第106話 逆ギレ蛮族
あの下卑は演技だろうが、何とも不愉快には違いない。本音では罰してやりたいところだが、
「……いかんな」
報復や罰、暴力は私の理念に反する。何事もどこまでも話し合いや教化で解決された方が良いのだ。
一月程前、国境の町への工作活動で理念に反する行いにも手を貸した。あの時、扇動役を担当した私が操る蛮斧人は鳥に囲まれ私はすぐさま対象から離脱したが、だからこそあれが撹乱であったのか留まって確認する気概は持てなかった。
理念に反する行いは、心から良き動機を奪う。良き動機がなければ、他者のために働けない。
その直前に積極工作を仕掛けた学園長が倒れていなければ、協力はしなかったのだが……そう言えば、その後彼女は意識を取り戻しただろうか。また見舞いに行ってやらねば。そしてあれが前宰相の行為であるという確証は無いが、学園長を昏倒させるなど、他に誰が出来るだろうかという思いもある。前宰相マリス、タクロの口から彼女の話を聞きたいものだ。
「た、大変です、果樹園エリアで騒動が!」
「何事だ?」
「何人か暴れているそうですが、騒動発生としかまだ」
「……まさか、また深蛮斧人!?」
「いや、教化エリアではないからそうではあるまい。私が行こう」
果樹園エリアならすぐ近くだ。それにしても最近騒動が多い。大きな戦いの後、明らかに治安が乱れている。この大農場が蛮族集団の通り道になるのなら、私が率先して立ち向かわねば。
馬を走らせ現場に到着。幾人かが倒れている中、タクロが何者かを締め上げていた。この者だったか、と少し安堵できるのが不思議だ。
パシッ!
青空に響く音。
「誰に頼まれた」
「……」
相手の襟を掴んで腕を強か振るっている。
ドカッ、ボスッ、ガスッ
「うっ」
「ぐふっ」
「ぎっ」
暴力で尋問をしている?いかん止めねば!
「口がないのか貴様ら」
ヤツはさらに腕を振り上げた。この大農場での暴力は私が許さん。衝力発動だ。
「タクロやめろ!」
「あ、所長……ん?」
地に沈む男たちは労働者服を身につけているが、同時に凶器も持っている。どこで調達したのか。
「コイツら蛮斧からの刺客だよ」
「刺客だと?」
また侵入者だと?
「目的はおれだろな。ただ、光曜人も混じってるかも」
「何」
「どっかから何か飛んできたんだ。飛び道具じゃない。多分、魔術な何かだな」
「怪我は」
「おれ様のグレイトな勘の鋭さで避けたさ」
偉そうに周囲を見回すタクロに合わせて私も探る……確かに、茂みの後に衝力反応がある。
「そこの者、出てこい」
「おっ」
私が一喝した方向を見て、タクロが嬉し気な声で走り出した。疾い。それを受けて隠者も逃げ出すが、タクロに進路を妨害され足を止めざるをえない様子。
「おらっ……ううん?」
捕らえた相手の首根っこを掴んだまま私を見ている。
「所長、何かやってんのか?」
「何かとは?」
「コイツに飛びかかろとしたら……何だ?何か違和感」
私の魔術に勘付いたか。だが、認める必要などない。
「そんな違和感など知らん。それよりこの者らも含めて尋問する。手を貸せ」
「ジィ……」
疑惑の目だ。それにしても……魔術について知見があるのだとしたら、その体験元はやはり……だが今は誤魔化そう、勢いで。
「おい、聞いてるのか」
「ワカったよワカりました。おら、ついてきやがれ」
尋問の結果、蛮斧からの暗殺者たちは進んで情報を吐いた。まず、蛮斧人曰く、
自分たちは前線都市の依頼で蛮斧世界から来たこと。
光曜人は道案内と遠隔攻撃を担当の傭兵と聞いていること。
傭兵は、雇い主に合流するよう指示されたのでよく知らないこと……
光曜人の方は黙秘、故に私の「惹起」により自白を促す。すると、
勤務していた荘園が破綻し、大都会に移ったこと。
多少魔術が使えるからカネのため傭兵になったこと。
大都会の伝手で仕事の紹介を受けたこと。
大農場には業者として立ち入り経験があったこと……
―独房
「おっ来た来た」
タクロはクルミを割っていた。
「言っておくが盗んだもんじゃないぞ。労畜さんから貰ったんだぜ、農作物のサンプルだって。フン!」
バキ!
