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境界防衛  作者: 蓑火子
悩めるアンジー
109/131

第109話 ゴネ得狙いの蛮族

 詳細な報告によるとこんなことが起こったという。自堕落に寝そべるタクロを前に、女性職員二人が直接苦情を述べたのだ。


「ここで何をしている」

「日光浴」

「お前が連れてきたあの蛮斧人たちは今日は果樹園で労働強化中だ」

「ああそう」

「私たちがその教育と先導を務める」

「ご苦労さん」

「……お前はここで何をしている?」

「だから日光浴……」

「そういうことではない。なぜ労働をしない」

「働きたくないから」

「お前がここにいる理由は?兵士としての価値があろうと、ここでは誰もあなたの武力を必要としていない。必要とされるとしたら労働力だが」

「ご挨拶だねえキミ。おれ様がいたからこのクソ農場も、これからキミらがお世話しに行く激クサ連中に略奪焼討されずに済んだんじゃなかったん?」

「なんだと……!」

「まって。それは結果論でしょ。あなたがいたせいで、むしろ野蛮な連中が何度もここに入ってきたのかもしれない」

「おれが呼び寄せたって?」

「可能性の一つね」

「フン、確かに随分仲良しみたいじゃないか」

「アホか。というより守ってやったおれっちに、感謝の言葉くらいかけたっていいんだぜ!」

「感謝?笑わせないで。あなたは一度でもここで働いたことがある?一度でも作業で汗を流した?命を賭けることが価値だなんて、カビの生えた幻想ね」

「ひっひっひっ。じゃあお前らどうなんだい。おれ様の暴力に守られながら、平和と安全を享受してるくせに。まるで自分たちだけで繁栄できたようなズべ面しやがって」

「私たちは労働で光曜社会を作っている。あなたみたいな暴力頼みの蛮族とは違う」

「ほーん。で、おれっちはその崇高なる労働をしなきゃなんねえのかい?」

「当然だ。この大農場では、誰もが平等に働く。光曜では、力ある者が他人を支配する時代はもう終わったのだ」

「フッヒヒ、平等か!お前ら知ってるか?ここの男どもの愚痴を。連中曰く、結局お前らは楽な仕事選んでるだけで、お願いしても断られ、重労働は全部押し付けされてツライ!……だそうだ。評判悪いんだゾ」

「何だと……?」

「あとこんなのもあった。お前らは言うらしい……男も女も平等に働くべきだってね。でも実際はさっきの愚痴だよ。おれは連中が可哀想で泣いた。滂沱した……ううっ」

「そ、それ以前にあ、あなたは捕虜だ。あなたには労働を断る同義的権利はない」

「話変えやがったな……まあいいや。ところで男の職員たちが消えたけど、殺して埋めたのか?」

「そ、そんなわけあるか!」

「いやワカんぞ。おれはここに来てすぐ、憲兵長官とかいう激ヤバブタ女に殺されそうになったんだ。光曜でも死者は墓に埋葬すんだろ、所長が言ってた」

「……」

「……」

「ニヤニヤ」

「何笑ってる」

「お前らのマネだよ」

「そんな気持ち悪い顔はしていない」

「いや、こんなんだぞ」

「……もういい。で、働かないのか?」

「もちろん!」

「いつまでそうしていられるか見物だよ」

「なんで?」

「近々、その憲兵長官殿がこちらに赴任してくる」

「ナヌ?」

「あの人は容赦がない。せいぜい命を失わないよう注意することだ」

「ちょっと待った!働けばどうだ?」

「はっ、今更命が惜しいか」

「命はいつだって大切だ。で、働けばどう?」

「まあ、働いて存在価値を示せば、憲兵長官殿も手心を加えるかもしれんな」

「ど、どうしたら」

「ああ……」

「自分の置かれている立場をようやく理解したか?」

「ワカったよ」

「今更だな。だがその性格ではな」

「間違ってるって気づいたんだ」

「何が?生活態度か?」

「お前らの顔面がだ!やっぱり、くだらねぇって気づいたんだ!ペ!」

「うわ!」

「いやっ!汚い!」

「もし!いいか、もし!……おれ様を始末しようってんなら返り討ちだ!あとな、おれはお前らクソ女どもに説教されるために生きちゃいねぇ。おれ様の生き方を否定するなら、お前らの生き方も全否定してやる。今、この時、ここでな!」

「や、やはり暴力か蛮族め!」

「う、撃て!」


ドン

 ドン


「あいた!痛え!やりやがったなこのアマども!」

「ひ……当てたのに……」

「きゅ、救援を!誰か!」

「何があった!」

「ば、蛮族が叛逆した!鎮圧して!」

「げっ、ぞろぞろ出てきやがったな光曜のメスイヌどもめ」

「みなで鎮圧する!衝力用意」

「ちょ、ちょっと待て!おれは先に手ぇ出してな……」

「撃て!」


ドン

 ドン



「……その結果、建物から農場に飛び降りた蛮族は果樹園エリアの果物倉庫へ逃げ込みました。中では幾人かの深蛮斧人が作業中でした」

「人質というのは」

「倉庫に突入した二人の女性職員が帰ってきません」

「……」


 憲兵長官が到着する前にこんな騒動になるとは。全く予想していなかった。


「私が行こう」

「確かに所長なら蛮族の暴力から安全です……」

「こんな下らん騒動、憲兵長官が来る前に、片づけておかねばならん」

「……」



―果樹園倉庫


「タクロ、私だ」

「アンタが来ると思ってたぜ所長」


 深蛮斧人労働者たちは作業を続けているが、その中心に、机に座るタクロがいた。机の下には、拘束された女性職員二人がこちらに足を向ける形で横たえられている……生きているし怪我もしていない、暴行を受けた様子もない。


