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第六話 5人戦士のうちピンクだけが出遅れるなんて

「これでようやく5人揃ったか……。よろしく頼む、ピンクレンジャー」


 翌日。当たり前のようにそう言ったのはブルーだった。

 割られた窓ガラスをようやく修繕したワンルームマンション。すなわち俺の部屋に、イッパンジャー全員プラス虎猫が集結していた……つーか、なんでいつも俺の部屋なんだよ。

 6畳の部屋に5人も集まるのは結構つらい。そのせいか、ブルーだけ立ったまま壁に背を預けている。腕を組んで、すまし顔。それが妙に芝居がかっているというか、「冷静沈着なキャラクター・ブルー」を演じているように見えてしまう。


「Oh! オンナのコ、増えました! クノイチ! クノイチですネ!」


 イエローが興奮しているが、彼女はいまだにイッパンジャーを忍者の類と勘違いしている。彼女があまりにもレンジャーに対して無知なので、海外には戦隊ものが存在していないのではないかと思ったが、ブルーいわく「パワーレンジャーがある」らしい。詳しくは聞かなかったが。


「あ……えっと……ぼ、ぼく……あの……すみませーん……」


 気の弱いグリーンが、完璧なまでに自己紹介のタイミングを逃している。このままではまた「影が薄いキャラ・グリーン」の印象を強くしてしまいそうだ。

 助け舟を出そうかと俺が口を開いた時、ブルーがとんでもなく真面目な顔をしてこう言った。


「5人揃ったことだし、そろそろイッパンジャーのテーマソングを作ろう」


 嘘だろこいつ……。綺麗な顔してえげつねぇこと言いやがる……。

 俺が目を白黒させていると、それまでずっと無言だったピンクが口を開いた。


「その前に質問があるんだけど、いいかしら?」


 それは、声優なんじゃないかと思うくらいに透き通った声だった。

 皆が一斉にピンクの方を向く。俺は内心で、ブルーの提案がこのまま潰れてしまうことを祈った。

 ピンクは全員の視線にも動じず、堂々と発言する。


「皆、結構うちとけている感じがするけれど、いつから知り合いなの?」

「えーと、今年の初夏とか。遅くても夏かな?」


 俺の答えを聞いて、ピンクは眉根を寄せた。


「つまり私だけ期間があいているのね。どうして?」

「へ?」

「レンジャーものって普通、初期メンバーが全員揃っているか、全員同時に招集されるところから物語がスタートするはずなのだけれど。少なくとも、5人戦士のうちピンクだけが出遅れるなんて聞いたことがない」

「…………」

「初期メンバーが3人の場合ならわかるの。その場合、色の構成だって赤、青、黄がほとんどだしね。けれどイッパンジャーは5人戦士なんでしょう? なら、私は初期メンバーという立ち位置のはず。なのに出遅れた。これはなぜ?」


 嘘だろこの人……。綺麗な声でマニアみたいなこと言いやがる……。

 ていうかそんなに熱く語ってしまうくらい、イッパンジャーに入りたかったのか……?

 壁にもたれていたブルーが一言「素晴らしい」と呟いた。ダメだ、これはもうテーマソングまで作られる流れだ。

 ブルーは姿勢を正すと、ピンクに向かって言った。


「初期メンバーが4人、という戦隊も存在はする。イッパンジャーもそうだったのかもしれない」

「私が知る限り、初期メンバーが4人だった戦隊はふたつだけよ。イッパンジャーがそんな稀有けうなレンジャーだと思う?」

「ううむ……」


 ブルーが唸る。いや、そんな真剣に考える内容じゃないだろそこ。


「単純にさ、虎猫がさぼってたんじゃね?」


 俺が言うと、全員の視線が虎猫に集まった。グルーミングをしていた虎猫の背中、その毛が一斉にぶわりと逆立つ。


「ちゃ、ちゃうねん。ちゃうねんて」

「だってそれしか考えられないだろ。チェンジケータイを渡す相手を選ぶためやーとか言ってさ、どっかそこら辺でかわいいお姉さんに甘えてゴロゴロしてたんじゃね? で、時間がかかった」

「……どうなんだ、虎猫」


 ブルーが虎猫に冷たい目を向ける。グリーンは自分のことのようにオロオロし、イエローは話についていけないといった様子で首を傾げている。

 虎猫は「んぐぐ……」と唸った後、観念したように息を吐いた。


「正直に言うで。怒らんといてな」

「言ってみろ」


 ブルーが促すと、虎猫は猫背を更に丸くした。


「ピンクのキャラクターをな、どういう方向性にしようか、ずーっと考えててん。でも全然思いつかんくて……」

「…………」

「『ぶりっこやけど怒らせたら怖い奴』にしようって最初は思ってたんやけど、お前らとは波長が合わんのちゃうかなーとか。あるいはおっちょこちょいのドジっ子で、でも一生懸命な妹キャラとか。逆に、しっかり者のお姉さんキャラとか」

「…………」

「どれもレンジャーのピンクにありがちやろ? でもな、イッパンジャーにふさわしいのがどういう子かわからんくて……。それでいろんな女の子を観察しててん。そしたらこんなに遅れてしもて」

