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魔法売りの少年  作者: 青い夕焼け
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十三話


駅のアナウンスが構内に響き、音を立て、風をホームに押し込むように電車がやってくる。


あのゾンビ男達との遭遇を避けるよう慎重に駅へたどりついた二人。


なんやかんやとやっているうちに一時間近く過ぎていたようで、辺りに学生の姿はあまりいなかった。


「俺の家とは逆方向だな」


車内は比較的空いていて、精々数人が席に座っている程度。

これなら怪しい人物がいてもすぐに見つけられる。


「ほんとに私の家までは来なくていいからね。近くまでで十分だから」


今の言葉に罪悪感を感じたのか、左山が慌てたようにそんなことを言ってくる。


「まぁここまで来たら俺はどっちでもいいけどさ」


電車の窓に映る見慣れない景色を眺めながら、


「それよりお前は登校する時間を気にしろよ? 迎えに行かなくちゃいけないんだから」


昼前に登校されたのではさすがに俺の学校生活がボロボロになってしまう。


「あー、それなら平気平気。さすがに私も最近遅刻しすぎて先生カンカンだから」


今の言葉のどこに平気要素があったんだ?


何故か自慢げにしてくる左山を白い目でみていると、ぴくりと何かに気づいたようにカバンに手をやり、


「はい、これ私のREINね」


差し出された形態の画面に映っていたのはREINのQRコードだった。


「言っとくが――」


「『そんなつもりはないからな』って言うんでしょ。もう疑ったりしてないって、だからこうして私から見せてるわけだし」


ほれ、とぐいぐい携帯を押し付けてくる手をいなし、桜火は自分の携帯に連絡先を登録した。


「それでさっき言ってた方法って?」


ポケットに携帯をしまった左山が質問してくる。


どうせだからここで話してしまってもいいかもしれない。

桜火は左山に向き直り、口を開く。


「そもそも異種が人に憑くのには理由がある。それは強い感情を餌にするためだ」


「楽しいとか、悲しいとかそういう気持ちが食べられちゃうってこと?」


「いや、そうじゃない。餌っていうのは人の感情に影響を受けることで力を蓄えるってことだ。食べられるわけじゃない」


左山はふむふむと頷いている。


「異種は力を蓄えるためにより強い感情を持つ人間に憑りつく傾向がある」


あくまでこれはこれまでの桜火の経験則ではあるが、概ね間違ってはいないはずだ。


「強い感情を持つ人間……」


「何か問題を抱えている人間はそういった感情を抱くことが多い。嫉妬や憎悪、ストレスや不満とか他にもいろいろ。そういう奴は異種にも憑かれやすい」


「なるほど……」


「まぁあくまで傾向があるってだけで、何も問題ないようなやつにも異種が憑りつくこともある」


何事にも例外はあるため絶対ではない。

人畜無害な依頼主はたくさんいたし、全く異種の気配のない奴に隠れるように異種が潜んでいたこともあった。


「異種は感情の気配に敏感だ。『あ、こいつは良い餌を生み出しそうだ』と感じればその人に憑りつく」


「ふむ」


「逆に『こいつからもう大した感情は出てこなさそうだ』と思わせれば異種は身体から出ていく」


つまり、と言葉を区切り、


「異種を追い出すには憑りつかれた人間の抱えている問題を解決してやればいい」


「えっと……それはつまり」


桜火の言おうとしていることがわかったらしい。


じっと左山の芽を覗き込み、口をひくつかせる左山へ桜火は言った。


「お前の悩みを教えろ」


ガタガタと揺れる車内で桜火がそう告げると、左山は焦ったような表情を浮かべた。


「いや、私悩みとか――」


「本当か?」


「う……」


「これは大事な話だ。お前が今何か抱えてるのか悩んでることがあるのかどうか、それ次第でやるべきことも変わってくる」


その悩みが隠したいものであったとしても強引に聞き出さなくてはここから先に進展しない。


「うぅ……」


左山は話したくなさそうだった。

それはもうわかりやすい程に渋い表情で目を逸らしていた。


――もう一押しか


桜火は逸らした顔の正面に回り込んで視線を合わせ、言う。


