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境界防衛  作者: 蓑火子
闇を覗くレイス
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第121話 テーマパークの蛮族

「うげっ!」


 衝力は命中!リムがぐらついた。どうしよう、さらに攻めるか、この部屋から逃げ出すか。


「……」


 攻めるしかない!相手はわたしを殺そうとした男。もはや関係は無い相手だ。


ドガっ


 蛮族タクロが部屋に飛び込んできた。そしてわたしの手を引っ張る。


バァン!


 瞬間凄まじい轟音が響いた。横を見ると……粉々になった調度品らしき物の残骸。


 蛮族はさらにわたしの体を引っ張り、部屋から出された。


バン!


 背後では大きな音と強い衝撃。見ればドアに大きな穴。その穴から顔を覗かせたリムのその目にはこれまでの彼からは見たことのない怒りがあった。


「この陰険緑野郎、おれが相手っ……と、やばい」


 前進しようとしてたが、急に身を翻し、わたしの体を抱き上げて走り出した。


バン


「ぎゃあ!」


 また大きな音、だけでなく誰かの悲鳴が。


「痛え!痛えよ!」


 蛮族タクロではない。この建物の誰かの悲鳴。


「エメラルドエッジ様ご乱心!」

「逃げろ!巻き込まれるぞ!」

「どけどけ!」


 大騒動になった。先を行くわたし達につられるように、みなが外に向かう。後ろでリムらしき声が聞こえるが、何を言っているかは聞こえない。すると蛮族タクロはわたしを抱えたまま、


「やばいなアイツ。地上に戻るぞ」

「は、はい!」


 建物外。後ろを振り向かずに走るタクロの代わりにわたしが見る。


バン


 人垣の中央が吹き飛び幾人かが壁に叩きつけられ、視界に映ったのは口惜しげに立つリム。叫ぶような声。


「階段を封鎖しろ!」


 すると、


 ガシャーん


「げっ」


 この地下区域へ降りてきた階段の左右から門が現れ、閉められた。急ブレーキの蛮族タクロ。


「その二人を殺せ!絶対に地上へ上げてはならん!報酬はギルド最高額を約束する!」

「最高額?」

「最高額!」


 急に、人々の群れがわたし達を取り囲むように動きはじめた。熱気もすごい。


「おらっ」

「おらっ」

「おらっ」


 その人たちを蛮族タクロがあっという間にパンチキック投げで蹴散らす。これが蛮族……強い。


「お嬢ちゃん、後!」


 蛮族の声。わたしは背後に衝力を放つ。


ドン


「ひぎ!」


 振り返ると、腕が変な方向に曲がった男が倒れており、その後ろにもわたし達を狙う人たちが。


「数が多いな、他の出口を探すか」

「この場を離れて?」

「そう。戦略的撤退ってヤツ」

「……」


 戦略的撤退。どこへ?今見える道はさらに地下へ降りる階段しかない。さらに地下へ。さらに下へ。再び上がれるかの不安……でも、仕方ない。


「決めたな?よっしゃ行くぜ!」


 蛮族タクロと並び、後を振り向かずに進む。背中にリムの大声の響きを感じながら。



 追手を逃れて、随分下まで来た気がする。今、後には誰もいない。わたしと蛮族タクロは、自然と歩み始めていた。


「リムってのがあんなに危険な野郎だったとは意外だったぜ。女宰相殿の元部下なんだろ?」


 わたしの知るリムは……


「……わたしの知るリムは、あんな風じゃなかったのですが」

「女宰相殿が居なくなって、ああなっちまったんだろなあ」


 ズキ……


「あれは惚れてた口に違いあんめえ、不憫不憫。ああ、罪な女!」


 ズキズキ……


「……」


 わたしの胸が痛む話題は避けよう。


「そ、それより、あの時すぐに部屋に来てくれて、助かりました……ありがとうございます」

「合図したから伝わってたと思ってた」

「あ、ああ。あれはそういうことだったんですね。てっきり外で待機してくれるという意味かと」

「まあ同じさ。伝わってて良かったよ」


 やっぱりそうだった……そしてわたしが聞きたいことは、


「あんなタイミングで入ってこれたのは、どうしてですか?」

「ええ?」

「タイミング、ぴったりでした」

「そうだなあ……」


 色々スパッとしている蛮族タクロにしてははっきりしない。ただあの助けが無ければわたしは……


「あの」

「ん?」

「わたし達はこれからリムの妨害を避けて地上へ戻らなければなりません」

「じゃなきゃ死ぬかもだしな」

「わ、わたし達はその……協力しなければ」

「すでにしてるぜ!」


 はぐらかされた?


