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境界防衛  作者: 蓑火子
国境にて
18/131

第18話 サブキャラな男/交換条件の女

―千年河左岸


「隊長、それにしても急な招集でしたね」

「全部あの新人陰険ドスケベ軍司令官野郎の仕業だよ」

「たまらんですなあ」

「全員揃っているか」

「ウチはまあなんとか。でも他の隊はなっかなか……」


 蛮斧風戦化粧であるトサカヘアがむさ苦しい部下の報告を受けながら、馬車に乗って河を越えた女宰相の行く末を思う。果たして彼女の運命は!新軍司令官の言う通り本国に政敵が居るとして、制裁を受けるのだろうか。それとも……


「始末されるのかな」

「誰がです?」


 女宰相が、とは言えない。このトサカヘアは素直なヤツだから、事情を伝えれば、悩まされるだろう。ここは適当に、


「城壁君」

「城壁隊長がですか。何故?」

「そりゃ、失敗したら、さ」

「まあ、ありえるかもですけど、その時は逃げれば良いだけでしょ。そんなヤツたくさんいますからね」

「光曜で働くって?」

「そうそう、笑えますよね」


 確かにその手もあった。


 にしてもどこか気が乗らん。作戦の詳細もワカらないし。補給隊長が言っていた通り、光曜だって、はいどうぞ、と町を明け渡すはずがない。女宰相だけ奪われて失敗するのはつまらないオチだが、


「殺されるのはなあ」

「城壁隊長が?まさかそれはないでしょ」


 あの極めてイイ女が理不尽にもこの世を去ることを見過ごしていいはずがない。すでに彼女は、城壁野郎と一緒にこの河を渡っている。会話は難しいだろう。だが、敵、この場合は彼女の敵だが、彼女を奪還というか殺害するつもりならば、何処かで接触する機会を作れる気がする。


「まあ、やってみるしかないか」

「城壁隊長のためにですか」


 勘違いに感謝。


「案外、友情に厚いんですね。仲良かったんでしたっけ?」

「……まあいいや。おい、ウチの隊の得物の状態みたか?」

「俺の組はバッチリですけど、隊長のゴールデン手斧は、確か下女どもにメンテ放ったらかしにされてたんでしたっけ」

「そうだった。前の戦いの血糊が残ってるかも」

「え大丈夫でしょ」

「なんでだ?」

「クレアちゃんを専属メンテ係にしたって聞きましたよ」

「クレア?」

「下女組の」

「ああ。別に専属じゃなくて、やっとけって指示出ししただけだよ」

「隊長、女の子の名前覚えた方がいいですよ」


 そんな名前だったかもな。


「まあ彼女真面目だからちゃんとやるんじゃないですか。それに隊長は武器なんてなくても多分大丈夫でしょ?」

「城攻めなんだぜ。武器くらいないとカッコがつかない」

「隊長は後でのんびり指揮しててくださいよ。荒事はわたしらがやりますんで。ワワワワワ」


 これもまたトサカヘアにはありきたりだが、手斧を舌舐めずりし恐ろしげな顔をする蛮斧仕草。


「言いやがったな。じゃあ任せるぞ。ワワワワワ」

「ワワワワワ」




―千年河右岸


 河を渡り、緑林の道を進む。今、天気は良く、陽の光が木々の間に差し込んでいる。もしも兵が立ち入れば景観を損ねるため一目でワカるだろう。


 この進軍、蛮斧側の指揮官は城壁隊長だ。彼の下には数多くの報告と指示伺いが転がり込んでくる。おおむね蛮斧の将兵は、


「うるせえうるせえうるせえ!」

「適当にやっとけばいいんだよ」

「男は殺せ!女は犯せ!全ての動産は持ち帰れ以上解散!」


という具合だが、城壁隊長は疑問を拾い、一件一件丁寧に聞き、自身の考えに基づいた指示を発している。常に冷静で、堂々とした態度を崩さない。将器なるものは備わっているようである。よって、


「いちいち命令しやがって」

「やめとけ、新軍司令野郎の覚えがいいらしい」

「野郎がしくじれば、いくらでも仕返せる。始末したってな」


と陰口を叩かれ、命も狙われている様子。これも勝利すれば消えるのが戦場の習いのはずである。一方、


「……」

「……」

「……」


 我が屈強なる護衛達は無口を通している。その心を視るに、城壁隊長から何もしゃべるなと言われているようだが、彼らもまた上司に忠誠を誓っているわけではない。一様に恐怖や不快の感情が溢れている。その原因まではワカらないが、こんな士気で、私を守護することができるのかは怪しい。


