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境界防衛  作者: 蓑火子
悩めるアンジー
112/131

第112話 冷たい蛮族

「すぐに帰還する」

「こいつらはどうする」

「連れていけば速度が出ない。私が先行し、引率は憲兵長官、あなたにお願いする」

「私の答えはこうだ。この場で全員爆破して、後顧の憂いを断つ。そうすれば速度も出る」

「そのような非道は許さん!」

「そもそも非道を為した連中ではないか」


 ここで言い争いをしても仕方がない。私は深蛮斧人に向き直り「惹起」を強度に放つ。


……


 ……ふう。そして部下に伝える。


「この者たちを無事に管理棟まで引率するのだ。今、鎮静を強めたからより従順になっている」

「しょ、所長。それでは所長の体力が……」

「大丈夫だ」

「……」


 その不安気に満ちた表情。苦々しく口を動かして曰く、


「所長……申し訳ありません。今、管理棟では私たち女子職員と憲兵隊のみなさんで……あの蛮族を拘束しているはずです」

「それらしきことの企み、憲兵長官から聞いていた。が……まさか主任」

「はい、私も……」

「加担していたか」


 直下の者の軽挙を聴くと、哀しさからか目眩を覚える。


「……他の女子職員に許可を求められて、承認しました。所長は私が説得するから、と」

「そんなことより自分を女子などと言うな!それが誇り高き光曜女性に相応しい発言か!」


 バツが悪いのか憲兵長官がずいと前に出て勇壮に述べた。腹が立つな全く……


「黙っててくれ憲兵長官。拘束というが、どのようにか」

「憲兵隊の方は拘束術に長けていると……」

「それだけか?」


 呆れた短慮だ。


「あなたも知ってるだろ。私の代理ジェシカの巧みな拘束術は」

「黙っててくれ憲兵長官!」


 憲兵長官の気遣いが、私を苛立たせる。


 タクロに渡した魔術封じのアドミンでは、多数の相手を処理はできまい。あのタクロも戦場では捕虜になったのだ。今度こそ殺されてしまうかもしれない。


 それにしてもこれは私の対処や判断の結果が招いたものかもしれない。であれば、部下たちを非難するのは正しくないし、私自身自省せねば。


「主任、今回のことは不問とする。私や殿下の指示による悪影響が大きく、皆を罪の問うべきではないと思うからだ。これは無論、タクロの免責も伴うものだがな」

「所長……」

「光曜の誇り高き女性が一々涙を浮かべてどうする!」


 この……と、血管の脈動に冷静さを取り戻す。もう憲兵長官の相手などする暇はない。馬に跨る。


「いいか主任。憲兵長官の補佐を受けて皆無事で彼らを管理棟まで引率する、これが今のあなた最大の役割だ。頼んだぞ」

「は、はい!承知しました」

「憲兵長官も、後は任せたぞ」

「アンジー私も行く」


 ブチッ、この女!


「彼らの引率を、という私の依頼を断るのか。私は私だけではなく、あなたの不始末をも処理に行くのだぞ。タクロは蛮斧人ながら一定の信頼がおける者、あの者が無事ならこれほど侵入者の到達を心配することもなかったろう!」

「お、おいおい……」

「ここは大農場、私の管轄下にある。私の依頼を理由なく無視するならば、以後私の立腹を被ることを覚悟するように」



 ついに自制が効かなかったことは反省せねばなるまい。それよりもタラナが機能していないのか、続報が入らない。まさか一気に殲滅されてしまったとでも?憲兵隊もいるのだ。最悪の事態にはならぬ……と信じることのできる要素ばかりはない。



―西部管理棟


 一日かかったが帰着!


 夜の管理棟の空気は明らかに異変を示している。灯が消えた建物、破壊された扉や窓、そして獣臭……闖入者たちはすでに私の姿を見ているはずだ。奇襲に注意して進もう。


「……所長?」


 聞き慣れた部下の声。物陰から女性職員が一人出てきた。


「所長よかった!いきなり蛮族が乱入してきて、今はタラナも確認できなくて……」

「安心しろ、私が対処する。それで状況は?」

「管理棟は占拠されてしまいました!蛮族の数は……数十名」

「多いな……皆は?」

「今日の勤務者は概ね避難しました……独房エリアに」


 堅牢なエリアだからこれは良い材料だが、


「概ねということは全員ではないのだな?あなたのように逃げきれなかった者が他にも?」

「……はい。途中まではタラナで連絡を取り合っていたのですが今は……それに独房エリアも攻勢を受けて立て篭もってる状態です。私は何とか誰かと合流しようと隠れて動き回っていて……でも誰も見つからなくて……」