「あの、わたしは……わたしの感じているあなたへの疑問が解消されなければ協力なんて……あなたがわたしを助ける一方的なものになると感じます」

「そうか?さっきの背後への魔術、お見事だったけどな」


 やはり話を逸らされている。友人関係でもそう感じることがあったから、ワカる。つまり、タクロはわたしが持つ疑問を感じ取ってはいる?


 ならぶつけるしかない。


「あなたは衝力を察知できるんですね?」

「おおん?」

「でなければ、わたしがリムの攻撃から助かった説明がつきません。あなたが私の腕を引っ張っていなければわたしは」


 きっと粉々になって、それきりだった……あの調度品と同じに。


「タマタマだよ」


 何故かガニ股になる蛮族だが無視しよう。


「もし秘密にしろというのなら、誓ってそうします。ですから教えて下さい……でなければ、地上へ戻れないような気がするので」

「そうねえ」


 まだ殊勝な態度がどうだろう、態度を変えてくれるか?


……

………

…………


「うん。お嬢とは言え、さすがあの女宰相殿の娘。そこそこキレるじゃねえか」


 この言葉、そんなに嫌な気がしなかった。


「その通り。おれは衝力を察知できる」


 やはり。


「昨日、隠れたレイスちゃんを見つけたのも、衝力を探ったからだ」


 あの時、僅かな衝力しか用いなかったのにそれを察知するなんて。凄すぎるが、恐怖もある。本来高度な魔術訓練を積んでも、素質に左右される要素なのに。


「さっきは、まずレイスちゃんの衝力を察知したからなんかあったのかと飛び込んだのだ。んで、その後はリムの野郎からも衝力を感じて、ヤバそうだったから引っ張ったってわけよ」


