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境界防衛  作者: 蓑火子
国境にて
19/131

第19話 シンプル思考の男

 結局、穏やかに、紳士的に、お決まりの略奪暴行無く、極めて蛮斧らしくなく光曜境の町への入城が始まったのは、前線都市を出た翌々日のこと。女宰相の身柄は既に引き渡された、と見るべきだろう。


 だが、おれの中には確信があった。彼女とはすぐに出会うことになるに違いない。そもそも最初の遭遇線であっさりと捕虜になったことが奇妙で、自ら捕虜となる理由が、きっとあったはずだ。だから望んだ環境を取り戻すはず。蛮斧ではお目にかかれないイイ女でもあるし。


 隣のトサカ頭が嘆息する。


「山場もなく、戦いも無く、呆気ない終わりでしたね」

「おい、油断は禁物だぞ。と思う」

「でも、みんなリラックスモードじゃないですか」

「これだけで終わるはずがない。と思う」

「そうですか?」

「そうですか↑じゃない。気合入れ直せ。最近おれたちにやられてばかりの光曜が、やり返さないと本当に思えるか……」

「と思う?」

「と思う」

「なんだ。隊長だって保留付きか。じゃあ、みんなリラックスしたまんまでいいですね」

「ダメ」

「ふう」


 こんにゃろ、また溜め息を吐きやがるか。


「男は殺せ、女は犯せ、全ての動産持ち帰れの蛮斧イズムはどこに行っちまったんでしょうね……」


 こいつが言う蛮斧伝統の金言も、かつてほどは激しいものではなくなってきているような……いずれ完全に過去のものとなるんだろうか。



 入城完了後、日が沈んでも異変は無かった。夕食となっても。腹が満ちれば酒も入りだす。それでも、何事も無かった。


 城壁君からの連絡は無いが、きっと約束通り進んでるのだろう。女宰相の身柄と交換にこちらが光曜境を手にし、心配性の連中以外、ほぼ全員リラックスモードとなっていく。


「隊長、リラックスしてますか?」

「ああ……やっぱりしてない」

「そうですか。じゃ、私はどうだと思います?」

「このガキ……それ以上リラックスしたら承知しないぞ」

「冗談ですよ……」


 何事もないが、どっかの若造が光曜側の策謀を確信していた通り、城壁隊長は、不測の事態を防ぐため、と言うことで手は打っている。町中、というより城壁内には人員全体の三割を入れ、残りは城壁外で粗末なテントを張る。おれの隊はテント組だ。


「まあテントのが気楽でいいですよね。天気も良いし」

「結構な住民が逃げたとは言え、他所者がいる家で王さまのように振る舞えないのは、つまらないか?」

「なっかなか。やっぱし蛮斧イズムよどこ行った、と叫びたい!」

「今回は交渉で事が決まったから仕方ない。城壁隊長もうっせえしなあ」


 環境の悪さに根を上げる蛮斧軍人ではないが、お行儀よくしていても、食料物資は光曜境の町からの買上げだ。と言って、蛮斧の貨幣は光曜国内では極めて低評価低価値であるため、事実上の接収となるのだが。


