第104話 セクハラ蛮族
タクロのハラスメントは続く。
「イイ匂い失礼香りだなあ。それに出来のいい彫像みたいなボディだけどちゃんと女してるぜじゅるじゅる。あんたに比べりゃ蛮斧女どもは出るとこ出てるだけの乳牛でしかないのかもしれねえなあ、はあはあはあ」
野蛮な口から、下劣と涎が止まらない。負けん気の強いロリーが迎撃姿勢に入る。
「はあはあ涎を垂らすのが好きなようだけど、残念ながらイヌにしか見えないわよ」
「男はイイ女の前じゃ犬にもなるぜえ」
「一つ教えてあげるわ。光曜で『イイ女』と言う時、それが何を意味するのかよくよく考えてみることね。褒めているつもりでも、実はその言葉は相手を人として見ていないためのものかもしれない」
「人として見てるからあちこち動悸が激しくなるんだぜえ」
「不適切な発言ね。光曜では、そんな下卑たる態度が尊重されることはないわ。もう少し成熟した会話をしたいのだけど」
「それはあんた次第だぜえはあはあはあ」
「それは?」
「ほれ」
「!」
蛮族の股間が急に膨らんだ。まさかまろび出すのか?
「……」
「……」
が、よく見なくとも服に潜らせた手を股間の辺りで突き出しているだけの様子。子供のような振る舞い。その下がどうなっているかは……想像したくもない。我ら二人に嫌悪が広がったのを見て蛮族はことのほかお喜びだ。
「見やがったな!どうだ、驚いたか!」
「その態度は私をどう扱っているかという以上に、自分自身をどう表現しているかを示しているわね」
「なんだって?」
「口にしたくもないわね。あなたは私たちと言葉が通じるのだから、もっと誇りを持てる振る舞いを選んでみたらどう?」
「あんたみたいな女を落とすことが、蛮斧男最大の名誉なんだな、げしゃしゃしゃ」
蛮族らしい、ある意味で努めてワカりやすい自己紹介になった。
「自己反省を促しても無意味のようね……では本題を進めましょう。それが私があなたの前に立つ理由ですから」
「そうか……おれが股間を奮い立たせても無意味ってことか」
「当然よ」
下品な姿勢を解除した蛮族タクロ、椅子に腰掛け前屈みになった。彼なりの警戒姿勢だろうか。
「おれ様は蛮斧最強戦士のタクロ様だ」
「そのようね」
「あんたの自己紹介を聞きた「あなたは先の戦いで捕虜となり、私たちの国の法律の定めによりこの大農場での生活を求められています」……」
被せたロリーにタクロは怒らない。粗暴ですぐ激昂する蛮斧戦士らしくない。ここは予定通り私は支援に徹しよう。
「おワカりかしら?」
「ああ。ホント味気ない生活だよ」
「労働よ。誰もが日々を過ごすための」
「おれにゃ合わねえなあ」
「多くの光曜人は日々労働に勤めているのよ」
「大衆は豚とはよく言ったもんだ。こちらの所長さんが居なけりゃ、とっくに脱走してるよ」
「なかなか過激な発言……それはあなたが国境の町で独裁者として振る舞っていた経験から得た結論かしら?」
「そうかな……そうかも」
「独裁者のあなたは蛮斧の族長も、深蛮斧人も、私たちすら敵にした。度胸は買うけれど、無謀だったとは思わない?」
「まあね。太子の暗殺も、前線の拡大も、部下ども守るってのも、全部失敗しちまった」
「……恐れを知らない発言ね」
「だって仕方なかったんだよ。光曜の太子が女だったなんて知らなかったんだ」
「えっ?」
「なになに?」
「ええと、女性だとなんだと言うの?」
「殺し難いだろ」
「意味がワカらないわ」
「そうかそうかじゃあ教えたる!蛮斧の戦士は誇りと実力に満ち満ちているから、弱っちい女子供に手をかけることを不名誉と思うものなのだ」
「それはウソね」
「え、なんで?」
嘘発見器は無反応。ロリーの反論か。
「あなたたちが国境沿いを襲撃した時、女性子供にも遠慮なく襲いかかったじゃない」
「そりゃ獲物を商品としてキープする必要があるから。それがなけりゃ、何のための略奪行なのよ」
「商品?全くこれだから野蛮人は……」