「立て篭もりとはお前らしくないな」

「それよりこのクソ女どもにどういう教育をしてやがる」


 そういってタクロは女性職員の尻を


スパーン!

ペチペチ、スパーン!


と叩いた。屈辱の呻きを伴う。


「どういうとは?」

「おれたち蛮斧人よりよっぽど短気で、手ぇ出るのも速かったぜ」

「……」

「まあおっかねえ魔術も、ああ見え見えだとギリギリ躱せるがな」

「とりあえず二人を解放してほしい」

「所長、あんたとの交渉次第だぜ」

「……あまり言いたくないことだが、憲兵長官がやってくる」

「さっき聞いたよ」

「それまでにこの紛争を解決しないと、お前は確実に命を狙われる」

「なんだ、今と変わらないじゃないか」

「はは、確かにな」


 椅子があったので腰を下ろす。


「光曜の社会情勢について話そう。見ての通り光曜は女性の社会的立場が強い」

「男どもが低い、の間違いだろ?」

「そんなことはない。が、相対的に女性たちの地位が高まっている。次期国王は女性だし、憲兵長官もそう。こういった施設の責任者である私、ロリーも統括する部署の責任者だ。私たちは生まれも出自も民族すら違うが、王立学園で学ぶチャンスを得て、光曜社会の要職を担っている。この施設の女性職員の中にもそういった教育や養成を経て、働いている者は多い。この流れは百年近く前から続いているが、近年は特にその勢いが高まっている」

「つまり、上昇一方の女たちに比べて、男どもは落ちぶれる一方ってか」

「男性たちはそう見ているかもしれない。彼らは彼らの事情で、今の社会の状況は面白くないに違いない」

「情けねえ腰抜けどもだ」

「そういう事情もあって、ここの職員は女性が多く、みな立身の志望を持つ。今日も、憲兵長官が来るからと男性職員の多くが有給休暇を取得して不在にしている中、残っている者たちは責任感に燃えているのだ」

「有給休暇ってのは……なんだ?」

「仕事を休んでも給料が出る日だな」

「なんだそりゃ。意味不明だな」

「彼女たちは労働の価値を確信している。国家の施設で働いて、社会や誰かの役に立って、報酬を得る……この繰り返しが定められた運命から女性たちを解放する」

「なんだよ運命って」

「荘園で肉体労働に従事して、近場で結婚して、子を産んで、親の面倒を見て、同じ荘園で親と同じように死んでいくという循環だ」

「へっ、蛮斧世界と変わんねえトコもあるんだな。まあ、それが嫌なら……あ、そういうことね」

「そうだ。そういった運命を打破するため勉強して、認められて、王立学園で高等教育を学んで、競争を勝ち抜いて、王府、近衛軍、公共局、研究所、そしてこの大農場といった国家の施設で働いている彼女たちは精鋭なのだ。特に大農場はメルティングポットだ。どのような種族も、労働に勤しむことで穏やかかつたおやかに融和していく。だからこそお前の怠惰を許せない」

「だが労働の有無は自由なんだろ?それが光曜の精神なんじゃあなかったかい?」

「もちろんそうだ。特にお前は国家の事情でここに来た。ある意味不労特権だがこのあたりの事情を知らなければ、いや知っていてもお前の振る舞いを認められない者は出てくるということだ」

「おれの責任者じゃねえ。所長、アンタのミスだな!」


 私を指差すタクロの言葉は重い。


「その通りだ。そして、この大農場で働く者たちの気持ちを理解できていなかった私の責任だ」

「それで?」

「女性職員たちにはよく言って聞かせるし、彼女らを代表して私が謝罪する。だからお前も彼女たちに詫びを入れるんだ」

「詫びることなんざ無いぜ」

「あるさ。私同様、彼女らの心を知らなかったことがそれだ」

「無茶言うぜアンタ!」

「お互いが歩み寄って頭を下げれば、心も近くなるというものだ」

「メスども、バカスカ魔術ブッ放しやがって……絶対殺す気あったのはどうすんだ?それで頭下げて許されるなんざマジで調子乗りすぎだぜ!」

「光曜世界と蛮斧世界、異なる文化が交差すれば事故も起こる。その中でタクロ、私はお前の道徳……男気とでも言うのかな、それは信頼しているつもりだ。異文化のものであってもな」