 このお笑い蛮車から外は覗けない。だから、上空にワシを配置している。光曜境の町が見えてきた。到着すれば、捕虜引渡の儀礼が早々に始まるはず。


「引渡、か」


 太子が私を殺しに来るのならば、かなりの手練れの出現と戦闘を覚悟しなければならない。またその後、蛮斧の軍隊の誰の下に戻るかも重要だ。候補者は三名いるが、


「フフ……」


 自然と人の良いその人物の顔を思い浮かべ、未だ自分も持っているらしい単純さに苦笑するしかない。



 馬車は光曜境の城門の前で停車した。城壁上の将兵と、城壁隊長の部下らが大声を出し合い、下らない事務的なやりとりを繰り返す。ややあって、


「出ろ。光曜人はおたくの顔が見たいらしいから」


 蛮斧兵に促され蛮車を降りると、七名の護衛がすかさず私につく。彼らの心は今も恐怖に捕らわれているが、戦意だけは高まっていた。


 城壁の上に立つのは、太子の家臣ではない。この町の市長の部下である男で、見覚えがあった上に、男は私を見て小さく笑みを浮かべ頷いていた。雑念も無い。


「では、我が国の宰相のみを、このまま城内へ迎える!」


 すかさず城壁隊長の部下が大喝一声する。


「それでは話が違う!宰相殿の身柄は、あくまでこの町と引き替えである!」

「宰相入城後、我らは町を去るだろう!」

「その言葉だけでは信じられん!」


 お決まりの、くだらない予定調和が続いた後、


「それでは我ら護衛も城内へ入る!そして光曜軍の退去が始まった時点で、我らは宰相殿の護衛を解く!それでどうだ!」

「いたしかたない。ではそのとおりにする。ただし、徒歩で入ることが条件だ。入城者は護衛のみだ」

「決まったな」


 護衛の一員として、勇敢にも城壁隊長が先頭に立った。その後ろを私と七名の真の護衛が歩き、さらに雑兵が二十名ついてくる。残り大半の蛮斧兵は城壁の外で待機だ。


 相変わらず殺風景な光曜境の町。それにしても人の気配が少ない。すでに住民を退去させたとして、僅か数日で可能だろうか。私の記憶では、ここの市長はそこまでの豪腕家ではなかった。不信を胸に広場へ向かいながら、私の敵ならいつ私を狙うかを考える。少なくとも、今ではないはずだ。


 広場で、私たちは光曜の将の出迎えを受ける。今度は知らない顔だ。城壁隊長の部下が、交渉役として対面に立つ。 


「市長殿か」

「そうだ」


 前の市長が更迭されていないのであれば、これは嘘だ。我が国の作戦は始まっている。


「約束通り、貴国の宰相殿をお連れした。無論、現状を解消し、貴国へお返しするためだ」

「約束を守っていただきありがたいことだが、この町を得る為だろう?」

「その通り。その為に約束を守ったのだ。だから次はそちらが約束を守る番だな」

「ワカっている。既に我が軍の大半は町を出て、北に移動中である」

「何」


 交渉役が振り向いて城壁隊長を見た。想定外の進行に即興力が切れたのだろうが、これで誰がこの場のボスか、明白になってしまった。それでも、城壁隊長は極めて僅かながら目で頷いて、交渉続行を指示した。


