第126話 腹さぐりの蛮族
ナイフ、丸太、陶器の破片、他にも武器になりそうなものを手に次々に飛びかかってくる人々。
「オラッ!」
バキッ!
バキッ!
バキッ!
タクロは彼らを次々に殴り倒していく。のだが、
「こ、こいつら」
戸惑っている。わたしの目にも襲撃の勢いのが凄まじく見え、なにより倒された先人を前にしても誰も怯んでいない。さすがのタクロも驚きを隠せないのか。
「なんだこりゃ!おかしい」
襲撃者の一人が叫びながら飛びかかる。
「あの方は素晴らしい!」
「だ、誰だよ」
「あの方だ!」
「どいつだオラッ!」
「ぐぺっ!」
口角泡立つ、なんて表現を目にすることはなかった。つまりそれは異常なこと。
「あの方は素晴らしい!」
「あの方は素晴らしい!」
「あの方は素晴らしい!」
「ひえっ」
囲まれ、押さえつけられたタクロはたまらずといった風にわたしを向いた。
「お、お嬢!あの方を探して!」
「だ、誰でしょう!」
「知らん!でも、あの方が原因だろコレ!」
「あの方は偉大なり!」
「うるさい」
バキッ!
「ぐぺっ!」
周囲を見る。見渡す。タクロ一人襲われているのでは無い。誰もが身近な相手と争い合っている。酷い混沌、地獄だ。きっとこれは魔術によるもの。ならあの方とは、魔術士?もしこの場に魔術士がいるとしたら、戦っていない人。で、でも、
「うぎいいいいいっっ!罵ってくれ!教えてくれ!殺してくれ! あの方の言葉で世界を焼け!」
「あの方!あの方!あの方!私の中のすべてが剥がれる!善も悪も、雌も雄も、全部あの方に分解されれれれれれ!」
「ああああの方さまあああ!おれは人間だった!かつて!今はちがう!今こそ知性の犬!あの方の語彙で噛みついてやる!」
……わ、ワカらない。誰も彼も混沌としすぎていて何もワカらない。でもわたし、何か、しなければ。
運良く、タクロが前に出続けたお陰でわたしは襲撃から免れている。今は、魔術的に彼を支援することに専念するしかない。
ドン
「ぐぺっ!」
ドン
「ぐぺっ!」
衝力を飛ばして襲撃者を少しでも黙らせていく。強い衝撃を与えれば立ち上がらなくなる。これなら何とかなるかもしれない。
しばらく戦っているとさすがに立ち残っている者も減っていく。あちこちで乱闘を勝ち抜いた者らが叫ぶ様に謎の人物を称えているが、
「おらっ!」
「ぐぺっ!」
「よっしゃあおれが一番だ!最強のおれ様に勝てるヤツはいねえ!」
タクロが独り自分を称え叫んだ。乱闘続きで興奮したのか。わたしも支援しているとは言え、確かに一番怪我をしてなさそうに見える。目立ってもいる。襲撃者の山、というのだろうか、を越えて次の山に飛び込んでいくタクロ。勝ち進み残っていくスポーツ選手のようだ。
「おい貴様!このおれ様を見やがれ!おれを見るんだよオイ!」
「前線都市の独裁者タクロさまとはおれのことだぜ!」
「素晴らしいのはあの方じゃねえ、このおれ様だ!」
タクロのその叫びと共に、僅かに残っていた全員が同時に倒れた、ように見えた。操作者が居て、そが途切れたのかもしれない。洞窟内の灯火が倒れていない一人の人物を写し出している。指差し、叫ぶ。
「あそこ!」
「よし来た!」
文字通り飛び跳ねて向かっていくタクロを追い走る。あっという間に、その一人を壁際に追い詰めていた。
「あ……」
驚いたことに、その人の顔を、わたしは知っていた。何故、彼女がこんな場所に。
「コイツはお前がやらせてた騒動か……魔術だな?」
「貴様何故……」
「ワワワワワ!おねんねしやがれ!」
「私を殺せば、そこのレイスが悲しむな!」
ピタッ
「なぬ」
攻撃の手を止めたままわたしを見るタクロ。非難な感じはなく、ほっとするが、それよりも彼女とは目は合ってないのにわたしがいる事を知っていた。
「お嬢ちゃん、知り合いか」
何と言おう、と悩んでいるとカミエルが先に明かされる。
「同級生だ。私の方が年上だけど」
「あ、そう。なに、知ったこっちゃないさ」
どん!と改めて手を伸ばしたタクロ、前に出た。あ、これは止めないと。その袖を摘むと、
「なんだ止めるのか?」
前進は簡単に止まった。
「く、繰り返しますが、ここは光曜です。殺してはいけません」
「なら裁きの場に突き出すって?」
「はい」
「ああ、そう」
ぬっとした動作に変わる。拘束するのだろう。彼女も気配の変化を感じ取ったのか、
