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境界防衛  作者: 蓑火子
悩めるアンジー
115/131

第115話 ひねもす蛮族

「で、質問があんだろ?」

「話が早くて助かる。まず何故、お前には魔術が効かなかったのか、教えてほしい」


 これだけは絶対に確認せねばならん。


「それはどの局面での話?」

「全ての局面だ。私の魔術も、職員たちの魔術も」

「くっくっくっ……どうしようかなあ、なんてね。カンタンな話だよ。あんたがおれに寄越してくれたコレのお陰だな」


 タクロが取り出したのは、私がトラブル防止用に委ねた例の試作品だった。


「コレが?憲兵長官は私の魔術を封じるために用いたものだが……」

「そう。だからコレ身につけてたら魔術の影響を受けない」

「……」

「ん?」

「えっ?」

「いや、そういうことになるだろ。っていうかあんたその為にこれをおれに委ねたんじゃないんけ?」

「私は……魔術を持つ者からちょっかいがあった場合、これを使って相手の魔術を封じ、結果トラブルの防止になると考えてお前に委ねたのだ」

「ほんほん。納得の用途だ……けど所長、ちょいと頭固いな!持ってるヤツの魔術を封じるってことは、外からの魔術だって同じことだろうに」


 確かにその通りだ。


「返した方がいいか?」


 そもそも魔術を使えない蛮斧人に対して、光曜人の魔術が効かなくなる。我らの側から見れば明らかに不利ではあるが、


「いや、その必要はない。お前が管理していてくれ」

「おう!」


 タクロには自制心がある。渡しておいたほうがいいだろう。


「もう一つの謎は例の深蛮斧人のリーダーが、私たちの魔術を感知していた風であったことだ」

「そっちはワカらんけど、そうなの?」

「心当たりは無いか」

「そうだなあ……根拠の無い仮説でいいなら」

「構わない」

「まず、すていぶがはわあど族って呼んだ連中は、ココ狙って来たんだと思うんだよ」


 蛮斧人の説く仮説に耳を傾けるなど、職員たちから批判されても仕方ないのかもしれないが。


「例えばこうだ。先に所長とプッツン白豚女で対処した連中は囮だったんだ」

「囮?」

「暴力封じができる所長を引き離すための。で、その隙に別働隊のはわあど族が管理棟を直撃する。で、管理棟を制圧して、雨風凌げる建物と食事にありつけたってわけだ。お腹いっぱいになりゃ女を布団に安眠もできるし、まあ目的はそんなとこだろ。あ、ヤられたヤツいたか?」

「女性の中にはいなかった」

「よかったじゃん……ん、女性の中には?」


 怪訝な表情のタクロだが、


「仮説を続けてくれ」

「お、おう。ええと、光曜世界に紛れ込んだ深蛮斧人の武器は集団暴力。その大敵はあんたの暴力停止の魔術。だからあんたさえ管理棟からいなければ都合が良かった。どうやってか事前にこの事情を知り、さらに察知していた。連中を何回かとっ捕まえたけど、その時の話がどうやってか伝わったのかもな」

「だが、大農場入りしてから行方不明になった深蛮斧人はいないぞ。特に今は、監督であるお前が毎日点呼確認してるではないか」

「あんたの対処振りを見たまま逃げ切ったヤツがいたのかもなあ。あの兜野郎だって、おれに追い詰められた後、あんたさえ潰せば何とかなるって考えたのかもな。で、下の階に抜けてあんたを狙った」

「……」


 そんなことがあり得るだろうか?私の魔術の実態だって、知っている者は一部の職員に限られるし、どのような魔術が得意かなど積極的に探る話題でいもない。ましてや非光曜人が。


「仮説だったな」


 タクロがはにかんだ。


「まあ大したこと考えてないって。おれたち蛮斧人だってそうなんだから、深蛮斧人なら尚更ってね……ほれ、ヤツから剥ぎ取った兜」


 タクロが取り出したそれは確かに昨日見たそれであった。嫌悪の感情を傍に寄せ、改めて見てみれば……無機質で飾り気のない兜だ。深蛮斧人には似合わない洗練性を感じる。


「コレ被れば、蛮族の気持ちがワカるかもよ?被ってみたら?」

「……」

「しょうがねえなあ、ではおれ様が」


ゴソゴソ


 被り始める。


「バーン。どうだ、野蛮な感じがまたひとしおってね、ん?」

「どうした」

「……」

「タクロ?」

「後、お客さんだぜ所長」


 振り返ると、誰もいない。廊下を覗くと、


「あ」


 不適な表情を浮かべた憲兵長官が立っていた。


「嘆かわしいな、アンジー」

「何がだ?」

「野蛮人とおしゃべりがしたいがために、先行して戻ってきたのか?」

「……憲兵長官らしくない挑発だ」

「フフフ、頭に血が昇っているからかな」


 憲兵長官が一歩こちらに近づく。私は衝力を展開させる。彼女からタクロを害することはできない……が、なるほど、確かにこれでは。どっちの側にいるのかと問われれば笑うしかないな。


