第122話 吸われる蛮族
「なんで……」
「一周して例のギルドに着くなら、反対側からこっち来た連中が貼ったんじゃ?」
「……」
違うそうじゃない。わたしがお尋ね者?しかも母のかつての部下リムによって?……あは。
カヒュッ
「お、すっげえ乾いた息が漏れたな」
「……」
「そんなにショックか?」
「あ、あなたにこの気持ちがワカりますか!」
「確かにまあ、宰相御令嬢がお尋ねものじゃあなあ、元がつくとはいえ。見事な没落、稀に見る凋落。誰にでもできることじゃない。誇ったっていい」
この蛮族!
「まあおれも経験あるし気にすんなって。何よりここは落伍者が集まる地下なんだろ?」
お似合いと言ったら憎む。
「おれたち没落同盟、お似合……ん?」
後ろから誰かがやってきた。一人ではない。わたしは手配ポスターの前に立ち、隠す。恥の思いから。人に見られたら耐えられない。
「おお、いたいた」
見れば沼の向こう側にいた人たちだ。
「殺人土竜をどかしてくれたのあんたらだろ。水位も下がって道も通った。お陰で少しはマシな環境に戻ったよ」
「このお嬢ちゃんだよ。どかせたの」
そう私を前面に出そうとする蛮族タクロ、わたしは足を踏ん張って耐える。
「照れなくたっていいんだぜ!」
ち、違う。あなたは指名手配を気にしないの?それが蛮族の心?
「へえそうか。こんな若いのに、魔術かね?大したもんだ。ともかく礼を言いに来たんだ。ありがとう」
会釈。相手の笑顔。お礼の言葉……久々のやりとり。
……
………
…………
妙に顔が火照ってくるし、高鳴る、胸が。
「そ、それはその、どうも」
「ああ、みんな感謝してるよ。それで報酬を持ってきた」
「ほ、報酬な
「おっ、いいね!」
んでそんな」
ウキウキ声の蛮族タクロがわたしの前にせり出た。差し出された報酬を目で数えると。地下の通貨が一枚、二枚……二十枚!
「こ、こんなにですか?」
「この辺の連中で持ち寄ったA通貨二十枚、掲示板に貼り出した報酬の通りだよ。あんたら見てなかったみたいだけど」
「コレA通貨っていうんか」
「それも知らないなんて、本当来たばかりなんだな……お互い事情や境遇は色々だろうけど、歓迎するよ……おや?」
「あっ」
いけない!人相書き!
「だ、駄目!」
「これ……」
見られた!恥、恥辱、屈辱、捕らわれて、地下に沈む、埋れる、おしまいだ。おしまい、おしまい……
「あんたらギルドマスターに追われてるのか」
先ほどの高揚はどこへやら、惨め、涙、吐き気、どうしてわたしがこんな目に、ああああああああ
「大変だな。ま、頑張ってくれよ」
え、軽い?
「つ、通報しないの?」
「この地下区外でギルドマスターを好きなヤツなんていないよ。なあ皆の衆!」
ドッ
賛同の声。
「あのエメラルドエッジって名前なんだよ。クソカッコ悪い!ガキかよてんだ!」
「ワワワ!」
同感。
「でもまあ、報酬目当てに通報するヤツは通報するし、命を狙って来るヤツも間違いなくいる……気をつけろよ」
そう言うと、彼らは来た道を去っていった。捕えられ、見下されなかった。ほっとする。
「ま、心配すんなレイスちゃん。人相書き者同士仲良くやろうぜ!」
「……」
蛮族とはわたしをイライラさせることがあるのだと、腑に落ちた。
動揺は鎮まり、わたしたちは地下道を先に進みはじめた。
「ここで誰かに何かをさせるには、おれの金貨じゃなく、その通貨が役にたつんだろうな」
わたしはA通貨を一つ手に取り、耳を寄せる。
夜ごとあふれる泥のなかで
小さな灯りが点る、名もない祈り
血の匂い、砕かれた手、忘れられた子宮
それでもわたしたちは
流されきってはいない
前後の話はワカらないが、力強さを感じさせる。
「お、真贋チェックか」
「ち、違いますよそんな、はしたない。詩が聴きたかったのです」
「だからニセモノチェックだろ?」
「もういいです……」
この男には詩に聴き惚れる感性は無いようだ。まさに蛮族。
―人喰い回廊
道と天井が広くなってきた。反面どこか無機質で、空気の澱みは感じられない。
「人喰いねえ。食い物が無ければ出るのかもな」
「そんな……」
光り輝く光曜でそんなことが起こってるなんて、考えたくない。通路の右側に扉。ほら穴ばかりのこの地下で珍しい。中を覗いてみると、さらに無機質な部屋。
「お!おお、ここは……快適だ!空気が抜けてるんだ」
彼に気に入られたらしいこの部屋……あれは。
「あそこの壁、空気穴でしょうか、風を感じます」
「ここが話に聞いてた所か……ま、人間さまが通れる大きさじゃねえな。外の風景も……見えない。でもま、こうやって空気が抜けるなら窒息することもないんだろうな。ドワーフの町だったっていうのも、本当かもな」
