第114話 正論パンチの蛮族
タクロが撃って出た。すていぶも着いて行った。しかし、この場所が無防備になる。
血圧が下がっているのかまだ視力が定まらない。その私の横を、何人かの女性職員が弾かれたように走り抜けた。
「待って!あなたたちどこへ行くの!」
足音の主達は一瞬立ち止まったが、答えずに走って行った。間違いなく、タクロを支援して戦うつもりなのだろう。よかった。あるいは熱弁の効果はあったのかもしれないが、
「裏切者……!」
怨念が込められた非難。深刻な不和が生じてしまうことが恐ろしい。立ち上がらねば。壁を支えに立ち上がる。手が空を切り、倒れそうになった私を支える者の声が優しい。
「所長。大丈夫ですか!」
他にも何人かが私を横にしようとするが、今、それは出来ないのだ、責任者として。
「それより怪我人は?」
「えっ、所長……」
「さっきの攻撃は?誰かに当たっただろう」
「しょ、所長の肩に……」
「なに」
「止血します」
「……」
そう言われて肩に手をやると、確かに負傷して出血している。痛みにも鈍くなっているのか。ここまで酷い失調は初めてだ。消毒と圧迫止血にも痛みを感じない……が、頭はまだ多少回っている。
「ありがとう……今、何人行った?」
「五人です」
「そうか。皆、彼女らを咎めないように」
「そんな。私たちみんな、あの蛮族の排除を願っているのに……なぜ今さら?」
困惑の声に続く者多数。
「所長、私たちはあの男を危険視しているのです。今さら一緒に戦えと言われても困ります」
「あの者あまりにも野蛮で、私達は協力したくありません。絶対に、絶対に」
「あの不快な振る舞い!同じ空気を吸いたくない」
「あるいは管理棟の襲撃を招いたのはタクロでは?」
「そうだ……そもそも、タクロがいなければこんなことにはならなかったのでは?」
「内通しているのだ!」
「落ち着いて聞いてくれ。そんな証拠はないではないか」
「……証拠など」
「皆、聞いてくれ。タクロには勝てる力があり、戦い方を知っている。そしてその力を徒に誇示するために大農場にいるわけではないことも、私たち光曜人が支配されるために生きているわけではないことも。だから、協力とはどういうものか、あの者は理解している……無論、タクロの振る舞いには納得できないことばかりだろうが。事実として、今ここに敵がいるのは確かだ。私たちは憲兵隊長を待つこともできるが、その間に誰かが殺されるかもしれない。その時、後悔しない選択をしようではないか。戦い方は、一つではない。皆が各々で望む方法は承知しよう。私たちが選ぶべきは、恐怖に支配されることではなく、私たち自身の意思でどう行動するかということなのだから」
タクロの率先を見てもここを動かなかった者たちだ。このような言葉で説諭できるとは思わない。だからこれは案の定とも言える。
「結局あの者も蛮族の一人。光曜とは相容れない」
「裏切る可能性だって」
「あの者もし我らを裏切ったら、どう責任取るつもりですか?」
決まっている。
「私が全責任を負う」
これしかないではないか。
「……」
ややあって。相変わらず誰も動かない。私の説得力も大したことがない。ホント、自嘲が止まらない……さて。
「今、私の衝力は枯渇し、暴力を【抑止】することができない。よってタクロを支援しない以上、戦いが決着するまで独房エリアに避難をするべきだ」
「所長はどうしますか?」
「今の状態では戦えないし役に立てない。戦っている者たちに任せ、ここで体力を回復させる」
ドン……
ズン……
上階から振動が響く。戦いが繰り広げられているのだろう。タクロ優勢で。
「では、私たちも……ね、みんな」
バリッ!
瞬間、独房エリアの奥から天井が破れて何かが落ちてきた音。
「深蛮斧人!」
「何」
「上から蛮族が!」
今は全員こちら側。誰かが急いで扉を閉める。が、
「し、閉まらない!」
「向こうから開けようとしてきて……ううっ、手伝って!」
女性職員たちが扉に取り付く音。みな懸命に扉を開けさせまいと奮闘している様子。緊急事態は急にやってくる。なのに私はここで昏迷している。情けない。
「もっと力を出して!」
こんな時、近衛隊のリーダーのように、肉体を強化する魔術が使えたならば……いや、衝力を切らした私の見通しの甘さが問題か。
「ダメ、このままじゃ開けられてしまう!」
せめて指揮だけは執らねば。
「聞け!全員左右に広がり、扉が開くと同時に衝力を放出する。迎撃だ!」
困惑しながら横に展開する足音。そして、
バァン!
