリーダーなんて居なくても怒りが最高潮に達したということか。蛮斧兵が、我が国の辺境兵よりも血の気が多いのは間違いない。


 焦り出す庁舎隊長。確かに叛逆となれば、あの軍司令官なら絶対に黙ってはいないだろう。失業どころか軍法会議での厳罰すらありえる。というより、蛮斧の軍事裁判にかけられたら、もう救済など期待できないような気もする。


 庁舎隊長、思い立ったように立ち上がり、


「止めてくる」

「隊長!」


 待ってました、というように笑顔が輝くトサカヘアー。中々に良い上司部下のようだ。


「暴徒連中は何処に集まってる?」

「いつもの酒場です!」

「すぐに行こう」

「いつもの酒場、というと……まさか彼女の?」

「ま、まあそうですが」

「赤毛の彼女は巻き込まれて?」

「?いや、まあ、店を陣取られているだけですよ」


 不思議そうな顔をする庁舎隊長だが、私の見立てでは、庁舎隊長と赤毛の彼女の仲を取り持つことは有意である。女は男に気があるし、男も幼馴染を多少は気にしている節が見えるためだ。よってここは、この町における私の手足の一つである前出撃隊長を操作して、護衛として待機させよう。そして、


「庁舎隊長殿、今から出るのですか」

「もちろん。止めてきます」

「庁舎隊長殿」

「は、はい?」


 注意喚起をしてやらねば。


「今、この庁舎に勤めるメイドたちはみな、あなたではなく軍司令官殿の側に立っているようですが」


 蛮斧戦士が目を丸くして私を見た。よくご存知で、と顔に書いてある。


「そ、それが何か?」

「あなたがこのまま暴徒勢を止めに行けば、必ず彼女らの目に触れます。そして指揮をするために合流した、と讒言される危険もあるのでは?」

「げ……」


 トサカヘアが補足を入れる。


「へっへっへっ。隊長、女たちに嫌われてますからね」

「そりゃ上司だから多少はさ……」

「いやいや、女たちを名前で呼ばないじゃないですか。おい、とかお前、とか」

「お前らだってそうだろうが」

「まさか、ちゃんと名前で呼んでますよ……アリアさんにクレア。あとエリア、レリア、エリシアちゃんにアリシア」

「あいつら似たような名前ばっかりでワカりづらいんだよ!」


 このトサカヘアはえらい。少なくともその上司よりは。


「でも、城壁隊長はちゃんと名前で呼んでますぜ」

「ムッツリスケベ野郎め」

「勤務地違うのに」

「う……」

「なるほど。だから、人気が高いのね」

「ぐぬ」

「あと軍司令官もそうです」

「ぐぬぬ……」


 なんとも笑える話である。名前を覚え、誠意ある対応に切り替えれば、このシンプルな問題は解消されるだろう。


「そう、蛮斧の国では暴動は多く、特に勝利の後に仲間割れすることが多い、と聞きますが」

「……否定はできないすね」


 あの軍司令官については情報が足りない。ならば庁舎隊長を接触させて素性を探るのが良い。


「庁舎隊長殿、私からあなたへ提案をしてもよいでしょうか」

「提案?」


 困惑しつつも頷く庁舎隊長。トサカヘアーも興味深げに耳を傾けている。


「まず軍司令官殿と話をつけ、それから暴徒を宥めに行くべきだ、と私は考えます」


 笑顔でうんうん頷くトサカヘアーに対して、渋い顔の庁舎隊長。


「あの男が私の言うことを聞くでしょうか」

「十中八九」

「何故そこまで言えますか」

「聞く限り、軍司令官殿は女性受けを大切にしていますから。そしてこの庁舎のメイドらは皆、争いを嫌っています。彼女らの関心を得るためにも、避けられる内紛なら、避けようとするでしょう」