 私は……リムの衝力はまったく感じなかった。リムが魔術を使えたことも、知らなかった。


「あなたは魔術は使えるのですか?」

「おらぁ蛮斧からやってきたんだぜ、一切、使えないよ!女宰相殿からも、素養はあんま無さげな評価を賜ったぜい」


 母とそんな話までしているのか。でも、


「なら、どうしてワカるのです?」


 帽子を脱ぎ、照れた風に頭を撫でながら、


「ま、勘だな。魔術の才能は無くても、女宰相殿に鍛われたんだ」

「……」


 今、これ以上教えてはくれない感じ。


「まあおれ達の協力体制は問題ないということが確認できた。それよりこの道の先に、地上への道があるかどうか、調べようよ。ほら、あいつに聞いてみるか」


 少し開けた場所。誰かが何かを燃やし、いや炙っている。


「頼もう。この道の先には何がある?」

「……」


 黙っている。この蛮族は短気だからきっと、


「おらあ聞いてんだぜ」


 やっぱり。首を掴んで脅し始めた。被害者は怯えたように、


「こ、この先は殺人土竜の沼です」

「お前らがモグラ顔負け生活をしてっからか?」

「人を襲う殺人土竜、棲んでるんで」


 何か空想的というか、ファンタジーな話。


「捕まえて食っちまえよ」

「喰われるのがオチです」

「今お前がバーベキューしてんのは?」

「あ、これハトです」

「ひっ!」


 ハトを食べるなんてなんて酷い……食事。


「ここまで降りてくんの?」

「沼の向こう側に風が吹く場所があるせいか」

「へえ、そっから上に出られっか?」

「穴が小さすぎて無理です。空気穴みたいなので」

「沼の先に、他に地上へ続く道はあるか?」

「ありますよ」

「おっ、詳しく教えろよ」

「簡単です。道をまっすぐ行けば、ギルドプラザに着きます」

「……つまり一周する感じか」

「そうですね」

「他には無いか」

「多分……」

「はっきりしねえか!」

「し、知らない場所とかもあるんで。結構広いんすよココ」

「うーむ、一周するんじゃなあ」

「じゃあハイ」


 男は手を出す。わたしは直ぐワカった。


「?」


 不安と期待が入り混じったような顔。


「ハイ」

「なんだ握手か。まあこんな地の底にも礼儀はあるんだな」


 違う。


 ニギニギ


「ち、違う」


 やっぱり。


「なんだおれじゃなくてあっちのお嬢と握手希望?多分嫌だっていうよ。でもカネくれれば話つけてきてやるぜ」


 なんて提案を!断固拒否だ。


「それも違う!カネだよ」

「だからカネ払って握手だろ?」

「握手から離れろ!ただじゃ誰も何もしない!」

「会話したじゃん」

「あ、あんたが頼もうって来たんだろ。むしろカネ出すのが遅いくらいだ」

「あ、あの、わたし達今日来たばかりなんです」

「そんなの関係ない、カネ払ってくれ」

「おれとお前の仲じゃねえか、な?」

「あんたなんか知らないよ。それにか、カネ払わないとここじゃ誰もあんたらの相手しないぜ」

「ちっ、仕方ねえなあホレ、これでいいか?」


 タクロが金貨を一枚取り出す。あれは……さっきリムから受け取った金貨だ。不思議とワカる。


「おっ、今日来たばかりなんて言って……持ってるじゃない」


 男は手にした金貨を耳に当てる不思議な仕草をする。


「……うん、本物だね」

「そんなんで何かワカんの?」

「アンタら本当に来たばっかなんだね。ほら、こうすると詩が聴こえるんだよ」

「ウタ?歌ってあのうた?」

「そ、そのウタかは知らないけど」

「んだコラ!泣かすぞ」

「ひっ。ほ、ほら、聴いてごらんお嬢ちゃん」


 金貨を耳に当てる。すると、確かに詩が聞こえる。


理想の名で名指された国に

名を持たぬ女たちがいる

彼女たちは数ではあるが、記録ではない

ただ生きてしまった証として

この無山の隙間に身を伏せている


「この詩は」


 耳に聞こえるのではなく、頭に届くような……


「おれにも聴かせてよ、どれどれ」


 蛮族タクロが顔を寄せてきて、ちょっとビックリした。男の顔。


「ヘンなの。で、これが聞こえればホンモノで、ここの連中はこれで商いしてんのか」

「そうだよ。コレ一見金に見えるけど、大した価値の無い金属だ」

「え、金貨に見えるぜ」


 蛮族が貨幣を噛む。


「なんか硬い」

「上でも無価値らしい」

「あのインチキ緑野郎め。何が、上でお愉しみを満喫してくればいいだ」

「お愉しみ」


 心底残念そうだが、それってもしや……やはり蛮族は蛮族。


「ここでは誰かの依頼を受けたら必ずコレが交わされる。そういう文化なんですね」

「地上のカネは受け取らないって?」

「もらっても使えないんじゃね」

「使えよ。地上に出て」

「それがかったるいから、ここに住んでるんだよ」

「ワカらんなあ」

「このカネなら税金も取られないしね」


 税金がない。どうやって施設を整備しているのだろう。



―殺人土竜の沼


 辺り。


「先般、ここの主の土竜が大暴れして道が沼下に沈みました。先の人喰い回廊へは行けません。復旧の見込み?ココじゃありませんよそんなの。ギルドプラザにも知らせてますけど、音沙汰無し」

