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境界防衛  作者: 蓑火子
闇を覗くレイス
125/131

第125話 社会見学の蛮族

ウウウー

 ウウウー

  ウ……


 警報が止まった。危機は去った?ギルドによる襲撃が止まったのならば。


 タクロと共に通路へ出て右手に歩き始める。わたしは緊張して前後も左右も気になるが、タクロは悠然と、掠れた口笛を吹いている。あちこちに荒らされた住まい、破壊の痕、傷ついた人たち、そして倒れている人もいる。


「酷い……」


 胸が痛む。このようなことが光曜で行われているなんて。と、うめき声の中、ご機嫌に歩く人、さっきの案内人だ。


「あ、あの」

「お嬢ちゃん、に兄さん。生きてて何より」

「ああ、おれ達を見捨てて逃げ出したヤツか!こんにゃろ」

「生きるためには仕方ないでしょ」

「そ、それよりもさっきのは一体?」

「ギルドのお楽しみタイムだよ。きっと依頼達成時の加算タイムだったんだ」

「なんだそりゃ」

「日頃ギルドプラザに掲載された依頼を達成したら、レベルに応じて貰えるポイントが増えるんだが、お楽しみタイム中はポイントが増えるらしい

「ポイント」

「それ何に使うんだ?」

「そのポイントはA通貨と交換できる。A通貨は光曜の通貨とも交換できるけどね」

「ポイントもA通貨も地下でしか価値がないんだろ?なんでわざわざポイントと通貨を交換すんだ?」

「ああ、そういやなんでだろう?そのへんは知らないなあ」

「隠すとためにならんぞ!」

「ほ、本当に知らないよ」

「いいや、お前は嘘を吐いている」

「カネも貰わずにここまで話したんだからいいでしょ?」

「ほーう、なんでカネ取らないんだ?」

「えっ、カネくれるんですか?」

「違う。お前はすでにカネ儲けしてホクホクだからおれたちにたからなかっただけだ。この野郎、この騒動で一儲けしたんだろ」


 案内人は目を逸らした。なるほど。


「てめえギルドの仲間だな!」

「ち、違うよ違います」

「いや、おれはそう思ったんだ。おれが思った以上は仕方がなく、悪いが死んでもらう。ここは光曜の法が届かないみたいだしなあ」


 恐ろしげな顔つきで両手を伸ばすタクロに、恐怖が滲む案内人は、すぐに降参し、


「カ、カネを払います。だから兄さん許して」

「許さん」

「や、やだ……」

「どうやってカネ集めんだ?」

「え……?」

「カネだよカネ。死体漁りか?」

「ち、違う……」

「じゃあなんだ」

「誰が死んだか記録してました……」

「どうしてそれがカネになんだいい加減なこと言ってくれちゃったな!」

「カネになるんです!その情報をギルドプラザが買ってくれるんです!」

「てめえ!やっぱりギルドの仲間じゃねえか!」

「業者ですぅ」

「同じだろうが!その罪深い記録をよこせ!」

「私の労働を奪わないでくれ!」

「良心がねえのか?」

「この地下でそんなものは不要!」


 一体全体何をしているのだろう?


「じゃあA通貨一枚くれてやるよ。ホレ」


ピーン!

チャリン


「はっ」


 案内人が落ちた貨幣に飛びつくと同時に、タクロは帳面を巧みに奪い取った。


「か、返せ。返せよ」

「これはおれが有効活用してやる」

「一枚なんて!十枚は稼げるのに!」

「これで本当に稼げたら残り九枚くれてやるよ」

「酷い……」



「さっきのちょっと可哀想でしたよ……」

「この帳面をギルドに納品しに行く。リムに近づく。捕まえる。地上に連行する。官憲に引渡す。どうだ?」

「あ……」


 そんなことを考えていたのか。すごい発想力。だけど、


「バレ……ませんか」

「レイスちゃん、キミなら変身の魔術を使えると見た!」

「で、できませんよ」

「え、髪の色を変えたり、声を変えたりは?」

「できません」

「そうなんか。魔術なら何でもアリだと思ってた」

「……」


 あ、これはもしかして。


「もしや母がそれを?」

「ん?いやあ、そういう訳じゃなくて、まあ、なんとなくだよ」


 仕草から話を切りたがっているのが伝わる。きっとそうなのだろう。


「蛮斧男と小娘じゃあ、バレるし目立つしなあ。別の作戦を考えるか」


 母に出来ることがわたしに出来ない。経験が違うからそれは当然。でももし、才能が違うのなら……それは。



「ここは凄いなあ」


 通路の先にはこれまでで最も広大な空間が広がっていた。立ち並ぶ壁のあちこちに穴があり、そこに人々が寝転がっている。間違いなく穴が住居、だ。。空気が淀みこもり、さっきの沼とは別の悪臭を感じる。天井近くに煤けた看板があり、目を凝らして見ると、


