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境界防衛  作者: 蓑火子
悩めるアンジー
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第103話 ニヤつく蛮族

「ここからが大農場南部だ」

「お馬に乗って半日か。ホントに大農場は広いなあ」

「光曜世界最大の施設だからな」


 蛮族が示す感心は、文明の光によるもの。私の業務の正しさも報われよう。


「南に来た、ということは河にも近づいた?」

「そうだな。少し先だが、まあ近づいたとは言える」

「この辺りの景色、少し見覚えがあるかも」

「なに?」


 蛮族が見知るだと……まさか。


「まさか」

「そうそう、そういうこと。だっておれも蛮斧軍人の端くれ。随分昔に、この辺りまで略奪行に来たことくらいは……多分あるかも」

「なんだと貴様」

「たった一回だよ。一回こっきり。当時は下っ端だったし、行程も地形も厳しくて結局得るもの無く失敗に終わったけどなあ」


 この軽さ。やはり文明による啓蒙が欠かせないようだ。


「……まあ、南部農場では長く人身にかかる被害は無いし、今は暴徒鎮圧が優先、聞かなかったことにしてやる」

「よかった」


 自身の犯罪を隠しもせず堂々と告白するとは、後のことを何も考えていないのだろうか?そうなのかもしれないな、蛮族だし。引き続き私、職員五名、蛮族タクロの小隊で進む。


「ああ、ケツが痛い」

「こらペースを合わせろ」

「なんだか頭の中の小さなおれが馬を駆けさせろとおれに言ってる気がする」


 まったく、行程中ずっとこの調子で、おしゃべりな蛮族だ。


「さっきも言ったけど、この人数で本当にいいんけ?」

「何か問題でも?」

「七人。たった七人。しかもアンタを含めて五人が女。報告じゃ相手も少数とは言え、それはそれは野蛮で蛮族な極悪集団なんだぜ!」


 職員たちが不安に目を見合わせる。


「さっきも言ったが、余計な心配はしなくていい」

「つまりこれは何か作戦があるんだな」


 そう。こちらは全員魔術を用いる。先の戦いの報告によるとタクロは他の蛮斧人同様魔術を使えない。深蛮斧人も同様とのことだが、効率的な対処等想像には及ぶまい。


「アンタらの作戦がなんであれ、ひと暴れしたい気分だ。長年蛮斧戦士をやってたから、やる事がないと、余計なことを考えちまうなあ」

「長年とは?」

「もう十五年位かな?」

「まだ若く見えるが」

「そりゃそうだ。おれ様はまだ二十代……」

「では、そんな若い頃から軍にいたのか」

「聞いたことがあるぜえ。蛮斧人は光曜人よりも早く成人するんだ」


 我らからすれば、早く大人になることを強制されるのだから、蛮斧人が哀れに聞こえる。


「それにしてもおれを勝手に連れ出していいのかい?一応捕虜だろ」

「大農場の領域内の移動なら私の権限の範疇だ。誰も文句はつけんよ」

「だがアンタ軍人じゃないじゃん。軍人は職掌を巡ってすぐ喧嘩すっからめんどくさいんだけど、どうせ光曜でも同じだろ?」


 ここは普段この者が戦っていただろう東境軍団の管轄範疇外だ。そもそもが堅固な地形に守られてるから、こうやって私が出動することすら珍しい。それよりも、あの時代遅れの東境軍団が蛮斧人の目からそう見られている、というのは面白い話だ。