「アンジー所長、私はこの大農場を統べるあなたの業務哲学や精勤ぶりを評価している。今もそのつもりでいるし、敬意を払ってきたつもりだが……」

「えっ?」


 これまでの所業を忘れたのか?よくもまあ、言えたものだ。


「……もう黙っていられない。今、大農場では治安維持を名目に野蛮な蛮族男たちが女性を侮辱し、嘲笑って、暴言を吐いている」

「職員たちから聞いた話か?」

「そうだ。そしてその時、あなたは彼女たちのために何も反論しなかったと言うではないか……どうなのだ?」

「さてな」

「この告発が事実なら、あなたは沈黙したことで蛮族男の救いようのない悪徳に加担したことになる。さすがに看過できん」

「憲兵長官、私は沈黙したのではない。私はあらゆる暴力に反対する。蛮族からの理不尽な暴力だけではない。我らの誇りを損なう、我らの側からの理不尽な暴力にも反対だ」

「まるで大農場の職員……自身の部下たちを非難しているように聞こえるが、どうなんだ?」

「……私たちは局面において常に闘っているが、一つの声、同一の立場で闘えないのは、それぞれに背負っている責任が違うからだ」


 さらに言えば対峙している抑圧も異なる。


「答えになっていないな」


 憲兵長官がさらに一歩前に出る。後のタクロは微動だにしないが、兜を被っているせいか、何を考えているか読み難い……憲兵長官は、今のタクロが魔術無効であることを知らない。闘いになれば勝負は見えている。


「私やあなただけではない。多くの女性が高位に就き、文明国家光曜を回している。今や我々の時代だ……が、それでも、暴力の前に女性が沈黙を強いられる局面はある、今回のように。今の時勢にあってさえ、野蛮が侵食してくると我らは搾取される側にされてしまう。あなたはそれを止められる立場にいたのに、そうしなかったのでは?」

「それは違う。私は、深蛮斧人への対処の中で声を上げるタイミングを見極めていたし、適宜声を上げ続けていたよ」

「どんな声か」

「冷静に、違いを尊重して、話し合おう、という言葉だ」

「……」

「ここはただの農場ではない。光曜が誇る大農場だ。その運営には寛容は欠かせない。光曜、蛮斧、そして深蛮斧人がいる今、単純な敵と味方の区別など意味を持たない。公平な処遇こそ、公明な振る舞いを促し、公正な社会を形作る。私には大農場の所長としての責任がある。同時に、容易ならざる防衛の連続の中で、生きるための闘いをしていたのだ。あなたから批判されねばならない理由などないように思えるが」

「それはわかってるが、批判があるのも事実」


 さらに一歩前に出た。私はタクロの視線から憲兵長官を隠すように立つ。


「アンジー。私は、私たちにとって女性性に対する攻撃がどんな支配よりも根深い罪だと思ってる。そして私も女として、敵はどこにでもいると常に感じているよ。公明な振る舞いを待つ余裕なんて、私たちにはない」

「そうだろうか?生きるため、待つ余裕など無い時代はかつては確かにあった。だが今や我ら、さっきのあなたの言葉の通りもはや弱者ではない。この大農場を管理し、ニューカマーに衣食住を与える側にいる。彼らが光曜世界に馴染み、職業を熟し、充足を得ることができるか、我ら自身の振る舞いにかかっているのではないかな?」

「私の考えでは異なるがね……どうも、我らは異なる道を歩んでいるようだが、でも私はあなたの誠実さは否定しないよ」


 憲兵長官の体が左に揺れた。独房内に進み、仕掛ける気か……その息には気迫のようなものが見える。


「私が求めるのは、誰もが……女性の声に、無条件の敬意を払う社会だ。それがなければ、光曜すら早晩野蛮に逆戻りしてしまう。そしてそれこそが、結局は万人のためになる。根拠はある。今まさにあなたが庇っている野蛮なその男の存在だ。予言しようか、その男はいずれこの大農場を台無しにするぞ。大農場は光曜世界の要。よって、引いてはその喪失が今の世の好転換を夢と終わらせる……アンジー、あなたが精勤と忍耐の先にタクロの声を見出した時、同時に私は女性職員らの声にならない叫びを聞いていたのだ」