「地下区外滞留数体生活支援施設」


 と読めた。地下区外……地下区街だと思っていたが、地下区外、だったのか。ここは街ですらない、腐敗した大都会の退廃した地下のさらに外なのか。救いがない、とはこう言うことを言うのか。それでもなお、


「ここは住まい……なんでしょうね」


 胸を痛めるわたしとは全く異なり、タクロは平然としている。


「こんなとこにうじゃうじゃと何人住んでんだろうな」


 感覚の違いを思い知る。それともわたしが幼稚なのだろうか?


 穴ぐらから通路まで飛び出して横たわる男の前を通りかかった。もぞもぞとしたその男の無気力な目はわたしたちを見ているようでちっとも見ていなさそう。


「さっきの連中と違って、ここのはみんな正真正銘の無職なのかもな。ザ・無職!」

「働いていない人ばかりで、どうして生きていけるの?」

「その日暮らしってヤツだろ……ん?」


 タクロの視線の先、とある一角に、女性が固まって立っている。男が近づき話しかけ、何かのやり取りを行っている。それから、男が女性の肩を抱き、近くの穴ぐらにもぐって行った。


「あれはその日暮らし商売の代表だな」


 え、それはつまり、


「もしかして」

「おひょっ、お嬢ちゃん想像の通りだな」

「……ガイドですか」

「うっ、何の?この地下の?まさか」


 わたしは変なことを言っただろうか。


「う、占い?」

「おい冗談だよな?お嬢ちゃん幾つだっけ?」


 む……そこまで子供扱いされなければならない年齢ではない。わたしが十四歳であることはこの蛮族には黙っていよう。


「おいおい。男の生理、知らねえのん?」


 生理、男の?蛮性を残した男の……生理?女性とは異なる男に生理があるなんて聞いたことは無い。わたしをからかってる?タクロを睨むと、ゲンコツを作って股間に当て、しきりに腕を突き出していた。なんの仕草だろ……あ!


「え!まさか」

「そう、それだよ!年がら年中そりゃ凄いもんよ」


 ば、売買春。あれが売買春。初めて見てしまった!


「え、だって、そんな!」

「どの辺が疑問ですかお嬢様?」

「もっと派手な格好をしているんじゃ……」

「さっきの女みたいに?ああ、ま、確かにそうかも……派手な格好してたら危険だからとかかな?よし聞いてみよう」

「ちょ、ちょっとやめてください」


 タクロを止める。女性が体を売って報酬を得る。何て哀しい。そんな現実を暴きに行く必要はない。現実、確かに現実だ。


「なんであんな……」

「まあなあ。こういう生き方が性にあってるってヤツらもいるから何ともなあ」


 そんな。


「きょ、教育でなんとかできるはずです」

「できねえから、こんな地下があるんじゃねえの?」

「……」


 地下にいるわたしより哀れな人たちがいることに、どこかホッとした気持ちになってしまう。いけない、こんなことを思っては。


 顔を上げた時、どこかで笛が鳴った。気のせいでは無い。穴ぐらから人々が一斉に動き出した。彼らの視線の先には……身なりの悪くない人たちが樽を持ち込んでいた。なんだろう?


「ありゃ食料配給だよ」

「え」

「ほら、あそこ。連中惨めな器になんか入れてるぜ」


 確かに穀物状の何かに見える。さっき見た生活支援の看板に納得する。


「こういった福祉はある……んですね」

「福祉、ねえ」


 タクロは何か言いたげだが、我慢したのかそれ以上は言わなかった。ふと、タクロの視線が鋭くなる。


「樽持ってきた連中だけど……あいつら、さっき見たぜ」

「さっき?」

「リム君改めエメラルドエッジ氏の指示で襲ってきたヤツら」

「ということは」

「この福祉とやらもギルドがやってんじゃないか?」

「リムが?」

「そうとも言えるかもな」


 どういうことだろう?ギルドは住民に対して虐待もすれば、福祉を施している。何故?意味がワカらない……


 眺めていると、樽の中身があっという間に無くなってしまったのか、穀物を巡って言い争いが始まり、悲鳴や呻きが聞こえ始めた。


「あ、刃物」

「え?」

「あ、刺された」

「え!」

「他の奴も。福祉奪い合い合戦が始まるぜ」

「……!」


 なんてこと!異様な空気そのまま、人々の群れは無秩序にぶつかり合っている。押し合いなんてやさしいものでなく、物資が地面に落ちると、拾い集める人が殺到し、その人の上に人が乗る。手に刃物を持つのは、男たちだけではない。幼児を抱えた母親、お年寄りも。制止の声は一つもなく、騒乱は収まらない。


