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魔法売りの少年  作者: 青い夕焼け
19/26

十九話

別棟の教室を探し周り、開かずの教室まで見て回ったが左山の姿はない。


――どこいった?


本校舎側と比べて格段に人の気配がないにも関わらず、それでも見つけられない。


廊下の曲がり角で左山を見失ったとはいえこっちの方に来ていたのは確かなはず。


「どんだけ速いんだよ……」


あの少しの時間で振り切られるなんて、霧神は絶対に俺じゃなくあいつを大会のメンツに引き込んだ方が良い。


思わずそうぼやきたくなるほど桜火と左山には運動能力に差があった。


一瞬教室に戻ったかとも思ったが、まぁその線はないだろう。


教室の反対へ走りだして一周するなんてことはまずしない。


「後見てないのは……」


どこだと考えたとき、一つ思い当たる場所があった。


――――――――


「……ビンゴ」


走り回って棒になった足を引きずり、階段を登る。

その先にいた小さな人影を確認し、桜火はほっと息を吐いた。


学校の屋上には鍵がかかっており、生徒が入ることはできないようになっている。


「はぁ、こんなとこまで逃げなくても良いだろ……」


だが、鍵の掛かった扉の前までは誰でも行ける。


階段を登った先の踊り場、扉の前のスペースは少し空間ができており、人一人くらいなら寝そべることができるくらいだ。


加えてこんな場所にわざわざ来る奴なんて普通いない。


一人になりたいならうってつけの場所。


「昼は、食わなくていいのか?」


桜火はそこで顔を膝に埋めるようにして丸くなっている左山へと声をかけた。


微かにみじろぎした左山が小さく首を振る。


「そうか」


床には降り積もった埃が見えるが、屋上への扉に隙間があるせいか空気はそこまで淀んでいない。


下から吹き上げてくる風が隙間を抜け、がたがたと音を立てた。


桜火は黙りこくっている左山の隣へと腰を下ろし、おもむろに取り出した菓子パンの袋を開ける。


静かな空間にガサガサとビニールの音が響き、袋から飛び出たパンに噛みつく。


左山は何も言わなかった。


桜火もその間何も言わず、ただもくもくと咀嚼し続ける。


だが最後の一口を平らげる頃になってぐぅ、と小さく腹の音を鳴らした。


「ほら、やるよ」


その音を聞いて左山の頭の上へと二つ目の菓子パンを乗せる。


亀が動くかの如くゆっくりとした動きで菓子パンを掴んだ左山は、少しの間を置いて袋を開けた。


ひたすらに無言のまま、あっという間にパンが消えていく。


「これ、パンの部分硬すぎる」


ようやく言葉を発したと思えば……。

一瞬そんなことを思ったが、黙り続けるよりかは断然良い。


「そうか?」


「噛み切り難いし、破片が口の中あちこち刺さって痛い」


「それは食い方が悪いんだ。一口をもっと大きくすれば」


「そういう問題じゃないと思う」


互いに、階段の下を見ながら。

目を合わせる出なく、同じ方向を向いたままくだらないやりとりを交わす。


「おかわりはないぞ」


ぶつくさ言いつつも菓子パンを平らげた左山にそう告げると、


「これで十分」


仏頂面で返事を返した直後、


タイミングよく、腹の虫が小さく鳴った。

出処は桜火ではなかった。


桜火はじっと音を鳴らした人物を見つめる。


「……」


「本当に?」


顔が赤くなっているのを見るに、今のは恥ずかしかったようだった。


「いて、叩くなって……」


やはり腹が減っていると気持ちも落ち込むもの。

恥ずかしいのを誤魔化すようにこちらをぽすぽすと軽めに叩いてくるくらいには気が紛れたらしい。


ひとしきり桜火の肩を叩いた後、左山は自分を落ち着かせるように一つ息をついた。


正面に向き直り、誰も上がってこない階段をじっと見つめる。


また、しばしの沈黙が流れ。


左山が大きく息を吸い込み、吐き出した。


まるで内側に溜まった何かを全て出し切ろうとするように。