「……」

「私もお前にとってそうではないのか?話がワカるという相手は貴重だぞ」

「ま、そうかな……こっちに来て以来、アンタがおれに配慮してくれてるのは知ってるし、そんなアンタの願いだ。聞き入れるしかねえなあ」

「理性持ちのお前ならそう言うと思ってたよ。だから今私は魔術を展開していない」

「この女のケツ叩いた時に、アレって思ってたよ……アンタ肝が据わった大した女だ」


 タクロが立ち上がり女性職員二人を立ち上がらせた。やはりこの者に対しては正面突破が一番良い。トラブルも収束できて何よりだ。



「アンジー無事か!」


 背後から私の名を呼ぶ叫び。


「アンジーを救出しろ、突撃!」

「!」

「これは!」


 出入り口から走ってきた者たちが倉庫の中にまで展開してきた。彼らは憲兵隊だ。さすがに深蛮斧人労働者たちも手を止めた。ひと際目立つ者が、強く響く声を発する。


「無事だったかアンジー!


 私を心配していたようだが、タクロの前に立つ私を見て、顔を歪める。


「……厳重警戒対象者相手に説得なんぞしてたのか?」

「憲兵長官。到着が早過ぎるんじゃないか」

「アンドレアと呼んでくれ……王府からタラナに通知がある前に、すでに移動していた。まあそれはともかくやっぱり私が来てよかった……蛮族。大人しく降伏しろ」

「待て、今ちょうど話がついたところだ。トラブルは解消、双方に非があったことを認め、お互いに謝罪し受け入れあいをするところだ。タクロ、そうだな」

「……」


 タクロは黙ったまま。なぜ肯首しない。


「タクロ!」

「所長、アンタは公平の権化だが、このクソデブプッツン女は違う!」

「私の外見を攻撃することで私の主張を無効化しようとしているようだが、それ自体がお前が蛮族の証。私は力を高めるだけだ」

「何言ってんの?お前、おれを二度も殺そうとした殺人鬼だろが」

「ここの女性職員からも聞いているぞ、この蛮族が大農場の職場環境に悪影響を及ぼしているとな」

「だからおれを殺していいってか?光曜的にそれってどうなん?」

「光曜の事情は蛮族が関わることではない!」

「憲兵長官、私がここにいる以上、殺人はさせんぞ」

「アンジー、私が何の対策もせずにここに来たと思うか?」

「何」

「私はこれからそこの蛮族を処刑する。止めたければ止めるがいい……だが、できるかな?」


 すでに私は衝力を展開している。つまり、この倉庫内ではあらゆる暴力が停止する。


 ドン!


「ぐわっ!」


 タクロが吹き飛ばされた。机の何処かが爆発した。確か、あそこには労働教化のパンフレットが入っていたはず。いやそれより、私の魔術「抑止」が利いていない!


「憲兵長官、何をした!」

「アンドレアと呼べば、教えよう」

「……ではアンドレア」

「衝力の展開を防ぐ仕掛けをしてある。研究所からの支給品で試作品だが、しっかり効果を発揮している」

「お前の衝力は発揮されているではないか」

「私の魔術を封じたらどうしようもないだろう。アンジーのだけだ」

「私だけ?」

「すべてが終わったら話すよ。さて、ここであの倒れている蛮族に近づくほど私は迂闊ではない」


 そう言って深蛮斧人労働者を眺め始め、


「お前にしようか」


 一人の深蛮斧人労働者を指さした。すでに全身の塗料は落ちているが、刺青がある。


「わっざへるざっあぐりいふぁっぴっぐいずるっきならす」

「だずんしいわなげっこおじいういずゆう」

「ぎぶみいあぶれいっあいどんげっはあどふぉあごぶりんうーめん!」


「お前、失礼なことを言ってるな?下卑た獣欲の発露はワカるんだ。だからお前は罰を受けなければならない」


 衝力の展開を感じた。目には見えないが深蛮斧人の「爆変」が為された。


「そこの仲間を介抱してやれ」

「わっざへるでぃすぴっぐじゃすせい?」

「言葉が通じないとダメか。仕方ない」


 憲兵長官は倒れたタクロの体の上にキラリと光る何かを放った。金の装飾品だ。


「おおざっつごおるどまいんなう」


 目の色を変え、爆変男がタクロに向かっていく。タクロを目覚めさせねば。


「逃げろ、その者、爆発するぞ!」

「……アンジー」


 振り返り、私を怪訝な目で見る憲兵長官。その背後で急に起き上がったタクロ、


「おらっ!」

「わっざ」


 爆変男を組みひしいで首を掴み、こちらに向けて走り出す。


「むっ!」

「爆発する、皆伏せろ!」

「……ちっ!」


 周囲の光曜人だけが皆伏せた……が爆発はない。見れば、爆変男を抱えたタクロが逃げる憲兵長官を追いかけている。なるほど、爆発に巻き込まれる距離では、確かに「爆破」できない……頭が回るヤツだ。この騒動、止められるのは私しかいまい。二人を追う。


「貴様、近寄るな!」

「待ちやがれプッツン女!」


 憲兵長官は大変太っているため、階段を上った先であっという間にタクロに追いつかれ、壁際に追いつめられた。

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