「それには同意しよう。私たちは理想的な社会の実現を目指して、違う道から同じ山に登っているだけだ。だから何かを強制する必要もない。憲兵長官、あなたの怒りだってこの世に必要なものだ。そして私の沈黙とあなたの憤怒は、決して相殺されるものでもない」

「もちろん、私の憤怒が凌駕しているのだがね。試してみるか?」

「私のいる空間で、できるものなら」


 憲兵長官が動いた。これはバトルになる。また私の魔術を無力化する、何か手立てがあるというのか。


ぬっ


 急に、私と憲兵長官の間にタクロの顔が出現。


「……」

「……」


 あまりに唐突だったため、どちらも声が出ない。私たちが声を発する直前で、


「醜態の確認、した?」

「な、なに?」

「醜態、醜態だよ」

「貴様の振る舞いは確かに醜態

「違えよバーカ!」

……なんと言う野蛮、もはや貴様のは醜悪

「扇動した職員の醜態、役立たずの憲兵隊の醜態」

自慢の偏見と差別に満ちた演説をするつもりかね?」

「全く恥の上塗りだあ。良く戻ってこれたもんだ

「野蛮な空気は吸いたくないものだ!我々が文明的な空気に慣れすぎたわけでもないのに」

頭丸めて精進潔斎しなくても許してもらえんのか。砂糖みてえに甘い国だなここはよう」

「随分と笑顔じゃないか。ホメて貰えるとでも思っていたか?だっっ

「てめえもニッコニコだな。経験上、嘘ついてるヤツほど笑顔になるんだぜ!」

っがぁ、あり得ない話だ!光曜の寛容に感謝するがいい!」


 発言の被せ合いで混沌としてきた。さすがは憲兵長官、タクロ相手に一歩も引かない。


「このプッツンクソデカブタ女め」

「私の容姿をあげつらって満足かね?言いたいだけ言えばよい

「見かけプラスで人殺しのブタだっつってんだよ。蛮族なら何人殺しても問題無しか?それが光曜の寛容なんか?おん?」

女性性に対する男の衝動、野蛮は誰かが統制しなければならない」

「鏡見たことねえのかコイツ、誰が獣姦なんかするかよ白ブタ!

「おっと、そのセリフが良い例だな。怒りや衝動に突き動かされる男は、社会にとっては管理されるべき存在であるのさ」

てめえコラしかしながら、だ!女も感情に突き動かされっだろうが。四回!お前の殺人未遂の生き証人だぜおれは。まあともかく思想が凝縮されている極端な行動だよな、四回も命狙うかフツー。殺したいほどおれ様が好きか!まあきっと、お前らにとっちゃ世の中全てが敵なんだろうから気にはしないけどよ。哀れなこっちゃ」


 いや、タクロの方が優勢か。確かに度重なる殺人未遂はいかな憲兵長官自身でも弁解は難しい。


「おら、五度目の殺人チャレンジに来たんだろ?おれ様がバトルの基本のキってヤツを教えてやるぜ!」

「愚か者。ここにアンジーがいる以上、戦いにはならん」


 憲兵長官は私がタクロにアドミンを預けたことを知らない。


「あれっ?じゃ何しに来たんだ?」

「……」

「……」


 無言でタクロを睨む憲兵長官。


「いや、マジで」

「さてな」


 憲兵長官はそのまま去っていった。彼女の性格からして、排除を決めた相手の始末を諦めるはずがないのだが。


「何か奇妙な感じだぜ」

「つまり?」

「おれよりもあんたに絡みに来たって感じ」

「……」



 結局、兜の深蛮斧人の行動についてタクロの見解は参考程度にしかならなかった。だが彼らの労働教化は始まっている。すていぶを介するタクロを介して調査をすればよい。



 それから数日、深蛮斧人の出現も無く大農場は平穏を取り戻した。憲兵長官と憲兵隊は大農場の巡回を開始し、憲兵長官を恐れて有給休暇を使用していた男性職員たちも出勤を開始した。ニューカマーへの労働強化も順調で、女性職員が徹底してタクロを避けることで小康状態と言える程度には落ち着いた。対立が、時間により緩和されることは次善には望ましい。