そして、


「また、上手くいかなかった」


溢れた言葉は既に聞き飽きるくらいには聞いた台詞。


ただ、そこに篭っている感情はいつもの比ではなく僅かに声が震えていた。


「途中までは上手くいくかもって思ったけど、ダメだった」


先ほどの光景を思い出しているのか、左山の視線は階段の一点を見つめたまま動かない。


「異種も、せっかく渡してくれたのに使えなかったし……」


「別に、そんなの」 


何と言ってやるのがいいのだろうか。

その悲しさの滲む表情を前に、上手く言葉が紡げない。


気持ちを落ち着かせるために吐き出す吐息が震え、感情が込み上げているのが伝わってくる。


「私なりに頑張ってみたけど、やっぱり周りから見たら鬱陶しいって思われちゃうみたいだね」


ぎこちない笑顔。


震える声は徐々に涙声へと変わっていき、気丈に笑い飛ばそうとする姿が逆に痛々しい。


「……」


今にもくしゃりと顔を歪めて泣き出しそうな左山に、桜火はただ聞いてやることしかできない。


微かに鼻をすする音が響く。


「私さ、これでも中学の頃は友達いたんだ。何人も。その中でも一人特に仲が良かった子がいて、放課後とかはいっつも一緒に帰って、休みの日にはよく買い物に出かけてた」


今の状況からはとても考えられない……、とは思わなかった。


他ならぬ桜火もまた同じように中学の頃には友達と呼べる人がいた。

今ではすっかり疎遠だが、人並みに遊び歩いた時期もある。


高校に入ってから友達作りに失敗した人間なんて、きっと探せばボロボロとでてくるだろう。


「部活とかは入ってなかったからその子とばっかり過ごしてて、周りにいる友達もその子繋がりの子が多かったかな」 


懐かしそうに語るその声音は穏やかだった。

楽しかった思い出を語り、口元を綻ばせる様は微笑ましく感じる。


「今とは真逆だな」


「そうだね、今の私を考えればびっくりするくらい」 


ははっ、と笑った左山が続けて、


「でも恋バナだってしてたんだよ? かっこいい先輩がいるって噂を聞いて一緒に体育館に見に行ったこともあったくらい」


「恋バナねぇ」


遠くを見つめ、語る左山。


恋バナなんて単語まで出てくると、さすがに今の左山とかけ離れた人物の話に聞こえる。


中学の頃の左山の話はまるで別人の、友達のエピソードでも聞いているようだ。


「その友達は、今どうしてるんだ?」


「知らない。普通に高校に上がったんだと思う」


それはあまりに素っ気ない返事に思えた。


「知らないって……、仲良かったんだろ?」


特に仲が良かったと話す人物の進路先くらい把握しているものではないのか。


しかしその問いの答えは桜火の予想だにしないものだった。


「そう、()()()()()。あんなことさえなければ、ずっと、仲良しのままでいられて……」


「あんなこと?」


遠くを見つめる瞳は暗く濁り、言葉を紡ぐ口は唇を噛み締めている。


「…………」


左山は話すかどうか逡巡していた。

口を開いては思い直すように閉じるを繰り返し、顔を伏せる。


目を閉じたその脳裏に浮かんでいるのは一体どんなシーンなのか、ギリギリと強く握り締められた拳は小刻みに震え、息が荒くなっていく。


やがてゆっくりと深く息を吐き出し、昂る気を散らして顔を上げる。


「私、中学を卒業する直前までその子にいじめられてたんだ」 


努めて、冷静を装うように左山は言った。


しかし散らし切れていない感情が言葉の節々から漏れ出ていた。


いじめられていた、とはどういうことか。


左山の話では休みの日には一緒に出掛けて、常に学校生活を一緒に過ごすような相手のはず。


「なんで――」


「恋バナ、よくするって言ったでしょ?」


ハッと嘲るように言う左山の口調に憎しみが籠る。


「その子、バスケ部の先輩が好きだったんだ。体育館にもその先輩目当てで行ってたみたい。でもその先輩が気に入ったのはその子じゃなくてなんでか私だった。私はただ付き添いで来てるだけだったからその先輩には何の興味もなかったんだけどね」