「何、私が大人しく従うとでも?」
「いいえ」
「ワカっていて嬉しいね」
優秀、強烈、負けず嫌い、貴族蔑視のカミエルだ。何をしていたのかを聞いても無駄だろうけど……名案が思いついた。この者を利用してみせる。
「あの」
「なんだ、お嬢ちゃん」
早速、タクロの口真似。性格がキツい。
「取引しませんか?」
「取引?」
「わたし達はここに遊びに来たわけではありません。理由があって、います。あなたもそうでしょうが、それは聞きません。あなたの非道を見逃す代わりに、協力してください」
極度に誇り高い彼女のこと。当然、
「お断りだ」
「ブチ殺すぞ」
「ダメです!」
黙っていたタクロが急に脅し始め戸惑い、思わず大きな声が。落ち着け、わたし。
「……わ、わたしはあなたを告発しない。これはあなたにとっても悪い話じゃないはず」
「なんで私の力を借りたい?」
「ここから脱出するためです」
「おいおい!おれがエメラルドエッジ君を始末してやるって!」
「黙っててください」
「はは、掲示板を見た。やっぱりあんた、ギルドマスターに閉じ込められてたか」
それで彼女はわたし達を襲ったの?報酬を得るため、住民もろとも?……非道。しかしここは飲み込まねば。
「その通りです」
「てめえ賞金首が!おれ達を殺しに来たのか!」
ゴツン
カミエルに頭突きするタクロ。良い音がしたから痛かったと思うが、彼女は顔色を変えない。きっと耐えている。強い。
「レイス、あんた困ってるのか?」
「困ってない」
「だから黙っててください!」
「どうどうどう」
この……蛮族らしさは抑えて欲しい今なのに。
「いいだろう」
「えっ」
「私を利用させてあげるよ」
来た!あるいはタクロの暴力も効果があったのかも。話が着きそうなのを見て、タクロが捕縛の気配を解き、カミエルも少し警戒を弱めた。
「あ、ありが……」
いや、舐められてはいけない。
「いえ、約束を破ればこちらの方があなたに何をするか、わたしはワカりません」
「へえ、あんたもそんな言葉言えるんだね」
こんなこと言っているが、彼女はわたしを馬鹿にしていた。それは変わらないはず。
「言っておくけどレイス、私はあんたが嫌いなんだ」
「知っています」
「ならいいよ」
警戒は続けねば。
「で、レイスちゃん。この藁のイヌに何させんだ?」
藁のイヌ……確かにカミエルは地味で冴える容姿かと言われればそうではないと答えるが、女性にイヌとは気持ちの良い表現ではない。それに彼女は批判を気にしない。
「三人でリ……ギルドマスターを捕らえます」
「コイツの魔術でか。ちゃんと指示通り動けよ藁のイヌ」
「……」
「お前だよお前。その口は飾りか?」
「おいレイス、口だけニンゲンの言葉を通訳してくれよ」
「いい度胸だ!拳で通訳してやるぜ!」
「蛮斧人が通訳?そんな言葉にどんな証しが立つんだ。お前が哀しみ蛮族なことはもう見抜いた」
「口だけは達者だな!しゃぶらせたろか!」
「へえ、この私にそんなことさせたいとは。さすが蛮族、見境無しだ」
「このガキャー!」
「タ、タクロさん。彼女はどんな悪口も気にしません。口論しても無意味です」
学園では、何と言われても平然とし、仕返しと学業成績で相手を黙らせるのがカミエルだ。
「母親の権威を盾にしていたあんたにしちゃ、随分冷静じゃんか」
「そ、そんなことしてません」
「どうだかな。学園での振舞いを私はしっかり見ていたよ。宰相の母、貴族の家柄を鼻にかけて気に入らなかった」
ウソだ。
「へえ、レイスちゃんそんなキャラだったんだ。ちょっと意外」
「そうとも。貴族の子弟なんてそりゃもう調子に乗った人間のクズだよ」
「貧乏人の僻みなんじゃ?」
「かもね。ま、それ差し引いても、このお嬢はお高く止まリッチだ」
「止まリッチ?プププ……」
「やめてください!こうやって人をおちょくるのも彼女の作戦です!逃げられないようにちゃんと見張ってて下さい!」
タクロもタクロだ。せっかく人並みに認めてあげたのに、こんな口車に乗らないで欲しい。
「で、藁のイヌ、逃げるか?」
「さあね、自分で考えなよ」
「お前本当に光曜人か?すんごいガラの悪さ」
「光曜人がみんなそこの止まリッチお嬢みたいだとでも?それじゃ国は滅びるよ」
「はは、上手いこと言うな」
くっ。
「タ、タクロさん彼女の行いです。見てください」