 ある時、タラナに殿下からの連絡が入る。



「私は王都に出かける」

「出張?」

「ああ、数日で戻るが憲兵長官は大農場内に残る。今は南東部辺りを巡回中だ」

「また深蛮斧人が出たら、プッツン女が初動対応か」

「そうだ、憲兵隊が対応する。元々その為の駐留だからな。ようやく予定通りに回り始めたというわけだ」

「なるほど。だから所長の顔色も良くなった気がするのか」

「懸念していた深蛮斧人労働者の困難も無いこともある」

「当たり前ですよ、おれ様が締めてんだぜ!」

「結構。それで……ここ数日間の風当たりはどうだ」

「無風だよ。ブタ女がいないからだな」

「いや、お前が労働する姿を見て、皆考えを改めつつあるのかもしれん」

「そうですかね?そんなことはあり得ないと確信してるんだけど」

「信頼が無いな」

「これまでの経緯を見たらならば!」

「例の五人、お前の支援に回った職員たちだが……」

「評価してほしい?ま、囮の役割程度には役立ったということにしておこうか」

「そうではない。お前のいない場所で苦情を言うことが無くなったように見える」

「つまり?」

「つまりはそういうことさ」

「他の連中は相変わらず、いやもっと酷いんだろ?次、手ェ出しちゃうかもしれんぜ」

「まあ無いな」

「あんたの魔術か。だがそれこそあんたが居ない時はどうかな?」

「お前はやらないよ」

「いやいやワカらんぜ?正当な防衛かこつけちゃうぜ!」

「私は魔術で全ての暴力を停止できる。お前の最大の武器は、私の前でこそ意味を持たないとはいえ……それでもお前はやらないよ。これは、これまでの経緯を見てきた私の結論だ」

「舐めんなよ所長!忘れんな、おれは言葉の暴力も使うんだぜ!」

「まあ聞け。結局のところ、最大かつ唯一の武器と言えるものは対話なのだ。それしかない。すていぶを活用したお前自身が証明しているのでは?」

「どうだかなあ」

「まあ、覚えておいてくれ。人種、性別、身分に関わる仲間外れ……というよりも差別意識はいずれも同根なのだ」

「つまり?」

「恐怖だよ。お前は誰も恐れていないから意地悪をしない」

「ほーんそうかな?まあ、そうかも」

「私も、例の五人も、今はお前を恐れていない。私が不在の間、困ったことがあったらあの五人に相談することだ」



―王宮都市 王府


「アンジー、アンジー所長」

「これは夫人殿。今日は殿下に招かれて来ました」

「ええ、聞いています。少しお話し、良いですか」

「はい」

「大農場では中々大変だったようですね」

「今は落ち着きました。深蛮斧人の労働強化も順調と言えます」

「それもそうですが、例の蛮族の統領が、悪しき振る舞いに及んでいるとか」

「許容範囲の文化の差です。また殿下よりの特別の指示もあるので」

「前宰相の情報ですね?何か得られましたか」

「最新の報告から変わり無しです。残念ながら未だ」

「その件に関連して、あなたに伝えることがあったのですよ」

「伺いましょう」

「あなたには大農場の要職から外れてもらいます」

「……は?」

「今この時を持って、あなたを役職から解き放ちます。長く勤められた業務からの解放、これまでの献身に感謝申し上げます」

「……」

「あなたはしばらく、王府の指示に従って王都にて過ごすことになります。その前に今この場においてのみ、二つだけ、あなたの質問を受け付けます」

「では、解任の理由を」

「職員一同からの嘆願がありました。職場環境悪化の原因に対して適切な対処が行われず、管理者により悪き振る舞いが黙認されていると」

「黙認」

「さらにあなたは告発を受けています」

「告発」

「……」

「告発?」

「同じですね、公正を装って加害を放置した、というものです」

「それが事実と考えられたわけか」

「告発があった以上、審理が行われます」

「やれやれ、殿下が何と言うかな……」

「ことの指揮は私に一任されています。よって事前にあなたへ指示された殿下からの命令は解除されたものと考えて下さい」

「では最後の質問。私の後任は誰が?」

「未定ですが、大農場の職員が昇格するでしょう。詳細はタラナで適宜伝達します……アンジー、この告発は光曜人に認められた権利で、私はその責任上対処する義務があります。ですが私はあなたの振る舞いに一定の信頼を置いています。その信頼にあなたも敬意を払ってくれているとも感じています。だから、気を落とさないで」

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