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魔法売りの少年  作者: 青い夕焼け
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三話


「ねぇ千羽。昨日グループで言ってた奴、何にした?」

「うーん、考え中かな。智子は?」

「私はバレーにした」


授業の間の休み時間。

何の変哲もない、何気ない会話。


小和井千羽は何気ない話ができる相手ができたことにひどく安心していた。


学年が上がる際のクラス替え。

一年生の頃、決して友達がいないというわけではなかったが、特別に交友関係が広いと言えるわけでもなく、同じ部活内くらいでしか交流のなかった千羽は新しいクラスでやっていけるかどうか不安だった。


そして新しい教室に入り、知人が誰もいないことを知った時は思わず頭を抱えかけた。


「あんたはバスケのが得意でしょ」


「それはまぁそうなんだけどさー、ほら、色々と理由が」


「どんな理由よ」


しかし何だかんだでこうして軽口が叩ける新しい友達もでき、千羽はクラス替えの結果に概ね満足していた。


ただ、


「班分け結局誰が残ってんの?」


「さあ? ウチはバスケにした~。何人か返事ない人がいたから決めれないんじゃない?」


「したらいけるやついけないやつでグループを分けて、運動出来ねぇ奴はひとまとめにしちゃおうぜ?」


――あいつらさえいなければなぁ


聞こえてきたのはクラス内で最も派手なグループの声。


男4人、女3人でよく固まっている。


そしてその中でも特に耳障りなのが、髪の毛をツンツンと逆立てた男。


坂上男伊矢(おいや)


