第四話 ハロー!!
けたたましい警告音が部屋に響き渡る。それから、無機質なアナウンスが流れた。
『施設爆破まで、残り5分』
早急にここから脱出しなくてはならない。そんな俺に襲いかかる、バカでかい化け物。
……体力は満タン。治療薬は持ってる。弾薬も申し分ないし、手榴弾も確保済みだ。
あとは、俺の腕にかかっている。
「よし来い! 化け物!」
ピンポーン
……俺の気合が吹き飛ぶ、間抜けな呼び出し音が鳴った。
俺は一気に現実へと戻され――いや、戻されない。ここはスルーする。今大切なのは、5分以内にこの化け物を倒すことだ。
俺はコントローラーを握りしめ、目の前のテレビ画面を睨みつけた。
ピンポーン
出たくない。出てはいけない。
ピンポーン
ピンポーン
ピピピピピピピピピピピンポーンピンポーン
……しつこい。
俺はポーズボタンを押すと、玄関へと向かった。
嫌な予感がする。
こういうタイミングでやってくるのは大抵、関西弁の猫だったり、関西弁の猫だったり、関西弁の猫だったりするからだ。
俺は足元を睨みつけながらドアを開いた。
ところが俺の予感は外れ、そこに見えたのは女物のサンダルだった。
「ハロー!!」
明るい声に視線を上げる。見覚えのない、金髪長身の女性が立っていた。
俺は目を見開いたまま硬直する。そんな俺の足元から、
「イッパンジャーのイエロー、連れてきたでレッド!!」
はりきった虎猫の声が聞こえてきた。
「え、あ……」
戸惑う俺の目の前に、笑顔を振りまく金髪の女性。背が高くて脚は長くて、目は青くて笑顔が眩しくて……。
扉から顔だけ出して周囲を確認してみる。今日は、ブルーもグリーンも来ていないらしい。
――まさかイッパンジャーのメンバーに、外国の方が加わるとは思ってなかった。困ったな。俺、英語できないのに。
とりあえず、中学校の時に習った一番簡単な挨拶を声に出してみた。
「な……ナイスチューミーチュー!」
それを聞いて、イエローはにっこり笑った。
「こんにちワ、レッド! ワタシはイエロー! 今年でハタチね!!」
……日本語ができるなら、初めからそう言っておいてほしかった。
イエローと虎猫を家に上げると、彼女はローテーブルを見るなり興奮した様子で叫んだ。
「これ、ユーメイなチャブダイ! ひっくりかえすテーブルですネ!?」
どこの野球漫画だ。しかし彼女のおしゃべりは止まらない。
「さすがデス! さすがはニンジャのヤシキ! あの、マドに貼ってあるペーパーはカクシトビラ!? ヤマ、カワ言ったら通れるヤツですか!?」
それは虎猫が割った窓ガラスに段ボールを貼ってあるだけです。
ていうか、
「忍者の屋敷? うちが?」
「ハイ! ワタシ、イッパンジャーはニンジャって聞いたんダッテバヨ!!」
……本当に、色んな漫画を読んでらっしゃるようだ。しかし、
「誰がそんなこと言ったんですか!?」
「しましまとらのネコチャン」
名前を呼ばれた虎猫は、背中の毛を逆立てた。それからやたらと慌てて、
「ちゃうねん! ちゃうねんて!」
こちらに向かって走ってくる。……って、
「おま、ちょ、あぶなっ」
「フギャッ!!」
珍しく虎猫が転んだ。転んだ理由は、俺がポーズ状態でほったらかしていたゲームのコンセントに引っかかったからだ。
虎猫がつまずいた拍子にコンセントが抜ける。ブツン、と虚しい音を立てて、テレビ画面は真っ暗になった。
「ああああああああああああああ!!!」
俺は虎猫を無視して、ゲームのもとへ向かう。
「お前! これ、やっとたどり着いたボス戦だったんだぞ!? くそ、最後にどこでセーブしたっけ」
「……レッド、わいの心配はせえへんのか。あんだけ派手に転んだんやぞ」
「大丈夫かい虎猫くん?」
「いまさら遅いわ阿呆」
それを見ていたイエローが、拍手し叫んだ。
「すばらしいハンザイ!!」
それが「素晴らしい漫才」の言い間違いであることに気付くのに、多少時間がかかった。
「……つまりこの馬鹿猫が、忍者になれるとかなんとか言って、あなたをイッパンジャーに誘ったんですね?」
「レッドに馬鹿とか言われたないわ、この阿呆」
「うるせえ。口にガムテープ貼り付けるぞ」
俺が睨みつけると、虎猫は「うわあ~ん」と情けない声を出した。
「動物虐待や~! お姉さん助けてえなあ、あのお兄ちゃんが怖いこと言う~」
虎猫は正座しているイエローのもとに歩み寄ると、彼女の太ももに頭をゴシゴシとこすりつけた。
「カワイソウね。ヨシヨシ」
イエローはそんな虎猫の頭を撫で、さらには自分の膝の上に虎猫をのせた。
な、なんてうらやましいポジション……!
