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境界防衛  作者: 蓑火子
闇を覗くレイス
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第117話 破顔う蛮族

―大都会 大通り


 大都会の空気は悪い。澱んでいるし濁っているし、なにより腐敗した汚水の臭いがする。ここに母の手がかりがあるという。


 お腹すいたな。


 誰もが大都会について、行けばよくないことが起こる、と言う。社会のはみだしものが最後に訪れる場所だと。見れば系統様々な人たちがいる。最近大きな戦争のあった蛮斧人もいるのかもしれない。


 蛮斧人。


 学園長のアドバイスに従い、光曜境の霧の中を進んだあの時、蛮斧人に遭遇してしまったことを思い出す。あの時もお腹がすいていて……思い出すのも辛い恐怖、酷い目にあった。無事ではあったけど。


 ここは光曜で一番危険な場所、モラルの無い町、負け犬の巣などと言われる、これまでわたしには縁の無かった評判の悪い、穢れた地。それでも行かないと。母の情報をなんとしても探さねば。


……


 母。母を思うと胸が苦しい。失ってから、その庇護下にいたことの有り難さがワカる。母が蛮斧の捕虜となったばかりの頃はまだマシだった。宰相を解任された後から、色々な噂が流れ、わたしは学園祭の友達も失い、認めたくはないけれど先生たちからの特別な配慮も失った。それでも兄は変わりなさそうだし、わたしの思い違いかも……兄。兄はまだ若く忙しいし、王府の中で頑張っている。迷惑になりたくない。今際の君さまは……大変な時期にあると言うし。自分でなんとかするしかない。


 といって、今のわたしには尋ね回るしかできない。優しい学園長は倒れてしまったし、わたしには頼る人がいない……母の三人の部下たちを除いて。といって、スリーズはあまり詳しくなさそうだし、シトロンはどこで何をしてるかワカらない。


 それでもスリーズからは確かなこととして、今、この大都会にリムがいることは聞けた……わたしに大都会へは近づいてはいけないと、最後は否定してたけれど。リム。彼に母の消息を尋ねる、それがここに来た目的……だけれどもこの大都会を供も友人もなく一人歩く。単にわたしの考えが間違っているのかもしれないが、みじめ、惨めだ。


 わたしがこんなことになったのも、母が権力闘争に負けたから?。誰との?飛龍乗雲の夫人との?


とん


「あっ」


 人に当たってしまった。考え込んでいたし。


「ご、ごめんなさ……、!」


 男!


「なんだてめえの目は飾りかあっ、てなんだガキか」


 ただの男じゃない。野卑な顔つき、怖い低音声、ヘンな安全帽?に大きな体……ば、蛮族!


「……ガキ、いやお嬢か?」


 それになんだかこの蛮族の男、


「お嬢、何か用か?」


 どこか、見覚えが……


「お嬢!おじょおおおさん……聞いてんのか?おーい」


 どこ……だろう。社会科見学で行った大農場教化ルーム?それとも、小さい頃に行った東境?


「ん?お前どこかで会ったな」


 見覚え。見覚えのある蛮斧人……


「白いリボン……どこだっけ?」


 蛮斧人……あとは光曜境でしか……あ!


「ひい!」

「あっ、おい……うーむ、どこだったか」


 逃げなければ!逃げなければ!わたしを捕らえ、脅したあの蛮斧人!から!遠ざからねば!



 大都会の高く歪な建物の陰。息が苦しいけれど、後には……いない。なんとか逃げ切れた?


「うっ」


 あの時の記憶が蘇ってくる。あの日、あの蛮族男には衝力攻撃が効かなかった……痛いとは言っていたけれど……


「……」


 恥ずかしい、抹殺したい記憶。あの蛮族男に勝てば、わすれられる?でも多分、勝てない気がする。身体の形が全然違うし。でも何故あの蛮斧人がここに?


 タラナを確認する。大都会に関する蛮族侵入の知らせは……無い。そもそも、光曜にいた蛮斧人たちは開戦と共に南へ逃げたはず。それでも、もしかして蛮斧人のコミュニティがここにある?危険すぎる。


「……」


 蛮斧人だってあの男以外にもいるはずなのに、よりにもよってまた遭ってしまうなんて。わたしはなんてついてないんだろ。


「うっ……」


 目の涙が溢れそうになる。でも、


ゴシゴシ


 泣いてなどいられない。なんにせよリムに会わなきゃ。彼が赴任しているという山洞宮は確か……もう近い。



 辛く、苦しくても目的があれば頑張れる。やる気が高まる。これは良い発見。だからか、


「……」


 怪しげな気配に気がついた。衝力展開……後をつけられている。まさかさっきの蛮斧人?……違う。体格からして光曜人。男。二人。一人が退路を塞ぎ、もう一人がわたしに向かってくる。足音を消し、声も無く、当然知らない人達。


「……」


 恐らくわたしへの性犯罪狙い。なら対処は容易。わたしの衝力で、


ドン


「ぎゃあ!足が!骨が!」


 悲鳴を後にわたしは歩き続ける。そうなのだ。これがさっきの蛮斧人には効かなかったのだ。蛮斧人とはどれだけ体を鍛えている部族なのだろう。



―大都会 山洞宮


 この、混沌としていてどこか品がない建物が大都会の行政府、とのこと。守衛さんは……いない。中に入ると、王都の役所とあまり変わり無い景色。入り口の手洗い場、窓口、観葉植物。ほっとする。


