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境界防衛  作者: 蓑火子
国境にて
20/131

第20衝 呵成の女/一気の男

 正体不明の集団全員が一斉に私を向く。もれなく同じ面頬を付け、顔を隠している。武装は微妙に統一されていない。人数は二十九人。私を救出に来た雰囲気ではまるでなく、などと考えているとたちまちの内に、襲いかかってきた。


 すでに私を護衛は誰も立っていない。であれば、私の判断でルートを決めよう。馬首を廻らせ走らせた方角は当然南、光曜境の方角になる。


 祖国に背を向けて逃げるというのはどこか物悲しく、世の無常を感じるもの。一拍遅れて、敵も追ってきている。


 背後の集団が何者かにせよ、私が光曜領内でほかならぬ光曜人により命を狙われたということを、蛮斧人に知られてはならない。新軍司令官のように都度状況を利用しようと企む者は私には煩わしく、一々相手にしてはキリがない。


 この事態の隠蔽には、追跡集団を撒くのが最適だが……かなりの訓練を受けているようだ。何事も語らず、一糸乱れずついてきている。


 撒けぬなら、全員始末するか。敵兵の力を探る。


「……」


 実力だけみれば、優れてはいるようだが私の敵ではない。衝力の蓄積もない。さて、どうするか。一番良いシナリオは、庁舎隊長がやってきて私を回収する、だがそうも行くまい。前出撃隊長も操作するわけにもいかない。


 追手を倒し、この身を以って保護は求めず、戦いの混乱に紛れて前線都市へ戻る、これだろう。


 等と考えていると、一頭脚自慢なのか、先行して騎馬が迫って来た。かなりの脚力だ。


「……」


 お命頂戴とも言わず、無言の騎手は小さなアーチを構え、直ちに矢を放つ。私にとって、疾走中でも風で飛翔物を捉えるのは容易く、手に浮かべた矢を撃ち返す。その矢が追手の面頬を打つと、覆いが外れ表情が露わになる。


「……」


 若い。そして青い。事によっては、まだ十代後半か?そして間違いなく、光曜人だ。しかも辺境の者ではない。他の者たちも同じだろうか。一人一人顔を改めて行く余裕はさすがにないが、全員を始末するつもりでいた私の闘志は全く消え失せてしまう。若者を無為に殺したくはない。


 集団を止めるには、リーダーを抑えればよいがこの集団、誰が頭目なのか、さっぱりワカらない。例外無く顔を隠しているからだけではなく、全員が何か共通した目的のために、実に見事な連携をしているためだ。統率者の気配すら感じない。彼ら自身、司令塔の存在を重視せず、集団の目的のために行動しているような印象だ。


 柔弱な王都の兵らしくも、辺境のベテラン兵らしくもない。殺さず、生かしたまま撤退させるには、私が姿を消せばよい。


 池が見えてきた。馬のたてがみに触れ、


「……」


 その意識を奪い、浅瀬より先に進ませる。そして飛び降りた私は水に触れ、指輪を震わせ霧を起こす。清冽な水は清冽な霧を生み、視界を奪う。


 姿を消すには魔術により霧を起こし続けねばならず、それなりの負担といえる。全員殺した方がどれほど楽だろう。霧が周囲を埋め尽くし、耳を澄ませると、あらゆる気配が手に取る様にワカる。


 浅瀬で下馬した追手たちは方向を探り始めている。さらに、その歩行にも迷いが混じり始めた。全員が私を見失った。夕の光線が差し、霧の中に光を帯びた影が浮かび出すと、


「やめろ!同士討ちになる」


 と誰かが大声を発した。あるいはリーダーだろうか?追手たちはみな、歩みを止める。だが、諦めたわけでは無いようだ。そして、同士討ち、と言うだけの殺意は確認できた。


「……」


 静寂。彼らは私からの攻撃はない、と判断して、霧と光の乱反射が収まるのを待っている。統率か自律かはともかくも、中々に冷静だ。確かに、私もいつまでも霧を起こし続けることはできない。であれば、当たるを幸い、死なない程度に痛めつけていこう。幸い足元には水が豊富にある。影めがけて、水弾を撃つ。


