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境界防衛  作者: 蓑火子
悩めるアンジー
113/131

第113話 団体交渉の蛮族

「オラッ!」

「ふっきんえろ!」


 暗闇から立て続けに深蛮斧人戦士が出現し襲いかかって来ている。目が慣れてきて、ほぼ一撃でタクロが倒していく気配が感じ取れる。やはり、私の衝力「抑止」がタクロには効いていない。


 クラッ


 ふう、まずい。昨日から衝力を酷使しすぎてかなり疲労している。責任を果たさねばならないのにこんな様では、


「所長、無理すんなよ」


 勘のいいヤツめ……


「何の話だ」

「まあいいや。それよりこの連中、暗くてもコッチ視えている感じだな、確実に」


 確かにそうだ。私たちはそっと侵入し、すていぶも静かにしている。より目が慣れているのか、導線沿いに見張りを置いていたのか……


「オラッ!」

「ぶらでぃえろ!」


 それでもタクロはまるで怯まず、独房エリアへの道を突き進む。頼りになる。


「でぃぃずがいざざはわあどとらいぶ」

「はわあど?」

「いえあざっつらい」

「お前は?」

「ざじおじとらいぶ」

「深蛮斧人にも部族の違いがあるんか?まあ、蛮斧人もそうだし当然か」

「!おぉのっのっのっ」

「オラッ!」

「わっでえろ!」



―独房エリア入り口


 愉快そうに扉を叩く音、いや笑いながら破壊する音か。彼らにとって、扉の奥には獲物が待ち構えているのだ。暗闇では鋭敏になるのか嘆く声は聞こえずとも、興奮の声や息を飲む気配が耳に届く。そこにタクロが囁くように曰く、