「後から実はどうのこうのと言い始めればその分対処も遅くなるし、あのゾンビ男達がどれだけ増えるか」


「ぐぅ」


「今解決しなけりゃこの先いつ、どこで、お前の近くにあいつらが現れてもおかしくないし、気づいた時には耳元にあいつらの声が……」


「ひぅ」


「日に日に増えていくゾンビ男たちに何をされるか、あの正気じゃない目でお前を――」


「わかった、わかったよ!」


左山は桜火の視線を受けて観念したように項垂れると、


「はぁ、この間から思ってたけど君押しが強すぎ……」


左山は一息吐いて、気持ちを落ち着けるためか手櫛で一回二回と髪をすいたあと。


蚊の泣くような小さな声で一言、


「私、友達がいないんだ」


「知ってる」


「…………え?」


きょとんとした表情をする左山。


聞こえなかったらしい。ならもう一度、


「友達がいないんだろ? それはここ数日お前を見てたから知ってるって」


昼休みにわざわざ別棟まで行って昼食をとっているくらいだ。


誰かといる素振りも、話す場面も見ていない。


むしろ人に近づけばまるで超能力のように人が散っていくのを桜火は見た。


わざわざ告白されるまでもなく友達がいないであろうことはわかっていた。


だが、それは左山にとっては知られたくない話だったようですぐさま顔を真っ赤にすると、


「っっ! この、ストーカー! なんでそんな真顔でっ!」


「だからストーカーじゃないって……」


ぽかぽかと肩の辺りを小突かれたので、身体を後ろに逸らした。


「まぁ落ち着けよ。別に友達がいないくらいでそんな」


「いや、大事だよ! 友達! 私がいつも学校でどれだけ……」


くぅ、とハンカチでも噛みそうなテンションの左山を桜火はしらっとした目で見ていた。


喋ってみるとやっぱり教室の時とのギャップがひどい。


しかし友達ときたか。


「私一年の時から友達は一人もいないし、クラスに居場所がなくて……」


もじもじと恥ずかしそうに話す左山。


「ってことはお前の悩みは」


「私はクラスに居場所というか……、友達が欲しいの」


それは電車の音にかき消されてしまいそうなほどに小さな声だったが、桜火の耳はしっかりとその声を拾った。


クラス一の不良の悩みが友達が欲しいとは少し想定外だが、


「じゃあ真中の方をじっと見てたのももしかして」


「っ! そんなとこまで見てたの!?」


やはりあれは。


あの弁当を持って佇んでいたあの視線には。

一緒にお昼を食べたいという意味だったらしい。


それにしては随分と睨みつけるような眼光だったが。


「そりゃほとんど毎日昼休みに入ると真中のグループのことをじっとみてたし」


なんなら昼休みだけでなく移動教室の際もそうだ。


伊達に数日左山の行動を追っていたわけではない。


顔を真っ赤にさせて恥ずかしがる左山の姿は今初めて見るが、学校での左山の行動はある程度把握している。


『次は――次は――』


車内にアナウンスが響き、窓に映る景色がゆっくりとしたものになっていく。


「あ、私次の駅」


一応念のため左山の最寄り駅で一緒に降りると、家の近くのコンビニまで送り届けた。


ここからはもう目の前だからと、家まで直接送ることはしなかった。


「じゃあ」


「明日は作戦を練るぞ」


「いや、後でREINするよ」


薄暗くなり始めた空を背景に左山はばっと手をあげると少し周りを警戒しつつ家に帰っていった。


「ふぅ」


ひとまず無事に左山を送った桜火は踵を返し、駅に戻る。


頭に浮かぶのは今日一日で随分と印象の変わった左山の顔。


近寄りがたい学校での姿を思えば今日の左山の一面は桜火にとって随分と接しやすい。


――友達ねぇ


問題はそこだ。

ぶっちゃけ桜火だって一人たりとも学校に友達はいない。


そんな桜火が左山にしてやれることなんてあるのだろうか。


むむむと眉を寄せ、全くアイデアの浮かんでこない頭にほとほとため息が出そうになる。


――あいつらの対処もなんか考えなくちゃいけねぇし……


先ほどのがむしゃらに左山を追う正気を失った男達の姿がよぎる。


残った器で使えるのは……


――三つくらいか


左山の問題をどうにかする間、あの男達への対処法をなんとかしなくては。

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