「つまり、女性とたわむれていたというレッドの発言は正しいということだな?」


 虎猫の言い訳をブルーが一言でまとめてしまった。

 グリーンがあちこちに視線をさまよわせる。

 ピンクが死んだ魚みたいな目をしている。

「エッチなネコチャン!」というイエローの発言が空気を更に冷たくした。


「で、でも! わいは真剣に、ピンクを選んだつもりやで!」

「それはつまり?」


 尋ねたのはピンク本人だった。どうやら彼女は、自分がイッパンジャーに選ばれた理由をまだ聞かされていないらしい。

 虎猫はピンクに向き合うと、力強く言った。


「お前はな、ピンク。イッパンジャーの最終兵器なんや」

「…………?」

「イッパンジャーのピンクは、ただのピンクやない。『初期メンバー』と『追加戦士』の間みたいなポジションにおるんや。せやからお前に渡した武器も、他の4人のとは違う。なぜならお前は特別な存在やからや」


 ヴェルタ〇スオリジナルのCMみたいだなと思ったが、話が長引きそうなので言わなかった。


「追加戦士……!」


 その言葉に目を輝かせたのはブルーとグリーンだ。どうやら二人とも、追加戦士に憧れていたタイプらしい。俺は昔から主役(レッド)派だったが。

 ――しかし変だ。

 戦隊ものの追加戦士と言えば、黒とか白あたりが多いイメージがある。少なくとも、ピンクというのはあまり思い浮かばない。

 ――色で決めつけるなんてひどい、そんなのは固定概念だ、ステレオタイプだ偏見だ。

 そんなことを言われそうだが、実際問題「レンジャーの主役は何色?」と訊かれれば、日本人の9割は「赤」と答えてしまうだろう。それくらい、戦隊ヒーローのイメージは固定されているものがある。

 だからやはり、ピンクといえば初期メンバーのイメージが強いし、それよりなにより、


「なんですかその、初期メンバーと追加戦士の間って……」


 グリーンがいいタイミングでそんな質問をした。少し声を出しただけなのに、顔がもう真っ赤になっている。発言するのがよほど苦手なのだろう。

 質問を受けた虎猫は、ふふんと自慢げに鼻を鳴らした。


「ええか、よう聞け。わいの選んだピンクは、初期メンバーでありながら5人の中で一番強いんや」

「はあ!?」

「最初から初期メンバー同等、もしくはそれ以上の能力を持ってるってのは追加戦士あるあるやろ? 今みたいに、初期メンバーとなんとなくギスギスするのも追加戦士あるあるやな」

「…………」


 いつの間にか、そして無意識のうちに、俺たちは戦隊ヒーローあるあるをやってしまっていたらしい。

 ブルーとグリーンが困惑の表情を浮かべる中、俺はピンクをじっと見つめた。

 ……いや、聞いたことねえぞ。

 レンジャーで一番強いのがピンクなんて、そんなの聞いたことな――


「ところでレッド。さっきはえらいデカい声で『はあ!?』って叫んどったが、あれか? 自分がレッドやからって、メンバーで一番強い能力を持っとるのは自分やとでも思ってたんか?」

「なっ……! そ、そんなこと」

「慢心いうんやで~、そういうのは」


 虎猫は憎たらしい顔でそういうと、イエローの膝の上にひょいと乗った。「ネコチャン、ムズカシイ言葉使うってばよ!」なんて言いながら、イエローが虎猫の顎を撫でる。

 く、くそっ。悔しくなんかない。図星だから悔しいだなんてそんなことないんだ……!


「それで」


 どこか落ち着きのないブルーが、変な鼻息を漏らしたまま虎猫に問いかける。


「僕の『リア充爆発しろ』よりも強い能力とは一体なんなんだ」


 マジかよこいつ……。レッドの俺を差し置いて、自分の(あのクソダサい技名の)能力が最強だと思ってやがる……。


「気になる? 気になる?」


 虎猫はわざとらしくイエローの太ももに額を擦り付けながら、ブルーを煽った。

 ブルーが「まあ多少は」と強がると、


「ほなら実践で、あの能力の強さを味わってもらおか」


 虎猫の言葉に、五人全員が目を丸くした。


「実践って……」

「外見てみぃ。グッドタイミングで敵が現れよった」

「え!?」


 全員が叫び、窓際に立っていたブルーが勢いよくカーテンをあけた。


「あ、あれは……」


 俺の家の前で、全身を黒タイツで覆った人間たちが暴れていた。花壇の花を踏みまくり、駐輪されている自転車たちをドミノ倒しにし、どこの洗濯物を盗んできたのか、頭からパンツをかぶっているやつまでいる。


「…………」


 黒いスーツの胸部分には、肋骨を思わせるマークが描かれている。

 そして全員が全員、「いー! いー!」と叫んでいる。


「……あれって、レンジャーというよりライダーの敵じゃね?」


 俺の疑問よりも数倍大きな声で、


「南南東、イ、サンマルサンに敵集団を確認! イッパンジャー、出動せよ!! はあっ!!」


 そう叫んだのは当然ブルーだった。

 今の声は、両隣はもちろん、上下階にまで聞こえているだろう。

 ――今すぐ引っ越したい。

 19年という人生の中でここまで切実にそう考えたのは初めてだった。

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