扉を押さえていた職員たちがついに堪えきれず手を離したのだろう。扉が勢いよく開け放たれた。
「放て!」
ドン
ドン
ドン
「どうだ?」
「……い、いません!蛮族がいません……」
つまり衝力放出を想定していたということか。これは……ただの深蛮斧人ではないな。調査が必要だ。
「扉の裏にいるか?確認できる者は」
「い、います!」
「全員いつでも衝力放出できる状態で待機!」
相手は衝力の動きを察知している。であればこの状態で睨み合いに持ち込め、時間が稼げる。
……
案の定動きがない。この間にタクロが戻ってくれば、状況が打開できる。魔術操作は覚束ないままでも、視界がやや戻ってきた。
「皆へ連絡!そこに潜んでいる深蛮斧人は衝力の気配を察知して動いている。私たちは狙いを定めて待機している。よって今は睨み合い状態なのだ!」
「蛮族が衝力を察知するなんて……魔術を使えるということですか?」
「恐らくそれは無い。が、今は考えなくていい。ヤツは攻撃の機会を狙っている。隙を見てこちらに突入してくる。やるべき事は単純だ。落ち着いて、確実に衝力を当てることだけを考えるのだ」
「見て、みんな前を!」
扉の向こう側から何かが投げられ……寝具か。布団、シーツ、毛布、枕……それに対して次々に衝力を放つ職員たち。いかん!
ドン ボスッ
ドン バスッ
ドン パヒュッ
「これは陽動だ!冷静に見るのだ」
ドン
ドン
ドン
駄目だ。戦闘経験が無い職員たちは、狂乱状態で衝力を放出している。目につくもの全てに過剰反応し何かを叫びながら放つ者もいれば、途中で体力が尽きて座り込む音も。これは……まずい。相手の狙いは衝力切れではないか。
衝力の衝突音が徐々に止んでいく。多くの職員の息切れも聞こえる……来るぞ。
「けいむたふっくやぷりでぃりるしんず!」
「!」
元気いっぱい、深蛮斧人が姿を現した踊るような足取りの音。掠れた視界に兜、いや覆いか?のようなものを被っている。顔は見えない。
「ごなめいっやふぃぃるりあるぐっふぉおやばあんいんへる!」
「はい、ちょっと待った」
二つの声が重なった。一つは間違いなく、タクロだ。
「タクロか!」
すでに兜の男の背後に回り、首を掴み締め上げている。
ぎうぎう
「おおおい、おいぃぃいいずぃめん」
ぎうぎうぎう
「の、のうめんじゃすとじょおきん」
ぎうぎうぎうぎう
「ぐぐぐふっく」
兜の男は倒れた。そしてタクロは兜を剥ぎ取る。苦痛と屈辱が交錯する深蛮斧人の表情は虚ろだ。
「所長、コイツがリーダーだ。他の連中は降伏した。つまり、はわあど族ここに一丁上がりだ」
その声に、やってくれたかという安堵の思いが溢れてくる。もうこの者に救われたのは何度目だろうか。
「よくやってくれた。感謝する……」
「まあ?それほどのこと、ありますけど?」
張っていた気が緩み、座り込む。また視界が怪しくなってきたが、回復の予兆もあり、気分は悪くない。
「感謝しているとも……本当に」
「アンタはそうだろうな。だが、他の連中はそうじゃない」
「……」
何を言っている?意味がワカらない。
「えっ」
沈黙が広がっている。何が起こっている?
「所長殿から言ってくれないか?侵入者は鎮圧した、だから攻撃体勢解除、と」
「!」
職員たちがタクロに衝力の狙いを定めているのか!なんということだ。しかし本当、とことん嫌われたのだ。
「大農場職員に告ぐ。攻撃耐性解除だ!」
「聞けません所長!」
「な……」
「すでに言ったとおりです。私たちはこの男を許容できません!」
「管理棟を暴力から解放したではないか」
「この男こそ暴力そのものです!」
「諸君らが憲兵長官と一緒にタクロ排除を目論んだ件を恐れているのか?タクロを説得し、内々に処理をする。何も恐れることはない」
「所長は……私たちにとっての裏切り者です!」
「そんなこと、あるはずもない」
「その男に肩入れしている!」
「光曜の精神に照らせば、出自身分がなんであろうと受け入れた以上は公平に扱う。当然のことだろう?」
「肩入れしているのです、それが……許せません!」
後の通路から、タクロ支援に飛び出して行った職員が戻ってきた……全員いるようだ。
「戻りました。管理棟は平穏を取り戻し……な、何ですかこれは」
「口を開くな裏切り者!」
五人もたじろいでしまう。
「いいか落ち着くんだ。まだなんとでもなる。戦いの興奮の余波ということで私は不問にできる。しかし衝力を放ったら……」
「所長がまだ魔術を使える状態にない今が蛮族始末の好機!全員、蛮族へ向けて放て!」
衝力が放たれた。この数の攻撃を受ければタクロとて無事では……
「くっくっくっ」
「くっくっくっくっくっくっ」
