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第三話 頑張りますから!

 なんでこう毎度毎度、嫌なタイミングでやってくるんだろうか。



 カップ麺に湯を注ぎ、2分30秒ほど経った頃に鳴ったインターホン。なんとなく、はてしなく嫌な予感はしていた。

 押し売りセールスのおばさんだったら嫌だと思いつつ、押し売りセールスのおばさんであることを祈り、そっとドアを開ける。


「よっ! 元気にしとったかー!」


 足元から聞こえてくる声に落胆した。

 ――お前か。やはりお前なのか。

 声の主、虎猫は俺の足もとをすり抜けて、我が物顔で部屋の中へと入っていく。視線をあげると、美形で知的だけどネジの外れているブルーと目があった。


「……必殺技はちゃんと考えたか」


 一言目がこれだ。やはりこいつはズレている。そう思いつつも俺は頷いた。


「サンダーアタック、でどうだ」

「ダサいな」


 一蹴された。『リア充爆発しろ』が必殺技だと豪語するこいつにダサいと言われた。泣きたい。こいつのセンスと俺のセンス、どっちがおかしいのか誰かに聞きたい。


「なあなあ、カップ麺伸びてまうでー」


 部屋の奥から虎猫の間延びした声が聞こえてくる。

 お前らのせいだと思いつつ、俺はブルーを部屋にあげて扉を閉めた。その時。


「あ……あのー……」


 外から小さな声が聞こえた。気がした。


「?」


 もう一度ドアを開けると、そこには見知らぬ青年が立っていた。

 身長は165cm程度、おそらくは高校生だろう。

 校則をきちんと守っているらしい冴えない髪型に、無難な黒Tシャツ、2000円するかしないかのパンツ。綺麗な二重まぶたは若干垂れていて、「人畜無害」という四字熟語を表現したみたいな姿だと思った。


「えーっと……?」


 首をかしげる俺の背後から、虎猫の声が聞こえてくる。


「あ、影が薄すぎて忘れとった! そいつ、グリーンやねん!」

「おまっ……! 酷すぎだろそれ!!」

「だってー」


 虎猫はふふんと自慢げに笑うと、


「めちゃめちゃ影が薄いから、グリーンに選んでんもん」


 なんということだ。ある意味、「アホ丸出しだから」選ばれた俺よりも酷くないか。

 困惑する俺に、ブルーが言う。


「戦隊の中で、一番影が薄いのはグリーン、その次はイエローというのが相場だ。影の薄さに比例して、弱いキャラクターでもある」


 酷すぎる。グリーンの扱いが酷すぎる。

 が、反論できなかった。



 一人暮らしの俺の部屋は、はっきり言って狭い。そこに俺と、長身のブルーと、影の薄いグリーン、ついでに虎猫まで集まっているこの現状。

 ――狭い。ただでさえ狭いのに、さらに狭い。

 小さなローテーブルを3人と1匹で囲って座ると、ブルーがテーブルに頬杖をついて気怠げに呟いた。


「……狭いな」


 文句言うなら帰れ。

 そう言いたいのをぐっとこらえ、俺はすべての元凶である虎猫を睨みつける。そんな俺を見て虎猫は「どしたん?」と声を出す。そして、


「ラーメン食べへんの? あ、皆に見られてたら食べにくい?」


 問題はそこじゃねえんだよ。



「あ、あのー……」


 グリーンがようやく口を開いたのは、部屋に通して1時間経ったころ――ブルーが俺の必殺技を考えると言い出したのでそれを断固拒否し、のびたラーメンを一人で食べ終え、ブルーが「一番好きな戦隊ヒーローのDVDを持ってきたから参照しろ」と言い出したため全員でしぶしぶ一話だけ鑑賞し、二話目も観ようと熱く語るブルーを横目に、飲み物がないからコンビニにでも行くかなどと考えていた時――だった。

 人見知りらしいグリーンは、視線をあちこちに彷徨わせながらも、


「き、訊きたいことがあるんですけど……いいですか……?」


 こう言った。俺はこくりと頷く。

 ――今度こそ、イッパンジャーを辞めたいという相談に違いない。

 そう思っていた。のだが。


「僕たち……どうして変身するんでしょうか」


 ブルーほどではなかったが、俺の予想の少し斜めをグリーンの言葉が飛んでいった。

 俺が続きを促すと、グリーンは小さな声で話を続ける。


「虎猫さんの話によると、僕たちは変身しても身体能力が上がるわけではないんですよね? だったらどうして、全身タイツかつヘルメット姿に変身しなきゃいけないんでしょう」