「でもここ何年かはそれすら怪しい。数ヶ月前の光曜境でだってせっかく攻め落としたのに、例の霧のせいで台無しになったかんな」
「そう。住まいを追われた光曜境の市民らにとっては憎むべきことね」
「でもそいつらここで働いてんだろ?」
「そうよ。よくワカったわね」
「ああ、ああ、だと思った」
む。この者にしては吐き捨てるような感じは珍しいな。
ロリーも座り、同じ目線でタクロと相対する。重要な話題もあった世間話は終わり。尋問が始まる。
「資料によると、その時の指揮官は……シー・テオダム軍司令官」
「あいつ有名なのか?なんでか知らん!」
「あなたの元上司ね」
「あんなゴミ」
「仲が悪かったのね。だからクーデターを起こしたの?」
「あのな、おれはクーデターなんて起こしてないんだぜ」
「ウソね」
「まあどっちだっていいさ」
「そうね。事実シー・テオダム軍司令官はその地位を追われたのだから」
ロリーは気にしていないが、噓発見機は反応していない。
「いけすかない軟弱野郎だった。男にゃ尊大で傲慢、ひどい人事も眉一つ動かさずにやってのけやがる。そのくせ女どもにはとことん甘い。ああ、そう言えば光曜から来た女にぞっこんだった。でも臆病な野郎だった……そうだ、あの女もイイ女だったぜ、あんたほどじゃなかったがね」
「光曜から来た女?」
これは……前宰相か。予想外のことを予想せよ、とはよく言ったもの。
「そう。通称暗殺女……」
「えっ?」
暗殺……穏やかではない。前宰相が暗殺を策したとでも?我が国はそのような非情手段を用いることなどない……と言い切れないところもある。
「通称が?暗殺女?」
「ええと、そいつがシーなんちゃらの心を悩殺したからにの命名です」
ピコん
あっ、噓発見機が初めて反応した。今、タクロは何かを偽り、誤魔かしたのだ。ロリーの調子も上がる。
「その女性……ええと通称暗殺女かしら。今も蛮斧世界にいるの?」
「色々あって、おれの前任者が逃げてから光曜に帰ったよ」
帰った。では前宰相ではない?いやしかし……
「その色々にはあなたも関わってる?」
「ぜーんぜん」
「あなた自身も軍司令官だったのに?」
「まあね」
「簡単に帰したの?」
「まあね」
反応なし。私の目からは何かを隠している風なのだが。あるいは、タクロが自分が関わっていないと確信している?その場合、我らの望む測定は困難となるか……噓発見機というのも、存外当てにならない気がしてきた。
「その女性の名前を教えてくれる?」
「ええと確か」
「……」
「マ」
「マ?」
やや身を乗り出すロリー。やはり、マリスか?
「ええと」
「……」
「その,なんだ」
「……」
「マ……マァァァァ」
「ちょっと」
「人の名前を覚えるの苦手なんだよ。ええとマーラだかメーリだか確かそんな感じ」
「はっきりしないのね」
違ったか。マーラ、メーリ、マリス、関連はあるだろうか?しかし噓発見機の反応は無し。
「ああ、最初偽名使ってたって言ってたけ。クララとも言ってたが、こっちも本名かはワカらんね」
「……」
マーラ、クララ、どちらも光曜ではありそうな名前だが、わざわざ蛮斧世界で偽名を使う女、何者だろう?この線で尋問しても時間がかかりそうだ。
「ともかく、その女性はもう蛮斧世界にはいないのね」
「帰る時にちゃんと見送ったから、おれの知る限りではな。だから蛮斧世界の美人度はグッと下がったと言えるな」
「残念なの?」
「いや別に。あんまタイプじゃなかったから」
「あなたの部下たちは残念がっているのかしら?」
「ああ、だろうなあ。我が前任者の他にも暗殺女にぞっこんイレ込みブッかかりの部下がいてね、エルリヒってヤツ。あの野郎どうしてっかなあ」
エルリヒ……タクロ三人衆の一人の名と同じだ。それにしてもタクロの肩がやや寂しげである。なるほど、部下に裏切られたこの者もまあ哀れと言える。
ロリーが姿勢を正した。その後、噓発見機が作動していないし、路線を変更するようだ。
「……いいでしょう。もう気づいていると思うけど、私たちはあなたから聞きたいことがあるのよ」