「それはまた面倒だな」


「先輩は私たちが体育館に顔を出す度に声を掛けてきて、いつも決まって連絡先を交換しようって」


鬱陶しい位に、と小さく呟いた左山の表情が苦々しいものに変わる。


「そうして何度も何度も聞かれて、私はそのたびに断ってたんだけど、ある時その子がいいじゃんって私の番号も一緒に教えちゃった」


それからが大変だったと左山はため息を吐く。


「先輩は多分、私が先輩の事を好きだと勘違いしてたみたい。その子と一緒に体育館に行ってたからきっと私も先輩に好意を持ってるんだって、そう思ったんだと思う」


心底嫌そうな顔で語る左山の表情を見れば本気で嫌がっていたらしいことがわかる。


「毎日毎日気持ちの悪いメール。何度も電話が掛かってきて、何度も私は先輩が好きなわけじゃないって伝えたけど、照れ隠しかなんかだと思われてたみたい、それで……」


そこでふと言葉が途切れた。


「どうした?」


思わず左山の顔を見ると、「なんでもない」と一言いって大きく息を一つついた。


「ある日、その先輩に呼び出されたの。場所は体育館、無視したかったんだけど断り切れなくて渋々体育館に行ったの。どうせだから、はっきりと嫌だって、あんたなんか興味ないって言ってやろうと思ってた。体育館にいくと、先輩は私のことを見てすごい嬉しそうな顔をしてた」


一つ一つ丁寧に過去を語る左山の瞳が怪しく揺れている。


詳細に話せるほど、左山の記憶に残っている。

詳細に思い出せるほど、嫌な思いをしたのだ。


「私が何か言う前に先輩が練習に、付き合ってくれって。そういってバスケットボールを出すからって用具入れの扉を開けたの」


自分では気づいていないだろう、話が進むにつれて左山の声音はだんだんと平坦なものになっていく。

だがそれはあふれ出しそうな感情を必死に抑えようとするが為。


「私はとりあえず言われるまま、先輩の後をついていった。散らかった用具入れの中は色んな道具や備品であふれてて、それ等をまたいで大きな籠の中に入ったバスケットボールを出そうとした時だった……、腕を強くつかまれて壁に押し付けられて、そこで私は――」


見開いた目が階段の一点を見つめている。

だが、今左山が見ているのは過去の、数年前の出来事の瞬間。


無意識に両手で自分を掻き抱くように掴み、


「襲われそうになった……」


絞り出すようにこぼれた声はひどく硬く、唇が微かに震えている。

ぎゅっと自らの腕を鷲掴みにする指は獣の爪のように皮膚に突き立っていた。


「訳が分からなかった。驚いて先輩の顔を見たらすごい怖い顔つきで、呼吸が荒くて、興奮してるのがすぐわかったの。掴まれた腕が痛くて必死に離そうとしたけど全然ぴくりともしなくて」


中学生の少女の力じゃそうそうかなわないだろう。ましてや相手は部活をやっている男子だ。


「私が悲鳴をあげたら、先輩は口を塞ごうとしてきた。おっきな手で私の顔に手を伸ばして。私が助けを呼ぼうと叫ぶのを邪魔しようとしてた。私はどうしたらいいかわからなくて、よく覚えてないけど多分めちゃくちゃに暴れようとした、掴まれてない手を振り回して、足を伸ばして蹴って」