「憲兵隊は?」

「か、果樹園倉庫に避難を」

「なぜ果樹園倉庫に?深蛮斧人はそこまで入ったか?」

「……そ、その……さ、さあ」

「ではタクロはどうした。すでに拘束計画のことは聞いている」

「!」

「時間がない。今はタクロの居場所を教えるのだ」

「拘禁……してます」

「ああ。それで、場所は」

「……果樹園倉庫の地下冷蔵庫です」

「冷蔵庫!」


 あんな寒い場所に。だから憲兵隊はそこにいるのか?


「い、いつからだ」

「一昨日の夕方から」


 本当に殺す気だったようだな。そのようなことをしていて結果的に蛮族の占拠を許したとなれば……私も責任を取らねばならんだろう。



―果樹園倉庫


「私だ。長官代理殿は?」

「蛮族にと、囚われました」

「なんと。管理棟か」

「い、いえ、地下冷蔵庫に」

「……?」


 一瞬思考が止まるがすぐに結びついた。


「なんだと!蛮族とはタクロのことか!」

「実は生死の様子を見に行った時に囚われ、内からカギをかけられてしまい……」

「はっはっはっ」


 蛮族タクロ、本当に愉快な者だ。そしてとりあえず生きていたようで安心した。だが、


「管理棟は蛮族に占拠されたというのに、君たちは何をしている」

「私たちは命令がなければ動けません」

「何のために一般人よりも強い権限を帯びているのか!」

「私たちは憲兵であり、蛮族討伐は主たる任務ではありません」

「では何故ここにいる?要請に応えた責任者が指示がためだろう!あらかじめ申し述べる。これより私は諸君らの長官代理を救出する。その後直ちに諸君らに名誉挽回の機会を与えるだろう。皆、出撃の準備をして待て!」

「……」


 私は黙り込んでしまった憲兵らを押し分け、地下冷蔵庫への階段を降り、ドアを叩いてタクロを呼ぶ。


「タクロ私だ。もうこの中に居る必要はない。開けて出てきてくれ。お前の安全は今度こそ私が保証する」


 ガチャ


「うわっ」

「よう所長」


 即座にドアが開き、驚きで声が漏れてしまう。冷気を帯びているのに元気そうなタクロとは対照的に、手を縛り上げた長官代理は寒そうにしている。


「二人とも寒かったろう。暖を与えるから早く上がろう」


 二人を伴い階段を上がりきる。すると、憲兵らがタクロから長官代理を取り返そうとの動きを示す。横目でタクロの極めて好戦的な笑みが見えたため、私は即座に衝力を展開し、


「いい加減にしないか!」


と叱責する。すると一人の憲兵が異議ありありと前に出てきた。


「アンジー所長、あなたは蛮族の味方をするのか」

「先に手を出したのはどちらなんだ?」

「私はそういうことを話しているのではない」

「私が聞いているのだ!この騒動、どちらが先に手を出した!蛮族タクロではあるまい!」

「光曜人でないくせに、労働を拒否し職場環境を悪化させ、紊乱したという苦情がある!不遜を示したのはその蛮族だろう!」

「この者は戦争捕虜としてこの地に到り、殿下からの格別の指示があったのだ」

「それが正しくないのだ!誰の指示があろうとも、秩序は守られねばならん。ここは国営の大農場、私営の大都会とは違う!それともいつから所長はこの地の領主となったのか!」


 これは耳に痛い指摘だった。それを、


「いや、国営なんだから領主は王さまなんだろうよ。その雲上人から指示が出てんなら、お前ら従わんといかんぜ。というかお前らの側が反逆者じゃん。さすがプッツンデブの部下どもだ。蛮斧でも根暗の強引は嫌われるけど、光曜でも同じっぽいな!」


 すかさず言い返したタクロは機転も効く。


「そういやこの制服メスども、所長やロリーちゃんとは全然違う感じだ。なんだか目が昏い。顔付きだけでなく雰囲気も不細工だ。社会の爪弾き、落ちこぼれ集団が、あのビョーキ女に導かれてるだけなんだろうけどさ。やーい、オタク女」

「貴様!」

「爪弾きはてめえらの性格が腐ってるからだぜ!恨むんなら鏡見ろよ!社会的に気の毒な蛮族さんを餌食にすんじゃねえゾコラ!」

「突撃!」


 掛け声と同時にタクロを取り囲む憲兵隊全員が踊りかかった。私の衝力が暴力を封じていることを忘れるほど激昂したのだろう。無駄なことを……


「シャア!」


パァン!


