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魔法売りの少年  作者: 青い夕焼け
14/26

十四話

翌朝、昨日分かれたコンビニの前に立っていると左山はめちゃくちゃ眠そうな顔をしてやってきた。


「眠くて目が開かない……」


普段の左山の登校してくる時間を考えれば確かにそうなるのも分かるが、


「本来はこの時間に登校するのが普通なんだよ」


ぼやっと動きの鈍い左山を引き連れて学校へと向かう。


――今のところそれらしい奴は見当たらない


ちらちらと周りを確認しているが昨日のような男達は見えない。


「左山」


返事はない。


「おーい」


振り向けば左山は器用にうとうとと船を漕いでいた。


こんなんで大丈夫か、こいつ。


昨日REINで話し合った結果、左山の、いや俺たちの目標は真中と友達になること。


そのためにお互い何か作戦を考え、明日実行しようという話になっていた。


――まぁ教室についてからでも話は出来るか


そのまま寝ぼけ眼の左山を連れて無事教室へと到着。


時間通りに登校している左山へ珍しいとばかりに集まる視線が普段の堕落っぷりを再確認させられた。


「ぁぅあ」


「おい、真中来たぞ」


むにゃむにゃと思考回路の回っていない左山へ耳打ちする。


「……!? よしっ」


カバンを肩に引っ下げ汗を滲ませる真中の姿を見つけ、びくんと覚醒した


「まぁ見ててよ」


左山はそういって何やら自信ありげに立ち上がるとそのまま真中の席の方へと歩き出した。


席の周りにたむろしていた真中の友人達は、左山の接近に気がつくと弾かれるように一歩後ろへ距離を取った。


「左山、さんどうかした?」


「……」


思いもよらぬ人物が近づいてきたことに驚いた真中だったがすぐに表情を戻し、何か用かと朗らかな表情で尋ねた。


さすがはクラスの人気者。


この前話した時にも思ったが、彼女は誰に対してもあの親しみやすい笑みを崩さない。


接しやすい雰囲気を作り出すことに長けている。


「あの……」


「うん」


見つめあったまま、沈黙が流れる。


「あー……」


「……」


「…………」


「…………?」


俺の耳がおかしいのか?