「隊長、やっぱり略奪は……」

「城壁君に殺されてもいいならどうぞ」

「……まあ我慢します。軍司令官からボーナスが出る、という噂があるんで」

「マジで?初耳だぞ」

「ええっ。でも出るでしょ?」

「ヌカ喜びにならなきゃいいがなあ」


 たらふく食事で腹が膨れ、酒が廻り、安楽が軍勢を包み始めた。飯、酒が過ぎ、次いで男の欲求として性欲の出番だが、


「いかんばい。こん町には女ん全くわん。北に逃げたに違いなかなあ」

「なら、北に行くと?本境やったっけ」

「くっくっくっ」

「どうしたと」

「光曜では男同士もお盛んって話ばい。一人くらい残っとるばい。カマ野郎連れてきてくれん、ワワワワワ」

「ムリばい(笑)たたないばい(笑)ワワワワワ」


 雑兵らのお下品爆笑があちこちで上がっていた。そんな折、


バン

バーン

ババーン


立て続けに大きな音が響く。城門の音だ。


「なんだ急に」

「酔っ払いか」


 違う。城壁の向こうから剣戟の音も聞こえる。歓声に紛れ、悲鳴や怒号も聞こえる。お祭りが始まったようだ。


「これはど、どうした」

「よくワカらんばい」

「うるさい黙れ!これは罠にハメられたのではないか」

「城壁隊長と連絡は?」

「すべての城門が閉じられているため、ど、どうしようもありません、ばい」

「なんてこった」


 混乱する蛮斧の兵たち。


「た、隊長」


 おれの部下も同様である。動揺を深めているトサカ頭どもを慰撫するため、胸を張ってやる。


「フフフ」

「えっ……」

「おれの言った通りじゃないか、フフフ」

「た、確かに」

「これでようやく蛮斧らしい戦いができるぜ!」

「すごい!隊長、すごいや!」

「まあな。他の隊長どもと相談してくるから、隊をまとめておいてくれ。酔っ払いには水ぶっかけてビンタくれていいぞ」

「承知!」


 同じく城壁の外にいた隊長たちを集める。補給、巡回、出撃のドグサレ隊長どもだ。


「これは罠にハメられたな」

「町に入る者共は監視していた。新手はいない」

「へえ、酒呑んで寝ててもワカるんだな」

「なんだとタクロてめえ」

「そんなことよりこの手際の良さ。多分、残っていた住民ども全員兵隊だぜ。道理で女が居ないはずだ」

「光曜は女にも軍隊への道が開かれてるはずだがなあ」

「最前線で見たことあるか?軍に入るような女はエリートばかりて嘘だろ?」

「んなことはどうでもいい。おい、罠の存在は想定済みだったよな」

「新軍司令官はそう言っていた」

「結構。で、使いっぱの城壁隊長はどうやって対抗するつもりなんだ?」

「おれは聞いてないから知らん。お前は?」

「おれも知らん」

「おれも聞いてないな」

「お、おれもだ」

「……」


 広がった沈黙。吹き払う。ふっ!


「ともかく。早く助けに行かなきゃな。すぐに出るぞ」

「出るって、どうやって?」

「城門ブチ抜いて中に突入する」

「まて。敵がこの挙にでた以上、城壁を必死に固めてるはず。簡単に突破できるはずがねえ」

「中の城壁隊長と呼応して挟み込めば、一つくらいはイケるかもだぜ」

「机上の空論ってやつだ。第一スタッドマウアーから連絡すら無い。罠への対処法があるのかもワカらん」

「それにだ。そもそも中に残っていた住民どもが全員兵隊が化けた連中だったとしたら、敵の数も相当なもんだ。既に後手に回った俺たちだけで対抗できるのか?」

「おれたちで対抗できなきゃ、尚更やるしかない。前線都市にはもう送り出せる兵がいないんだぜ」

「じゃ、じゃあどうするの」

「だから城門ブチ破んだよ」

「だからそれは……」

「おいまて。お前らよく聞け。このままマヌケ晒して帰還したらどうなるか、想像してみろ。女宰相を返し、光曜境を奪われ、城壁野郎と中の同胞が討死。最悪だ。戻れば、あのクソ生意気な新軍司令官殿とやらからどんな目に合わされるか、ワカらんぞ」