「…………」


 言われてみればそうだ。メリットもないのに、なんで変身しなきゃいけないんだろう。

 目を丸くした俺と、おどおどしているグリーンの顔を見比べ、ブルーは肩をすくめた。


「レンジャーだからに決まっているだろう」


 当たり前みたいに言うな。


「なんや、そんなことも分からへんのか」


 俺の横で毛づくろいしていた虎猫が笑い出した。


「どういうことだよ」

「なあお前ら、よう考えてみいや。仮に変身せえへん状態で怪獣と戦うとしてやで? レンジャー5人で、1体の怪獣を金属バットでボコ殴りというこのリンチ映像。……変身してなかったら、お前らの素顔がばっちり目撃されてしまうやないか」


「「「…………」」」


「変身してたら、誰がやってるのかは分からん。そのためのヘルメットに決まっとるやろ!」


 なんでこんなに犯罪のにおいがプンプンするんだ、このレンジャー。



     *



 怪獣が出現したのは、それから3日後だった。

 ブニブニとしている体に、透明感のある水色、そして玉ねぎみたいな形。やっぱりどこかで見たことある。

 廃校となってしまった中学校のグラウンドをポヨンポヨンと跳ねている敵に向かい、ブルーが叫んだ。


「そこまでだ、メンストゥアー!!」


 ブルーのこの『メンストゥアー』に、俺は一生慣れない気がする。

 前回やった通りに右手を挙げ、変身するから待ってくださいと怪獣に向かって叫ぶ。

 そうして俺とブルーとグリーンは3人横並びで、両手をあげると左膝を曲げた。


「「「へえ~んしい~ん!!」」」


 やっぱり泣きたい。なんで3人横並びで、ひとつぶ何百メートル走れるおじさんのポーズをしなければならないのか。

 自分の年齢を考えるとさらに泣きたい。もうすぐ二十歳なのに。



「……まだ聞いていなかったな。君のバットのエフェクトはなんだ?」


 変身後、金属バットを手にしたブルーがグリーンに尋ねた。


「僕のバットは、透明になるんです」

「なるほど。さすがは影の薄いグリーンのバットだ」


 失礼にもほどがあるだろ。


「ちょっとやってみてくれないか?」


 そう言われて、グリーンが頷く。そして、バットに向かって叫んだ。


「スケスケ!!」


 ――バットがだんだんと透明になり、そして見えなくなった。

 確かに透明になった。

 だが待てその前に


「なんだ今の掛け声!?」

「え? エフェクトを発動させるためのキーワードですけど……」


 俺のバットのエフェクトは雷で、キーワードは「サンダー」だ。だけどこいつのは――


「スケスケってなんかそれ――」

「えっちなビデオみたいやな!!」


 横ですべてを聞いていた虎猫がすかさず突っ込む。それから、こちらを見てにやりと笑った。


「とか思ったんやろ、レッド。やらし~」

「…………んなこと、ねえよ………」


 俺と虎猫のやり取りを、グリーンとブルーが無言で見ている。く、くそ。


「だ、黙ってないで何とか言えよブルー!!」

「僕は虎猫の言うとおり、そういうビデオのことを想像したんだが」


 お前、そういうことをさらりと言うか。


「しかし……」


 ブルーはグリーンの手元を見たまま、ヘルメット越しに顎をさすった。


「エフェクトが『透明』となると、君の能力は――」

「あ、あの! 今回は僕に任せてください! 頑張りますから!」

「へ? あ、おいグリーン!」


 ブルーの言葉を最後まで聞かず、グリーンは一人、透明になったバットを構えて敵のほうへと突っ込んでいった。やたらと気合が入っているようだ。


「わあああああああああ!!」


 グリーンは大声を上げ、敵に向かって力強くバットを振った。

 が、あっさりとかわされた。

『ひゅるるん』という情けない音、それに『ミス! ダメージをあたえられない!』という文字が見えた気がした。


「……透明になる、と聞いた時から思っていたのだが」


 一部始終を見ていたブルーが、冷静な口調で呟く。


「飛び道具ならともかくバットの場合、透明になってもあまり意味はないな。構えている姿を見れば、バットがどの方向を向いているのかなんて簡単に分かる」


 ……確かに。

 俺たちがこうして喋っている間も、グリーンの攻撃は敵にすべてかわされている。すでに息を切らし始めているグリーンを見ているとなんだか可哀そうになってきた。どうやったら、あのスケスケバットで敵にダメージを与えることができるのだろう。