「そんな堅いものをよく素手で割れるな。手が痛まないか」
「あんたらとは鍛え方が違うよ」
ポリポリ
「酒が欲しいなあ」
「タクロ、尋問の結果だ」
「ど、どうだった?」
やはり情報に飢えている。身を乗り出してきた。
「高顧客満足のカマーイェガーという者、知ってるか?」
「もちろん、蛮斧裏社会の業者だな」
「裏社会だと」
「表沙汰にできない仕事を請け負うんだ。誘拐、強盗、密輸、殺人」
とんでもない社会め。だが、そんな悪人が我らが社会と繋がっているのだ。貧困や失業が蔓延する社会では、人々が犯罪に手を染める動機が強くなるという言葉の通りだ。
「その者が依頼主だと白状があった」
「前線都市でちっとは有名だけど、大したヤツじゃない。んで?そいつの命令ってことは、ボスの天声人語騙りのプファイファーってやつが命令元だ。さらに?そいつに発注したのは……多分無口君だな」
「無口君?」
「ゾルクなんちゃらってヤツ」
「三人衆のか」
「ああ」
「そいつはお前の……ああなんだ。元部下がお前の暗殺依頼を出したと?」
「あの野郎、仕事できっからな」
微かな哀愁が漂うタクロ。
「それで、どうするのだ?」
「どうするって?」
「重層的とは言え、暗殺依頼は三人衆の判断の結果だろう。また続くぞ」
「撃退し続けてやるぜ。この大農場を舞台に、悪いな所長!」
労働者の補充ができるからそれはよい。そして私は一つ提案をする気になっていた。
「それはそれとして、お前の生き方について問うている」
「生き方……重いのは勘弁だぜ」
「そうもいかん。我々は誰しも等しく人生に責任を負うものだ」
「もっと気楽なのがいいんだけど……」
「いいか、よく聞け。お前は光曜社会から警戒されているから、居場所はここにしかない。そして三人衆はお前の帰国を拒んでいる。であればお前はここで労働に汗するべきだが、それはお前に拒まれている。この状態で、何を目標に生きる?」
「目標」
「日々勤労の中で生きるか、あるいはさらに歩みを進めて光曜国のために働くか。悪いことは言わん。後者を選択してみないか」
「スカウトかい?」
「お前には腕っぷしがある。これは今の光曜社会ではさほど重要ではないが、さらに知恵も回る。ここ幾日お前を見てきて、人柄にも褒められる点が無くもない。遺憾ながら、今の光曜社会にはこういった者は少なくなっているのでな」
「なんかどっかで聞いたような話かも」
「ならば話が早かろう。労働がお前の性に合っていないのなら、別の方法で人生を切り拓くべきだ。農作業が嫌ならそれはそれで良いが、無為に腐ってはならん」
「おれにどうしろと?」
「先日のロリーや私がお前から聞きたがっていることが何か、恐らく勘づいているだろう」
「ハッキリ言えよ」
「マリス前宰相のことだ」
「……」
「返事は無用。私の仮説を述べる。タクロ、お前はマリス前宰相と親しい仲にあった」
「えっ?」
嬉しそうな顔をするタクロ。なんとまあ、単純な。
「言っておくが、これは別に男女の関係を述べているのではないぞ。きっと独裁者時代のお前は彼女の支援を受けていた、と私は思っている、というより確信している」
「何でんなこと言えんのさ?」
「論理的な説明ではなく直感だ」
「直感ね、蛮斧的じゃねえか所長」
「かもしれん。あるいは先般、私も情報活動の一環として、国境の町に関わったからだ」
「何だと?」
「明確な証拠こそ無いが、だから確信に近い」
「あんたおれの都市で何した?」
「私は誰か傷つけたりはしない。約束しよう」
「あんたはそうかもな。でも他のヤツは?……そう言えば爆発、爆発……?あ、爆発!」
何かが繋がったか?