「ついてないですね。それにしてもココ……」

「臭いな」


 酷い汚水のような臭い。


「排水口を土竜が塞いでるんです。地下区外とは言え生きてりゃみんな糞尿を出しますから」

「げっ、つまりこの沼のドロドロには」

「まあそういうことです」


 ひえ。


「普段はもうちょいキレイでこんな臭いはしませんけどね」

「うーむ。進む方が地獄感、ある」

「そ、その土竜を退かせば、水は流れるんですね?」

「そりゃあまあ理論的には。依頼も出ていて何人かが挑んだけど、返り討ちにあったり、沼に落ちたっきりってヤツばっかりだよ」

「このまま水位の上昇が続けば?」

「みんなここから逃げるしかないよ」


 行くしかない。


「な、なら、わたしたちがなんとかします」

「げっ」


 蛮族ならきっと不潔に強いはず……わたし達光曜人よりは。


「え!お嬢ちゃんと兄さんが?こっちの兄いはともかく、あんた上から来た嬢ちゃんだろ。クソに塗れることになるかもだぜ」


 それは絶対に避ける。それを肝に銘じ、


「タクロさん、やりましょう」

「女宰相殿はウンコ踏んづけた時、放心してたけど」


 その話もっと聞きたい……けど今は我慢。


「た、例えば、わたしの魔術で汚物を避けながら進んで、その殺人土竜を倒すまでもなく、どかせることができれば解決すると思うのですけれど」

「魔術か……確かに目前で積極的に魔術支援を受けるのは初めてかも」

「舟ならあるよ。挑んでみる?」


 いよいよファンタジーだ。



 小舟で汚れた沼に繰り出す。地下の沼、視界はかなり悪い。空気も濁り感を越え、蛮族タクロが櫂を動かすたびに、悪臭の揺れを感じる。直接ならば、酷く鼻を刺すに違いない。


「ああクソ!ほんのりと、途切れなくニオイが襲ってくるなあ。深蛮斧人も臭かったけど、また別種のニオイだな。ウンコが浮いてないのがせめてもの幸い。ああ、思えば前線都市はキレイだった。メイド女ども、生きて元気にしてっかなあ。メイド長クレア、因縁女、腹黒ロリータ、裏切り勇敢女、あいつらの労働のお陰だったのかなあ働いてないヤツもいるけど。死んでないといいなあ。女宰相殿に泣きついて助けてもらえりゃだけど、あの女結構冷たいとこかるからなあ、くっさ」

「……」


 延々と喋り続け臭いに耐えてる風の蛮族タクロ。わたしは独り、舟を出す前に魔術で固めた空気で呼吸する。撥ねる汚水も衝力でガード、完璧だ。


 汚染の沼を舟で進む……こんな惨めなのに、不思議と心は淀んでいない。目的がハッキリしているからかな?蛮族を動かせているから?たぶん、両方。


 少し経ち、沼の対岸に灯り。その明るさが照らし出している沼に浮かぶ岩……の周りが特に澱んでいる。おぞましい固形物らしきものも見える。あそこが排水口なのだろうか?


「ん?岩が動いたな」


 わたしにも何が動いたように見えた。さらに近づくと、汚れた皮膚の下で何かが脈動するような生々しいものが見える。


「これが……殺人土竜?」

「モグラなんていうからもっと小さいのが沢山いるとか思ってた。デカイな」

「わ、わたしもです」

「どかすか。レイスちゃん魔術ぶっ放してくれよ」

「ええと、何処に?」

「まあ適当に」


 いい加減な。だがどこが顔かもワカらない。では、


ドン


 衝力攻撃後、土竜が動き出した。汚水が撥ね、蛮族タクロは船を後退させる。


ガチャン!ガチャン!


 激しい金属音。


「く、来るか?」


……来ない。


「これは……機械?」

「生き物じゃ無さそうだなあ」


 金属のような何かが回転して、溜まったものを掻き出しているように見える。これに巻き込まれれば確かに命は無さそう。その機械は、意思など無いようにどこかへ動き去った。同時に勢い良く水が流れ出し、少し空気が良くなった気がした。


「すげえな。こんな地下にこんな巨大なブツがあるなんて。どうやって動いてるんだろ」


 確かに原理はワカらない。衝力も感じなかったから、魔術でもなさそうだ。


「昔ここは、ドワーフの都市だったそうです」

「ドワーフ?ドワーフってあの昔話の?」

「光曜に征服された国です。その後、光曜人との混血が進んでいますが」

「そういやこの国に来てたまにそれっぽい連中を見たかもな」

「もう百年以上前の話ですが」

「じゃあこの殺人土竜くんはその名残ってことか」

「ワカりません。このようなものが大都会の地下にあるなど、聞いたことありませんから」


 世界の謎。それはきっとあるのだろうし、知らないだけならまだ。それがもし、隠されているとしたら……


「ま、なんにせよ先に進めるな。陸に上がるか」

「は、はい」

「それよりレイスちゃん」

「はい?」

「自分だけキレイな空気を吸ってたろ」

「……」


 バレていた。恥ずかしい。


「いや、嫌味じゃないんだ。さすが女宰相殿の娘だと感じいったくらい。あの人にもそれっぽいとこあったかんな」

「……」


 複雑な気分。


「次はおれにも分けてくれよ」

「ワカりました。ご、ごめんなさい」



 無事、殺人土竜の沼の対岸まで渡りきり上陸。わたしはほとんど汚れる事なく、ホッとする。そして人気の無い船着場の近くで、私は見た。蛮族タクロとわたしの人相書の掲示を。


「両名ギルドマスターに逆らいし咎びと故。

 通報者 金貨一枚

 捕縛者 金貨百枚

 仕留者 思いの儘

 エメラルドエッジ」

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