 その後、農園の拠点に属する倉庫の一つに到達。中では、ほぼ半裸で異様で異形な有象無象がたむろしていた。


「あれが深蛮斧人……だな?」

「その通り。青いだろ」


 蛮族タクロは笑ってる。まったく臆していない様子なのは頼もしい。


「皮膚……青いは青いが、聞いたほど青くないな」

「多分だけど出発時に塗ったのが落ちてきてるっぽい」

「なるほど。全体的にそんな感じだが……色がそんなに落ちていない者もいる」

「聞いた話じゃ染料に脂とか、ことによっては尿とか混ぜて色落ちしにくくしてるらしい」

「う」


 なんと野蛮な。


「おれも白兵戦したけど、あいつら結構ニオうぜえ。鼻栓あるかい?」

「うっ……」


 気分が悪くなってきた。


「へっへっへっ。お上品尽くしの光曜女にゃ、扱えない相手かもな」

「……」


 不愉快な物言いだが、みな私と同じ気分の様子。


「仕方ない。ここはまず、おれ様が片付けてきてやろう。あ、素手で構わん」


 私たちが露骨に嫌な顔をしたせいか、蛮族タクロが前にでた。すると深蛮斧人たちも立ち上がり、やる気だ。


「ざあずわんたふるっきんがい」

「れつおおていきんだうん」

「ざっつざうぇえざっつわいういおおるうぇいずうぃん」


 なるほど。理解できない言語だ。であればやはり、私の魔術を試す前にここは蛮族タクロに任せよう。剣、斧、ナイフを持つ相手に、非武装者が近づく。


「ここに居るのは六人か。全員ぶっ倒してやるぜワワワワ!」


 雄叫びとともに戦いが始まった。飛び出していったタクロはあっという間に一人捕まえると組み倒しその手から斧を奪った。


「殺してはならん!」

「ワカってるよ!」


 考えてみれば光曜人は蛮斧人と会話が出来るのだ。明確な方言の違いすらあまり感じさせず、不思議なものである、などと考えているうちに、


「おおらいっとおらいっゆうぃん」

「すとっぷうぃきゃんていけにいもああ」

「のおぷりいずういぎぶあっぷ」


 タクロは全員を打ち倒していた。強い。恐るべき強さだ。


「強いな」


 思わず素直な感想が口から出てしまう。


「こいつらアンタらじゃなくおれを囲むつもりだったんだぜ。そんな卑怯者どもの動きが鈍いってのはお約束だ」

「慣れてるのか?」

「ケンカ?」

「いや、少数での多数との戦いがだ」

「そこそこね」


 六人を紐で縛り始めるタクロ。私は鼻と口を押さえながら、捕縛の深蛮斧人たちへ衝力走査を開始。


「それにしてもアンジー、おれが来なかったらコイツらどうするつもりだったん?」

「我らにも戦いの心得くらいはある」

「ふーん……まあそう言えば、近衛兵とか言う光曜の女兵士たちめちゃめちゃ強かったしなあ」

「……」

「蛮斧女達だって男顔負けで結構強いのが居たりすっけど、なんか別格だった。お前らも強いのか、あーん?」


 タクロに話し挑まれて目を逸らす職員たち。それが魔術による身体強化によるもの、とは言う必要もないことだ。


「よし、ガッチリふん縛ったぜ!」

「目撃情報では数十人ということだった。残りがいる。探そう」

「誰か人質に取られてたりは?」

「心配いらない。全員の安全を確認している」

「へえ、さすが自称文明国」


 その後も、小集団に分かれていた深蛮斧人を蛮族タクロは確実に無力化していった。


「腕が鳴るぜ!」

「腕が鳴るぜ!」

「腕が鳴るぜ!」

「あああへるぷみい」

「はぶまあしい」

「まむあいどんとわなだい」


 幾人かに重傷は負わせつつも殺しはしていない。大した腕だ。自慢するだけのことはある。


 そして、最も青く、最も臭う、つまり高位っぽい深蛮斧人をあっさり捕まえた。何か話してくる。


「ういいあざじえむすとらいぶうういぶろすたわあんどかんぱにおんずあんどういいずすたあびんぐいふざあずふうどいんふろんとおぶあすいっずなちゅらるとていきっとぷりいずれっとあすごお」

「うーんワカらん。これじゃあまだ残党が残ってるか聞けんなあ」

「報告の数十人は捕えたのだ。これで良しとしよう」

「いいの?もしまた現れたら?」

「また来ればいい」

「光曜人なんて呑気なもんだ。あーあ、おれはこんな呑気な連中に負けたのか」

「大農場は地形柄侵入が難しいんだ。もし前にお前が来たことがあったとしてもな……こいつら迷い込んだ口かもしれん」


 タクロが深蛮斧人たちを睨んで嗤う。


「それにしても悲惨でイイニオイを発してるぜコイツら。アンタらもずっと鼻塞ぐの大変だろ。水浴びさせてから連れてくかい?」

「入浴設備は管理棟に揃っている。このまま連れて行こう」

「さて、大人しくついて来るかな?」


 当然だ。私は衝力を展開させる。



―西部管理棟


 帰着。驚き顔の蛮族タクロ。


「本当に大人しくついてきたな」


 私がそうさせたのだ。


「これなら言うこと聞くかもだけど……本当に労働させんの?こいつらに?」

「なんにせよまあ、やらせてみることだ」

「ふーん……まあいいや、おれは疲れたからもう寝るよ」

「蛮族タクロ、お前は働かないのか?」

「働きたくないです」


 やれやれ。あの者にも早く私の魔術を施してしまえば手っ取り早いのだが。殿下から待て、と言われている以上は仕方がない。



 ふと見ると、タラナに命令が来ており、それは殿下と飛龍乗雲夫人の連名だった。曰く、蛮族タクロから前宰相マリスの状況を探れ。


 これが私があの蛮族への衝力操作を待てと言われていた理由だろう。



 前宰相マリスか。気に入らない人物だ。知的で見通しに長け、王室の信頼篤い、目的に向かって迷いなく指導する力を備えた出色の魔術師。この大農場の運営に貢献もした。だが、どこか底知れぬ冷たさがある。恐らく彼女の中にある正義は、万人のものではないし、女性のものでも王家のものですらない。一握りの者たちのためのものですら無いのかもしれない。


 表向きは蛮斧に囚われ、失脚した。だが先の戦いがあっても、その身柄はまだ蛮斧世界にある。その救出を望む人々の多くが殿下により地位を追われたからと言って、前宰相がだ。そんなことあり得るだろうか?