「……なんや、レッド。文句あるんかい?」
ニタニタといやらしい笑顔で、虎猫がこちらを見てくる。
くそ、くそ。なんて卑怯な……!!
それからイエローはしばらくの間、聖母みたいな手つきで虎猫の背中を撫でていた。虎猫は満足そうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
なんだこの、俺だけ除け者みたいな空間。
「……そういえばワタシ、フシギはっけんに思ってたことがアルんですよ」
虎猫を起こさないよう配慮したのか、先ほどよりも幾分静かな声でイエローが言った。
何かの番組名が混ざっていたが、ここはスルーする。
「なんでしょう?」
これでもしも、『イッパンジャーは忍者なのか』という質問だったら、はっきりと否定しよう。じゃなきゃ、この人がかわいそうだ。
イエローは虎猫の頭を撫でながら、話を続けた。
「このネコチャン、なんで話せるんですか? 宅配マジョのところの黒ネコチャンですか?」
残念ながらその虎猫は、某魔女映画の黒猫とは似ても似つかない邪悪な顔である。
それにこの猫がどうして話せるのかは、俺だって知りたい。
「あと……この子はオーサカの子ですか? モウカリマッカのことばをしゃべってマス」
……つまり、虎猫の関西弁が不思議だと。それも、俺だって知りたい。
「どうなんだ、虎猫」
俺が訊くと、イエローの膝の上でゴロゴロ言ってた虎猫はゆっくりと片目を開けた。
「わいが話せるようになったのは努力のたまもの、それだけのこっちゃ。……それから、猫は普通、ニャーニャー言ってるやろ」
「ああ」
「あれは猫語やねんけどな。あの猫語、人間の言葉に訳すと全部関西弁やねん」
「は!?」
つまりやな、と虎猫はにやりと笑った。
「北海道でニャーニャー言ってる猫も、東京でニャーニャー言ってる猫も、沖縄でニャーニャー言ってる猫も、人間の言葉に訳すと関西弁で喋ってるんや。猫のわいらには、関西弁が標準語やねん」
な、なんということだ……! それはつまり、
「あの高級な感じのするシャムとか、かっこいいアメリカンショートヘアとか、かわいらしいマンチカンとかも、全員関西弁だと?」
「そやで」
「…………」
なんだこの、やるせない気持ちは。
別に関西弁が嫌いなわけではないが、何故こんなに物悲しいのだ。
虎猫の説明を聞いたイエローは、ぱっと顔を輝かせた。
「Oh! ニッポンの猫ちゃん、みんなモウカリマッカ!?」
「そやそや、もうかりまっかー」
「ボチボチデンナー」
「うまいうまい」
「……その『儲かりまっか』って言い回し、関西でもそんなに使われてないって聞いたぞ」
俺が突っ込むと、
「猫の世界では使うんや! お前、イエローの夢を壊すんやない!!」
恐ろしい形相で怒られた。
*
虎猫が新メンバーを連れてくると怪獣が出現する。例に漏れず今回もそうだった。
「……あれは」
遊泳禁止のため誰も近づかない海に現れたその怪獣は、ゴリラとクジラを足したような名前の怪獣にそっくりだった。ただし、身長は2mくらいしかないけど。
「そこまでだ、メンストゥアー!」
いつも通りのブルーのセリフ。それを聞いたイエローが「Oh!」と大きく反応した。
「あのMonsterはメンストゥアーって名前なんデスね! ベンキョウになります!」
違うんだ、イエロー。ブルーはあれで、モンスターと発音しているつもりなんだ……。
イエローの悪意なき笑顔を前に、ブルーは一瞬沈黙したのち、
「そうだ。あの怪獣はメンストゥアーだ。メンストゥアーという名の、怪獣だ」
――さらっと命名してんじゃねえぞ、おい。
それから約二分後。
全員が横並びになって万歳ポーズをとる、地獄の変身を終えた後のこと。
「weaponをくれるんですネ!?」
イッパンジャーには専用の武器がある、と聞いた時のイエローの反応はすごかった。
「シュリケン!? マキビシ!? カタナ!?」
もちろんイエローの武器も、金属バットである。
「後からカタナになるんデスか!? それともナギナタ!?」