「それは本当か?」

「もちろんだ。この町に残っているのは、民間人だけだ」

「それにしては少ないようだが」

「軍が去ると聞いて、多くの者はついていったからな」


 あるいは残留した民間人全員が仮装した兵隊ということもあり得る。


「素直なことだが、我らが偽ることを考えなかった、とでも言うのか?」


 ああ、その質問はよくない。決まりきった返答しかこず、主導権を失ってしまう。


「確かにそれも考えた。だが、何しろ我が国の要人を奪還する好機、逃すわけにはいかない。危険は承知の上。だからこそ我が光曜こそ約束を守ったのだ」

「なるほど」


 相手の話を鵜呑みにしてはならない。我が国はすでに二つ、嘘をついている可能性が高いのだから。


「ご納得頂けてよかった。では蛮斧の方、次は貴国の約束を、一つ進めて頂こう」

「ああ」


 蛮斧の交渉役が安心した顔で振り返った時、護衛の一人が、城壁隊長に声を潜めて話しかけた。他の誰にも聞こえなくとも、私には聞こえる。


「これ、チャンスですよ……女宰相を返さずに、城外の兵を突入させれば町だけが手に入る……」


 戦術的に悪くない手だ。仮に、住民が兵に化けていたとしたら、その偽計への対抗になる。が、これに即拒否の城壁隊長。


「だめだ。許さん」


 視線を一切動かさない城壁隊長へ、護衛はさらに食い下がる。


「……こっちにとってまたとないチャンスを見逃すって?高貴な人質がいれば今後も色々と便利になる」


 それも確かにその通り。このシナリオは密謀だろうから、約束違反をしても国家にさほどの風評被害は与えないだろう。それでも、城壁隊長は却下する。


「すでにだめだと言った」

「理由は?」

「約束は守らなければならない。それがどのような相手であってもな」


 光曜にも、蛮斧と相対するに際してこのように述べる道理者がいた。だいたいそれは常に、欲深さを周到という衣で隠蔽した反対意見と多数決によって、追いやられてしまうのだが。


「しかし!敵との交渉が、脅威に対応する手段を犠牲に供する見返りに行われてはならんでしょう」


 このセリフも全く同じ。中々味わいのある言葉で城壁隊長を説得するこの護衛だが、声が大きくなってきた。やはり心は恐怖に彩られたまま。この意見を、城壁隊長は黙殺し、交渉役に目で続行を促す。


「では、宰相殿をお返ししよう。同時に、そちらから二名、人質を頂く」

「承知した。一人は市長である私、もう一人は私の娘だ」

「ほーう」


 市長を名乗る男が促すと、隣に立つ副官が深く被った兜を上げた。若く美しい娘だった。素顔を見た交渉役が、蛮斧人らしく卑しさ満点の口笛を鳴らす。


「無礼は許さん」

「へへ、気をつけるよ」


 怒る自称市長だが、女の顔付きを見よ。実に出来ている。只者では無さそうだ。が、気に留める者はいない。私が同性だからワカるのかもしれないが。


「では」


 私はまた別の護衛に促され、歩みだす。同じく自称市長と娘も。距離が近づく。事は交差する際に起こりがちだが、どうだろうか。


「……」

「……」


 緊張の瞬間を無言ですれ違うことで、まずは事なきを得る。だがここからが本番だ。光曜の兵士は、急いで私を交渉の場から遠ざける。私を包む声は、善意と喜びでいっぱいだ。


「閣下。宰相閣下、ご無事でよかった。すぐにこの町を離れ、王都まで直行いたします。我らが護衛を努めますので」

「ありがとう。心配をかけました。あなた達はあの市長殿の部隊ですか」

「いいえ。我らは本境の町の駐屯隊から参加した者です。後は市長殿に任せましょう」

「後」

「はっ。ですが今は城外へ」


 含意を含んだ口ぶり。成る程、やはり我が国はこの町を手放すつもりはない様子。当然だろう。そして、ここまで誠意を尽くした城壁隊長も、光曜側が約束を破ることを想定しているはず。そのために講じているだろう手立てが有効となるか、興味もある。何とか見届けたいものだが。



 光曜境の城外へ出ると馬車を勧められたが、速度が出ないとこれを断って、馬の背に乗る。ここは本境に向けて北へ走るしかない。


 光曜は南の辺境から王国の中心方面へ走る。どうしても、祖国に戻ってきたと言う実感が込み上がってくる。まず風景が違うのだ。所々の自然に人の手が加わっているため、景色が目に優しく、どうしようもなく心が浮き立つ。木々も鬱蒼とした蛮斧のものと比べ爽やかなのだ。このまま王都へ至り、家族と再会し、子らと抱擁できたならきっと幸せなのだろう。祖国の地を踏むと言う実感を、強い幸福感とともに味わう感情は贅沢なものだ。


 そして、ある意味では予想通りに、


「!」


 人の心が最も弱くなり得る帰国の瞬間を、私の敵は狙ってきた。この場所は本境まであと半分か。正体不明の集団が現れ、道を塞ぐ。


 身の所作からして蛮斧兵ではない。狼狽する本境の兵たち。


「我々は先を急いでいる!一体貴様ら何もッ!?」


 部隊長に全ての発言を許さず、武装集団は攻撃を開始。練度と士気の違いか、攻撃手段の差は圧倒的で、本境隊士たちは声も無く次々に地へ沈んでいく。


 さて取るべき選択について思考しよう。戦うか、逃げるか、成り行きに任せるか。すぐに選択はでた。戦いながら逃げ、成り行きに身を委ねる。つまり全て。

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