「お前ら、何かしたか?」
タクロは平然と立っていた。
「な、なんで……」
「いいか、おれ様にお前らクソ女どものチンケなおま◯こビームなんか効かねえんだよ」
「なっ」
「そもそも矛盾に満ちたお前らが……所長の指示に反し、光曜の道徳にすら反する、口ばっかの能無しどもがこのおれ様を排除しようなんて思い上がりも甚だしい。蛮斧人のおれ様がこの大農場で上手くやっていくのがそんなに妬ましいか?蛮族は肉体労働や単純作業だけしてれば良いってか?自分たちは光曜社会の高みからそれを見下ろしているって?それならそれでいいが、まずは実力を示すことだ。でないと、その高み、おれたちに簡単に奪われるぜ」
そう語りながら、煽動していた女性職員名前に悠々と立つタクロ。
「わ、私たちは……」
「あっあっ、弁解しなくていい。あと、てめえで非難した所長に今更救いの目を向けるなおれと話してんだろこの人殺しクズ女め!」
「ひ!」
「タクロ、言わなくてもワカっていると思うが……」
「大丈夫だよ。所長が魔術を使えない今、おれは敢えてコイツらを打たないことで、コイツらを非難してやってるんだぜ。ホント、人格というか品格というか何もかもおれが優れてるから、哀れみすら感じちゃうよ。ホントならこんなデタラメ気まぐれ生意気ワガママ贅沢気取り屋嘘つきあやふやいい加減女どもを救済するのは、男のハードヒットビンタしか無いんだが、残念ながら光曜の男たちは敗北者だからなあ。それって、お前らにとって残念なことだよ?誰もお前らを相手にしない。誰もお前らを尊敬しない。誰からも忌み嫌われる。いずれ孤独になって独り、淋しく、後悔しながら持っているものを守って汲々と日々過ごせばいいよ、というわけで所長」
「あ、ああ」
「監督タクロ、今日の業務は終了したから戻って寝ます。もう深夜だしな。超過勤務手当とあとなんだ、深夜手当がつくんだっけ?いやあ、おちんちんじゃないお賃銀日が楽しみだなあ、今日はよく働いた!」
そう言って独房の奥へ行った。その背中は多少の哀愁を帯びていなくもない。そして、
「びゅりふぉお」
独り残っていたすていぶが何か呟いていた。
タクロに協力した五人の職員から、深蛮斧人は後ろ手に縛られ無力化されているとの報告を受けた頃、私の体力も、視力も回復しつつあった……つまり衝力も。すでに騒動が収まった以上、私がやるべきことは容易かつ単純。すなわち【惹起】により深蛮斧人を統率し、労働者として収容するだけ……こうして大農場の危機は回避された。大きな傷を残しながら。そして憲兵長官が戻ってくるまでに、確認しなければならないことがあった。
―独房
「所長、目に隈ができてんぜ」
「過労と睡眠不足のせいだろう」
「え、寝てないの?」
「色々片付けてたからな。時間を見つけて仮眠をとるつもりだ」
「あんた働きすぎだぜ。部下どもコキつかえばいいのに」
「その為には、上役が誰よりも働かねばならん。お前も蛮斧のトップだったのだから、ワカってるようにだ」
「……うん、まあ、それは確かに。でも、アイツらコキ使われているようには見えないな。暇なんだよ。だから徒党を組んで色んな悪口言ったりおれを殺そうとする程度には悪賢さを発揮できても、意志も弱いし、根性も無いし、何より見通しが立ってない。弁も立ってない。おれのおペニペニだってアイツら相手じゃ勃ちやしない。もっと人間的に鍛えてやった方がいいぜ。もう中身カラッポ!」
「それは違う。彼女らには一貫した価値観がある」
「マジか?」
「感情とか文化とか言える類のものだ。お前はそれを揺るがしたから嫌われたのさ。野蛮な国からやってきた。だから態度は悪い。労働はボイコットする……」
「い、今はしてます」
「そのくせ弁が立つ。彼女らに絶対に言い負かされないどころか批判する時は情け容赦ない」
「ちゃ、ちゃんと言葉は選んでいるつもりだ」
「媚びない、諂わない。いつも偉そうで、光曜社会の今を尊重しない。なのに闘えば必ず勝ち、批判の余地を与えない」
「ともかく、おれが嫌いってことね?」
「そうだ」
「さすがにちょっと傷つくなあ」
「さらに言えば、お前は彼女たちの自分自身とこの社会を守りたいという感情を刺激したということだ」
「?」
「光曜には光曜の事情があってな。彼女らにとってお前は初めて接するタイプの蛮斧人なんだ。蛮斧とは決定的に異なるが、今や光曜の女性たちは高い地位を得やすい。無論、それが確定しているわけではない……だからこそ今が失われたらと感じた時の恐怖は大きい。お前の存在は、つまりはそういうことなんだ」
「……」
「どうだ、カラッポではあるまい?」
「ま、生きるのはどこでも楽じゃないな」