 殿下ははっきりとは仰らないが、国家の害を除くため、前宰相を国外へ出す手筈を整えたのではないだろうか。



「所長、公共局啓発室長殿がお見えです」

「これまた急だな」


 が、彼女の来訪目的は明らかだ。


「お断りしますか?」

「いや、会うよ。すぐに行く」



「やあアンジー、忙しいところすまない」

「やあロリー、蛮族タクロの件だろう?」

「その通り。調査の支援に来た」


 やはりか。これも断れまい。


「殿下もご承知なのだろう。なら支援と言わず、調査のアプローチは委ねよう。エサは現情勢の提供?」

「マリスの映像掲示も考えている。それと協力報酬」

「報酬?」

「光曜における年金付き公的身分。これは東境軍団の軍属という責任が伴うがな」

「殿下曰く?」

「その通りだ」


 蛮族タクロにそれほどの価値がある、という殿下の判断か……そして情報を扱うこの女が知らぬはずもなし、か。


「何か懸念が?」

「いや、ええと。その蛮族タクロだが、労働は嫌だ、働きたくない、と言ってるから年金は喜ぶだろうと思ってね」

「なんだ。そんな性格なのか?」


 顔を歪め吐き捨てた彼女は、怠惰な性格を忌避する性質だ。


「といっても、それ以外で非協力的ということもない……今のところはな。侵入者確保には協力的だった」

「あなたの報告を読んだ。へえと思ったよ。嘘を吐く印象は?」


 少し考え、直感で答える。


「時と場合によるだろうな」

「というと?」

「必要があれば嘘も辞さない印象だ」


 そう感じさせる何かがある。


「明瞭ではないな」

「まだ数日さ」


 そしてそれは、必ずしもネガティブなものでもない。


「確かに……で、そうだろうと思って、今日は研究所から良いモノを借りて来たんだ」


 おもむろにロリーが取り出したのは、無機質な板と帯だった。


「これはなんと、噓発見機!」


 すこぶる笑顔。こういうものが好きなのだろう。


「なんだか胡散臭いが、研究所のお墨付き……アドミンか」

「こっちの帯の方がね。ガラス板は研究所が作った備品で、精神状態を分析して表示するモノだ。早速試してみよう、さあアンジー所長。ほら、首に巻いてみて、さあさあ」

「……」

「巻かないのか?」

「使用は初めてか?」

「研究所の所員で試したよ。機能に間違いはない」

「なら、私がやることもあるまい」

「蛮族タクロの前にあなたを尋問したかったのだが」

「何故?」

「多分、こういったやり方を好まないと思ってね」


 その通り。しかし、


「殿下や夫人の指示ならまあ仕方あるまい」

「そうか。一応言っておくと、試験については冗談だから気にしないように」


 いや、嘘だな。



―独房


 私は蛮族タクロを、憲兵長官に破壊されたのと全く同じ間取りの独房に移していた。ロリーと並んで入室。


ガチャ


「ん……ん!なんだ、すげえイイ女が来たな!」


 ひっくり返ってだらしなく寝ていたのに、機敏に立ち上がった。ロリーを前にした男性の典型的行動を予想していたが、その通りだった。


「なんだこの女は……たまげたなあ」

「声に出てるぞ」

「はっ」

「コレ使う必要はないかしら?」


 思わずロリーが呟くほどはっきりとした典型的行動。蛮族タクロはにやにやしている。


「前に来た女見た時は、光曜人も美人ばかりじゃねえんだなあと悲しさ満点乱れ打ちだったが、いやいやどうしてやっぱり美人度高い……な!」

「君はそんなに光曜の女性を見たことがあるのか」

「まあまあ、蛮斧女の芋洗とは大違いだってことだよ。あ、所長も美人だと私は思います。はい」

「ところで一昨日は良い働きだったが、あれから体調に問題はないか?」

「問題?無い無い。あの時も今も」

「それはなにより」


 と返しながら、その首にアドミン帯を巻く。蛮族タクロは見ているだけだったが、


「首絞められっかと思った」


 心外な。


「無用の心配だ。光曜は死刑のない国なのだから」

「どうだかねえ」

「疑っているのか?」

「もちろん。死刑が無くたって、この前みたいな処分方法はあんだろ?」


 そこに、ロリーからの情報がタラナに流れてきた。それにはガラス板が写されており、蛮族タクロは今の話題について高確立で嘘を述べていない、と記されていた。この疑念は我らの啓蒙不足よりも、あの厄介な女のせいと言える。


「所長、この前みたいな、とは?」

「……憲兵長官が来ていた」

「ああ、なるほど。まあ安心していいわ。私はもう少し穏健な性格だから」


 すでにロリーは対男仕様の口調となっている。


「安心?できないよ!」

「あら、どうして?」

「こんなイイ女が目の前に現れちゃったりしちゃったりしちゃったらボクもう……はあはあ」

「……」

「所長さんヒドイよ。おれもうどれくらい女断ちを強いられていると思ってんのさ……はあはあ」

「……」


 ロリーは笑顔を保っているが、表情は不快で固まっている。そしてまた追加情報。曰く、蛮族タクロは嘘をついていないが、心理生理反応が乱れており正確な判定には慎重を期すべし。


 いつも余裕のこの女も野蛮を前にこうなるものかと、私は一人愉快な気分になっていた。

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