自称陸上部期待のエース。一年の頃の陸上大会で入賞したとかしないとか。


しかし真偽の程は分からない、あくまで友達から聞いた噂でしか彼のことは知らない。


また興味もなかった。


だが同じクラスになれば自然と目につき、耳に入ってくるものがある。


クラス内での上位カーストに位置する彼は最も目立つ集団に属している。


自称期待のエースとしての自信なのか、彼の言動はやたらめたらと人を下げる発言が目立ち、自分中心な物言いが多い。


自分より下だと思った人間には同じグループの男女らを引き連れていじったり、小馬鹿にして笑いを取ろうとする。


「バスケは吉野、後藤、牧野、鮎川に――」


――また……


声の雰囲気から漂う、人を嘲る嫌な気配。


また誰かを標的にしようとしているのだとすぐにわかった。


坂上は指を折りながら一人ずつ名前を上げていき、


「おい、佐藤お前バスケとソフトならどっちが得意だ?」


「えっと……」


一人、机で携帯をいじっていた男子が目をつけられた。


「あぁ、いやどっちが得意とかねぇよなお前は」


「ちょっと坂上はっきり言い過ぎー」


吹き出した女が笑いを堪えるように坂上を小突いた。


そうか? と坂上が白々しく呟くが明らかに口元がにやついている。


「体育の授業中見てりゃ、得意とか言えるレベルじゃないのは分かってるからよー。最大限あいつの力を活かせるところにグループ分けねえと俺らのクラス負けちまうって」


「えー坂上優しーじゃーん」


「だろー?」


佐藤は自分が好き勝手に言われるのをただ困惑した様子で眺めていた。


坂上は女たちの反応を見て機嫌よさそうに笑う。


自分が面白いことを言った、そう確信しているような笑み。


側から見れば軽薄で、嫌らしい、気持ちの悪い顔。


だが、千羽がそう思っていても坂上の側にいる女達が愉快そうに笑っていればあいつは何も気にしない。


そして再び戸惑う佐藤を見て坂上が語気を強める。


「佐藤。お前五十メートル何秒だ?」


「えっと、八秒――」


「は!? 八秒?」


高校生男子の50メートル走のタイムは大体7秒台が平均であり、8秒台なのは少し遅い部類に入る。


そしてその情報は皆、当然知っている。


佐藤からの返答を聞いた坂上は愉快そうに口の端を歪める。


「ははっ! マジかよ、遅っせぇ! 八秒はヤベーだろ?」


「ウチと同じくらいってマジ?」


「私でも抜けそー」


椅子の上にあぐらをかきながら、坂上が周りの奴らにしゃべりかける。


人を小ばかにした口調に派手な髪色の女二人が同調し、キャハハと教室内に嘲笑の声が響く。


「さすがにトロいわー。ねぇ、桜?」


「八秒はちょっと、ね……」


桜と呼ばれたもう一人の女は佐藤の方に視線をやったあと、少し気まずそうに笑みを浮かべていた。


「……っ」


佐藤はぐっと口を結び、悔しそうに顔を顰めていたが何も言い返すこともできずにいる。


まだ同じクラスになって日が浅いが、彼は言い返す態度を取るような性格はしていない。


静かに、ただ周りに合わせるように過ごしている大人しい男子だ。


「そういえばこいつこないだ購買へ飯買いに行く途中廊下でコケててよー」


「だっさー、想像できるわそれー」


「案の定ろくなもん買えないでとぼとぼ歩いてたんだがよ、八秒台じゃコケなくても間に合ってないかもなっ」


「えー、それ写真とかないのー? めっちゃ見たいんだけど」


そんな彼を出汁にして、嘲笑の的にする。


いかに他人より劣っているかを面白おかしく話して、ネタにして。


「ウける」


「かわいそー」


他人を使って、笑って、自分を面白い人間だと周囲に思い込ませる。


劣っていることを嘲り、自分がいかに優れているかをアピールする。


汚いやり方。


――今どきそんな程度のことでよくもそんな偉そうな態度取れるわね……


当然、クラスの評判は悪い。


しかし坂上がハブられるようなことはない。


何故なら、奴は上位カーストのグループにいるから。


そこのグループのウケさえ良ければ、他のグループが不満を持ってようが、嫌っていようが関係ない。


このクラスでの過ごし方は所詮自分がどのグループにいるかによって決まるのだ。


坂上の言葉で笑っているのは主にグループ内の女二人。他のメンバーはそれぞれ適当に話を聞いているか、携帯をいじっている。


「なんにせよ本番までにちょっと練習しとかねーとなー」


「あ、ウチ先生に頼めば体育館貸してくれるってこの間友達から聞いた!」


「マジか! でも頼みにいくのもめんどいしなぁ」


「したらさー」


――胸糞わる……


そうやって笑いながら、坂上たちは佐藤の代わりに勝手に種目表にチェックを入れた。


本人の意思などまるで関係ないとばかりに。


と、そこでキンコンと休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


散らばっていた生徒たちがガタガタと椅子を退け、音を立てて自分の席へと戻る。


千羽も慌てて机の中から次の時間割の教科を取りだす。


「あれと一緒になりたくはないでしょ」


同じように坂上たちのやりとりを見ていた友人が千羽の耳元でボソリと呟いた。


――確かにね


千羽は何故彼女がバレーの種目を選んだのかをそこで理解した。


スポーツ大会までの間、体育の時間は自分の出場する種目ごとに分かれての授業が行われる。


バレー、バスケ。テニス、ソフト。

バレーとバスケが男女共に共通の種目で、男子はソフト女子はテニスをそこからさらに選択することができる。


得意なバスケを選べば活躍できたろうにわざわざバレーにしたあたり、智子も千羽と同じ気持ちらしい。


