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最終話 普通戦隊イッパンジャー

 黒タイツ集団が暴れながら移動していたせいで、奴らに追いつくまでずいぶん走ることになった。しかしそのおかげで戦闘場所が俺の家の前ではなく、近くの河川敷になったのは好都合だ。イッパンジャーをやっているところを同じマンションの住人に見られたら、明日には引っ越さなければならないところだった。


「そこまでだ、メンストゥ……」


 いつも通りモンスターのことを『メンストゥアー』と発音しかけたブルーは、はっとした顔でイエローの方をチラ見した。

 そういやこいつ、前回その発音をイエローに指摘されてたな。

 ブルーはすうっと大きく息を吸うと、


「そこまでだ! むおぉん、すたああぁー!」


 歌舞伎役者みたいな奇妙な言い回しで、セリフを言い直した。

 グリーンが噴き出しかけたのを、俺は見逃さなかった。

 しかしブルーはそれに気づいていないらしく、これまでの練習通り叫び続ける。


「お前たちの好きにはさせない! 我ら、正義と愛と勇気と強さと優しさとまごころの象徴!!」


 ……このタイミングで左手は腰にあてて、右手を挙げて。


「普通戦隊、イッパンジャー!!」


 で。忘れずすかさず、これも言う。


「今から変身するので、10秒ほど待ってください!!」


 練習の甲斐あって、ポージングもタイミングも、すべてがビビるくらい完璧に決まった。

 けれどなんだろう。……強制的に何度も練習したから慣れてるんだけどやる気は出ない、文化祭のダンスみたいなこの気持ちは。

 今回が初陣のピンクは、見よう見まねで変身ポーズを決めている。

 いや、いいんだよ? いいんだけどなんというかさ、適応能力が高すぎやしないか。普通もっとあるだろ、こう、変なポーズに対する恥じらいとか。

 ……いや、今更何を考えたって無駄だ。ここはさっさと戦って、さっさと終わらせよう。


「武器をください!」


 変身を終えた俺は金属バットを構え、敵に向かって突撃しようとした。しかし、


「阿呆、レッド! 相手をよぅ見てみぃ!」


 虎猫に怒鳴られ、急ブレーキをかけた。先方にいる黒タイツ集団を確認する。


「いー! いー!」


 敵の数は、少なく見ても50人ほどいた。

 マンション前で見つけたときよりも、明らかに人数が増えている。そうか、河川敷ここに向かってただ走っていたのではなく、仲間を集めてやがったのか……!

 なお、今回の敵を人としてカウントしていいのかは分からないが、人っぽいシルエットなので「ひとりふたり」と数えることにする。


「か、数が多すぎます!」


 グリーンが叫んだ。確かに、金属バットで戦っている俺たちが相手にできる数ではない。あっという間に囲まれて逆リンチされることだろう。

 手に負える相手じゃない……!

 そう言いかけたとき、


「ここは私に任せて」


 澄んだ声が聞こえた。

 ピンクレンジャーだ。


 ――そういえばこの人、イッパンジャーの中で誰よりも強い力をもらってるって話だったな。もしや、複数人をまとめて相手できるようなすごい武器を渡されているのか? それこそショットガンとかロケットランチャーなんかを持ってるんじゃ……。


 俺は期待のまなざしをピンクに向けた。そして絶句した。




 あずき色のレンジャーが、俺の横に立っていた。




「私の能力ならば、あいつら全員に効果があるはずよ」


 冷静だがやる気に満ち溢れた声で、あずき色のレンジャーが言った。凛とした声と、スーツの色が明らかにマッチしていない。俺はまじまじと、右隣にいる新メンバーを観察した。

 ――どこからどう見ても、あずき色だ。

 うちの婆ちゃんが冬になったら毎年着ている、毛玉だらけのセーターと同じ色をしている。

 誰が見ても、これはあずき色だ。

 ヘルメットの形のせいで、余計にあずきに見えてくるし……だめだ、これ以上観察したら笑いそうだ。つーかもう無理、笑うの我慢しすぎて腹が痛


「ピンク……君はどうしてそんなにあずき色なんだ?」


 ブルーの一言が俺の腹筋にとどめをさした。


「せやから、うちのピンクは初期メンバーと追加戦士の間やって言うたやろ」


 俺たちの足元にいた虎猫が、やたらとビブラートのかかった声で言った。明らかに笑いをこらえたその声に、俺の腹筋はまたもや崩壊した。


「初期メンバーのピンク、追加戦士のブラック。その間として誕生させたら、こんな色にな、なって……」


 虎猫がぶるぶると震えながらもなんとか言葉を紡ぐ。それを聞いたイエローがポジティブに「ワインレッドですネ!」と発言したが、俺の頭には「どうしてそんなにあずき色なんだ」という言葉しか残らなかった。