「歴史的事実ですよ」
「百年以上前の話じゃワカらんて。こういう現物を見ないとなあ」
一理ある。
ガチャ
別の扉から一人、地下らしくなく、身なりの整った人が入ってきた。そして真っ直ぐわたしたちの前に立ち、
「ここは立ち入り禁止です」
「あんただれ」
「近くの住人です」
「あっそう。消えろ」
なんという蛮族な振る舞い。
「立ち入り禁止ですから出ていきなさい」
「あっそう。かえれ!」
「……」
「いやあ実に快適な部屋……地獄の楽園だ。ここで休憩とらせてもらおうぜ!」
挑発がひどすぎる。これでは相手を怒らすばかり。
「もう一度警告します。出ていきなさい」
「おうおう、ここは腐っても自由な光曜は大都会の地下区街なんじゃねえのか?」
「地下区外故、地下区外ならではのルールがあります」
「わ、わかりました。出ていきます」
「よろしい」
「やだやだ!疲れた、横になりたい!」
なんと。いい蛮族男が子供みたいな駄々をこねている。駄々こねは蛮族らしくない。
「仕方ない」
やれやれ、と言い、私にロープを手渡してくる。
「あなたはこれを肩にかけて下さい」
「えっ、あ、はい」
悪い感じは無い話ぶりなので従う。そしてその人は壁の何かを操作した。途端に強風が。
ゴー
「ぐわっ!」
空気穴の方へ吹き飛ばされた蛮族タクロ。
「ぐえっ!」
「あっ」
蛮族は壁に貼り付いてしまっている。
ゴー
「いてててて!」
これはいけない!わたしは壁の何かに取り付く。上げられたレバーだ。これを戻すと、
ガシャン!
ドサッ
蛮族は地に落ちた。強風も止まった。やはり吹き飛ばされたのではなく、吸い込まれていたのか。すぐに立ち上がった蛮族は、憤慨して食ってかかる。
「おや、生きてましたか。珍しい」
「て、てめえ!なにしやがる」
「だから立ち入り禁止って言ったでしょ。出てけとも言ったでしょ」
「もちっと説明しろよ!なんなんだこれは……ああクソ痛ってえ」
「もしかして……換気、ですか?」
「ああお嬢さん、その通りです。ここでは定期的に換気をしています。それが私の仕事です」
確かに、こんな地下に大勢が暮らしているのだし。その人はわたしの納得を察したように微笑んで、
「いや、最近人も増えて息苦しくても、自然換気でも十分生きていけるそうです。ただ、いざという時のためのものということで、昔からやってるんです」
「じゃあ、あなたはずっとここでこの仕事を?」
「ええ三日に一回は必ず。そこの人みたいにここに住みたいという人も多いのですが、こういうわけでここは立ち入り禁止なのです。言うことを聞かなければ、空気穴に吸い込まれて死ぬ、それだけです」
「あっ」
なるほど。それで人喰い回廊なのか。
「地下には地下のルールがあるのです……地下なりに生きるための」
なんてことはない言葉だが、深い響きがあった。
「というわけでハイ」
「?」
「説明手間込みの迷惑料です。通貨一枚で結構」
「こ、こんにゃろ。あいててて」
リムの配下相手に強かった蛮族タクロが背中と脇を押さえて痛がっている。なるほどこれが地下か。わたしは大人しく金貨を手渡す。
「はい、結構です」
「なあお嬢ちゃんココ、ココどうなってる?」
タクロが身をよじり服を捲って背中を気にしている……男の背中。
「赤くなってます」
「お嬢ちゃんの顔も赤いけど、大丈夫か?」
「……」
「見たところ軽い打撲ですね。冷やすと明日には痛みも引くでしょう。この先に湧水槽がありますからオススメします。はい、これでもう一枚」
「……」
「……」
「まかりませんよ」
仕方ない。
すっ
「毎度あり。道中お気をつけて」
「まだ、痛みますか」
「はっきり言おう。まだ痛む」
「もうそろそろ話の湧水槽に着くと思います。ちゃんと冷やしましょう」
「またウンコ水だったら嫌だなあ」
「ゆ、湧水とのことですから、井戸水見たいなものかもしれません」
「いいやワカらんぞここ地下では……なあなあ、レイスちゃんの魔術で治せない?」
「ま、魔術で傷を?それは……できないと思います」
やったことも、教わったこともない。
「そうなんか?女宰相殿は骨折を治してくれたんだがなあ」
「母が?」
「おう」
「あの、あなたの骨折を?」
「何日かかかったけどね。なんか手を当ててた」
「……」
このタクロという人、そこまで母と関わりがあったの?ウソでないのなら、リムなんか探さないでこの人からじっくり話を聞くべきだったかも。
「あ、あのあなたは……」
「タクロでいいよ」
蛮族、
「タ、タクロさん。あなたは母とどのような話をされたのですか?」
「まあ、色々だなあ」