バシャ


「っ!」


 当たったが悲鳴は上げない。それなりに痛みがあるはずだが。他の影も、


バシャバシャバシャ


「っ!」

「っ!」

「っ!」


 耐えている。隊の規則で、悲鳴は厳禁なのか?霧はしばらくは残るが、私も動けば影が揺れる。日没はまだ先。ならば、


「!ウィヒヒヒヒヒ」


 奪った意識を馬に返してやると、たちまちパニックに陥って、走り出す。追手の影は馬を追う……半数だけ。


 馬は水辺から去り、敵は一部残った。厄介な手合だが、同時に興味も湧いてきた。高い統率に反した個性の無さ。一体、どこから来た集団なのか。目的はなにか……尋問を試みてみよう。上空から声色を変えて、言葉を降らせる。


「お前たちに指揮官はいるのか」

「光曜人よ。何故、味方の本境兵を攻撃した」

「お前たちは何者に所属しているのか」

「光曜境には蛮人がいる。それを放置するのか」


 もっとも、結果は想定通り。全てに答えない。質問を変えよう。


「何故、国家に叛くのか。この行い、明らかである」

「国王陛下は承知しているのか」


 無言である。次はハッタリを入れる。


「なるほど。王家の手の者か」


 ここで僅かに、気配が揺れた。


「ならば、国王陛下のお耳に入れる必要がある」


 今度は少し、水音が動いた。証拠にはならないが、私にとり確信的な根拠となった。もう、この場に用はないが、加えてもう一つ。


「それにしても情けない。太子の命令を達成しないまま、お前たちはおめおめと帰還をするのだ。身にかかる不幸を今から嘆くがいい。ではいずれ、また会おう」


 またしても、敵の不穏が伝わってきた。指揮者が極めて他の者と等しく、前に出ない集団ならば尚更、しばらくは動けまい。上空から声を流している間に、私はすでに池を離れている。霧が晴れるまでには、身を隠すことができるだろう。



 光曜の樹林を夕陽が照らし始めている。


「……」


 馬を解き放ったため、徒歩で光曜境を目指して歩く。一人で歩くのは久しぶり、逍遥してタクロに出会ったあの日以来だ。


「フフフ」


 考える時間はたっぷりとある。運動不足が解消されたこと、祖国のこと、若き敵集団のこと、なにより太子のこと。



 光曜の太子は優れた人物だ。知能高く、その教師役を務めた折も物事をすぐに理解し、私を全く困らせない生徒だった。だが、私は太子とは折り合えなかった。性格も、思想も、理想も何もかもが違っていたが、それよりも重要な根本がどこか合わない。


 太子は常に父王の政治方針に対して批判的であり、それを隠さなかった。よって、その宰相である私に対しても同様の態度を示していた。ために、太子の下には自然と、現体制の批判者が集まっていく。太子の立場は必ずしも良くは無いが、男の兄弟がいない為、地位は揺るがない。


 王の子として生まれ、思い描く理想の政治の姿があるのだろう。いずれ至るその実現のためには、王の分限職である宰相は邪魔であるに違いなく、さらに言えば、ワカりあえない人物が宰相であることなど、障害でしかないはずだ。


 だから私を殺すため人を遣った?直感だが、それは違う気がしている。太子にとって、私の蛮斧抑留は思わぬ吉報、好都合のはずだ。


 太子がどれほど野望に燃えても、光曜の国王は終身の地位で、現国王もようやく老年に入ったばかり。太子が実権を得るにはまだ時間がかかる。あるいは実力を持って、世代交代を為そうとでも考えているのか。


 そして何故私の命を狙ったか。その動機は考察し続けねばならないだろう。あるいはお互いに求めているものが同じであるため、競争相手を取り除くつもりなのか。


 私の蛮斧抑留について、その事情を承知しているかもしれない。私が進んで捕虜になったことの意味を。真実はワカらないが、私を殺しに来た事実から逆算すると、行き着く結論はこのようになる。


「……」


 時に太子からの悪感情を感じないでもなかったが、ただの宮廷人ではない教師でもあった私を殺そうとする。さすがの私も心が重くなる。どれだけ魔術を極めても、人の心の奥底は図り知れない。


