第102話 批評の蛮族
蛮斧人とはいえ労働者が二人も犠牲になった。事態についてタラナ経由で王府へ報告したものの、憲兵長官に罰は下されるだろうか?
その王国の敵や犯罪者にどのような過去があろうとも、生命と個人の可能性を尊重し、大農場で更生教化のチャンスを与えねばならない。殿下より信任を与えられた我らがそれを守らずしてどうするのか。
我ら。
我ら?
我ら……
ふと思う。我らとは?殿下に抜擢された王立学園出身者たちのことを私は思い浮かべているが、一枚岩などではなく、殿下という指導者がいなければまともに機能することなど夢。これではいけない。我らは何のために高位の公職にあるか、思いを致さねばならないはずなのだ。
「蛮族タクロが労働拒否?」
「拒否というかサボりというか……促しても作業に就きません」
早速トラブルか。これだから野蛮人は……いやいや早計かもしれん。
「もしや怪我をしていたとか?」
「いえ、それはありません」
「病気とか?」
「健康体のようで」
「では何している?」
「労働者と話したり、散歩したり、辺り構わず寝たり……無論、今行動できる範囲でですが」
「先般、蛮斧人労働者二人が命を落としたが、そのことで暴動を使嗾するようなことは?」
「労働者との会話の内容から、そういったことはなさそうです」
「会話……どんな会話を?」
「他愛も無いものです。蛮斧世界の出身地や、前の軍隊の所属部隊など……今いる蛮斧人の多くは国境の町の巡回隊とやらに所属していた者たちばかりですが」
「あるいは我らを試している……?」
「と仰いますと……」
「……」
直接指導するしかあるまい。
―西部耕作エリア
「蛮族タクロ」
「よおアンジー」
「勤務に不都合は無いかな?」
「無いよ、勤務してないからな」
いけしゃあしゃあと。
「勤務を拒否していると聞いているが?」
「拒否しているわけじゃない。働きたくないだけで」
「ここ大農場にいる以上は働かなくてはならないのだがな」
「その気になったら働いてやるよ。あと、労働を強制するのは良くないな。光曜的にもどうなん?」
やれやれ。この手合いはいずれ大都会行きとなり、快楽に絡めとられるのがお約束かな。
「まあいずれ働きたくなるだろう。ところで、色々話を聞いて回っているようだが、情報収集か?施設に関して必要な解説が足りなければ周りに聞けとアドバイスした通りではあるが」
「一昨日死んだウチのヤツらについて聞いてた」
「……そう、だったか」
生き残った者は死者を忘れていないということか。気の毒な二人だったが、それだけで多少は慰められるだろう。
「はっ、こんなクソみたいな施設に関心なんかないよ」
ん?
「クソ?」
「ああクソだな」
聞き捨てならん。
「クソだと」
「おう!」
笑顔でよくも言うこの蛮族め。僅かでも人の湿度を感じたが、それも吹き飛んだ。
「理由を聞きたいな」
「言っていいの?」
「……」
「なんかよくなさそうな顔だけど」
「構わん」
「そう?」
「言えるものなら」
「言える言える。つまりだ、おれたち蛮斧戦士は、生まれたまんまの裸の自由が大好き!大好きなんだけど……人間一人の力で立つのが一番の自然な名誉でおかずなの。で、この大農場、なんでもかんでも監視して束縛してる、どうなんすかね」
「続けたまえ」
「長くなるかも」
「いいから続けたまえ」
聞いてやった話が無価値なら無視してやろうか。
「息が詰まる。ここじゃみんなただの歯車だ。自然に反した監獄だよこんなん。労働だって強制すれば刑務所と同じ。荒くれで鳴らしたウチの戦士たちが、ここじゃ漢の道も忘れて、ただただ働いている。それも自発的に。だから洗脳かとも思ったがどうなんかな?微妙に違うのかもだけど、仕組みがありそうだ。おれのような自由戦士にゃ耐えられんし、こんなアホみたいな生活には染まれないね。ああ辛い」
「……」
「愛する気ままな日々求めて修羅道をひた走るおれらにとっちゃ仕組みは奴隷を繋ぐ鎖だな。奴隷つまり家畜、労働する家畜転じて労畜!死んだ二人も考えようによっちゃ幸せだったかも。大農場の仕組みから解放され蛮斧男として死ねたわけだし。運命を取り戻したとも言えるかしら。そんなわけでおれはここを拒絶。ココだっておれみたいな自由の達人を拒絶するさ」
「……」
「だからココのアレは、労畜が」
「ほう、労畜」
「そう、労畜だ」
本当は張り倒してやりたいが、我慢だ。
「お前が労畜と呼ぶ人々は自発的に労働参加し、その生活を貢献に向けている。これは紛れもない事実で、大農場の制度は実績に基づいている」
「おれは働いてないぜ」
「我らは強制はしない、だろう?」
「まあね。でも、まだ、なんじゃない?」
「光曜王国としては、個々人がこのような生活を選択する自由を尊重しているし、無論強制はしない。大農場での生活は安心安全安定だ。お前はまだ知らないだろうが、全ての基本的なニーズが充足されるよう細かな配慮をしているのだ。労働者は自由にこの大農場を選び、提供される保証や福利厚生に満足しており、安心して生活を送ることができております」
「アンジー君、名誉だよ名誉」
おっと。口調がプレゼン仕様になってしまった。
「ここでは、充分な教育、娯楽、健康管理が提供されている。これを受けることは名誉ある労働の結果なのだが」
「こき使うためのアメだろ?」
「無論労働の対価だが、それをアメというお前はやはり文明を知らんと見える。生活の質は保証されている。このような環境こそが社会の安定と発展を支え、社会全体の繁栄に寄与するということだ」