 ――飛び道具ならともかく……。

 その言葉を反芻した俺は、いいことを思いついた。


「あの透明なバット、投げればいいんだよ!」


 ブルーよりも先に打開策を思いついたことが嬉しくて、俺はグリーンに向かって大声で叫んだ。


「おーいグリーン! それ、投げたら当たるかもよー!!」

「……相変わらず馬鹿なレッドだ。そんなことを叫んだら、相手だって構えるに決まってるだろう」

「え? あ」


 ブルーの呟きはグリーンに聞こえておらず、彼は透明なバットを敵に向かって放り投げた。

 しかしやっぱりというか、あっさりと避けられた。


「あーあ。言わんこっちゃない」


 ブルーが露骨にため息をつく。

 ――く、くそ。これじゃまた俺がただの馬鹿みたいじゃないか。

 俺はヘルメット越しにブルーを睨みつけた。


「ブルー、だったらお前がもっといい案を出せよ」

「グリーンのバットで敵を倒す方法か? それならば、『ない』。これが答えだ」

「は?」

「いくら弱そうな敵だからと言って、グリーン一人で倒せるはずがないだろう。なぜなら彼は、レンジャーの中で一番弱いという宿命を背負っているからだ」


 ひどい……なんてひどい戦隊ヒーローなんだ……。


「それよりも、グリーンはさっきから何をしているんだ?」

「へ?」


 俺は、ブルーの視線の先を見た。

 ……グリーンの様子がおかしい。彼は敵の攻撃を何とか避けながら、きょろきょろとあたりを見回していた。地面に両手を付け、手探りで何かを探しているようにも見える。

 俺はつい、大声で叫んだ。


「おーい! どうしたー!」

「バッ……」


 グリーンがあたふたしながら、叫び返してくる。


「バットが見つからないんです!!」

「え!? ……あっ」

「――まあ、透明なバットを投げてしまったらわからないだろう」


 ブルーがどこまでも冷静に言った。


「なら、バットのエフェクトを解除すればいいじゃん!」


 俺はそう叫んだあと、ハッとした。



 そういえば、バットのエフェクトってどうやって解除するんだ?



「な、なあ。エフェクトってどうやって解除すんの? 『解除してください』ってバットに向かって叫ぶのか?」


 隣にいた虎猫に訊く。すると、


「……一度エフェクトを発動させたら、その戦闘が終わるまで解除はできへんで」


 ものすっごく面倒くさそうな顔で、そう返された。


「…………」

「ど、どこに行ったんだろう僕のバット!」

「君のせいだな、レッド」


 ブルーが俺に、とどめを刺した。



 四つん這いになってバットを探し続けているグリーンに申し訳なくなり、俺は戦闘に参加することにした。


「お前は出てこなくていいからな、ブルー!」


 俺の言葉を聞いたブルーが、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。


「当たり前だ。こんなレヴェルの低い戦闘に僕は参加しない。僕のイメージが汚れる」

「なんだよおまえのイメージって! ……いやいい何も言うな! 『サンダー』!」


 エフェクトを発動させて、俺はモンスターへと突っ込む。

 ――そうだ、俺の必殺技をブルーに認めさせなくては。しかし『サンダーアタック』のままではダサいと言われてしまう。

 ……ならもっと、かっこいい技名をこの場で適当に考えてやる!


「えーっと……ス、スペシャルゴージャスクリティカルローリングサンダーアタッ」


 次の瞬間。



 見えない何かを踏んづけて、バランスを崩した俺は派手に転んだ。



 バットを構えていたせいでうまく受け身がとれず、顔面から地面に落ちる。


「ふごっ!!」


 何もないはずのところから、金属が跳ねるような音が聞こえた。そして、


「あ、僕のバット!!」

「馬鹿だなレッド」

「アホやなレッド」


 2人+1匹の声が、同時に聞こえた。

 それを見ていたモンスターは何故か、


「ぼ、僕は悪くないよ! 僕は悪くないよ!」


 と言いながら、どこかに行ってしまった。



     *



「いっやー。大活躍やったなレッド!!」


 右目がパンダのようになっている俺を見て虎猫が笑う。俺は右目に手を当てて呟いた。


「……あのヘルメット、本当に意味があるのか? ちゃんと被ってても、右目がこんな……」

「あのヘルメットは顔を隠すためのもんやって言ってるやんか!」


 なにも守れないヘルメットなんて存在するのかよ。

 俺と虎猫が言い合っていると、ブルーが「それよりもレッド」と口を挟んできた。


「さっきのお経のような必殺技、ダサいぞ」


 一蹴だった。

 お経のような必殺技とは恐らく、俺が転倒する直前に叫んでいた『スペシャルゴージャスクリティカルローリングサンダーアタック』のことだろう。

 く、くそ。俺だって、『サンダーアタック』のほうがまだマシだと思ってたよ……!!


 

 帰宅途中、駅に向かって歩くグリーンに俺は尋ねた。


「なあお前、イッパンジャーを辞める気とかないの?」


 それを聞いたグリーンは、ぶんぶんと首を振る。


「僕、今まで本当に影の薄い人生だったんです。だから、レンジャーになったらちょっとは影も人生も濃くなるかなって思ってて……!」

「……そうか」


 目を輝かせているグリーンにもはや何も言えず、俺はただただ空を仰いだ。

 そしてやっぱりというか、今回の戦いを見ていた人は誰もいなかった。

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