「で、でも! ピンクの能力はほんまに強いからな! 見てみ!」


 虎猫に言われるがまま、ピンクの手元に視線をやる。

 彼女は金属バットではなく、辞書みたいに分厚い本を手にしていた。黒い表紙のそれは、妙に禍々しく見える。


「これが、俺たちの誰よりも強い武器……?」

「そういうこっちゃ、レッド。お前のサンダーなんたらなんぞ、足元にも及ばん」


 虎猫がドヤ顔で言った。あずきの話が流れていったことに、ほっとしているようでもある。


「金属バットより強いって……その本に、いったいどんな効果があるんだよ?」

「ワタシ知ってるネ! あれ、クロマジュツの本! あるいは『フザケルナ!』叫んだらコウゲキできる本!」


 イエローが興奮した様子で言った。どうもまた、どこかで見たアニメか何かを思い出しているらしい。

 虎猫が「おっ」と嬉しそうにひげを動かした。


「イエロー惜しいで!」

「Oh! 『フザケルナの本』!?」

「ちゃうちゃう、黒魔術のほうが惜しいんや!」


 虎猫はそう言うと、あずき――もとい、ピンクの方へと顔を向けた。


「百聞は一見にかず。ピンク、やってみせい!」

「……いいのね?」

「かまわん! 味方が多少、犠牲になってもしゃあない!」


 それは、イッパンジャーとは思えないくらいに熱い言葉だったが、不吉でしかなかった。

 味方が犠牲になるってそれ、前回の、イエローフラッシュ事件みたいな――。

 俺はぞっとして、ピンクを止めようとした。が、ピンクは分厚い本を開くと、


「我、ここに闇の歴史を解禁さらす! 黒歴史ポエム、『漆黒のアリス』!」


 美しい声で、なにかの詠唱を始めてしまった。

 ――え、ちょ、なに、くろれき、……え?

 困惑する俺をよそに、ピンクの呪文詠唱らしきものは続いた。




 ワタシは血濡れ 漆黒のアリス。。。

 誰からも愛されない穢れた闇人形

 二度と貰えぬ温もりを

 此処で永遠に待ち続けるの

 彷徨う魂 闇夜の十字架

 腕に刻まれた罪業と

 胸に刻まれたわずかな希望で

 今日もようやく息をするの

 ワタシは血濡れ 漆黒のアリス。。。




 ――敵のうち数名が奇声をあげた。

 「ぎいぎい」と叫びながら走り去っていく奴がいれば、顔を両手で覆いその場にくずおれる奴もいる。

 なんだ、何が起こって……


「く、黒歴史ポエム朗読による精神的攻撃!」


 今のやり取りで何かを悟ったらしいブルーが、震える声で言った。ここまで焦っているブルーを見たのは初めてかもしれない。


「え、なに。そんな効果ある攻撃なのかこれ」

「効果があるなんてそんな可愛いものじゃない!」


 ブルーは一歩後じさった。


「今のポエムは、たまたま僕たちが『書いたことのない部類ジャンル』だっただけだ! も、もしも自分の青春時代に該当する黒歴史が出てきたら――」

「黒歴史ポエム、『君と遠くへ ~Sky・High~』!」


 鈴の転がるようなその声が、ブルーの説明を見事に遮った。




 荒廃した街 独り静かに死を待つ僕

 そこに現れた美しい女神きみ

 僕に寄り添いそっと微笑した

 その笑顔があまりにも眩しくて

 僕の眼から涙が溢れたんだ

(I think you're an angel)


 あの日誓った 君を守ると(I will fight)


 僕は走る 君の腕をひいて

 そう 君はこんな地獄ばしょにいるべきではない Maria

 僕が連れていくよ 君を空まで

 あの空の向こう ~Sky・High~




「ひゃあああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺の目の前でブルーが悲鳴をあげた。

 人生で一度たりとも聞いたことがない、とにかく情けない悲鳴だった。


 ――こいつ、こんな感じのポエム書いたことあるのか……。


 頭を抱えて悶え苦しむブルーを見下ろし、俺は思った。なんというかこう、習いたての英語を使ってみちゃった! って感じのポエムだった。おそらく中学一、二年の時に書いていたのだろう。