いや、そんなことはない。


思わず自分の耳がおかしくなったのかと錯覚しかける桜火。


静まりきっているのはここの空間だけだった。


突然人形になったのかと思うほどの口の閉ざしっぷり。


真中も待てども待てどもやってこない二の句に困惑している。


「ほらー、席つけー!」


その沈黙はがらりと扉を開けてやってきた担任によって破られた。


疑問の表情を浮かべながら、それでも左山の言葉を待つ真中だったが、左山は一人すたすたと自分の席に戻っていった。



「何が見ててよ、だ。ダンマリだったじゃねえか」


「それは……、何を喋ったらいいかわからなくなっちゃって」


左山が罰の悪そうな顔で上目遣いにこっちを見てくる。


授業終わりの休み時間が来ると同時に鉄仮面を貼り付けてやってきた左山へと突っ込むとそんな答えが返ってきた。


「昨日互いに一つ作戦考えてくるって話だったじゃねえか。あれはどこへやった」


ぐっと睨むように尋ねると身を縮こまらせて、


「その、とにかく話しかけまくろう、ってのが私の作戦だったから」


「話題の一つも出ないんじゃ何度も何度も無言で近づいてくる不審者だぞ……」


そのうち鬱陶しがられてジ・エンドだろう。


「そんな言わなくたって……。じゃあ君は一体何を考えてきたの!?」


なんか逆ギレしてきた……、こわい。


「一応考えてきたけど」


そういってての桜火はテニスの本を一冊鞄から取り出した。


「『猿でもわかる、テニスのルール』?」


「あいつテニス得意だろう? なら話も弾むだろうと思って」


「初対面の人とテニスのルールについて語り合うの!? ないない!」


「わかんないだろ、思いの外食いつくかも――」


「いや、絶対盛り上がんないって。多分めちゃくちゃ困った顔されるよ」


「黙りこむよりましだろうが!」


「いーや、まだ変人扱いされてないだけ手の打ちようがあるから! 可能性を残してるから!」


「さっきのでもだいぶ変人だと思うぞ」


作戦ニ。


『困ってるところにすかさず手を差し伸べる』


真中の少し後ろからソワソワとした挙動の女生徒が一人。


言うまでもなく左山だ。


真中が右へと歩けばその後を追い、真中が席に座ればその後ろ姿をじっと見つめる。


一挙手一投足を見逃すまいとするその姿は奇しくも数日前の桜火の姿と被る。


作戦の概要としては何を話したらいいかわからない、きっかけがないのならきっかけを作ってしまおうということだった。


偶然を装って真中が困っている場面に介入、そのまま自然に会話を続ければぐっと距離も縮まるはず。


「とかいってたけど」


明らかに不審な上、そもそも真中の周りにはクラスの友達が常時と言っていいほど共にいる。


「あ、赤ペン忘れちゃった」


「っ!!」


筆箱をガサガサと漁りながら真中がそう呟く。

これぞ好機とばかりに左山が目を見開いて自身の筆箱から赤ペンを取り出そうとするが、


「あ、それならほい、これ」


近くの席にいた真中の友達が、手にした赤ペンを渡す。


「あ……」


視線を戻した左山がそのやり取りを見てぎこちなく赤ペンを筆箱に戻した。


その後も、


「あ、英語の訳やるの忘れた!」


「一行10円で見せてあげてもいーよ?」


「金取るのー」


課題を忘れれば写させもらい、


「うっわ、玄関に弁当置きっぱだ……」


「抜けてるなぁ」


「卵焼きなら恵んでやろう」


「じゃあ私はウインナーで」


「菓子パン一個あるから食べる?」


弁当を忘れればおかずやパンを出しあう。


介入する前に問題が解決してしまう恐ろしいサポート体制。


これも真中の人柄によるものか。


グループ間の仲の良さを見せつけられるような光景。


「……」


左山は口を開くこともできず、羨ましそうにただそのやり取りを眺めていた。


――友達がいるっていいもんだなぁ


悲しげに真中のグループを見る左山がいたたまれないことには目を瞑りつつ、そんなことを思った桜火だった。



「ダメじゃんっ!」


結局左山は何もできず、真中の周りをそわそわとうろつく不審者になっただけに終わった。


寄ってきた左山がそんなことを叫ぶが、


「いや、そりゃまあ、な」


なんとなくうまくいかないだろうなとは思っていた。


「やっぱり周りくどくいくより真っ向から話しかけないと……」


「でもそれじゃあ朝の二の舞じゃねぇか?」


「むぅぅ」


ぐっと歯噛みする左山。


「共通の話題でもあればなぁ」


真中が好きな事……。


脳裏に浮かぶのはこの間教室で話した場面。


黒板消しを動かしてせっせと掃除をしている桜火の近くで何やら喋っていた。

確かあれは――。


「あいつ――って漫画が好きだって言ってたような……。友達から借りて、それで夜更かししてどうのって。そこから何か話題にできないか?」


左山ははっとしたように桜火の顔をみると、


「真中さん――好きなのっ?」


「お、おぉ多分な。この間話した時に――」


「私めっちゃ好き! うわー真中さんも好きなんだー、うわー、うわー」


しばらく一人で興奮して落ち着きなく辺りをうろうろとしていたかと思うと、


「それなら、行ける気がする!」


勢い込む左山の勢いに押され、桜火はただそうか、とつぶやくことしかできなかった。



作戦三。『共通の話題で攻めてみる』


「真中、さん」


「あ……、えっとどうしたの?」


左山が声をかけるとその場には自然と緊張感が広がった。


また来たのか、と普通なら一言冗談でも挟みたいに違いない。

だが相手はクラス一の不良、左山。


怒らせてはなるまいとしているのか、発言に気をつけているのかは分からないが真中は無難な返事を返した。


「――が好きって聞いて」


「え? あぁ、そうそう私最近――にハマっちゃってさー」


「誰が好きなの?」


「え」


「誰?」


「ええっとぉ」


――圧が強くて戸惑ってるじゃねぇか


「――君が好きで」


「あー」


食い気味にうんうんと頷く左山。


「いいよね。なんかブレない感じがして」


「そうそう、あぁいう性格の人ってやっぱり現実にはいないしさ、見ててスッキリするんだよー」


少し話に花が咲いたことで真中も楽しそうに喋りだした。


広がっていた妙な緊張感もそれと同時に霧散して、静まり返っていた周りの空気も弛緩して音を取り戻し始めた。


左山は真中の言葉により大きくうなずきながら、


「私も初めて登場したときはちょっと苦手なキャラだったんだけどその後のあの主人公に対してのシーンを見てから印象が変わって――」


「う、うん」


何やら雲行きが怪しい。


「あと他のキャラに対しての態度が全く変わらないっていうか一人自分を真っすぐ突き通すっていうか――」


「あー、えーと」


「キャラっていえばあの作品に出てくるキャラが全部いいよね。なんか浮いてるキャラがいな――」


「さ、佐山さんってそんなにあの漫画好きなんだ」


「漫画はもちろんアニメも全部見たし、今度やる映画も絶対見に行くつもり。真中さんは? ハマったっていってたってことは多分映画身に行くんだよね。それなら本編以外に外伝がいくつか出てるからそれを見てから見に行くといいと思う。意外と知られてない設定とか本編に入りきらなかった情報とか載ってるから――」