「前線都市でも人間が何人か爆発したあの事件、あの太っちょデブ女の仕業だな?憲兵長官って言ってたな確か」
良い観察眼だ。我らの側にあって、過激は彼女の専売特許だ。
「落ち着け。お前がこの施設で日々を送る以上、私が安全を保障するし、光曜国の為に働くと言えば、さらに上積み保障される」
「どうだかな」
立ち上がったタクロが構え、クルミの皮を踏みにじった。蛮性がこちらに向くと、かなり嫌な感じがする。
「なんのつもりだ」
「あんたの言う通り、おれには腕っぷしがある。つまりあんたを人質に、この大農場を悠々と出ていくことだって簡単さ。それに、爆殺された部下どもの復讐にもなる」
「やめろ」
「おらっ!」
……
タクロの手は私の臀部の辺りでゆっくりと停滞している。思わず衝力を展開してしまったが……
「ほら、あんたを組み倒すことができないし、今はクルミも割れない。これ魔術だろ?」
謀られたか。その手は卑猥に開かれてはいたが。
「どうやらあんたが近くにいると、力が振るえない。いや、相手に当たる前に止まるのかな?魔術ってのはすげえな」
「……」
「こんなすげえ魔術があるから、あんたは少人数で侵入者の確保に行けるってわけだ、余裕で。んで?これだけじゃねえだろ、あんたの魔術。もっと誘導的のもある」
「……」
そこまで勘づかれていたとは。
「おれに使ってみろよ」
「……」
いかん、乗るな。
「おれに使って、従わせてみろ」
「……」
心静かに保つのだ。
「どうした、怖ええのか?」
「さてな」
……
「所詮女だな」
「何?」
「お前らにゃいつも覚悟が不足していんだ」
「もうそこまでにしておけ。私は挑発には乗らない」
「うるせえよこのアマ。魔術で男封じ込めて、偉くなったつもりか?それにお前の風貌、エルフ系ってやつだろ」
「そうだ」
「おっ、簡単に認めやがったな。光曜に滅ぼされた国の連中が、光曜に従ってて恥ずかしくねえの?」
かつての被支配者層が今や公の場に立っているのだから恥などあるはずもないが、これは蛮斧人の理解を超えているかもしれぬ。
「もう昔のことだし、光曜の姿も昔とは違うからな」
「いいや同じさ」
「違う」
革命と言って良いほど、違うのだ。だから私はこの国に自らを費やしている。
「どうした、かかってきやがれ。魔術中はあんたもおれを殴れないだろ?解けよ。解いてもしくは刺してみろ。刺せ。おれは逃げたりはしねえぜ!」
これは仕切り直しが必要だな。それに虚勢は見ていて心地よいものでもない。
「タクロ」
「あん?」
「お前はここにいた方がいいかもな。ここにいればもう傷つく事も無いのだし」
「な、なんだとこら?」
ガシャ……ン
独房を出て思うもの。一連の挑発、真実味を感じないでもない。排他、後進、愚昧、非論理、不公正、侮蔑……私がタクロを買い被り始めていたということもあり得る。所詮蛮族に過ぎない者を相手にしているのだ。
「ふう、なんだか疲れたな」
我らの任務がこの国を支えているのだ。過度な逸脱は控えよう。
「……」
いやしかし、だ。事務所への道すがら、おおむね冷静さを取り戻し、再考する。
何故タクロは私を挑発したのか?私が事情を隠していることを見抜いているからか。だから私への軽蔑を隠さなかった?あるいは、あの者の意識の程は不明なれど、相手の反応を野生の蛮性で見抜いているのか?