 先ほどと同じく、敵のうち数名が走り去っていったが、そいつらよりもブルーの方がひどくダメージを食らったようだった。多分しばらく立ち直れないんじゃないか。


「……この中に、昔ポエムを書いていたやつはまだいるか?」


 俺は、ブルーとピンク以外の全員に尋ねた。グリーンがぶんぶんと首を振る。


「ぼ、僕は書いたことないです。文才とかないし」

「だよな。俺もない。じゃあ俺たちにはこの攻撃は効かないはずで……」


 そこまで言って気付いた。

 イエローと虎猫の様子が、明らかにおかしいことに。


「え、お前らなんか――」


 俺が突っ込みかけたとき、本のページをぺらりとめくる音がした。


「黒歴史ポエム、『失恋スマイル』!」




 こんなに好きなのに、ずっと好きなのに、

 君は今日、あの子の彼氏になりました。

 ――馬鹿だなあ、私って。

 今になってこの気持ちに気付くなんて。

 ――馬鹿だなあ、私って。

 今になって泣いたって、もう遅いのに。


 つらくても、今は笑おう。スマイル×スマイル。

 あの人は笑ってる女の子が好きなんだから。

 もしもまた、隣に立てるようになった時、

 ナチュラルな笑顔を見せられるように。


 泣いてたって何も始まらないよ。

 今は青空に向かって、スマイル×スマイル。




「うぎゃああああああああああああああああああああ!!」

「NOォォオォォオオオオオオオオオオォォオォォォオ!!」


 虎猫とイエローの悲鳴が見事なハーモニーを奏でた。

 ――え、虎猫……お前こういう感じのポエマーだったの……?

 ていうか、皆そんなにポエム書いてたの? 実はポエマーって多いの?

 これまで一度も抱いたことのなかった疑惑が、俺の頭を支配した。



「――ポエム攻撃が効かない敵もいるようね」


 先ほどまで黒歴史を披露していた人間とは思えない、落ち着き払った声でピンクが言う。

 残党をざっと確認する。50人近くいた敵は、いつの間にか半分以上がどこかに消えていた。


「ポエムがダメなら……」


 ピンクが何やらぶつぶつ言い、禍々しい本のページをぺらぺらと勢いよくめくる。

 嘘だろお前。まだやるつもりか。


「あのー……」


 俺はやる気満々のピンクに声をかけた。


「残りは俺のサンダーアタックと、グリーンのスケスケバットでどうにかなると思うから、ピンクはもう下がっててくれ。すげー活躍してくれたし、あの、もう疲れただろ? だからここからは普通に物理攻撃で」

「――あった、これだわ」


 頼むから人の話を聞いてくれ、あずきレンジャー。

 あずき色のピンクレンジャーは、開いたページにそっと手を乗せた。途端、本が異様なオーラにぶわりと覆われる。ダメだ、もういやな予感しかしない。


「グ、グリーン! ちょっとお前、耳をふさいで――」

「黒歴史、感情喪失!」


 なんだそりゃ?

 訝しがる俺の前で、ピンクは呪文詠唱(みたいなの)を始める。

 それはポエムではなく、中二病にかかった者の心境のようだった。




 ――誰が生きていたって、誰が死んでいたって、世界は変わらない。

 笑っていようが泣いていようが、現実は変わらない。

 つらいと思うくらいなら、いっそのこと感情を消してしまおう。

 

 今日からすべての感情を捨てよう。

 

