第110話 涎を流す蛮族
「よお白ブタさん……机なんてチンケなもんじゃなく、前線都市で殺った手法でおれを狙うべきだったなあ」
「……そうだったな」
「否定しないんか。気に入ったぜこの殺人鬼」
「否定などしない。お前を除去するのは正義に適う義挙だからな。そしてあの時は、あの男に免じて貴様の命を見逃してやったのだ」
「あの男?あの時?」
「出撃隊の
「どの男だ?どの時だ?」
……副官の男と戦っていた時のことさ」
彼女は平静を装っているが、かなり慌てている。彼女の自業自得とはいえ、私の魔術が利かない今、報復を望むタクロに殺されてしまう。割って入って、説得しなければ。間に合ってくれ。
「出撃隊副官……ああツォーン君か。そう言えば、飛んできた首が爆発しなかったことがあったっけ。なんだブーやんはあんな中年がお好みっすか?」
「私は男など愛さぬ。だが、あの男は蛮斧世界で苦しむ女性のために動いていた。だから貴様のような外道の始末の巻き添えにするのを望まなかった」
「蛮斧世界で苦しむ女……突撃クソ女のことかなっていうか細けえことよく知ってんな」
「だみっれっごおぶみい」
ボカッ!
「ぶらでぃえる」
「ほら、この暴力の化身め」
「お、おま……蛮斧人殺しまくってるお前には言われたくないんだが」
「私たちは世界を良き形にするため力を選択的に行使してるに過ぎない。貴様ら、特に野蛮人とは根本思想が異なるのだ」
「どう違うんだコラ」
「貴様らは自分の快楽と支配のためだけに女を殴り、蹂躙し、殺す。胸に手を当てて思い起こしてみろ」
「うーん殺してはいないが、確かに叩いたり蹴飛ばしたり転がしたりゲンコツ食らわせたりはしてるかな……」
「それ見たことか!」
「ちょ,ちょっと待った。百歩譲ってそうだとして、じゃあ蛮斧世界の女は?おれだって殴られたり……なんかお前が知ってるっぽい例の突撃クソ女みたいな暴力女もいるぜ。このクソ女の仕組んだ権力と暴力のどちらからも殺されかけてんだぜ!」
「貴様が死ななかったのが残念だな」
「んだとコラ!」
「彼女たちは、お前たち卑劣漢に仕組まれた罠に落ちているだけ……女性が暴力を行使する、それは男が作った世界が彼女たちをそうさせているからだ!そうせざるを得ない!」
「意味がワカらん。じゃあ光曜の女兵士はどうなんだよ。超強かったけど戦い慣れてるからじゃねえの?」
「女性が武器を取る時、それは自己防衛のためなのだ。貴様らのように支配と破壊を目的にするものではない。戦う女性たちを見ればワカるはずだ。彼女たちは暴力を誇らず、それを望んでもいないということが。光曜の女性兵士たちは、己の自由を守るために闘うのだ。お前たち蛮斧人のように、強さをひけらかし、暴力そのものを生きがいにしているのではない!己の尊厳を取り戻すために戦っている!蛮斧世界では、女性は全き自由を奪われている。だからこそ、暴力が唯一の選択肢となる。哀しいかな、蛇の道は蛇。女性は本来暴力を嫌う。それが闘争を選択させたのは、貴様らの暴力!貴様らが、彼女たちに武器を取らせた!光曜世界で進行中の改革は男たちの罪を清算する過程であり、究極的には女性が男を支配することでしか変わらないのだ!」
「それで太子サマってか。雲上人がお前ら下っ端の運命を気にかけるかな?」
「貴様の知ったことではないな」
「まあいいや、おいよく喋るブタ。クソ魔術でこの脱色原人を爆弾に変えたってことは経験的にワカってんだ。魔術を解除しろ。さもなければ殺す」
「私が応じると思うか?」
「応じるね。なぜなら……」
必死に階段を走る。よし、追いついた!