 ふと、前線都市での日々を思い出す。単純だが善良な庁舎隊長や素直なアリシアらメイドたちに傅かれていた先までの日々に戻りたくなった。自身の立場すら忘れて。


 心の調子は沈んだまま。こればかりはどうにもならず、不調を抱えたまま光曜境領域に戻ったのは陽も完全に沈んだ夜であった。




 首尾よく町に侵入した後は、目につく敵に当たるを幸い、斧を振りまわし続ける蛮勇の使徒たち。おれ自身は冷静で無くてはならないとはいえ、


「ぎゃあ!」

「ぎゃあ!」

「ぎゃあ!」

「いいぞ、もっと殺れ!」

「さすが隊長!お前ら行け行け行け!走れ走れ!」

「ワワワ!」


 と、こうなる。士気が高まり、蛮斧が吼える。


「殺れ!」

「皆殺しだ!」

「約束違反に死を!」


 敵も負けてはいないが、


「げ、迎撃だ!」

「ど、どこから侵入を」

「何故敵が!」


 勢いで一つ勝るのはおれ達だぜ。


 事前に町の構造を下見をしていたが、夜ともなると風景が全く違って見える。だいたい適当に記憶を頼って先頭を切り、味方を鼓舞し続けるのだ。


「町に残る奴は全員兵隊だ!殺っちまえ!殺っちまえばこの町の全てがお前らのモンになるぞ!」

「ワワワワワ!」


 ウォークライも乗って絶好調である。大通りに出た。


「隊長!絶好調です!」

「よーし、襲撃は勢いが重要だ。居場所定かならぬ城壁君は放置!味方も攻撃中の城門を襲うか!」

「城壁隊長大丈夫ですかいね」

「おれたちゃ蛮斧戦士!結果良しを狙うぞ!」


 そして要所、やはり強面の光曜兵が並んでいる。トサカ頭どもを勇気づけねば。


「見てろ!」


ブン


「ぎゃあ!」


 敵の顔面に斧が命中し、松明が溢れ出る血を照らす。


「こう投げるのだ!」

「お前ら見たな、隊長のゴールデン手斧にならえ!」

「ワワワワワ」

「ひぃ!」


 と、投擲手斧乱舞で、敵守備兵を蹴散らすことに成功した。次いで、門に問題発生。


「隊長、カンヌキがガッチリ固められてっぜ!」

「固えな!こりゃ開かん!」

「おい、斧でぶった斬れるか」

「ダメだ、斧欠けた!」

「げ……ウソだろ」


 これは敵の時間稼ぎか。門が開かなきゃ変わらず数に劣るおれたちだ。さすがにこの状況は考えていなかったなあ。トサカ頭一同、不安そうにおれを眺めている。くそ、こんな時におればっか視るな。視線から逃れたくなる。


「えーいともかく、どうにかして破るしかない。手を尽くすぞ」


 押したり引いたりカンヌキの前で逡巡していると、城門の反対側から耳馴染みの悲鳴が。


「み、道開けろ!隊長!気をつけて下さい」

「ナチュアリヒか?なんだ、なにがあんだ!」

「門から離れて!」


 いきなり、凄まじい破壊音とともに門が粉々に砕けた。カンヌキもひしゃげている。埃の中に立っていたのは、突撃デブその人であった。コイツ来ていたのか、とびっくり。破れた門から、部下が顔を出す。


「隊長〜」

「よお、間一髪で助かったよ」

「前出撃隊長はあんなに強かったんすか」


 巨体を活かした体当たりが強力とはいえ、人間業でないようにも思える。


「隊長はあんなのに喧嘩で勝ったんですよね。凄いっす!」


 何となく、今は勝てる自信もない。突撃デブは虚な目でぼんやりとしているし、どうにも様子がおかしい。が、ともかくこうしておれたちは城門の占拠と開通に成功、庁舎隊も合流し士気アップだ。