 タクロの強烈なビンタが、隊員を頭から地に沈めた。これは、一体!


「光り輝やく楽園のメスブタども!刮目せよ、南の森からやって来た、蛮斧男真の恐ろしさを!」


 タクロが踊るように飛び掛かる。が自らは手を出さず、カウンターに徹している。


パァン!

パァン!

パァン!

ドスッ

「うぐっ」


 狡猾かつ容赦なく迎撃を続けるタクロ。何故だ?何故私の衝力「抑止」が働かない。


「うわあああ!」


 発せられた気合い。一人の憲兵がタクロの背後から、その首へレイピアを突きつける。が、


ピタッ


「ああっ」


 剣先はタクロの肉体直前で停止。私の衝力は確実に効いているのだ。それなのに、


「ッシャアアア!」


パァン!


「あぐっ!」


 なぜこの男は暴力を振るえるのだ!?



 数分後、全員倒された憲兵隊。果樹園倉庫内は呻き声や嗚咽、恨み節、めそめそとした泣き声に溢れている。つまり、重傷者はいない。タクロは手加減もしていた。


「思い知ったか。このまま寝技でさらにメチョメチョメにしてやってもいいんだが……?」


 卑猥に腰を振るタクロ。だが、その目は私を問うている。


「コイツら最初所長の指示だって言ってた」

「違う」

「ワカってるって。でも職員の女どもも、所長の指示だって言ってた」

「それも違う」

「ま、信じるよ」


 人々は見たくない現実を見ようとはしない。それは私自身も例外ではなく、目を背けていたのだ……が、


「……」


 今、決心がついた。だがまずは、管理棟の奪還だ。


「タクロ、我らはお前の侠気に感謝せねばなるまい」

「なあに、当面はアンタだけでいいさ」

「私と憲兵長官が出発した後、お前は拘束されたのだろう。抵抗もしなかったのだな?だが、その後、管理棟は深蛮斧人に占拠された。前後の事情はともかく、奪還もさることながら、籠城している職員が殺されないうちに救わねばならん」

「憲兵女どもが騒いでいたから知ってるぜ。おれが招いたんだろ、ってすんげえ非難された。光曜の連中にとっちゃ蛮斧人も深蛮斧人も同じ括りの蛮族なんだろうな」

「私は違うぞ。だから先行して戻ってきた。そして憲兵長官は明日には戻ってくる。その前にお前と私で解決するのだ。力を貸してくれ」

「だいぶ前から、随分と都合がいいなってのが続いてるぜ?」

「お前の人の好さに甘える他、選択肢がない」

「ま、仕方ねえか」


 タクロの暴力行使の件は今は問題にすまい。私の衝力下でも戦える。見方によっては、この後の戦いで一方的な鎮圧戦が可能になるのだから。



 果樹園倉庫を出て漆黒の闇を進む。すると、


「あ、そうだ。所長、ちょっと待っててくれ」


 深蛮斧人が寝泊まりしている宿舎に入ったタクロ。中で何やら声が聞こえた後、一人の深蛮斧人を伴ってやってきた。見覚えのある髪型の男だ。


「所長、深蛮斧人通辞で前髪後ろ流しのすていぶ君だ」

「通辞」

「よお、らすうぃっざきっかっすへあ」

「な、なんだって」

「多分こんな感じだ……こんばんは、髪型キマってる女」

「えにうぇいず、あいむかみんうぃっや……かずでぃすがいずすけありあずへる」

「とりあえず着いてく。このタクロ様が怖いから、だと思う」

「どっちが通辞かワカらんぞ」

「コイツに降伏を呼びかけさせる場面があるかもしれんからなあ」

「おい、わっずぃすあさぷらあいず?



―西部管理棟


 まさか蛮斧人と深蛮斧人の蛮族二名をとともに管理棟奪還の戦いをすることになろうとは。


「こっちをジロジロ見ているヤツらばっかだな」


 それもこのような暗闇で、


「見えるのか」

「いや真っ暗闇で見えないけど、気配がある。よーし、所長いくぜ」

「待て、計画を立てて進むのだ。灯りも必要だろう」

「クソメス職員女を助けたいのなら、闇に乗じて、速さ優先だ。異論あるかい?ないか。よし、計画は決まった。すていぶ、来い」

「がり」

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