「……ウン」


その後、虚ろな瞳で左山の話を聞いていた真中は担任が教室に入ってきたのをきっかけに逃げるように自分の席へと戻っていった。


まだまだ喋り足りなそうな左山はそんな真中の態度に首を傾げ。


ため息を吐き出す桜火の心情などいざ知らず、一人平然とした顔をしていた。



昼休み、別棟の教室で昼飯を食べながら作戦会議が開かれた。 


「完全に一歩引いてたな……」


「やめて、言わないで」


片手に箸を持ちながら机に頭を突っ伏す左山が気落ちした声で言う。


よくよく冷静になった後、ようやく自分の圧というか押しが強かったことに気付いてから左山はずっとこの調子でうなだれている。


「途中まではいい感じに進みそうだったな」


「私は途中どころか最後までうまくいったと思ってたし……」


「ヒートアップしてたからな」


がくりと肩を落として弁当を箸で突く左山。


「最悪だー、やばい奴って思われたかなー?」


「まぁあれで良い印象を持つならあんなすごすご離れていかないだろうな」


「うぅ」


もぐもぐと卵焼きを咀嚼しつつしょぼくれている。


「私はただあれはいい作品だよねって語り合いたかっただけで……」


語り合うだけならおそらくできたはずなのだ。

普通にどこの話が好きとか、自分的にはこのシーンがお気に入りでとか。


「なんか舌が弾んじゃって……、するする出てくるまま喋ってたら――」


「語りすぎてしまったと」


というか舌が弾むってなんだよ。


桜火は落ち込む左山に相槌を打ちつつ、心の中でツッコんだ。


左山的にはもっと熱い、深い語り合いをしたかったのかもしれないが真中は最近知ったばかりでこれ面白いなーぐらいの感覚だったのだろう。


細かい部分を語り合うほど、熱心に読み込んでいたわけではなくなんとなく読み始めたら面白かったというライトな読み込み具合。


好きの段階が違ったのだ。


同じ作品が好きとはいえ違う熱量を持った者同士、会話は左山が真中を圧倒し、真中がさほど関心を持っていない部分を左山が熱く語りつくす。


ここが良かったよね、と問われてもそんなところあったっけと頭を捻る真中にお構いなしに自分の感想をぶちまけ続ける左山。


少しずつ同じ感情を共有していた感覚が乖離し、真中の状態に気づかないまま突っ走る左山を真中が呆然と見つめ続ける……。


なんとも残念な結果に終わってしまった。


「あそこでもっとセーブしておけば、何回も話にいくきっかけになるし、その分打ち解けやすくなったと思うぞ」


「うぁぁ」


頭を抱える左山は声にならないような唸り声を上げた。


落ち込みすぎてさっきからまったく箸が進んでいない。


「まぁやっちまったものは仕方なし、次の作戦でも考えよう」


「うぅ……」


しかし左山は反応せず、うだうだと未だ嗚咽のような鳴き声を上げている。


「そんな落ち込んだってしょうがねぇだろ、いいからさっさと食っちまえよ」


「だって……」


「引いてたとは言っても別にあれだけで嫌われることはないって」


温度差があって今回はちょっとついていけないと思われただけ。


喧嘩したわけじゃない。


ならまた色々試してみればいい。


「真中は多分いい奴だから大丈夫だろ」


「確かに、真中さん何回声かけてもそんなに嫌な顔してない……」


露骨に嫌な顔をする奴の方が少ない、というのはこの場では黙っておく。


「でも私真中さんのグループの子たちにめちゃくちゃ変な目で見られてない? これもう無理じゃない?」


少し復活した思った途端にまたそんなことを言いだした。


この女、意外とメンタルが弱い……。


「あくまで真中と友達になるんだから今はとりあえず周りの奴らは置いとけばいいだろ」