「だろうね」
「それによってあなたに害を及ぼすつもりはないわ。だから率直正直に教えて欲しいの」
「ほーん」
鼻を指でほじり不信を示すタクロは、憲兵長官のことで我らを詰っている様子。
「そしてあなたの回答には報酬が出ます」
「報酬?カネか?」
「もっと良いものよ」
「カネ以上に良いもの……なんだろう?」
「私たちはあなたに光曜市民としての地位と生活の保障、それから私たちが許可できる限りだけれどもあなたが欲する情報を提供する用意があります」
「ほう……ほほう、ほほほう!」
笑顔で身を乗り出してきた。見たところ情報なのだろう……金銭よりも。私は蛮族タクロを特に新たな情報に接し得ないエリアに留めていた。報せには飢えているはず。
「そいつはいい!そいつはいいが……その代わりに何させられんの?」
ロリーもタクロに目線を合わせる。
「地位は軍属ということになります」
「何それ?」
「軍に所属する民間人ってところね。だからすぐにではないと思うけど、いつか前線に赴任することぐらいはあるかもね」
「疑わしきは前線投入か!」
「ち、違います。居場所を与えるということでしょ?話の流れからして」
「そうか!で、何が聞きたい!」
「交渉成立ね」
「何でもこいや!」
ん?
「国境の町に幽閉されている我が国の宰相マリス様について、現況を教えてほしいの」
「なるほど。で、何が知りたいんだ?」
んん?
「待遇とか、体調とか、日々どうお過ごしか、まあ様子ね」
「お断りだ!」
「ええっ!」
やはり。蛮族タクロは受け入れるとはまだ口にしていなかった。ある意味でワカりやすい者だ。
「どうしてよ。今、そいつはいい、と言ったじゃない」
「口癖なんです。特に深い意味はありません」
ピコん
「このままではあなたはこの大農場での日々から抜け出せないわよ。それでもいいの?」
「まあ野良も体には良さそうだし?来年にはすっかり土いじりが板についてるかもしれないし?」
ピコん
「今の国境の町の状況を知りたくないの?あなたは裏切られた被害者でもあるのでしょう?」
「蛮斧式に前線都市って言えや!あと裏切られたんじゃあないぞ。おれが下手を打っただけだし、まあそのうち、遠い過去の夢物語になんだろ……懐かしい目」
ピコん
さっきから偽りばかり。どうやらロリーをおちょくっているな。この様子からして、この蛮族はまだ故国での復権を諦めていない。そしてこの者が前宰相の情報を出さないことには何かの意味がある……とすれば、
蛮族タクロと前宰相マリス。二人の間には何らかの関わりや交流があったと見なすべきだ。国境の町への魔術工作の末に大打撃を受けた学園長のことを我らは忘れてはならない。あのような芸当が魔術的に可能である者など、前宰相以外考えられないはず。そしてあの工作は……
「懐かしい目。ほら、目ん中見てよ。懐かしい感じ出てる?」
「で、出てるかしら」
……眼前に座する蛮族タクロに対する攻撃だった。少なくともあの時点までは両者は協力していたと見るべきなのだ。だが、その後の結果としてこの蛮族が捕虜となった紛れもない事実がある。
「明るい茶色だ」
「えっ」
「あんたの目の色だよ。キレイだなあ。お近付きになりたい……ふう、たまらん」
「はあ、全くもう」
どこかで仲違いをしたのかもしれない……この推理、固い気がする。人の不仲を嗅ぎつけることは、私の特質なのだから。
「ねえ、どうすれば交渉に応じてくれるの?」
「はあはあはあ、もっと見つめ合いたい」
「あなたから何か提案してみて。受けられるかはワカらないけれど検討はしてみるから」
「じゃあ今日ここに泊まっていく?」
なんとも、まあ。だが、間もおかずロリーは身を乗り出す。
「そうしたら、答えてくれるの?」
逆に蛮族タクロがたじろいだ。
「お、え、ま、まあ答えることを検討する価値はあるかもだな」
「泊まっていってもいいわよ」
「えっ」