「お馴染みさま……!」


 ピタと破壊音が止まった。無言。来るか。だが、私の衝力の範囲にも入った。


「遅い!」


 タクロは流れ作業のように蛮族を無力化していった。一方的になるのも当然なのだろう。倒れた深蛮斧人の無力化はタクロに委ね、私は消されていた灯りに火を灯そう。


「誰?救援なの?」

「私だ。助けに来た。ここは安全になった」

「所長!」


 扉の開門と同時に灯りが辺りを照らす。扉の前にはタクロが立っていた。


「ひい蛮族!」


 扉は改めて閉じられた。


「所長、このクソ女に懲戒処分が必要では?」

「その手続きについて、よく知ってるな」

「まあ、監督すからね!というか、蛮斧世界にもありまっせ」

「ふふふ、ならこんな緊急時には、適応されないことがあるという条文もあることを知っているか?」

「そんなもん知りません」



 そしてこの日の出勤者全員の無事を確認した後、管理棟奪還のための行動の必要性を説いた。いくらタクロが屈強でも、それのみに任せるようではいけない。


「……というわけで管理棟全体を解放せねばならん。魔術に特性がある職員には同行を求めたい」

「……」


 みな険しく厳しい顔。魔術は使えても一般人なのだ。これも当然だろう。


「質問よろしいでしょうか」

「ああ」

「所長、それは職務命令としての発令でしょうか? もしそうなら、私たちの職責範囲に戦闘は含まれていません。私たちは技術職であって、兵士ではありません」

「ワカっている」

「憲兵隊……戦闘のプロがいるのに、なぜ私たちが?そもそもその為に来たのでしょう?」

「大農場所長の指示では動けないということだった」

「憲兵長官殿は?」

「今、こちらに戻ってきているが到着は早くて明日だろう」

「では、職員単独で?」

「そうだ」


 人は現状に満足すると、職権を侵されることも、委ねられることも嫌うようになる。無理は言えない。


「このような戦闘があると知っていたら、ここで就業することはやめていたと思います」

「それも、理解できる」

「では同行をしない、という選択を認めてくれるのですね?」

「ああ、その上でのお願いだ。職務範囲外、契約外業務だから拒否してもなんら違反にはならない」


 少し安心したような顔。こう言った場合は背中を押すのが最善だ。


「では、私は同行できません」

「私も」「私たちも」「私もです」

「そうか。目下、このエリアは安全だから避難を継続してくれ」


 こうなると、別の者たちも現れる。別のグループといっても良い。


「所長、私は行ってもいいです」

「そうか、助かる」

「しかし戦闘となると、所長は適切な安全対策を取らねばならないと考えますが」

「私と監督タクロがいる」

「ええ……」


 明らかに嫌悪のため息……懸念はタクロだな。だがそうは言わぬはず。別の理由を持ち出してくる。


「そうではなく安全管理が最優先でしょう?危険業務には事前の訓練・装備・補償契約が必須です」

「安全管理については、私の魔術で確約する。補償契約については申し訳ないが即答はできず、事後に努力をするとしか言えない」

「万が一戦闘で怪我をした場合、補償はあるのでしょうか?」

「私たちの労働協約には規定がある。まずはその適用になる」

「通常の規定を聞いているのではありません。戦闘ともなれば、それ以上の補償がなければ」


 彼女らは、私がこの戦闘よりもその後の秩序回復にみなを当てにしていることを直感で感じ取っているな。同行拒否グループより扱いに注意が必要だ。


「同行した者の補償に関しては、努力する。申し訳ないが今はそれ以上約束できない」

「であればやはり戦闘に関しては憲兵隊が担当するのが適切ではないでしょうか? 私たちの役割とは異なります。憲兵長官のご帰還を待ちましょう」


「ぺっ。お前ら、おれに魔術が効かなかったこと気にしてんな?」

「何だ

「クソが!」

と……」


 その一喝に場が静まり返る。いや喝撃もさることながら、まさかの横槍。まさかの発言。効かないのは私の魔術だけでなく?いやそれよりも魔術が効いていないことをタクロは自覚していたのか。だとしたら……食わせ者め。


「クソみたいなクソ話を色々宣ってっけど、おれ様が怖いんだ。お前らはおれ様が嫌いで、冷え殺そうとしたほど憎いおれ様が功績を立てるのが耐えられないほど怖いんだな。それに協力することが嫌なんだな。お前らの職場を取り戻すことよりも、恐怖と嫌悪を優先してやがんだ」


「おれからの復讐を恐れている?お前らみたいな有象無象の塵芥を相手にするか!元がつくとはいえ、おれ様は蛮斧世界が誇る前線都市の叩き上げ軍司令官タクロ様だぜ!口を開けば不平不満ばかりの薄汚ねえクソメスゴミ女どもなんざ無視だ!が!しかし!」


 手を広げて聴者を指揮するように曰く、


「勇気と誇りを他人だけじゃなく自分自身にも示し続けているヤツはチ◯ポの有無に関わらずおれは尊敬する。例えばこの所長殿だな。完全に自己コントロールが効いたちっとも面白みのない女だが、おれは信頼している」


 今、私はどんな顔をしているのだろうか。


「あとおれを殺そうと執拗に狙い続ける憲兵プッツン白豚女も、まあ見上げた度胸だと言わざるをえない。あの執念は、見倣わなきゃならん。次、不当に対峙してきたらブチ殺してやるつもりだが」


 女性職員を睥睨し、タクロは迫る。


「卑劣なブタでいたけりゃスッこんでろ。おれだけで深蛮斧人は

「じはわあどとらいぶ」

……そのはわあど族は片付けてやる。所長、行こうぜ。すていぶも来い。時間がもったいねえ」


 来た道を戻り始めるタクロ、に対して我慢の限界を迎えた者たちが罵声を浴びせる。


「貴様のような不道徳極まる蛮族に何がワカる!」

「定時を過ぎた業務命令には従わなくてもよい、これは光曜における労働の大原則なのだ!」

「契約外労働には本人の同意が必須!貴様ら蛮族世界の野蛮人とは違う!」


 タクロは鋭く振り返り戻ってきた。そして皮肉たっぷりに曰く、


「申し訳ありませんが、既に勤務時間を過ぎています。超過勤務は認められていますか?」

「なっ」


 侮蔑の意味を完全に理解した女性職員は言葉を失った。そしてタクロは一歩前へ出て、周囲を揺るがす声を発した。


「これは労働じゃねえだろうが!生存競争!生きるか死ぬか!いいか!ヤツらはおれ達だって野蛮だと思うほどの野蛮人なんだ!南も南!どこからやって来たか検討すらつかねえ!そんな連中がお前らの文明国家とやらにやってきた!居座っている!略奪大好き!管理棟は荒らされた!お前らも散々慰み物になるだろう手前だった!ヤツらの不衛生なくっさいくっさい男性自身がぶち込まれるトコだった!で、助かった!他人に助けられて!悔しくないのかよおい!おれが嫌いだとかどうでもいいだろ!立ち上がらないのか!人として!生物として!ここで反撃しなけりゃ、またこんなことがあった時、被害者のまんまだぜ!そんな惨めなことがあるか!この世は地獄だ!油断してりゃすぐに襲われる!それが嫌なら戦うしかねえ!戦うんだよ!おまえら魔術が使えるんだろ!戦えば大したことはない相手だ!臭いとデカい図体にビビるな!戦うんだ!戦え!戦え!おれも一緒に戦ってやる!おれは所長殿に恩がある!その人がお願いしてる!応えねえはずがねえだろが!」