それはいったいどれだけ怖かったことだろう。

用具入れなんて狭い、人気のない場所で突然目の前の人間が豹変して。


「服を掴まれたところでたまたま伸ばした足が先輩の鳩尾に入って……、その隙に私はその場から逃げることができた」


思い出すだけで身の毛がよだつ、その言葉を体現するように左山は小刻みに身体を震わせ、ぐっと歯を噛みしめていた。


「……」


危なかったな、と声を掛けるのは違うだろう。

ならばここでなんと声を掛けてやればいいのか。

言葉を見つけられないまま、左山の話は進む。


「逃げれた、けど……」


「けど……?」


「本当は急いで先生にそのことを言えば良かったの、でもあの時の私は先にあの子に、先輩は危ないって伝えなくちゃって思っちゃった。でも」


口を閉ざした左山を見ればその先の展開はなんとなく想像できる。


「その子は、まさか先輩がそんなことするわけない。バカなこと言わないでってすごい怒って。私が何を言っても聞いてくれなかった。それどころか、私を嘘つき扱いして……」


一体どれだけ辛い思いをしたのか、苦しそうに話す左山を見ているとこちらまで息が苦しくなる。


「それからその子は私を目の敵にするようにグループからハブるようになった。他の友達も、その子から聞かされた悪評のせいかまともに話をしてくれなくて、少しずつ嫌がらせを受けるようになって」


ぽろりと零れ落ちる涙には、かつての悲しみが、怒りが、苦しみが溶け込んでいる。


口調は淡々としていても、時折混じる嗚咽や涙声が内にある感情を抑えきれていない。


「ずっと仲が良いと思ってた。でも、あの日からあの子は私にとって友達でもなんでもなくなっちゃった。何を言っても聞いてくれないあの子の目……私の事を睨みつけるあの目……、その目に怯えて何もできなかった。ぶたれて、蹴られて、笑われて、友達だと思ってた子たちもいつの間にか話しかけてこなくなった。私が話しても、返事をしてくれなくなった」


さぞ苦痛の日々だったことだろう。

襲われかけた恐怖をこらえ、友達のためを思って告げた事実をきっかけに激変した学校生活は桜火の想像を絶する地獄だったはずだ。


同情することがおこがましい程。


わかる、そんな言葉など吐けない程左山は辛い日々を送ったはずだ。


「私、弱かった。何もできずに縮こまって、ただ一日一日が過ぎていくまで耐えるしかなった。その頃になってやっぱり先輩がやったことを先生に言おうとしたけど、もう遅かった。その子が先に何か言ってたみたいでまともに相手してくれなかった」