「条件付きね。それはあなたの次の言葉が、偽らずに答える、とはっきりと、男の中の男、蛮斧戦士、前線都市の独裁者だった経歴の誇りに賭けて約束してくれること」
「……」
「どう?」
「い、偽らずに答える」
即答だが、
ピコん
噓発見機の反応、私に僅かな微笑みを向けたロリーは続ける。
「再度確認するわ。あなたは、私に、宰相マリス様の情報を、偽りなく提供する。私は、いい?私は、そのため、今日、これから、この部屋に、泊まる。あなたと一緒に、泊まる。この取引をあなたはあなたの誇りに賭けて、必ず遂行する。間違いなければ、そう言って」
「間違いありません」
今度は無反応。
「今度こそ、交渉成立ね」
ニッコリと微笑んだロリーの笑顔は、常と等しく見応えがある。対して狼狽する蛮族。
「あ、あんたマジか?」
「では改めて、私は光曜の公共局啓発室長をしているロリーよ。よろしくね」
タクロが息を呑んだ。どうやら性欲が勝ってしまったようだが、嘘を吐く気でもいる。ロリーはその先に進めるかどうか。
「ロリーちゃん?」
「呼び捨てでもいいけど」
「いや、ロリーちゃん。マジなの?」
「マジよ。では所長、ここに私の寝具を持ってきてください」
私はロリーの目配せの意図を完全に理解しているから肯首。
「……承知した。すぐ用意させよう」
「お、おお所長も同意か!マジ、なんだな!ウヒャヒャひゃ。じゃあ夜伽の余興として……はあはあはあ」
蛮族がソワソワ立ったり座ったりシャドーボクシングしたりしている間、怪訝な顔をした職員が寝具を持ってきた。
「ありがとう」
受け取ったロリーは自ら寝具を広げた。
「ど、どうやらマジモンでマジらしいな。しょ、所長。どうぞ今日はもうお休みになってください!」
やれやれ。私は無言で退出し、直ぐに隣接する部屋に移り、監視者として片面鏡壁の前に立つ。衝力展開中の私が去ってしまったら、ロリーの身が危険に晒されてしまう。
「ね、ねえ。ほ、ホントにいいの?」
「えっ、何が?」
「あんたみたいな美女と一緒に寝ることが」
「いいもなにも、そういう約束だったでしょう?」
タクロが息を呑む。一度、二度。
「で、では灯りを減らしまっせ」
「どうぞ」
微かな灯のみが部屋を照らす。
「これだけの光でもお互い見えるのね、フフ」
「で、では失礼して」
すすす……
「ん?」
「ねえあなた、マリス様のことだけど」
「うぅん?」
「ご無事なのかしら。蛮斧でもちゃんとした生活は送っていると思いたいわ」
「あれっ?」
ガサゴソ
「あんな高位の方が捕虜になるなんて、普通ないものね」
「あれれれれっ?」
ガーサゴーソ
「凛々しくて立派な方だし。捕虜になったって聞いた時私たちみんな大ショックだったわ」
「お、おかしいな?」
「尊敬されているのよ。無論私もその一人」
「おかしいぞ」
「ねえ聞いてるの?」
「お、おかしい」
「何がおかしいの?」
「な、何故だ」
「えっ?」
「ナナナ、ナニがソレでスタンダップしない……」
「何の話?」
「ちィッ!おれは蛮斧男!柔弱は性に合わねえ、だーッ!」
バッ!
……ピトッ
「こんなに近づいて来て、話す気になったようね」
「はあはあはあはあはあはあはあ」
「一緒に泊まる約束は果たされたわね、フフフ」
「はあはあはあはあ」
「なんだか小さい頃の課外教室を思い出すわ。友達と一緒に小屋に泊まったり、キャンプしたりね」
「はあ……」
「蛮斧世界にもあるのかしら?」
「……」
「ねえ、聞いてる?」
「……はい」
「起きてる?」
「起きてます」
「枕に顔を埋めるの好きなのね。でも苦しくない?」
私が居て、衝力展開している空間……私の魔術は蛮族啓蒙には相性が良い。今、私はあらゆる暴力的動作を停止している。それは一方的な性的衝動も例外ではない。蛮族タクロは性的快楽の期待と、それに応じない肉体の背叛に強い不快を覚えているはず。
「さっ、話してもらうわよ。私は約束を守った。次はあなた。蛮斧戦士に賭けた約束だものね」
「な、なんてこった……イン・ポテンツ」