「け、警察を」

「ここ警察いないみたいだけどなあ。敢えて言うならギルド連中かな」

「な、ならどうすれば!」

「そりゃ足りないから奪い合ってんなら食料を持ってくるしかねえなあ。でも、だが!しかし、そんなものはない!」


 笑って掌をヒラヒラ見せてくるタクロのその手が憎い。


「おい近寄るなよ。近寄りゃ巻き添えを食う……ほら奪い合い合戦に参加しない目敏い連中だっているぜ……あ、いや、ラリラリしてるだけかな?」

「ラリラリ?」

「ほれ、あそこ」


 タクロが指した先には穴ぐら。中に残っている人の顔は、確かに奇妙、これは……快楽魔術中毒者だろうか。特に汚れている身体を横たえたまま、目は何かを見つめ、焦点が合わないというか無い。口は半開きで、すごい量のよだれが流れ出ている。呼吸はめちゃめちゃ。啓発授業で聞いた記憶がある。助けなければ。手を伸ばすと、嫌がるように身じろぎし、ふがふが何か言った。漂ってきた悪臭の波に思わず顔を背ける。


「うっ……どうして」

「あれはあれで幸せなんだろ。ほっとこうぜ」


 その目前を、食料を確保した人が笑顔で走り抜けていく。勝者が離脱を始めると、他は手ぶらで顔を歪めながら離れていく。人々は再び散っていった。倒れたまま動かなくなった人たちを残して。


「ち、治療を」

「おっと待て待て、誰か来たぞ」


 動かなくなった人……すなわち亡骸に近づいた者達は体を担いでどこかへ運んでいく。雑多な最低が混雑するこの空間、後をつけるのも簡単だ。行く先には驚くような大きな穴があり、彼らはそこに遺体を放り落としていった。


「酷い……」

「まあ腐る死体を放置もできねえし、これはありじゃない?」

「そんな!」


 遺体を落とした者たちがわたしたちを見た。


「何を見ている」

「なんだてめえこの野郎イチャモンか?相手になってやるぜ!」

「えっ」


 躊躇なく歩き出したタクロ、その男たちを瞬く間に叩きのめしてしまう。男たちも負けずに飛びかかるが、蛮族の力には敵わないのか、倒されていく。


「ああ、もう」


 騒動の傍、ふと、穴の近くで祈るような人がいた。よく見れば光曜寺院の印を身につけている。こんな場所に僧侶がいるのか。


「あ、あの」

「……」

「寺院の祭吏の方ですか?」

「……」


 返事はない。一生懸命に祈り続けているし、放っておいて、ということかな。喧嘩に勝ったらしいタクロが元気に近づいてきた。


「なんだあの陰気な陰毛野郎は?」

「ど、どこがですか。葬儀を担当する方々ですよ」

「へえ葬儀屋か?」

「ま、まあそうです」

「こんな場所だ、死体の世話をするヤツは儲かりそうだ」

「そういうことではないとおもいますけど……」

「タダには理由があって然るべきだ……おっと」


 タクロはわたしの目の前に突き出された何かを音も無く押し留めた。それは……ナイフだった。


「えっ」

「肉体が叫んでいる!」


 え、え、ええっ?


「この野郎急になんだ!」


 タクロが蹴飛ばした相手は……寺院の祭吏だった。なぜ、急に暴力を?


「ジジイ、カネに目が眩んだかあ?」

「た、タクロさん」

「あん?」


 すでにわたしは見ていた。手に凶器を持ちながら、わたしたちを囲む集団を。それは、この地下区外滞留数体生活支援施設の住人たちに見える。どこからどう見ても。


「骨骨骨骨骨!」

「痒い痒いカイカイカイ!」

「女!女女女女、女!」


 どこからどう見ても、オ、オカシイ口振りだ。


「チンケなチンカスどもが、おれらを襲うってか?相手になってやるよ!」


 タクロは単身、歯を剥き、凶器を握りしめた人たちの中に飛び込んで行った。乱闘が始まった。なぜ、どうしてこんなことに。さっきから暴力ばかり。もういやだ。ここにいることが耐えられない。絶対に、絶対に絶対に脱出してやる。

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