「……」


 庁舎隊長は何かを考えている。恐らく私が知らない事情についてだろうが、これは情報開示をしない顔だ。


「それに庁舎隊長殿には、先の戦いで特に功績があった、と噂で聞いています」

「そ、そうですよね!」


 喜びの声を上げるトサカヘアーをよそに、庁舎隊長が私の目を見る。平然と芝居をする偽善を、詰る目線。胸が小さく弾む。


「まあ要は、軍司令官殿に庁舎隊長殿は使える、と思わせることができればトラブルにはならないのではないかと」

「た、隊長。私もこちらのお捕虜の方のご意見がイイと思います」


 このトサカヘアーは合理的思考をするようだ。


「言っていることは理解できました。けど、おれ、あの野郎嫌いなんですよね」

「た、隊長」

「庁舎隊長殿、暴動を止める自信はありますか?」

「ありま……せん。あんまり」


 情けない。


「ならば、身を守るために、嫌な相手に頭を下げるべき時が来た、と決意するしかありませんよ」

「くっ……」


 苦悩している。私は自分ができなかったことを、人に説いている気がする。


「仕方ない……か」


 彼は一歩、大人になることを飲み下したようだった。


「ワカりました。じゃあナチュアリヒ、お前はおれからの厳命として組長全員に伝達しろ。部隊は速やかに河沿城門前に集合。ただし、エルリヒ組のみは庁舎入り口に集合だ」

「承知!」


 実に蛮斧的な名前のトサカヘアーが風を切って走り出した。


「彼は良い部下ね」

「ん?まあそうですね、ヤツは素直なのが取り柄です」

「彼も言っていた通り、メイドの娘たちの名前は覚えてあげたほうがいいわ」

「そ、そうですね。はい……」




 ―軍司令官執務室


「暴動か」

「はい。何か手を打った方がよいかと」


 クソ男は、左右に庁舎下女を引き連れて、なにやら花を愛でている。そして、ナチュ公の言葉を思い出すまでも無く、確かに女たちは時折指すような視線をおれに向けている。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 視られている。コイツがやらせているのか?だとしたら……本当に嫌な野郎だ。


「庁舎隊長。私の言葉を覚えているかな。私は、この町のクソ軍人どもを整理するために、光曜境を攻めさせた……」

「その風説も、今回の暴動騒ぎの原因です」

「彼らは戦士だ。暴れたいのなら好きにすればいいじゃないか。結果として、ポイ捨てしても良いクズをふるいにかけることとなる」

「まだ暴動が起こったわけじゃないです。が、起これば処分は免れないでしょ」

「当然だな。上官の命令に逆らって破壊行動に出るとなれば。無論、厳罰は免れまい。で、蛮斧の軍事規則が定める罰則はなにかね」

「規則……この軍にそんなもんありませんよ」

「なら私が作ろう。死刑」


 言葉に合わせて、ギィーと首を掻っ切るマネをする司令官。おまえの首を切ったろか。


「ん?何か言ったかい」

「いいえ」

「ともかくこれが一番だ」

「んなことすれば、この都市の兵力が一気に激減しますよ」

「それも一つの結果だな」

「光曜との競り合いはどうするので?」

「なに、腕利きの城壁隊長とキミがいる」


 クソ、話にならない。


「軍司令官閣下〜」

「ムダだよ。私は彼らに声をかけることはない。ボーナスを支払うって?そんなこと私は一度も言ってないし、そもそもクズはまとめてゴミ箱へ入れるべきなのだ。話はそれだけか?」


 これでこの男も、確かにおれが暴動側でないとは思うだろうが……打開策も思いつかない。


「なら下がりたまえ。私たちは食事の時間だ。キミの昼食は?」

「いや結構」

「誘ってなんかいないよ。どんな惨め飯を食うんだい?」

「……飯食う暇がありゃいいすけどね」




「アリア。君は庁舎隊長はどう動くと思う」

「ハイ。明らかな反逆者たちと会合は持っていましたが、踏ん切りがつかないのかも。閣下の側に立つと思います」

「そうか。エリアはどうかな」

「……ええと、その」

「遠慮しないで」

「閣下をひどく睨んでいましたから……」

「暴動側に立つと?」

「ワ、ワカりません……ごめんなさい」

「なに、大丈夫。私の感じた印象では、彼はこの町が戦場となることを望んでいない。何か手を打つだろう」

「それはどのような?」

「正直、庁舎隊長の考えは理解できないけど……まあ、私も私で手を打っている。目的のためにね。で、庁舎隊が動き出しているんだっけ」

「ハイ。先ほど、庁舎隊の組長が、この建物を走り出ました」

「さすがの情報収集だねアリア。行動は暴動側よりも早い。何かあっても、庁舎隊長に全ての責任を問う、ということもできるだろう。平和を守るためには仕方がないね。さあ、ともかく食事にしよう。今日は花壇の前でのランチだったね。誰が料理を振る舞ってくれるんだっけ」

「クレアが指揮をとっています」

「イイね、美味しさは保証つきというわけだ」

「……閣下、わ、私も自信があります」

「閣下!私も」

「わ、私も!」

「HAHAHA!」


 庁舎の猫を通して確認できた軍司令官の話っぷりから、とりあえず庁舎隊長の立場は守られた。暴動が不可避なのであれば、後は彼の力次第。私は上空から、私の立場には何の影響も及ぼさないだろうこの騒動を観覧するとしよう。

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