第127話 股さぐりの蛮族
―大都会 地下区外 ギルドプラザ前
「あれは見覚えのある攻めた建物。地下外を一周したようだな」
戻ってきたのは良いけれど、
「随分と警備が多い……ですね」
と言っても警察や兵士ではない。奇抜なスタイルからして、ギルドメンバーなのだろう。それはリムの私兵なのか。
「さっき大立ち回りしたからなあ。じゃあ早速行こう」
「ええっ、じゅ、準備は」
早過ぎる。が全然立ち止まる気の無いタクロ。
「作戦のキモは藁のイヌ、おまえだぞ。ワカってんな?おれたちが突入する隙を作るんだぜ。マヌケどもを暴れさせてな」
「他には?」
「それだけでいい。上手く行けばどことなりとへも消えろ」
「蛮族は、行き当たりばったりで戦略がないな」
「んだとコラ!それとも自信が無いのか?」
「魔術士には効果がないこともある。レイスが正気だったようにね」
「ふうん。なら効かないヤツはみんな魔術士か」
「あんた効かないが魔術士じゃないね。だからワカらんさ」
「おれ様は特別仕様なんだよ……」
「態度のデカさについては認めてやってもいい」
「お前のことか?」
ああもう、話が進まない。
「じゃ、邪魔する人たちが減ればそれでいいのです!」
「ま、普通にやるだけさ。私も後の事は知らない。あんたらがしくじっても助けない」
「上等だ。エメラルドエッジ君を官憲に突き出してやるから見てろ」
そう、目的はリムを捕えること。単純な作戦の方がむしろ良いかもしれない。
「言っとくが裏切ったら地の果てまで追い詰めてやるからな」
「私はここから出たら学園に戻る、いつもの通りね。蛮族のあんたにとっては地の果てだ」
「どこへでもどこまでも行く!それが蛮族なめんなよ!」
「私にまた会いたいのか?」
「どうしてそうなるんだ」
「ま、私は来る者拒まずだ。私に会いたなら学園で待っててやるよ。じゃ、始めるよ」
まだ何か言いたそうなタクロをよそに、カミエルは目を見開き衝力を展開させ始めた。魔術の目で探ると、その極めて小さな衝力の波が断続的に波状に散って行く。細に入り微を穿つという表現が相応しい程の。
しばらくして、あちこちから不穏な声が聞こえてくる。
「あ、あの方だ……素晴らしいのは」
「そうとも、あの方は最高で、お、俺だけが理解している」
「いや俺だ……俺だけだ理解しているのは!お前じゃない!死ねえ!」
どんどんおかしくなった人たちが暴れ出し、一気に大騒動が勃発する。それを冷たい目で眺めるタクロ。
「なあ、あの方って誰だ?」
「私」
「はは、やっぱそうだったか。よし、行くか!」
「は、はい!」
カミエルの衝力はタクロにも及んでいるが、やはり彼には通じていない。どういう原理だろう?目を凝らして見ると、衝突の直前に衝力が散らされているようなイメージだが……今は忘れよう。
「ちぎってねじって焼き捨てて!あの方の言葉は反復破壊モデルの剣!俺の常識を引き裂いて、真実でぶった斬ってくれ!」
「私は骨だけになっても耳を残す!あの方の言葉を聴くために!脳髄を貫く!語彙の針で!ウゴゴゴゴ!」
「ど、どうした!止めて、落ち着いて!」
狂っていない者は魔術士なのかもしれないが、
「性は嘘!倫理は布!常識は小道具!あの方こそが、舞台装置ごと全部ぶち壊してくれる!死のう!この世はあの方の見る夢だ!みんな、みんな死のう!」
「ぎゃあ!」
この騒動では救われない。
狂い合い同士討ちの警備冒険者の隙を抜けて、建物に駆け入った。そしてギルドマスターの部屋の前まで一直線、駆け抜ける!穴の補修諸共ドアを蹴破るタクロと同時に入室、衝力を撃ち込む!
ドガッ!
ドン
「がっ!」
わたしの衝力が誰かに命中。リムだ!が、それ以前に苦しんでいるようにも。
「あ、あの方……す、素晴らし……う、ううっ!」
カミエルの衝力が効いている。完全ではない様子だが……タクロを向き目で意思疎通。
こくっ
できた。ちょっと嬉しい。タクロは苦しむリムを足蹴にして転がし、身体を探り始め、ええっ!