申し訳ないが、金属バットは金属バットのままである。
「……そういえば、イエローのバットのエフェクトは何なんだ?」
イエローの武器のエフェクトが『メタモルフォーゼ』とかだったらいいのにな、と思いつつ虎猫に聞く。
奴はいつも通り、にやりと笑った。
「『フラッシュ』いうてな、強烈な光で敵の目を潰せるんや。ただしイエローのエフェクトは持続せえへん。発動時間はほんの一瞬や。とはいえ結構強力やで」
「へえ」
「ワタシの専用ワザ! どうやるんデスか!?」
イエローはやる気満々だ。もしかしたら、エフェクトを発動させたら武器が変形するとでも思っているのかもしれない。
「自由の女神みたいなポーズしてな、『フラッシュ』って叫べばいいんやで~」
気持ち悪いほどの猫なで声で、虎猫がアドバイスする。
――この野郎、イエローの前では可愛い子ぶるつもりか。
虎猫の言葉を聞いたイエローは、何のためらいもなくバットを天に向かってかざした。
そして、
「Flash!!」
美しい発音で、そう叫んだ。
次の瞬間、バットが光った。いや、光ったなんて可愛いものではない。それは、目も開けていられないほどの閃光だった。
イエローの隣に立っていた俺は、その光をモロに食らった。
「目が! 目があああああああああああああ!」
俺は両目を押さえてその場に倒れこんだ。
こ、このヘルメット、目の部分はサングラスみたいな色合いをしているくせに、まるで役に立たねえ!
俺が砂浜で七転八倒していると、
「ちょっ、レッドさん!? 目を閉じてなかったんですか!?」
「まあ、彼は馬鹿だからな」
本気で心配してくれているグリーンと、呆れているブルーの声が聞こえた。この二人はちゃんと目をつぶっていたらしい。
――そ、そうか。目をつぶっておけばよかったのか……。
虎猫が「これやからレッドは」と笑う声が聞こえてきた。
「ま、次からはちゃんと目をつぶるんやな。恥ずかしい奴やで、ホンマに」
「しましまとらのネコチャン、泣いてるの? ダイジョウブ?」
「大丈夫や。ちょっと眩しかっただけやねん……」
お前もモロに食らってるじゃねえか、虎猫。
この後なにが起こっていたのか、俺にはよく分からない。というのも、しばらくの間まともに目を開けていられなかったからだ。
最終的に「リア充爆発しろおおお!!」という声と爆発音が聞こえたので、ブルーがとどめを刺したということだけはわかった。
その言葉を聞いたイエローが、「ワンダフルなワザですネ!!」と拍手していたが、どこら辺がワンダフルなのかを今度詳しく教えて頂きたいと思う。俺にはまるでわからないので。
*
「――いやはや、見事な戦いっぷりやったで! わい、感動しすぎて泣いてしもた!」
赤く充血した目で虎猫が言った。
お前も次からはちゃんと目を閉じておけよ、と内心で突っ込む俺の目も真っ赤である。
ブルー、グリーン、イエローの三人は満足いく戦いができたのか、スッキリとした顔をしていた。本当に、俺が地面に突っ伏している間に何が起こっていたのだろう。
「残るはピンクやな。ま、そのうち連れてくるから気長に待っといてなー」
いやもういいんじゃないかなー……。
俺の心からの言葉は届かず、虎猫はまたもやどこかへ行ってしまった。
浜辺に取り残された俺たちを、赤い夕日が照らす。これがテレビ番組なら、エンディングテーマでも流れてきそうなシチュエーションだ。
「……ところでレッド。君は今日、なにをしに来たんだ?」
エンディングテーマが台無しになる一言だよ、ブルー。
「早くリーダーっぽく活躍できるといいですね、レッドさん!」
グリーン。君はいい子だが残酷だ。
「ワタシ、感動しました! イッパンジャー、スバラシイ! ニンジャの進化versionネ! ワタシ、イッパンジャーになれてよかったデス!!」
それはよかったな、イエロー。次回からはフラッシュを使う前に一言くださいお願いします。
俺たちは晴れやかに笑うと、帰宅するため、全員バラバラの方向に歩き始めた。
子供たちの憧れ、普通戦隊イッパンジャー。その活躍は、未だに誰も知らない。