「はあはあ……タクロ、憲兵長官を攻撃してはならん!」
「ほら、所長が来たからな」
「アンジー」
「彼女まで巻き込む気か?てめえがそこまでプッツンしてるデブなら仕方ねえが」
「……」
「……ふう。タクロ。落ち着けよ」
「所ッ長さん、爆弾解除をこの腐れトンチキ女に命じてくれ!さもなけりゃ、おれがあの太い首をへし折るのが先か、コイツが爆発するのが先かのデスレースになる」
「安心しろ。憲兵長官はもう解除している」
「あ、そうなの」
「まさかこんなことになるとはな」
「それよりこのキレ女、どうすんだ?」
そうだ。しばらく彼女は憲兵隊とともに大農場に駐留を続ける。その間、タクロの命を狙い続けるだろう。
「光曜の法で裁かれないのか?」
「裁かれない」
「罪人だろコイツ」
「今、光曜と蛮斧は戦争中だ。蛮斧人殺しはそれが未遂でなくとも誰も取り上げないだろう」
「公平なあんたにとっても蛮斧人は単なる員数に過ぎねえってことか」
「戦争中でなければまた違ったかもしれん」
「まあ、なんだ。光曜世界の都合も、おれたち蛮斧世界と似たようなもんだな」
「貴様ら蛮族と一緒にするな」
憲兵長官が気を吐いた。その瞳からは威厳と誇りが放たれている。
「てめぇ言ってることワカってんか?光曜のための暴力はオーケーで、蛮族のための暴力はダメだってことだぜ」
「そうだとも。ワカってるじゃないか」
「都合が良すぎる話だな。平等だとかなんとか言ってる割には、お前のやってることって、ただ力の強いヤツが支配する世界だぜ。光曜人なんてやめて蛮斧世界に来いよ!見た目も蛮斧向きだし男ってことにして軍で採用してやっから!」
「さっき言った通り、今光曜社会は理想形へ生まれ変わりの只中だ。我々の自由のため、致し方ない面もあるのさ」
「こんにゃろ。てめえの自由ってのは、都合よく従うヤツにだけ与えられるんか?」
「その通り。ワカってるなら私たちに従うがいい。今なら始末を明日以降に伸ばしてやる」
「んな余地なくおれをブッ殺そうとしたヤツの敗戦の弁がこれか。反省をしろよ反省を!」
「男風情が私に強いるな!」
「随分と男と女に拘るんだな」
「当然だ。愚かで獣同然の男に代わって、私たち理性的な女性がこれからの時代を仕切るのだ」
「なに?ぶうぶう。ふんふん。ブタさんの理屈だと、女が男よりエラくなるのが正義ってことのようだが、やってることは変わらないんじゃ?」
「何?」
「支配者が変わるだけって言ってんだぜ!」
「はっ、愚男の言葉に相応しいな。全体としては良くなるのだ」
「お前が天下とったら必ずひっくり返してやる!」
「今、貴様が自分で証明した通り、貴様は生まれた時点で犯罪者なのだよ」
「言い切りやがったな。うーん、所長」
「……」
「あんたら光曜エリートの苦しみがワカったよ。おれたち蛮斧と同じで、つまり内輪で足引っ張り合ってるだけだな」
「だから貴様らと一緒にするな!」
「やかましいぞブタ!てめえ!理想があるってんなら、せめて同僚の所長ぐらい納得させてみせろや」
「両者、そこまでだ」
私は両者の間に立つ。
「この場のことは私が裁定する。つまり、有意義な議論はあったが何も無かった。異論があってもこの場では控えるように。タクロ、今日は独房に戻って構わない。憲兵長官は私のオフィスまで来てくれ」
「おい所長」
私はタクロの目を見る。射るのではなく、対等者がお願いをするように。色々弁えているこの者ならまず間違いなく……
「ちっ、ワカりましたよ。所長、おれの命の安全は任せたぜ」
思った通り。階段を降りたタクロは、
「おら、どけ。蹴散らすぞメスども」
憲兵隊と職員の人垣を突っ切って去っていった。私は倒れている元爆変男を起こし、憲兵長官が放った金貨を握らせると、
「ちあずめいい」
と笑顔で降りて行った。見れば騒動の収束を知ったのか、深蛮斧人労働者たちも作業に戻っていた。
「全く、よくも騒動を引き起こしてくれた」
「アンジー、あの男は消した方がいい。私たちにとって障害になるぞ」
「その前に、私の魔術をどう封じたか、教えてもらおうか」
「研究所の道具……アドミンだよ」
「見せてくれ」
「あなたの肩にある」
見慣れぬ小さな輪のようなものがあった。いつの間に。タクロと私の間に入った時に取り付けたのか。
「試作品らしいがな。それはあらゆる魔術的要素や他のアドミンを遮断するという効果はバッチリだな」
「タクロを始末するため私を封じるとはな」
「あなたが居る場所では難しい。なあアンジー、あの男は光曜の癌になる。それに元々始末する予定だった男だ。私に道を開いてくれ」
「ダメだ。それに今は殿下からあの者からの情報収集指示も来ているのだ」
「ロリーに聞いたよ。前宰相の情報を得るというのだろう?なら私の直感を伝える。あの蛮族と前宰相は必ず繋がりがある。それも密なものが」
「なぜそう言える?」
「直感だと言ったろう」
「その直感の元は?」
「そうだな。暗殺に失敗した時に、今から思えば蛮族の反応が良過ぎたことかな。あれは間違いなく前宰相のサポートを受けていたに違いない」
「なるほど」
証拠にはならないが、信憑性は感じる。
「では何故、タクロは我が国の捕虜となった?」