 タクロの熱弁が、彼女らの心を捉えるかどうか。私は固唾を飲む。タクロから最も遠くにいる職員たちが堪えかねるという感じで声を発した。


「所長が何と言おうと、私はこの男を信じられません。私たちを見下してるのが言葉の端々に滲み出ている」

「所長に恩があるとか言いながら、結局自分の力を誇示したいだけじゃないか。あんな乱暴な言葉で煽られても、乗せられる気にはならない!」

「この男は自分の暴力を正当化してるだけ。憲兵隊を叩きのめしたのがいい例で、そんな人間に私たちが協力しなきゃならない理由なんてない」


 次いで右側から。


「私たちが怖がってるのをバカにするけれど、それは当然だ。だってこの男が一番の恐怖だ!蛮族と戦う前に、私たちを痛めつけるんじゃないかって、そう思わせる時点で、もう信用できない」

「どれだけ正しいことを言っても、この男の言葉を聞いていると、私たちの意思なんてどうでもいいって言われてるみたいになる。こんな男に従うなんて、絶対にごめんだ」

「私たちを助けたとか言うけど、それは所長がいたからでしょう?もし所長がいなかったら、今度は私たちがタクロに何をされていたかわからない。そんな相手に頼るなんて、絶対に、絶対に絶対にできない」


 左右の応援に勢いづいた正面からも。


「言葉は勇ましいけど、結局は自分の力を誇示したいだけ。私たちの気持ちなんて、微塵も考えていないのが見え見えなのだ」

「この男は正しさを押し付けてくるけど、私たちの感情を無視してるのが気に入らない。怖がるな、戦えって、そんなの勝手な……理屈ですらない!私たちの恐怖を軽く見る男なんて信用できるわけがない!」

「結局、所長の名前を利用して私たちを無理やり従わせようとしているだけ。所長を敬う振りをして、自分が優位に立ちたいだけ。そういうところがい嫌なのだ!」


 さらに左から。


「この男は、私たちの不安や怒りを理解するつもりなんて最初からない。ただ力でねじ伏せて、自分の思い通りに動かしたいだけ。そんなやり方でどうして協力できる?」

「もし今協力したら、私たちはこの男を認めたことになってしまう。それが一番許せない!こんな男に借りを作るくらいなら、私は戦わない方がマシ!」

「私たちがここにいるのは、自分の意思で働き、自立した生活をするためだ。男に守られなきゃ生きられないなんて時代錯誤な価値観を押し付けるな!」


 右からも。


「お前らは被害者のままでいいのか って、それこそ男の論理だ。私たちは戦うかどうかを自分で決める権利がある。蛮族風情に指図されるいわれはない」

「戦えって、お前の言ってる戦い方って、結局は力づくで男のやり方でしょう?女性のやり方で解決する方法を考えようともせずに、ただ押し付けるだけなんて、典型的な男性中心主義だ」

「お前の言葉って、助けてやったんだから従え って言っているのと同じだ。私たちは借りを作るために生きてるのではない。対等な関係を築こうともしない男なんて、信用できるはずがない!」


 女性職員たちはいつの間にか、左翼右翼が伸び、タクロを半包囲する形となっていた。


「女性の恐怖や不安を、ただの甘えだとでも思ってるの?強くなれって簡単に言うけど、それは男だから言えること。私たちの感じているものを何ひとつ理解せずに、偉そうに語るんじゃない!」

「お前の言葉の中に私たちがどうしたいか って視点が一つもない。結局、お前が思う理想の強い女性になれって言いたいだけ!そんなものは、私たちが望む自由とは違う!」

「所長のことを認めてるフリしてるけど、本当は自分に従う女だから気に入ってるだけじゃない?結局、自分に都合のいい女を持ち上げて、そうじゃない女は見下す。それがお前の本性では?」


 我が国の女性たちも負けてはいない。だが、これでは不毛なばかりだ。私が仲裁するしかない。


「結構な議論だが全員ちゅうも、うっ」


 しまった。衝力を放出し続けていたため、体力が……私は目眩と共に視界を失い膝をつく。


「お、おい、所長。魔術切れか?」

「しょ、所長!」

「蛮族!所長に何をした」

「何かしたように見えたなら医者にかかった方がいいぜ。傷病休暇っての使えるんだろ?」


シュンッ


 何かの飛翔音と誰かの肉を刺す振動が私の耳に飛び込んできた。同時に多くの者が息を呑む音。


「攻撃!?」


 来たか。まさか私の衝力が尽きたタイミングでとは。


「敵が来たぜ!深・蛮斧人、はわあど族どもだ!正しい選択よりも気持ちを優先しない、すなわち戦う気概があるヤツはおれに続け!いや、続くことを要請する!要請だ要請!」


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