「危険を冒して勝利したって、城壁野郎の功績になるだけだ」

「許し難い」

「そう決まったわけじゃない。それにスタッドマウアーだって前の戦いじゃ、敵攻勢に立ち向かって評価されてたじゃん」


 全員で落ちぶれた突撃デブを思い出す。


「いやダメだ。こんな状態で中に入れば、死ぬ危険性が高い。新軍司令官に処断されるよりもな」


 ああクソ、意見がまとまらねえ、ああ言やこう言う連中め。とそこに、


「隊長、隊長隊長隊長!」

「なんだよ」

「なんか矢文が飛んできました!」

「ど、どこから?」

「じょ、城内から!」

「見せろ」


毒を盛られ倒れる者多し

住民全員敵

皆殺しにせよ


「妙に整った几帳面なこの字、城壁野郎の筆跡っぽいな」


 スタッドマウアーは毎朝習字をしている。当然おれたちは馬鹿にしている。


「貴重な紙をまあ……」

「助けを求めているって事はまだ生きてる。行くぞ」

「助けを乞う文言はない」

「矢文出すってことはそういうことだろがい!」

「待てタクロ。この矢文が罠ってこともあるぜ」

「この字!見ろよ。習字野郎っぽいだろ」

「そんなん知らん」

「罠か。俺たちを城内または城門に誘き寄せるってことだな」

「そりゃないだろ。城壁を挟んでいるとは言え、敵は前と後に敵を持ってんだ。んな事はしたくないはずだぜ」

「じゃあこうだ。この矢文で俺たちの判断を混乱させて時間を稼ぐ気だ」

「これ本当にスタッドマウアーの字か?」

「いやしかしだな」


 城壁の内側では味方が防衛中。なのに外側ではのんびり会議を開催中。腐ってるぜ。


「動くに動けん。ああ、全く毒を盛られた気分だ」

「誰に」

「城壁クンにさ」

「……」


 嫌悪を伴う奇妙な沈黙が広がった。


「ウチの隊も毒を盛られたかもだ。ま、すぐには動けんな」


 これは補給隊長。巡回隊長も続く。


「ウ・チ・も」

「そうか。新・出撃隊長は?」

「ウ」

「出撃隊は特に、最前線に立つための隊だもんな」

「……」

「さ、行くぞ」

「チも」


 この野郎。


「と言うことだタクロ君。しばらく様子を見よう」

「お前らなあ」


 タクロ君じゃねえこのドグサレどもめ。


「ならばとっておきの情報だ。戦いは、いいか、戦いは有利だ。おれはこの町の内部構造に詳しい」

「お前こん中に入った事はあるのか」

「一度だけな」

「そ、そうなのか」

「ああ」


 実は空から降り立って見たとも言えないが、新・出撃隊長の関心をちょっとくすぐれた。なのにつまらん指摘をする補給隊長とかいう馬鹿がいる。


「ああ、そうだったなタクロ。ここ何年も俺たちはこの街に攻め込んですらいないっていうのにな」

「なんだ、ハッタリかよ」

「こんな時に不謹慎な奴だ」

「いや、本当だってば」

「そんなに味方を死なせてえのか」

「死ね」

「んなっ」


 誰かが吐いた鋭い毒に、俺は怒りで言葉を失ってしまった。


 引き上げていくドグサレ衆。まずいぞ。このまましくじればあのクソ上司が、どんな罰を用意するか。まずロクな結果にはならないしよくて解任、待っているのは破産か死か。陰険な笑みすら想像できちゃうぜ。


 それに女宰相殿をどうすんだ?その行方を追跡したい。いやしなけりゃならん。


 となりゃもうおれの選択肢は一つだ。隊に戻る。


「これから城門を攻めっぞ」

「総攻撃ですか」

「いや、おれたちだけだ」

「え!」

「他の連中は、さっきの矢文、城壁隊長からの突入命令を無視した。が、おれたちは行くぜ」

「む、無茶でしょ」

「女宰相殿を捕らえた時のことを思い出せ。おれたちは命令に従ってだ。河を越え、さらに……」

「さらに敵陣も越えて先に進んで、捕虜を得たのは単なるラッキーでしょ。抜け駆けした結果周りから嫌われまくったじゃないすかタクロ死ねって」


 それは確かにその通り、ってこのトサカ野郎今の台詞が言いたかっただけじゃねえかな。しかし、

 

「城壁隊長は追い詰められている。助けてやらなきゃ目覚めが悪いだろ」

「そんな仲良くないくせに」

「うるさいヤツだなあ。そりゃヤツとは別に親しくもないが、同じ側同士なんだぜ」

「……」

「それに安心しろ。必勝の策がある」

「?ほんとですか」

「ああ。他の連中が日和見して、おれたちが活躍する。こんな素晴らしいシナリオはないぜ?功績を独占だあ」

「まあ、それなら仕方ないすね」



 夜、隊の連中全員をなんとか集めた。松明で顔を照らしてみると、酒が入っているヤツも、水をぶっかけられてずぶ濡れのヤツも結構いる。


「隊長、こんなザマですが、いいんですかね」

「ああ。よく聞け。まず、部隊を大小二つに分ける。1組から7組は大へ、残りは小だ」


 するとブーブー不満が鳴る。俺たちはただでさえ数が少ないのに、とか、他の隊長たちは本当にクソだ、など。


「大集団はあの城門を攻める。ナチュアリヒ、お前引っ張ってけ」

「はい」

「気合い入れろよ」


 トサカヘアーがいつも通りに揺れた。


「小集団はおれについてこい。城壁を越えて、中で大暴れする役だ。大いに楽しめよ」

「ホントんなことできるんすか」

「言ったろ、必勝の策があるんだよ」


 ふふーんと鼻を鳴らすと、並み居るトサカ頭が揺れる。多分、喜んでいるはず。というわけで、庁舎隊は行動を開始。


 分けた大集団が城門に取り付くと、紛れもなく、光曜の軍装をした人影が城壁の上に並んだ。


「あいつら、俺たち騙しやがったんだな」

「紳士的に入城した俺たちが馬鹿みたな。やっぱ皆殺しだ」

「殺せ、殺せ!」


 まあ、クソ上司も想定していたことだし、さもありなんなんな経過だ。それより、城壁侍がどんな対策を用意しているかが気になる。まだ発動したような気配もないし。


 と言うわけで城門を巡るバトルは始まった。士気も低く酒も入っており、攻め手は長くはもたないだろう。速攻で城内に侵入しなければならないが、


「隊長?」

「確かこの辺りだ」


 町は小高い岡の上に立つ。地面と城壁の継ぎ目辺り、また上から死角となる位置を探ってみると呆気なく、


「ああっ!」

「ふっふっふ、ニセ壁だ。この先は隠し通路になっている」

「隊長スゴイ……こんなん……よくワカりましたね!」

「この町のヤリたい盛りの若衆御用達という確かな情報を仕入れた。つまり、大人どもは知らんはずだ」


 本当は女宰相と見つけた後、目星をつけていただけだが。


「でも、ここを使った若いもんは、大人になった後は忘れちまったんですかね……」


 不意にしんみりとなる。


「光曜は道徳やら貞操やら節操やらに厳しいらしいし、口の端にも乗せれんかったんかもな。よし、ここを忘却の壁と呼称しようか」

「光曜ではイッパツかますのも面倒なんですな……どうだ?」

「先にゃ誰もいねえし、ワナもなさそうだ。けど、人一人が通り抜ける程度の大きさしかありませんぜ」

「よーし、おれ様が先頭だ。お前ら酔いは醒ましとけよ。中に抜けりゃ、激戦に次ぐ激戦になるからな、おっとウォークライは静かにな」

「ワワワ……」

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