「ん?」
住民たちの嗚咽が響いている。だいぶ痛めつけあったのだろう。
「わたしはこのような暴力は嫌いです」
「その力を借りようとしてるくせによく言うよ」
「わたしが止めねば、あなたは殺されていたということを忘れないでください」
「この蛮斧人に?そう言えばなんでお前には私の魔術が効かなかったんだろう」
「何の話だ?」
「この施設は丸く広いから私の衝力が広まるには格好だが……お前にはかからなかった」
「レイスちゃんにも掛かってないじゃん」
「微弱な衝力だから魔術士には効き難いんだ。お前は魔術を使えるのか?」
「まあね!」
平然と嘘をつくタクロ。これはわたしも疑問に思っている魔術が効かない話の続きだが、真実は語らないだろう。それにカミエルに対する抑止になるかもしれない。
「蛮斧人はウソ吐きだな」
「んだとコラ!」
「私の理解では蛮斧人は魔術を使えない、残念だったな」
「へえ、仕組みは?」
「そういう歴史を歩んできたかどうかだ。蛮斧人は魔術の源の外にいた連中なのさ」
「なんだ生まれがって話か、つまんね」
「現実として一部はな。まあそんなことは些細なことで、ウソ吐き蛮族のキミが、戦争で負けて光曜に来たあのタクロか」
「あの、ってなんだ?」
「クーデターで権力を握り、我が国の殿下を襲撃し、挙句部下のクーデターで失脚したという逸話の持ち主だ、その筋では」
そ、そこまでの悪行は知らなかった。
「どの筋?」
「世界の動きに敏感な筋だ、で、どれも事実なんだろ?」
「遠からずもだ」
「中々面白い動きをしてるけど、今は子守をしている。どういうつもりだ?」
子守。
「ボランティアだよ。おれも大農場で教化されて、人並みになったってところだな」
「何を言っている。本当か?」
「本当さ」
「それが本当ならつまらん話だ」
「そうだろ。だからとっととここから脱出したい。ああ、地上に戻って痴情の限りを尽くしたいぜ」
「まあそれもいいさ。ここは好き勝手できる大都会だ」
「へえ、否定しないんだな」
「何がだ」
「おれたち男どもの御乱行嗜好を」
「否定したって意味がない。そういうもんだ」
なんだろう。わたし、無視されている気がする。
「大農場の女どもの多くは例のそのなんだ、学園の出身者だって話だったけど、おたくは違うんだな藁のイヌ」
「私は実力で学園に入ったんであって出自や思想性で入ったそこのお嬢ちゃんとは違うんだ」
「確かにな。レイスちゃんは褒められた目的を持ってここに来ている。たぶん、暴れるためにここにきたお前さんとは違う」
……ほっとする。
「へえ、レイス。あんた何しに地下外へ?」
ほっとしたから、無視しよう。
「無視か。それがあんたの本性なら、学園でもそうやって振る舞ってりゃいいのにね」
「そんなに違うのけ?」
「そりゃもう取り巻き連中といっつも行動して、引き連れて、愛想笑いに本当にどうでもいいおしゃべりばかり。耳に入ってきたら耐えられないぐらいだった。まあ光曜上流階級の子弟どもなんてみんな同じだよ。女性は女性を無条件で受け入れましょう。グループに閉じこもって自分たちだけの世界で頭にお花が咲いている。それでいて同調大好きなコイツらろくでなしが国の要職に送り出されているわけだから、胸糞が悪いったらない」
「途中まで同性愛の話かと思ってドキドキ」
「それもあるね。ああ、お上品に澄ましてるタチだから男たちの欲望は刺激しないと思うよ。蛮斧には無いの?」
「ないない。少なくともおれの知る限りはな。この国に来て振り返ると、謙虚で、慎ましい、控え目で、尽くすタイプの女が多かったなあ。みんな闘いの心得はあったけど」
「魔術無しで?それは凄い。私もこの国に飽きたら蛮斧世界を旅にするのもありかもしれない」
「ないな。お前さんが楽しめそうなイベントは無いぜ」
「もちろん境界近くの話だよ。文明と非文明のせめぎ合いほど鑑賞し甲斐のあるものはないからさ。それにしてもこうして蛮族と話が通じるのはオドロキだよ」
「大農場では話が通じないと言われ罵られたがな」
「あんな閉鎖病棟では当然だ」
「変わった藁のイヌだがキミとは話が合いそうだな!ワワワ」
道の角に置かれた鏡の前でわたしは見た。そこには、あっという間に仲良くなった様子の二人の会話から離れて歩く、さっき無視しなければよかったと後悔している自分の惨めな姿を。