その通り。
「大農場C110の制度仕組みは、完全な自給自足を可能としてもいるから、外部の不安定さ……つまり蛮斧人による略奪暴行の被害にあった人々を経済的物質的人道的
「戦略的だあな」
……に保護できている。これもまた王国として極めて重要な政治であり、持続可能な制度を確立するために必要な措置だ。したがって、ここは社会のため、そして王国のために最適な解決策と言えるわけだ」
その通りだとも。
「我らには、全ての市民に安全で安心できる環境を提供する責任がある。大農場はその理念を具現化したもの……ここでの生活は多くの人々が望んでいるし、同時に望ましいものなのだ」
そう、あらなければ。
「合理的?」
「ああ」
「安定してる?」
「無論だ」
「国……ええと王国の方針はなんだったっけ、安心安全安定」
「ほう、理解できたか」
「ああ、自由が犠牲にされていることは」
まだ言うか。
「そう、真の自由が犠牲になってんだろ」
「その真の自由とは?」
「そりゃあ……」
「好きに攻め込んだり奪ったり拐ったりすることか」
「まあ戦争に凝縮されてんのかも」
「大農場の生活は真の自由ではないと?」
「そうそう。なんか誘導されてる感じだ。なのに巡回隊員二人はブタ女に殺されちまったし、甲斐がねえよな。あと労畜がココでの日々を望んでいるってホントか?なんか仕掛けがあるんじゃねえの?」
確かに細かな配慮としての仕掛けは、ある。
「あるんだろ?だったらそんなのホンモノじゃねえよな。真の自由って、エサに釣られるマヌケじゃなく、てめえの心で選択することだよ。ココに来て色々話聞いた限りじゃ、ココは色々してくれるんだろうけど、何もかもお偉方が決めたもんだろ。外の世界についてどんだけ知ってんだ?労畜さんたちはココで出される話以外、耳にすることもなさそうだ。それって他の物事を隠して、お偉方を正当化するために操作してるってことだ。真の自由とは、可能な限りのネタと未来を理解した上で、てめえの意志で選択することだよ」
捕虜のくせに、全く怯みのない言葉。この者は何者なんだ。
「あと、労畜さんがこの生活を選ぶっつったって、もし連中が外のこと十分に知ってたらどうかな?殺るか殺られるかの蛮斧世界は刺激に満ちて楽しいぜえ。だからさ、ずっとこんなとこで同じ毎日を過ごすのやめて、刺激的な日々を過ごす好機があったら、それでも同じ選択をするって言い切れっか?真の自由とは、異なる選択肢を知り、試す機会が伴うもんだ。死ぬこともあるけど」
この者は。
「でも噂の大都会とやらの娯楽には興味はある。大農場の福利厚生で、なんかお楽しみがあるんだろ?蛮斧世界でも噂はあったんだ。ワワワワ。こんなとこに連れてこられておれも思うよ。自分の意志の声に従って生きてんのかってね。そのうちに行きたいなあへへへ。まあなにはともあれ、真の自由ってやつは、妙な圧力や操作から解放された状態でのみ成立するってこった」
大都会の悪名は蛮斧世界にも聞こえているか。
「自由を!尊厳を!」
拳突き上げのポーズを決めさぞ気持ちよかろうが……さて私の番だな。
「お前の言う真の自由だが、お前の背景や価値観に基づいた理解なのだろうな。実力と腕っぷしが全ての蛮斧世界」
「おう!」
「つまり、それがあらゆる者にとっての普遍真理であるとは限らないというわけだ。当然だな、私自身は光曜人だし、様々な人種が存在する光曜世界だ。転じてお前の世界が全てであるはずもなく、お前の解釈が完全無謬である根拠もない」
「つまりココも同じ」
「当大農場で働く者たちは、お前の讃える自由の追求よりも、安定しで平和な日々を求めてる傾向が高い。我らが提供する安全な環境、安定した食事、健康の管理、そして娯楽は、彼らにとって大切なものだ。不確実な自由よりも、確実な安心と幸福を望むのは自然なことだ。件の巡回隊の蛮斧人もそう思ったからこそ大農場にもう数ヶ月いるのかもな」
「……」
「無論、お前のいう自由も真実味がありそうだ。真の自由とは何か?百人いれば百通りの解釈が存在するかもだし、それは各々の文化や個人のニーズによって異なるだろう。私たちは、彼ら労働者たちが自らの意志でここでの生活を選んでいる以上、その選択を尊重するだけだ。お前の価値観が全ての人に当てはまるわけではなく、それを他者に押し付けることは、それこそ彼らにとっての真の自由を侵害することになる……これは光曜人に限らない」
「ふん」
「我らは労働者が平和で満足できる生活を送ることを目指している。それには時には規制やガイドラインが必要となるが、これは彼らを悪しき習慣から守り、より良い生活を提供するためのものでもある。蛮斧人にとってこの方法が間違ったものに見えたとしても、我らの社会と労働者にとっては最適な解決策なのだと言える」
「この環境を求めている連中がいるって?」
「その通り」
「押し付けは良くないって?」
「そうだな」
「求めてないヤツがいたらどうする?」
「気に入ってもらえるよう整備するだけだ」
「ココの自由は保護された自由だな」
「お前の自由だって、孤独の自由に聞こえる」
「孤独?」
「孤独は時に荒れているようにも見える。自分の内外に制約が無いのは楽しかろう。ただ事実として、お前は戦争捕虜としてここに連れてこられた。その面において……そうだな、働かないのは自由だが、お前は保護されているとも言えるんだ。自己決定も、保護の範疇でのことと知るがいい」
「おれは保護されている……」
独立独歩傾向の蛮斧人にとっては屈辱か?