 座って仕事をしている受付の人に取次を依頼をしよう。ええと、名と所属か。


「こんにちは。王都から来たレイスと言います。学生です。何か提示が必要ですか?」

「いえ、ご用件をどうぞ」

「こちらに赴任しているリム殿に面会をしたいのですが」

「お約束は」

「す、すみません。無いのですが……」

「リム……様。ああ、本日は予定がいっぱいのようです」

「そ、そうなんですね。では明日は?」

「明日も……予定が埋まっています」


 真面目な感じはあるし、多忙なのか。


「一番早くていつなら大丈夫でしょうか」

「私ではワカりかねます」

「そうですか……誰かワカる方は」

「チッ」

「えっ?」

「……」

「……」


 舌打ち?受付の人なのに?いや、聞き違いかな。


「で、では誰ならワカりますか?」 

「さあ……」

「さあっですか……」


 その女性はそらで指をくるくる回し始めた。何をしているのだろう。


「あ、あの?」

「……」

「あの……」

「チッ」


 また舌打ちされた!


「お嬢ちゃん。自立した女性が人様に何かをお願いする時は必要なモノがあるとママに習わなかった?」


 これは……バカにされてるってこと、鈍感なわたしにもワカるけど……どうしよう?


「おカネ……ですか?」

「なんだ、ちゃんと教わってるじゃない。その通りよ」


 これが、大都会風なのか。他の光曜社会では無いはず。では毅然と対応しなければ。


「そのようなことに支払う必要は無いはずです」

「法的にはもちろんそうだ。でもこの先、あらゆる局面で支払いを求められるよ」

「どうしてそんな……」

「ここはそういうところだからだ」


 光曜社会から弾き出された人が集まってできたのがこの町、大都会。つまりみんなマトモじゃない?……そしてわたしにおカネは余り無い。


「……か、帰ります」

「人に会いに来たんじゃないのかい?」

「……帰ります」

「もう来るんじゃないよ」



 トボトボ


 惨め。惨めだ。惨めすぎる。どうしてわたしがこんな……穢れた大都会まで来て、リムにも会えず、何一つ目的を達せられなかった。やはりわたしは間違えていた。


「……うっ」


 泣くな。それでもおカネを要求されて、支払わなかった。せめてもの誇りだけは守れた、のかもしれない。そんな気がする。でも、誰が褒めてくれる?そんな人はいない。


「……ふぅ」


 直に休みも明けて、学園も再開する。それまでには王都へ戻らなくちゃ……



 道に迷ったわけじゃない。ただ高層建築の間を縫って歩いていると、何もかもがどうでも良くなってくる。王都には無い陰の濃さと建物の高さ。許可の問題だろうか。この町は広大な地下があるという話なのに、高層の建物が必要になるほど、人が流れ込んでいるということ?


 それって、それだけ光曜社会から流入してくる人が多いということでもあるけれど……なぜこんな所に?謎だ。


 さらに陽の当たらない道を行く。なんとはなく。散らばるゴミ、よくワカらない汚物、ほのかな臭さ。走り回る子どもたち、こちらをジロジロ視る大人たち、寝転がって、生きてはいそうだけど動かない人、犬の吠える声、人の吠える声、こんなこの大都会特有の風景が、どんどん光を失っていく。


 細い道。魔術を扱えるわたしに、恐怖は無い……行くだけなら。折れたパイプや煤けたレンガの山、破れた布切れを避けて道を進むと、


「わ……」


 瓦礫が重なって、認識されることを避けたような造りの場所が見えた。なんだろうかここは。


 衝力を展開……この先に誰かがいる。一人。こんな場所で何をしているのだろう。あるいは住居だろうか。


「……」


 わたしには関係のない場所、人。散歩は十分、もう帰ろう。これで大都会に散歩に来た、という言い訳ができる。


「……」


 でも何故か、気になる。良い場所、というのではない。場所が気になるのでもないかもしれない。何かが気に……かかる。


 いつの間にか陽も落ちている。今日の宿も無い。疲れはないから、王都へ向けて歩き続けようか。それとも大農場でも見学して帰ろうか。


「見学、か」


 見学するなら、この腐敗した都市しかない。この人目を避けた場所を覗いてみよう。ここでは光耀くわたしたちの社会とは違うどんな腐敗かが見えるのかもしれない。それが母の失脚と関係をしている?ワカらない。


 その場所に入ると、板で隠された地下への階段があった。衝力操作で、


 ズ……ズズズ……


 音を立てないように障害物をどかせる。足音を決して、階段を降りていく。王立学園の階段よりも長い。


「……」


 階段の終わりは廊下に続く。その先には光差す小さな灯。そこに人がいるので、そっと近づいて目だけを覗かせる。そしてわたしは見た。


「ワワワワワ!全く補給隊長殿、よくもこんな場所に隠したこんなものをおれ様に託してくれたもんだぜ!愛してるよ!」


 大量の金貨を手に豪快にわらう独りの蛮族の姿を。

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