「違うよ! だって真中さんと仲良くなるならその周りの子達ともうまくやらなきゃ……、もし真中さんとお弁当を一緒に食べるってなったら!?」


「? それは普通に一緒に食べればいいんじゃねぇの?」


なんの質問だ、これ。


「もし周りの子達が一緒も食べよーってなったら気まずいでしょ!」


「まぁ――」


「真中さんと友達達が楽しそうにお昼を食べてる中、私は一人だけ静かに卵焼きをつついて……。その内、『ところでなんでこの子ここにいるの』みたいな目で見られたら」


そうはならないだろ、とは言いにくかった。


友達たちの視線に嫌味な部分があるかどうかは別にして、いやに想像がリアルなせいで実際に起きてもおかしくはないと思えてしまう。


「まぁいいや、とりあえず友達達によく思われつつ真中と友達になりたいってことだな?」


「なんかその言い方だと八方美人みたいでちょっとやだな……」


「なら何がいいんだよ」


言うと、そうだなーとしばらく考えていたが特に思い当たるものはないらしく、


「もっと親しみをもたれそうな何か」


「それはゆるキャラとかに向けるやつだろ」


軽口を叩いている間にチャイムが鳴る。


「とりあえずまた家に帰って新しく案を出すか」


「うん、そうだね」


頷きながら左山は弁当箱を片づける。


もう初めて左山を見たときのあの近寄りがたいイメージ像はがらりと崩れさってしまった。

一人の少女と仲良くなるためにこうして策を練り、失敗したとうなだれる姿はあの時からは想像できない。


「そういえばあの喋り方だけど」


「ん?」


何故か桜火に対しては学校での左山とは違う態度で喋っているが教室では未だに以前の左山のままだ。


「いっそのこともうその素の部分をさらけだしたらどうだ? 意外とそっちのが馴染みやすいと思う」


あの威圧的な雰囲気を纏っているよりかは百倍喋りやすい。


「それはダメ」


だが左山はそれは無理だと首を振った。

その即答具合から、何か妙なものを感じ取った。


「なんで?」


質問する桜火の顔を一度見て、左山はすっと横に視線を逸らす。


「いきなりは無理でも少しずつ……」


諦めずにもう少し押してみるも、左山はむっつりと黙ったまま、聞く耳持たずといった様子だった。


首を傾げながらため息をこぼす。


何か気に障ることでも言ったか?


今の会話の流れで、何か……。


いや、特段変なことは言っていない。


なら何か急に態度のおかしくなる理由は。


「……」


「……」


互いに黙ったまま、気まずい沈黙が流れる。


学校での左山の態度より学校外での左山の方が話しやすいし、友達を作るならなおさらそっちの方が良い。


話しやすい雰囲気造りという奴が大事なのだ。


ただ理屈はそうでも、今までできていなかったことをすぐしろというのもまた難しい。


だからこそ、少しずつならどうだと提案したのだが……。


そんな時間を過ごしているうちに、気づけば昼休みも後五分だ。


左山が教室へ戻ろうとがたりと椅子を引いて立った。


――仕方ない、ここは一旦時間を置いて……


左山に続いて桜火も席をたつ。


その時、扉に手を掛けた左山がふと、小さな声で何かをつぶやいた。


「え?」


思わず桜火が聞き返そうとした瞬間には既に左山はすたすたと教室の方へと歩いて行ってしまった。


ポツンと残された桜火はじっとその背中を見つめる。


小さな呟きだったが、聞き逃しはしない。


「……負けられないから」


その言葉の意味は桜火にはいまいち伝わらなかった。


「……」


だが、その言葉に並々ならぬ感情が篭っているのを感じた桜火はそれ以上追求するのをやめた。

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