「そんじゃあ城壁隊長を探すぜ。どこぞで踏ん張ってることを期待しよう」


 丁度、おれの隊で一番誠実なトサカ頭を見つけた。


「いたいたエルリヒ」

「うす」

「外の根性無しどもに伝えてきてくれ。新軍司令官からのクソッタレ処罰を免れるにゃ今、おれたちについて町を攻め落とすしかない、とな」

「承知!」


 そしてもう一人、


「おい」

「……」

「お前だよ突撃野郎」

「……タクロか」

「あぶらみブタ野郎にしては見事な門壊だったが、大丈夫か?」

「……よくワカらん、何の話だ」

「頭打ったんなら休んでれば?功績は新軍司令官にちゃんと伝えてやる」

「こ、功績?」

「マジで大丈夫かよ」

「よくワカらんが……そうする……功績、ふぇへへ」


 フラフラ外の陣へ去る突撃デブへ、戦友を見る目を向ける我が隊士たち。ちっ、普段毛嫌いしていたのに、単純な連中だぜ。ま、いいや。


「よーし、突撃だ!この通りを走り抜けるぞ!」

「門の防衛どうします?」

「後から臆病者どもが来るからまあ大丈夫だろ!」

「ワワワワワ」

「ワワワワワ」



 城門突破の甲斐あって、光曜兵の士気は驚く程低下している。罠を仕掛ける側にいたのにそれが覆って、勝利への確信を喪失したんだろうか。沈んだ気合を立て直せる指揮官もいないのかな。


 町の中心で包囲された城壁野郎を見つける。臨時の本拠にしていたっぽい建物を中心に、円陣を敷いてひたすら防衛に徹し全滅は免れていたようだが、皆顔色が悪いし、妙に臭い。矢文で言ってた毒のせいかな?


「みんな下痢に耐えながら戦ってるんでしょうか」

「下痢だけだったらまあいいよな」

「ええ……垂れ流しですよ?死ぬより不名誉かも」


 敵を追い散らし、極度に弱っていた城壁隊だが救援は成功。これで、この戦いの大勢は決したはずだ。追撃は組長らに任せて……いたいた。


「よう」

「タクロ、助けられたな」

「矢文で命令があったからな、仕方ねえや」


 城壁君、青い顔で頭を下げる。


「なんだやけに素直じゃんか」

「この様ではな。結構な数の味方が死んだし、危うく、皆殺しにされるところだった」

「まあ戦争だし。それに、我らが蛮斧の首脳は味方の死者数に無頓着だから、気にしなくていいんでない?」

「多くの部下を死なせておいて、そんな事は言えん」


 辺り地に伏すは数多のトサカ刺青男達。確かに、城壁隊はボロボロで、しばらくは活動出来ないかもな。


「捕虜にとってた要人の娘もいたが、この混乱で姿を見失った……」

「娘!女!」

「女宰相の代わりのな」

「逃げたんだろ。町は取れそうだし気にすんな」

「……結構イイ女だったぜ」

「へえ」


 コイツがこんな軽口を叩くとは。心身ともに弱ってんなあ。


「隊長!敵が町の外へ逃げ始めました!おれたちの勝利だ!」

「スタッドマウアー」


 名前で呼ばれて青い顔を上げる城壁隊長。


「追撃行はおれに任せろ。ある程度の仇はおれがとってくる」

「行けるか」

「ああ、出来る限り痛めつけてくるぜ」

「頼む。すまんが、我が隊は毒のせいで動けん」

「症状は?」

「結構な腹痛だ」

「とりあえず垂れ流しきれば痛みも治るかもな」

「近くの川でやらせよう」

「お前もだぜ」


 お堅い興醒め男だが、下ネタで心の交流が進んだ……気がしないでもなかった。そんな友情に心温められている時、トサカ頭どもが騒ぎ始めた。


「あ、あの野郎……た、隊長!巡回隊が敵を追撃しはじめました!」

「ナヌ?」

「あいつめ……城攻めのボイコットを挽回する気だな……」


 確かに。


「俺たちに黙って!あ、い、いや城壁隊長殿にも……ズ、ズルするつもりですよ!」

「補給隊と出撃隊は?」

「のんびり入城中ですよ」

「なら占領地の統率と敵殲滅、役割分担と行こう。御大将はここにいるしな。クズ二名は出頭させたほうがいいぜ。ヤツらのゴミっぷりを後でとっくり解説してやる」

「タクロ、同士討ちはするな。せっかくの功績がフイになる」

「功績?」

「今回は庁舎隊が勲功トップだろう」


 そう聞いて、胸を張り、トサカを立てて喜びを示す我が隊の部下ども。


「お前ら、大将殿ご発言の通りだ。巡回隊とはなるべく離れつつ、ヤツらよりも数多くの敵を仕留める、これが目標だぞ」

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