 ゾンビのように生きていこう。

 感情に振り回される愚者よりは、よほど正しい生き方だ。

 喜怒哀楽。どれもこれも自分には不要。

 嗚呼、うんざりな苦しみから、これでようやく解放される。

 感情などいらない。

 これが最善の生き方なのだ――。




「ぎぇあああああああああああああああああああああああああ!!」


 グリーンの身体から魂が抜けていくのが見えた、気がした。

 天を仰ぎ、その場に倒れゆくグリーン。その様子がスローモーションで見えた。彼の全身はぶるぶると震えている。恥ずかしい時も人間の身体は震えるらしい。


「どうしたのグリーン? 恥ずかしいの? 感情なくしたんじゃなかったの?」


 ここでそんなことを突っ込んだら死体蹴りになってしまうに違いない。絶対に言わないでおこう。


 ――それにしても、と俺はピンクの方をちらりと見た。


 確かに今の話は、俺でも少し思い当たる節があった。

 中学生のころに流行った漫画、それに感化された友人が、似たようなことを言っていたのだ。彼は「俺はもう、そういうの(感情)忘れちゃったからさ」とかなんとか言って、いつも小難しい本を読んでいた。来る日も来る日も同じページを読んでいたので、多分読んでるふりをしていただけだとは思うが。


 ――ポエムを書いていなくとも、今突っ込まれたら恥ずかしい過去ってのはあるものなのか。


 俺の視線に気付いたのか、ピンクがこちらを見た。残る敵は5人。金属バットで相手をすることもできそうだが、


「……いいわね?」


 ピンクが言った。俺に対してだった。

 この意味はおそらく「私が全部倒しちゃうけどいいわね?」ではない。


 ――次に発表する黒歴史がレッドに該当している可能性もあるけど、覚悟はできてるわね?


 そういうことだろう。


 俺は足元を見た。魂の抜けた味方たちがそこに転がっていた。


 眉目秀麗だが変人のブルー。

 影が薄いものの誰よりも優しいだろうグリーン。

 忍者に憧れ続ける太陽のような存在イエロー。

 そしてすべての始まりである、虎猫。


 ……レッドまで倒れるわけにはいかない。


 いくらイッパンジャーが地味で恥ずかしいレンジャーであろうとも、ここで全滅するわけにはいかないんだ!


 何故か強くそう思った。

 こぶしを握り締め、ピンクに言う。


「構わない、やってくれ。俺は――」


 ……おかしいな。さっきまで嫌々やってたはずなのに。

 俺はいつの間に、


「どんな攻撃が来たって、俺は絶対、耐えきってみせるぜ!」


 いつの間に、イッパンジャーに対してこんな気持ちを抱くようになってたんだ。



 ピンクはこくりと頷くと、黒歴史本のページをぺらりとめくった。禍々しい負のオーラが更に濃くなる。今更だが、ピンクだって正義のレンジャーのはずなのに、武器がやたらとおどろおどろしいのは何故なんだ。


「黒歴史……アウトロー人生!」


 これが、ピンクの最後の攻撃だ。

 ――絶対に、絶対に倒れたりなどしない!