バスケにすればあの女達と同じ班分けになる。


せっかくのイベントだ、わざわざ嫌な奴とやることもない。


――


「ふっ!」


強く叩きつけたボールが白い腕に当たり、勢いよく飛んでいく。


汗が弾け、ボールを叩きつけた掌がじんわりと熱をおびる。


僅かな浮遊感。


着地した足と床が擦れ、キュッキュと音を立てた。


「千羽ナイスー!」

「ナイス!」


背後から称賛の声がかけられる。


得点係が黄色い布をめくり、千羽のチームに一点が加算された。


「めちゃくちゃきれいに決まったねー」


「まあね、タイミングさえ合えばあんなもんよ!」


寄ってきた智子やチームメイト達とハイタッチを交わし、再び開始位置についたところで、


「はーい、じゃあそこまでー」


体育教師の声が体育館全体に響いた。


千羽は結局、智子と同じバレーを選んだ。

中学の頃授業でやった程度にしか経験はなかったが、やってみると思いの外自分に合っているようで自分でもメキメキ上達しているのがわかった。


「バレーにしといて正解でしょ?」


何故か得意げな顔をする智子は、千羽が得点を取った時もよく自慢げな表情で相手チームを見ている。

さしずめ、私がこの子を誘ったおかげだからね、と言ったところだろうか。


しかし、千羽がこれだけ上手くボールを叩けるようになったのも智子が打ちやすいトスを上げてくれるおかげなので、あながち智子が得意げな顔をするのは間違っていない。


「さ、戻ろー」


体育教師の解散の合図共に、わらわらと生徒達が教室へと散っていく。


皆が一斉に出入り口へと歩き出す中、智子がパタパタと駆け寄ってきた。


千羽は首元に流れる汗を体操着で拭いながら、返事をする。


「これなら本当に勝てるかもね!」


笑顔でそんなことを言ってくる智子に、


「いや、調子乗りすぎだってー。本番上手く出来るかわかんないし」


言葉ではそんなことをいいつつも、内心少しいけるのではないかと千羽は思っていた。


さっきできたようなプレーがしっかりできればスポーツ大会くらいなら優勝できそうではないか。


相手コートに叩き付けたボールの感触を思い出すように掌をきゅっと握ると、少しだけ自信が湧く。


心地よい高揚感に包まれていると、学年棟の廊下に差し替かったあたりで声が聞こえてきた。


「いやー、あそこで決めてれば俺ら勝ってたくね?」


「リングに触れてすらなかったよな」


坂上達だ。


バスケ組がなにやら不満そうに話している。


「普通、あんながら空きのとこで外すかー?」


「パスミスも多かったしな」


坂上と、そのグループの男達二人は千羽達女バレとは反対のコートで行っていたバスケ組だ。


散々な口ぶりを聞くに、誰かがミスをしたらしい。


特に坂上はすぐにわかるほど不機嫌だった。


「やっぱ一人上手い奴がいてもダメなんだよなー」


歩きながら、くるりと身体を傾けた坂上がわざとらしく呟いた。

まるで誰かにあてつけするような口調。


――誰に向かって


言ってるんだと、千羽が坂上の視線の先を辿るととぼとぼと背中を小さくして歩く佐藤の姿が。


「あー、計算違いだわ。ったくあいつ試合に出さない方が勝てんじゃねーのおれら?」


佐藤は坂上が自分に向けて喋っているのが分かっているのか、坂上がぶつくさと文句を垂れる度に目に見えて落ち込んでいった。


拳をぎゅっと握りしめている所を見るに、試合でミスをしたのは確かなのだろう。

不甲斐ない、そう思っているのが傍目からでもわかる。


不満を喚き散らしながら、教室に入っていく坂上達。


「感じ悪ー」


となりで眉を潜めた智子が呟く。


――ほんと、見てるこっちが気分悪くなる


しかし、智子も千羽もそんな坂上の態度に文句を言いつつも本人に直接指摘することはできない。


表立って批判する空気にならない限り、どれだけ彼に不満があろうと何もできない。

クラス内における立場において、千羽はその役割を持っていない。


クラス内のカーストが坂上達よりも低いためだ。


クラス内にできたグループは皆そのグループの人間によって自然とランク付けされるもの。


勉強、運動が得意だったり、社交的、皆に慕われる人物は勝手に上位の人間だと判断される。


逆に、人よりもできることが少なく、内向的で、友達が少ない、もしくは存在しないような人物は下に見られる。


そしてこのどちらにも属さない、平均的なグループに属しているのが千羽や智子だ。


目立ちたがりや、運動や勉強の得意な人間、派手な人物ばかりが集まっている坂上達上位のグループには言いたい方があっても、言えない。


仮に千羽が何か言ったところで、変に目をつけられるだけ。


そして目をつけられれば、周りの人間は千羽から離れていくだろう。


誰だって面倒ごとはごめんだから。


「……」


今のクラスにおいて、坂上達のグループに違を唱えることのできる人間はいない。


ましてや千羽達よりも低いカーストの佐藤はなおさら。


坂上達に好き放題に言われ、しかし言い返すこともできずにいた佐藤は教室の入口で悔しそうに顔を歪めていた。


それから体育の授業がある度、同じような場面を目撃した。


坂上の標的は佐藤だけではなく、その日ヘマをしたカースト下位のクラスメイトなら誰だろうとその人物に聞こえるように大きな声で悪態をついていた。


男子には特に攻撃的に、女子には周りくどく。


よくもそこまで言えるなと感心すら覚えるほど。


――こんなんじゃ勝てるものも勝てなくなるでしょ


小さく震える佐藤の背中を見て、千羽は眉根が寄るのを感じた。

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