何故、殿下が前宰相の近況を求めるか。脅威だからに他ならない。殿下には脅威をそのままに放置することはできない。そして前宰相のいる国境の町は蛮族の手のままにあり、光曜の国内事情もあって容易に手出しできない。
故に殿下は、ある種の可能性に期待して憲兵長官を重宝する。あの暴力の放縦を許さぬためには……やはりタクロから情報を引き出すことは私の責務だ。この私の、自身の理念の範囲内にあって。
―西部管理棟 事務所
「大変です!また深蛮斧人の集団が現れました!」
「どうして立て続くのでしょう」
「大きな戦いの後だから、今はやむを得ない。私が行く」
「で、ですが今度は二つの方向同時で南西と……南東からです!」
「なんだと」
二つ同時。しかも、どちらも私が対処するには距離が離れすぎている。一方に対処している間に、もう一方が深く侵攻してくるかもしれない。私はふと部下を見る。
「……」
怯え、青ざめている。私の代理として送られることを想像したのだろう。が、魔術の才があったとて、この者の実力のみでは敵わず蹂躙されるだろう。
では到着まで時間がかかるが、東境軍団に救援を求めるか?……ロリーによる工作中なのだ。殿下は昰としないに違いない。では労働者たちを組織して立ち向かわせるか?……日々を定型的な労働に生きる労働者にはそれも難しい。名案は一つのみ。
「対処班。出発の準備をして待機」
「しょ、所長?」
「すぐに戻る」
―独房
「また来たのか嘘つき黒光女」
相変わらずの傲岸不遜。もしかしたら、国境の町を攻撃したことについて本当に憤慨しているのかもしれない……嘘発見アドミンを私も借りればよかった。
「時間がないから簡潔に言う。また深蛮斧人の集団が大農場に入ってきた」
「あっそ」
「それも二箇所同時にだ」
「ほう……せいぜい頑張るんだぜ」
「一箇所ずつならばな。だが、どちらも対処するとなると、被害が拡大してしまう」
「おれの力を借りたいって顔だ!」
「その通りだ。一方を私が対処する間、もう一方をお前に任せたい」
「偉そうな女だぜ!」
「お前の能力と知見を考えれば、それがこの施設のために最適な人選となる」
「おれは捕虜だぜ?」
「今はこの大農場の労働者の一人だ」
「それにしても光曜の人材不足は深刻だな!」
痛いところを指摘してくる。
「時間が無い。今は虚勢をやめてくれ。協力してくれるのなら報酬として私にできる限りの望みを叶えよう」
「そんなら、おれと寝ろ」
躊躇無いこの要求は私に拒絶させるためのもの。だが、私も躊躇などしてられないのだ。
「ワカった。侵入者たちを鎮圧次第、お前の願いを叶える」
「え」
「それが私の依頼に対しての要求ならばな。取引だ」
「い、いいの?」
「躊躇している間に労働者たちと大農場が犠牲になる。それよりは耐えられる」
「ワ、ワカった。寝なくていい」
「どういうことだ?」
「要求を変える。代わりに前線都市へあんたらが行ったことを全ておれに話せ」
「……」
「へっ、思った通りこっちのが価値あるな」
「……」
躊躇しているのではない。どうやら相手を観察していたのは私だけではなかった、という自省だ。相手を甘くみてはならない。
「おれの知る限り、光曜の破壊工作は三回あった。最低でもな。だから全てだ。どうだ?」
「ワカった。私の知る限りを話そう」
「おれはすでにロリーちゃんにハメられてハメることができなかったから、二度目は無いと思え。あんたの名誉と矜持にかけて誓え。破ったら、どんな手を使っても、おれは所長、あんたをブッ殺るぜ」
「誓おう」
「いいだろう!よし、出発だ!そう言えば、おれがロリーちゃんの前で恥晒したのって、あんたの魔術のせいじゃないか?」
「それは取引外の質問だな。私は一秒でも時間が惜しい。よって、私の今の願いを叶えてくれたら、これも正直に話そう。条件は、無駄口を止め、直ちに出発することだ」
「ワカったよ。行こう」
「私の部下を半分つける」
「戦士ならともかく魔術士なら半分もいらん。三分の一でいい……それにしてもおれ様の時間がやってきたようだぜ!楽しくなってきた!」