「!」
意思は疎通していなかった。というか服を脱がし始めた。何も言わないが、例の魔術的な何かを警戒しているのだろう。何か道具?のようなものによると。
「!!」
恥じらいなき下着一枚の出で立ち、たるんだ脚線美もどきが無造作に晒された……脛に毛が。み、見るに耐えない。あの、凛々しい騎士だったリムが……後ろ手に縛られ、猿ぐつわまでされた。
「このまま攫うぞ」
堂々と退出するタクロにわたしもついて行く。建物を出たところで、ギルドプラザの凄惨な被害が目に飛び込んでくる。血の匂いが鼻を突いた気がした。これがカミエルの魔術、今はリムより彼女が恐ろしい……彼女はこのような特質を隠して学園生活を送っていたのか。
「んーんー、んぉおはわっ!えおふぅおほっんい!んわわほっおみ!んぅーひぃほっんけっ!」
「ん?なんだなんだ」
タクロがリムの猿ぐつわをズラす。
「あああ、あの方は!エロスこそ真理!弱さこそ罪!狂気こそ純潔!むぐっ!」
猿ぐつわは戻された。カミエルの魔術に深く掛かり始めたのかリムもいよいよおかしい。
「よし、作戦は順調だ。コイツを連れてとりあえず出口まで行こう。陽の光が懐かしいぜ」
―大都会 地下区外 出入口門前
わたしたちが入った後に閉ざされた、地下外と地下街を分ける門。そこに門の管理人らしき人物が狂った末にか倒されていた。門は閉ざされたまま。タクロがカンヌキを外して力を込める。
ゴン
「ん、まだ鍵があるな?どれどれ」
今度は管理人の体を探り始める。またズボンを脱がしている……
ジャら
「ん、あったあった、これだな。それにしても地下はクソだったな。とっとと地上に出て我が世の春を満喫しようぜ」
「ま、まだ出たわけではありませんし、油断をするのはその、どうかと……」
「ワカってるって」
「ん、んおほわ むはばっ……んぅ、ん、んいあぅ。んおほわ、んおほわで、んおえ などでわ……っ」
「またかよ。よっと」
今度こそ猿ぐつわが完全に外された。リムが怪しく呟く。
「あ、あの方は素晴ら……うう、ち、違う。あの方はあの方でお前などでは……」
リムの顔を覗き込むタクロ。
「そういや、藁のイヌ女から離れたら魔術も切れるなら、今のうちに失神させておくか」
「そ、そこまでした方がいいでしょうか」
「魔術っぽいけど魔術じゃない例の攻撃、あれをぶつけられたらちょっとなあ」
「あの方の存在は一撃必殺……私は斬られたいんじゃない!私は、真実を見たいんだ……」
「なあに言ってんだこのタコ」
タクロがリムの頭をスパンと叩いた瞬間、
「はっ!」
リムが速く大きく足を振り上げた。手は縛られたままだが……タクロの胸元から出血が。
「このやろ!爪研いでやがったかカマ野郎め!」
「……」
「正気になったか?」
「……」
リムは黙っているが、明らかに目は動揺している。異変。地下空間に呻き声が響き始めた。見ればあちこちで騒動が収まっている。
「こ、これは?」
カミエルの衝力展開が止まっている?この勝負のギリギリで彼女に裏切られたのか、と考えた次の瞬間、
「二人とも動かないで」
正面から声。現れたのは、
「あ、あなたは……」
特徴的な露出の多い服装。さっき温泉施設で戦った女性だった……その背後に、痛めつけられた様子のカミエルを掴み上げる力の強そうな戦士がいた。
「二人とも、ギルドマスターの戒めを解きなさ
「いやづら!」
い……」
機先を制するようにタクロが前に出て、その分女性は下がった。これなら……わたしは様子を窺おう。
「なら、この娘が死ぬことになるけれど?」
「別におれは構わん」
え!
「本当に?」
「別に仲間じゃねえ。なら命の責任はお互い様、だろ?」
確かゼーヴァと名乗っていたか、表情が平静を装ったものに変わるその顔……このタクロならさらに追撃するだろう、というわたしの予感の通り、
「それよりもだズべ女。さっき二度とそのツラ見せるなっておれはお前に言ったはずだな?次見たら殺すと。どうやら、その約束を履行しなければならない刻が来たようだ……」
厳かに口を閉じたタクロ、一歩前に動いた。が、ゼーヴァは踏みとどまった。
「お嬢さんはどう?」
こちらに振ってきた。その声は震えていて……タクロが動く気配を、今にも動きそうなものに構えたからだろう。ここはわたしが答えねば。でも……
「わ、わたしは……」
もちろん人の死など見たくない。それが友人でなくても、知り合い程度の仲でも。しかし、リムの戒めを解くことと引き換えには……
いや、違う。ここは地下区外だからきっとそれが正解ではない。
相手を出し抜く、生きるために。咄嗟に思いついた作戦をやってみよう。
「か、考えさせて?」
声が上擦った。
「時間稼ぎは許さないわ」
ゼーヴァの目線に対応して戦士がカミエルの頭をさらに強く掴んだ。苦しみの声が漏れる。
その瞬間、こっそり形成した衝力をリムの手足に絡まさせるように配置した。タクロは黙っている。彼は衝力を感知し続けてきた、きっとこのわたしの罠も。ゼーヴァが声を荒げた。
「早く決めなさい!」
「わ、ワカりました」
と、目を覚ましたのかカミエルが口を開いた。
「おい、私は……あんたなんかに助けられたくはないね」
「黙って」
ウソ。黙らないでもっと喋って。相手の注意を揺らして。
「こんなことで私を侮辱することは許さない!いじめ抜いてやるよ!止まるリッチ」
「黙って!」
嫌な綽名にむかっとしてしまったが、罠の用意は完了した。これで拘束を解かれても、リムはいずれ絡まって動けなくなる。絶対に逃がさない。わたしはタクロを見て、目で合図し、これで伝わった、と信じて口を開く。
「か、彼を解放してください」
「いいのかい?」
「は、はい」
「ああそう。ま、仕方ねえか」
後ろ手の拘束が解かれた。動き出したリムは手首を回しながらゼーヴァの側へ向かう。私の横を通る。その顔は……正気を取り戻していて、懐かしの彼の表情、地下外で知った幻滅を思わず忘れそうにな
ビシッ!