「ま、戦争に負けちまった当事者だからな。それは仕方ない」
いや、そうでもなさそうな顔だ。
「それにしてもアンタはおれの意見を完全に否定しなかったな。光曜人なのに殊勝なことだ」
「そういう決めつけはともかくとして、出身に限らず、本来話し合いとはそういうものだ」
「そんなら本心ではない?」
「なぜ?」
「光曜人は争いを避けて本心を隠しがちだから」
「動機はともかく蛮斧人だってそうではないか」
「まあ確かに」
彼らのは猜疑心に違いない。とはいえ、この者の開けっぴろげな性格……私自身注意しなければ。
「おいアンジー」
「所長と呼べ」
「しょちょう……所長!あんたこの大農場の所長だったか。こりゃまいったね」
っとしまった。いきなりやってしまった。あまり馴れ馴れしくはしてはならないのに。
「蛮族タクロ。さっきの意見、撤回するか?」
「ココがクソ?」
「そうだ」
「まさか」
「……」
「でも、アンタおれを押し付けられて気の毒に思うよ。こんなトコであんな仕事はおれ絶対にしたくないからさあ」
このような話は生き方にも関わってくるから、一方を完全に否定することは難しい。蛮斧人にはそう思う傾向がある、という知見を得たと思うことにしよう。
「……ちなみに例の二人はちゃんと農場の墓地へ埋葬した」
「あれで肉片が残ってたのか?」
「残ってはいたがどれがどちらかまでは判別できなかった。だから二人の合同墓にした」
「まあ故郷じゃなくても墓を持てたのは良かった。ありがとな」
この一件について、この者は私に詳細を質問してこない……色々と勘付いていることの上、と見るべきだろう。憲兵長官の軽挙が憎い。
「しょ……あ、あの、失礼します!」
職員が来て、何かを耳打ち従っている。蛮族タクロから離れて聞く。
「大変です、農場南部に侵入者です……!詳細は不明ですが複数人で暴れ回っており、所長の御助力を乞うと」
「国境を越えてきたのか……蛮斧人か?」
「全身真っ青な連中だとか」
青。確か蛮斧世界の一派で、そんな部族がいたはずだ。
「全身青なら、そいつらは深蛮斧人だ。蛮斧世界よりもっと南から来た、おれたち蛮斧人とは全然違う連中だよ」
聞こえていたか。地獄耳め。
「おれたちだってビビりまくりの凶悪さが売りで、言葉も通じないんだ。この農場にゃいないようだけど、前の戦いの残党だな、きっと」
言葉が通じない。しかし労働力にはなりそうだ。私が出向けば解決する。ふと、目の前の蛮族の活用方法も思いついた。相互利益になる。
「おい。スポット業務だが働く気はあるか?」
「何すんだ?」
「侵入したその深蛮斧人の鎮圧支援。私は深蛮斧人を見たことがない。この大農場で経験があるのはお前ぐらいだろう。だから鎮圧のための助言が欲しい」
「鎮圧してどうすんの?」
「もちろん労働教化を施して、働いてもらう」
「それを手伝えば、おれも何か仕事をしたことになりそうだ」
役割的にはちっともならないが、
「まあ、無駄飯を食わせているというような非難には当たらなくなるだろう」
「今、おれ様も無駄飯を食わせてもらえるぐらいには偉くなったと言える、いいね!」
「光曜では恥だがな。で、どっちだ?やるならすぐに出発するが」
「ワワワワ!無駄飯は後でいくらでも食える。相手が深蛮斧人ってことなら、このタクロ様が手助けしてやろう」