話渋ってはいなさそうだ。
「聞きたいことがあれば答えるぜ」
「で、では、ど、どの程度関わりがあったのです?」
「ええとおれが彼女をとっ捕まえてから……三ヶ月ちょいかな?前線都市に居て、彼女から来るなって言われた日以外は大体応接間にご機嫌伺いに行ってた、塔の上のね」
「そういえば応接……部屋なんですね、牢獄ではなく」
「捕虜とは言え客人だからね。牢獄はもっと惨めな連中のためにあるんだ」
「その、骨折とはやはり戦争での?」
「いんや、塔から落ちて折ったんだ」
「!」
塔から落ちる。蛮斧人とはどんな生活をしているんだろう……ん?違和感。
「母が……来るな、とあなたに言って、あなたはそれに従ったのですか?」
「ん?まあね」
「な、何故ですか」
「何故?」
「……」
「ま、おれたち蛮斧人は紳士たれなんだ」
絶対にウソ。それに今、誤魔化された気がする。
「ホントだって。じゃなきゃ話しかけてきたレイスちゃんをとっ捕まえてとっくに売り飛ばしてるぜケケケケ」
これが……偽悪的というものなのかも。
―湧水槽
階段を下りると、冷えた空気が佇んでいる開けた空間に、巨大な円形の石積みが床に埋め込まれていた。この地下らしくなく、あまり汚れていない。湿った苔すら生えてない。
槽の中心から伸びた筒。その口から水はゆるやかに供給され、音もなく広がり排水穴へ流れ込んでいる。
「おっ、キレイな水だな」
ジャバジャバ
「ふうたまらん。打撲に沁みる!何となく湧水槽に飛び込んだあの日を思い出したぜ」
この蛮族は自分の国で良くない振る舞いばかりしていた?だから失脚したのではないか。などと思っていると、いきなり上半身を脱ぎ出す蛮族にびっくりする。
「な、なにを」
「こんだけ水があるんだ、服も体も拭くんだよ」
「ど、どうして」
「誰かさんが自分だけ清潔を保ってたからに違いねえ!」
「う……」
鋭い皮肉に胸が痛む。
「ワワワ、それはともかく汚れたまんまだと体の動きが良くないぜ。それにおれたちは生きてるんだ。生きてるってことは臭くなるってことだ、ツーンと、くさっ」
「な。な?な!」
「なに、おれは気にしねえよ。でも前は下女……
メイド連中に臭い臭い陰口叩かれったらしいからなあ。そういうの蛮斧戦士も多少は気にするようにはできているんだ」
それはわたしが臭うということ?そう言えば昨日はお風呂に入れていないどころか野宿をしている。
「まあ、湯はねえが仕方ねえな」
「湯?ありますよ」
「えっ」
石積みの陰に笑顔の人が立っていた。気が付かなかった。
「なんだ覗きか?」
「ここで清掃の仕事をしてる者です」
気にせず言い放つ蛮族タクロへやんわりと返された言葉。
「で、湯ですが、ここ古王の水甕から少し歩くんですが」
「ちょっと待った!」
「えっ?」
「カネ取んなら、その口を開くな」
「……」
笑顔のまま憎らしげに口を閉ざした。だが、わたしは湯を必要としている。湯がいい。
「あの、ではわたしに」
チャリン
「あらら」
「えへへ毎度あり。で、この古王の水甕から」
「ここは古王の水甕というんですね」
「何年か前に改名したんですよ」
「それは住民の皆さんで?」
「いえ、ギルドプラザの命令で」
「おいその話も金貨一枚の中に含まれてるか?」
「いいえ」
「サービスしろ」
「嫌です」
「おれ様を怒らせると後悔するぞ」
「こ、ここで譲歩すれば?すぐ噂になります。で、足元を見られ続けます。結局袋だたきになるより後悔するし損もする」
「なぬ」
「わ、私を搾取するな!許さんぞ!悪評を立ててやる」
笑顔のまま、泣き笑いといった顔だ。人間こんな顔ができるのか。でも周囲の反応が一変する悲しみは、経験が無ければワカらないのかもしれない。
「は、払いますから。いいですよね?」
「ちっ、ワカったよ」
「は、はい」
チャリン
「これで文句ねえよな」
「えへへ、毎度あり」
元の顔に戻っていた。たくましい。
「まず、温水泉は多少歩いたところにありますけど、一本道の右側なんでまずワカりますよ」
「こら、そんなんでカネとるのか」
「カネを払う価値十分にありますよ。というのも今そこは最近やってきた荒くれ者集団に占拠されていて、普通の人は入れませんから」
「荒くれ?」
「なんか臭くて、汚くて、全身真っ青だった野蛮人ですよ」
「あっ」
蛮族タクロは知っている風だ。知り合いだろうか。
「湯は占拠するわ、カネ巻き上げるわ、住民パシリにするわで相当恨み買ってますから暗殺依頼が出てます。誰も成功してませんけどね」
暗殺依頼。やはり地下は恐ろしい場所だ。そしてわたしは見た。怖いほどの笑顔になった、蛮族タクロの表情を。