「あうっ!」
「このメスガキめ!」
頬を思いっきり叩かれた。妄想していたせいで防御できず、倒れ込んでしまう。
ドス!ガス!ガッ!ガッ!
上から攻撃が降ってくる。ゲンコツ?足蹴?ともかく痛い。
「このガキ!ガキめ!!」
「うっ、ぐっ!」
悲鳴を上げてたまるか。暴行の最中、ふとタクロの目と視線が合った。彼は軽くウインクした。
「はあはあ……女、お前はこの二人の始末依頼に申し込んだんだな?ならそっちの男を殺せ。後ろのガキも一緒にな。このガキは……私がヤる!」
リムはゼーヴァの返事を聞かずしてわたしの首を掴み、締め上げ始めた。力強いが、地味な動き。これでは私の罠の効果はないが、すでに衝力で体を防御できた。苦しくはならない。
わたしはこのままタクロがカミエルを救出する時間を稼ぐだけでいい。視線が届かぬ方向から、緊迫の声と音が聞こえる。
「オラッ!」
「ぶべっ!」
バタン
「遅い。見かけだけ立派な用心棒はいかんよ……はい、藁のイヌさんゲット。あぁあ、気絶しちゃって」
「う……」
「さて淫乱ドスケベ女、一人でおれとタイマン張る気、あるかい?」
「エ、エメラルドエッジ殿!」
「死ねえええ!」
正気を失ったようにわたしの首を締め続けるリムに、ゼーヴァの声は届いていない。それにしてもリムの憤怒顔をこうも間近で見ることになるとは。はっきりと、悲しさが込み上げてくる。
「じゃあこの世とおさらばだな」
「待って!あなたに従う!」
「もう遅い」
「A通貨を全て渡します!」
「んなクソ地下でしか役に立たないゴミはいらん」
「ギルドプラザが光曜の通貨と換金している!大金になる!」
「あいにく大金はすでに持っているんだ、幸運なことにな」
「え、えっと……?」
「お前さんにとっては不幸だったな。ではさようなら」
「こ、こないで!」
ドン
「う、うそ……」
「これは自慢なんだが、おれほど魔術を喰らった蛮斧人はいねえさ。慣れちまったよ」
「……」
「他愛もない!そのおキレイな顔をおれ様の鉄拳でブッ潰してやろう!死ねッ!」
殺してはダメ!
「A通貨は全ての取引を記録している!ギルドマスターを告発するなら役に立つ!」
「ナヌ」
「私には見える!例えばこのA通貨はあなたたち二人の暗殺依頼を受けた時に支払われた手付金!ギルドマスターの部下から得た、と履歴にある!」
「ウソなら殺すじゃすまんぞ。裸に剥いて、深蛮斧人の集団に無料で贈呈することになる。そしてあいつらの子を産んで、育てさせるぜ」
「ひっ、本当だ!」
「口の利き方がナってない!」
「本当です!許してください!」
「許すのは、その話、詳しく聞かせてもらってからだな」
ドン
わたしはリムの腹部に衝力を打ち込んだ。下着一枚の彼は身を守ることもできず、その場で崩れ落ちた。殺してはいない。
ゼーヴァを屈服させたタクロが、一言。
「やったなお嬢ちゃん」
確かに勝てた。しかし。こんなリムを見るのは胸が痛むだけ。母が光曜を去り、真の意味で堕ちたのがリムならば、ここは彼に相応しい場所なのかもしれない。わたしは憤怒の表情のまま倒れたその惨めさから目を逸らせないでいた。