「前宰相の密命を帯びて来ているというのはどうだ?クーデターというのも全ては虚仮。全ては仕組まれており我らの社会を破壊するために送られてきた工作員ということだ」
「仮にそうだとして、前宰相はなぜそのようなことを?彼女の目的は?」
「さあ、そんなことは知らない」
どうだろうか。この直感は違うような。
「それにしてもあなたの魔術を封じた後の机の爆破は完璧だったのに。爆風を直撃させたのにあの蛮族は生きている。解せない結果だ」
「深蛮斧人の鎮圧でも圧倒的な動きを見せていた。フィジカルで勝てる者は光曜にはいないだろう」
「まあいい。チャンスはあるだろう」
「憲兵長官」
「アンドレアと呼べよ」
「これ以上私を困らせるのなら友人関係を終わらせるしかなくなる」
「おい、待ってくれ」
「ここで選んでくれ」
「ワカったよ。あなたの見ている所では控えよう」
随分あっさりと引き下がったな。これは諦めてないだろう。
「それより殿下からタクロ暗殺命令は撤回されていないのか」
「もちろん」
殿下はどういうつもりかな。まあいい、今日はなんだか疲れた……が、まだやることがあった。
「ほら、もう私に使うなよ」
「それはあなたにあげるよアンジー」
「何故?」
「元々そのつもりで持ってきた。私が持っていても役には立たない」
「それは私も同じだ。こんなもの何の役にたつのだ?」
「そりゃ決まってる。魔術の使用を禁止するためだろう」
「なんだと?」
「例えば前宰相、とか」
「……」
「何故黙る。真実味を感じたか?」
その通りだ。だが、使い道もまた思いついた。
―独房
「ここに戻っていたか」
「アンタが戻れって」
「そうだったな」
寝具の上に横たわるタクロ。口調はいつも通りだが、どこか疲れているような気を感じる。彼を前に、私は椅子に腰かける。
ギッ
「……」
うまく言葉が出ないが、黙っている方が良い気がする。
「……」
「……」
何となく、無言のままでも相互に感情が伝わる感覚がある。タクロは私との約束を守り、自制して憲兵長官を殺さなかった。今の私にとってはそれで十分だった。
半時ほど経った頃、寝息が聞こえ始めた。独り、孤独に闘い殺されかけ、疲れてもいたのだろう。
「……」
改めてタクロについて考える。この者は事実上の捕虜でありながら主体性を失わず、蛮族と言われても状況に応じて妥協もできる。時に光曜の矛盾を鋭く指摘してくるが、私に対してもこの者なりに配慮をしている。傲岸だが誇り高く、そこに信頼がおける。蛮斧人としての倫理的勇気、好ましからざる言葉では侠気を持っている。
対深蛮斧人への対処に二度も協力をしてくれた。私は光曜の者として、恩に報いねばなるまい。
目覚めたタクロが体を起こした。
「……」
「もう深夜だが、おはよう」
「……ずっと椅子に座ってたん?」
「考え事をしていたんだ」
「……どうせ小難しいことだろ、ふああ」
「いや、お前に礼をするとしたら何がいいか、だ」
「あの厄介な白豚プッツン殺人鬼を追い返してくれるって?……おれのために」
「それもありだ。簡単ではないがな」
「……」
「どうした?」
「あった。あったあったよ」
「それは?」
大都会に行かせろ、ということだろうか……恩義、報奨、感謝……一度位なら許容すべきなのだろうか?
「ロリーちゃんにゃ負けるが、所長アンタも結構、いやかなり別嬪なんだよな。細いのにムチムチムチーナ良い体してるしドスケベボディってやつだ……まだ知らぬエルフ系褐色ツルツルお肌、おいしそそそそるなあグビリ」
もっと酷かった。
「……」
「なんか言ってくれよ」
「言葉が出ない」
「お固いなあ。そんならアンタの部下のクソメス職員どもからおれを守ってくれたらそれでいいや」
相変わらず言葉も酷いが、一理ある。
「それには公的な地位に伴う労働義務を果たすのが一番だ」
「結局それかあ……農作業以外でなんかないの?」
「……現場監督業なら、そこは裁量次第だ」
「つまり?」
「例えば蛮斧人や……」
いや、これは危ないか?だが、言葉が先に出てしまった。
「……深蛮斧人の労働監督だな」
「働かなくていいの?」
「単純肉体作業はないが、計画管理をしなければならん。勤怠管理や労働者の悩み、困り事を解決したり相談に乗ったりも必要だ。物品管理、経費執行管理、他にも就業規則の遵守を進んで行わねばならん。深蛮斧人については言葉が通じないから不安もあり、到底」
「あの連中の言葉なら今のあんたのわけわかめよりゃよっぽどワカるぜ、なんとなくだけど」
「何?」
「最近よく連中と話してたからな。ボディランゲージで」
「何故ワカるのだ」
「まあとっ捕まえるときに追いかけっこや殴り合いもしたし、なんとなくワカるんだよ。それならできるかな」
「信じられん」
「現場監督か。まあマシっつうか悪くないかも」
「適当なことを言ってないか」
「約束を守って白豚を調理しなかったこのおれが?信じないと?」
「さっきの発言がなければ信じてたかもな」
「蛮斧男が独り淋しくシコれるかよ!誇りが許さねえし笑い者になっちまう」
「……」
どうしたものか。いや、何も信用する必要などない。意思疎通ができるというのなら、話をさせてみればよいのだった。