 俺は全身に力をこめる。

 ピンクは大きく息を吸い込むと、天に向かって叫んだ。


「ブラックガムを噛み、ブラックコーヒーを飲むのがかっこいいと思い、わざわざ人前で見せつけるように飲食していた! そんな中二病時代の大エピソード!」



 ――……あっ。


 ちょっと待って。



「学校では常に斜に構え、体育祭や文化祭の練習も「ハッ」と小馬鹿にした態度をとった!」



 あ。あれ、なにこの感覚。



「ハッカーに憧れ、できもしないくせにタイピングがとても速いふりをした!」



 え。あ。



「自分はこの世界の『裏』を、『真理』を知っている……。そんな気分で、どこか他者のことを見下していた!」


「ああびゃあああああああああああああああああああああああああ!!」



 気づけば叫んでいた。叫んだせいか、心のうちにしまっていた過去たちがずるずると表に這い出てきた。


 ――中学二年生のころ、俺は毎日毎日板チョコを食べていた。

 それはとある漫画キャラに憧れてのことだった。物事を常に冷静に分析し、板チョコを主食としている一匹狼キャラ。

 俺はそれにひどく憧れた。そして模倣した。

 板チョコは手で割らずに、歯で「ぱきり」と音をたてて食べる。それがそのキャラの特徴だった。当然のように俺もそうした。

 はっきり言うが、俺はチョコレートがそんなに好きじゃなかった。それでも毎日食べた。


 買ってもらったばかりのパソコンで、オンラインチェスをやるのも日課だった。大してルールも知らないくせに、覚えようともしなかった。

 レートの低い者同士の、レベルの低い戦い。それでもなぜか自分は「地球の未来を背負いし男」なのだという気分でやっていた。相手は宇宙からの刺客という設定にした。

 戦況もわからぬまま、動かせる駒をコツコツと動かしていく。

 そうしていつも適当なタイミングで、


「へえ、そうくるか。……今度の刺客はなかなかやるねぇ」


 俺はそう呟いて不敵に笑うと、ぱきんと板チョコを割り、それから、それから、それから――――。




「――……レッド。おい、目ぇ覚ませ馬鹿たれが!」


 よく通る虎猫の声に、意識がふわりと浮上する。

 俺はいつの間にか、草むらの中に倒れこんでいた。俺の周りで、ブルーたちがなんともいえない空気を漂わせている。


「え……あれ……」

「お前だけやぞ、失神までしとったの」


 あきれ顔で虎猫に言われ、ようやくすべてを思い出した。

 そうだ俺、ピンクの攻撃を耐えようとして――!

 がばりと上半身を起こすと軽くめまいがした。敵の姿はすっかりと消えている。

 あずき――ピンクレンジャーはぱたりと音をたてて本を閉じると、呟いた。


殺戮ジェノサイド完了コンプリート……」


 こうしてまた、この世に新しい中二病言葉が生まれてしまった。



     *



「皆に言っておくけれど」


 あずき色のスーツ姿がこちらに近づいてくるのを見て、虎猫を含む全員が警戒した。ブルーに至ってはファイティングポーズまでとっている。

 しかしピンクはそれを気にせず、姿勢を正して堂々こう言った。


「今披露した黒歴史はすべて、私自身が過去にやらかしたものよ」


 空気がぴしりと固まった。全員、あんぐりと口を開けている。


 ――嘘だろお前。いくらなんでもこじらせすぎだろ……。


 誰もそんなこと言わなかったが、誰もがそんなことを考えている雰囲気だった。

 ピンクが、黒歴史本の表紙を愛おしそうになでる。


「私は『黒歴史』を通して敵を攻撃するけれど……中二病にかかること、そして黒歴史を作ることは、決して悪いことではないと思っているの。それだけはどうしても言いたくて」

「な、なんだそりゃ……」

「だって、この黒歴史があるからこそ今の私が……イッパンジャーとして活躍できる私がいるのだもの」

「…………」

「人はみな、黒歴史を作りながら強くなるのよ」


 後光がさした。

 いや、ぶっちゃけるとただの夕日だったが、あずき色のスーツを妙に神々しいものに見せた。


「だから私も、黒歴史も、あなたたちの敵ではない。……私は、イッパンジャーの一員。それだけは決して忘れないで」


 俺は力なく笑った。本当は突っ込みたいことが色々あった。


 ピンクだけ明らかに戦闘能力が高すぎないかとか、レンジャーっぽい戦い方じゃないとか、この戦隊はどこに向かってるんだとか、その他もろもろ。

 突っ込みたいことはたくさんあった。だけど俺の口から出た言葉は、


「――これからよろしく、ピンクレンジャー」


 戦隊ものにありきたりな、そんなセリフだった。

 右手を差し出すと、ピンクが嬉しそうに握り返してくる――その前に、ブルーの両手が俺の手をそっと包み込んだ。

 ――は? なにしてんのお前……。


「これでようやく、5人揃ったな……!」


 ブルーの声は震えていた。

 ――ちょっ、泣いてる! こいつ泣いてるぞ!


「みんなっ……」


 グリーン、イエロー、ピンク、虎猫、そしてレッド

 皆に視線をめぐらすと、ブルーは涙声でこう言った。


「イッパンジャーのテーマソング、作ろうなっ……!」


 ――結局、そこに戻ってくるのかあ……。

 俺は再びばたりと倒れた。

 虎猫が「ホンマに情けないレッドやなあ」と言っているのがかすかに聞こえた。



     *



 ある街に、ある戦隊ヒーローがいる。

 変身しているのは、何の変哲もない一般人たち。武術の経験がないその者たちが扱う武器は金属バット。もしくは禁断の黒歴史本。

 彼らの活躍は誰にも目撃されず、ゆえにその戦隊の存在を知る者もごくわずかだ。

 その戦隊の名前は……


「普通戦隊、イッパンジャー!」

「今から変身するので、10秒ほど待ってください!」


 ――普通戦隊イッパンジャー。

 彼らは今日も、どこかで何かと戦っている。


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― 新着の感想 ―
[一言] 戦い方がエグい。 そして、あずき色……。 最狂、いや最恐ですね(笑)。
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