仮にも親友と呼んでいた人物にそんな仕打ちを受けて、目の敵にされて、教師にすらまともに取り合ってくれない、何故左山がそんな目に合わなくてはいけないのか。


話を聞いているだけで胸糞が悪い。


「辛くて、苦しくて……、悔しかった。なんで、私がって。恨んで、何もできなくて、呪って、でも何も言えなくてそのまま私は中学を卒業した……」


だから、と左山は吠える。


「私は強くなろうと思った! もう二度とあいつらみたいな奴にいじめられないように、震えるだけの私じゃなくなるように! 高校に入ったら変わろうって、それで……」


「だから周りにあんな態度をとってたってことか……」


威嚇をするように、周りに舐められないように、自分の身を守ろうとした。


「付け入る隙を与えないように、もう二度とあんな思いをしなくていいようにしようって頑張って……。でもそうしたらあの時と同じように周りには誰もいなかった」


そこでぐい、と目元の涙を袖で拭った左山が自嘲気に笑う。


「中学時代の誰も知らない高校に来て、あんな中学時代なんて忘れるくらい楽しくて素敵な高校生活を送ってやるんだって思ってたんだけど、うまくいかないもんだね……」


まるで、もう終わってしまったような台詞を言う左山に桜火は静かにそう言った。


「まだ高二だろ、今からだって十分間に合う」


「だってさっきの声、君だって聞いたでしょ……。私が何かしたって、どうせ鬱陶しがられるよ」


弱弱しく話す左山はやはりさきほどの件を気にしているようだった。


「真中は、何とも言ってなかっただろ」


あの時左山を邪魔もの扱いするような台詞を吐いたのは真中じゃない、同じグループの取り巻き連中だ。


あれだけでは真中から嫌われているとは限らない。


「同じだよきっと。真中さんだって内心では同じこと思ってる……」


「そんなの、わからないだろ。仮に思ってたとしてももう一回話に行って――」


本人に聞いたわけでもない、結論付けるには早い。


だが、左山は首を振って、


「できないよ……、鬱陶しいって思ってる人にまた絡みに行ったってウザがられるだけだよ。私、嫌われたくない。これ以上あの人たちに、真中さんに嫌われたくない」


自信のない左山。


力なく零す弱音はまぎれもなく本心から思ってでた言葉。


「そうしたらまた一年間、誰とも話さないまま、腫物みたいに扱われて……」


これまで気を張って、何度も仲良くなろうと頑張ってきた行為が迷惑だったのではないかと不安になっている。


色んな不安を押し殺して、友達になりたいと真中に接しに行くのが怖くなっているのだ。


また嫌われて、クラスでのけ者のようになるのが嫌だと。


だが、ここで身を引いてしまっては結局誰とも仲良くなれないままだ。


桜火は真中がそれほど左山を嫌っているようには見えなかった。

陰で友達達に何を言っているかまでは知らないが、左山の態度に戸惑いつつもきちんと会話をしようとしているように――友好的に接しようとしているように見えた。


仮にそうじゃなかったとして、どちらにせよ今左山が前に進むのをやめてしまってはこれまでと何も変わらない。


これ以上嫌われようが、今身を引こうが、左山には友達ができず、クラスでの扱いだって今のままだ。


――左山だって本当はわかってるはず……


このままじゃダメだと、ここで引いてはダメだと。


さっきの取り巻き達の言葉に怯えている左山の背中をなんとかして押すことができれば、励ましてやることができればきっと左山はまた前を向ける。


一体どうすれば、左山に自信を取り戻せられる?


何をすれば……。


ぐるぐると渦巻く思考の渦の中、


「お前は、真中に嫌われたらもう友達ができないって、そう思ってるんだよな?」


一度しか、一人しかチャンスがないとそう思っているから後がないと必要以上に思い詰めてしまっている。


「失敗したらそれで終わり、だから臆病になってる」


困惑したように桜火を見る左山の瞳をじっとみつめ、


「それなら、俺が友達になってやる。本当に真中に嫌われたら、アプローチに失敗したら俺が一年間、お前と一緒に過ごす」


それは至極簡単で、桜火にもできること。


「課題のプリントにグループワーク、その他もろもろのおまけつきだ」


桜火は立ち上がり、左山の方へ振り向くと、


「これならいざダメだったとしても一人ぼっちにはならねぇ、だろ?」


腰を下ろしたまま唖然とする左山へ手を差し伸べる。


「だから安心して真中に話しかけてこい」


一か八かの勝負にかけるなんて誰だってやりたくない、それがこれからの学校生活が懸かっているものなら誰だって足踏みしてしまう。


だが、もしこれがダメでもまだなんとかなるというのなら。


たとえ失敗しても最悪な状況にはならない道があるのなら、少し足を踏み出そうとする気になる。


ただ言葉を掛けるだけじゃ、そういった不安を拭いきることはできない。


「君が、友達に……」


ぽかんと口を開けたまま桜火を見つめていた左山はそう口にした後、少しの間をあけてくつくつと笑い始めた。


「なんだよ、不満か?」


「あははは、いや、そうじゃ、なくて」


左山はむっとした顔をした桜火の顔を見て笑いをかみ殺し、やがて笑いが収まったところで、ぐっと桜火の手を掴み立ち上がった。


「放課後に一緒に遊びに行くこと、条件に追加で。それだったらもう少し頑張れる」


「…………まぁ、そんくらいなら付き合ってやる」


そのくらいでやる気がでるなら、なんてことはない。


手を離し、こつこつと階段を降り始める桜火の背中へ向かって、


「ありがとう」


振り向いて見た左山の表情はどこかすっきりした顔をしていた。

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