第二話 お前たちの好きにはさせない!
どうしてこんなことになった。
1週間前と同じことを考えながら、俺は目の前にいる男のことを見つめていた。
某国立大学法学部の3回生だという彼は、同性の俺から見てもルックスはかなり良い。韓流スターの誰かに似ているような、しゅっと整った顔立ち。にきび一つない綺麗な肌。ファッションセンスも悪くないし、学歴のことも鑑みれば滅茶苦茶にモテそう――というのが、彼に対する俺の第一印象だった。
そんな彼は今、俺の前で熱く、かなり熱く、語っている。
「へえ~んしい~ん! これは変身するためのキーワードだから変更は不可能だ。だが、このままではありきたり、そのうえ率直すぎる。へえ~んしい~ん! という掛け声の前に、独自の決め台詞、もしくは決めポーズをいれるべきではなかろうか」
さっきから彼は、こんな感じのことを熱く、とても熱く語っている。
彼の傍にいる虎猫は満足そうにうんうんと頷き、そしてにやりと笑った。
「流石、わいが選び出したブルーや。冷静沈着、理路整然。そして、レンジャーに対する想いは熱い。我ながら素晴らしい人選! そう思わんかぁ? レッド」
俺は虎猫を睨みつける。
俺の部屋の窓ガラスが割れっぱなしになっているのも、俺がイッパンジャーをやることになったのも、目の前にいる男の話を聞く羽目になってしまっているのも、すべてこいつのせいだからだ。
*
「ようレッド、久しぶりー!」
インターホンが鳴ったのでドアを開けてみると、足元から聞き覚えのある声がした。恐る恐る視線を下げると、例の虎猫がこちらを見上げてニヤニヤしながら座っている。その姿を見た途端、俺の身体がさあっと冷たくなった。
一般人から選ばれし戦隊ヒーロー、イッパンジャー。
そのレッドとして選ばれてから、ちょうど1週間が経っていた。
その間、特に怪獣が襲ってくることもなかったので、俺はチェンジケータイを机の引出しにしまいこみ、普通の大学生としての日々を過ごしていた。
正直、もうちょっとしたらチェンジケータイは捨ててしまおうとすら思っていた。その矢先に、
「ブルー連れてきたで!!」
これだ。
顔をあげると、見知らぬ男と目があった。男は俺の顔を見て、ふっと鼻で笑った。気がする。
「なるほど、君がレッドか。僕は、ブルーだ」
彼は至極真面目にそう言った。
整った顔で、至極真面目にそう言った。
俺は目を見開いて、そいつのことをじろじろと見る。
なんだこいつ……なんだこいつ……!?
「お邪魔するでー」
俺が困惑しているその隙に、虎猫は足もとをするりとくぐりぬけて部屋の中へと入っていった。
「あ、ちょっまっ……!」
「なんや? エロ本でも読んどったんかいな」
猫はふふんと笑うと、つけっぱなしだったテレビを見た。
「あ、ビデオの方やったか。失礼」
エロいビデオを見ていたことを、これほど後悔したことはなかった。
仕方なく、ブルーと名乗る男も部屋にあげる。さっさとテレビを消してDVDのパッケージを隠して、
「なあなあ、なんで窓ガラスに段ボールを張り付けてるん?」
この猫を追い出したい。
「……お前が割ったからだろ」
「修理すればいいやん」
割ったお前が修理しろよ。俺がそう突っ込む前に、ブルーが口を開いた。
「レッド。今日は同じレンジャーとして、君に相談したいことがある」
俺はブルーの提案に頷いた。
彼は先ほどからずっと真面目な顔をしている。俺も、誰かに相談したいと思っていたのだ。
どうやったら、イッパンジャーを辞めることができるんだろうって――
「君は、自分の必殺技を考えたか」
俺が相談しようと思っていた事のはるか斜め上を、ブルーの台詞が通り過ぎていった。
「……はい?」
「必殺技の話だ。レッドのエフェクトは雷なんだろう? それに合う、必殺技を考えたのかと聞いている」
ひっさつわざ、の意味をまず頭で考える。そして頭に浮かんだのは、
「しょーりゅーけん、とかそういうの?」
「真面目に返事をしてくれないか」
「……すみません」
ブルーの声に気圧され思わず謝る。それを見ていた虎猫が「ははっ」と笑った。
「やっぱりレッドはアホやなあ」
お前に言われたくない。
「虎猫、君がこの馬鹿を選び出したんだろう?」
お前にも言われたくない。
――それから2時間。
その男、ブルーは真面目な顔のままイッパンジャーについて語り続けた。歴代の戦隊ものと比較して、スーツのデザインがどうのこうの。決め台詞はあーだこーだ。変身するまでのポージングがうんぬんかんぬん。
情熱的に語る男を見ながら、俺は確信していた。
こいつ、戦隊マニアだ。
だからイッパンジャーをやろうとしてるんだ、そうに違いない。じゃなきゃ普通、こんな恥ずかしい戦隊ヒーローをやろうだなんて思わないし、こんなに熱く語れない。
「イッパンジャーは、もっと『かっこいいレンジャー』を目指すべきだ。そのためにも決め台詞とポーズがいる。お前も真剣に考えろ」
どうあがいても格好悪いであろうこの戦隊を、どうやって格好良くしろと。
俺はため息をつくと、投げやりに言った。
「いや、俺が考えても格好良くなりそうにない。お前が考えてくれよ」
「賢明な判断だな」
そう言われてしまうと、妙に悔しかった。
*
まさかの怪獣出現は、それから2日後だった。
インターホンが鳴ったので、俺はきちんとテレビを消してからドアを開けた。そこには、
「怪獣が出たんや。出動するでー!!」
ワクワクした顔の虎猫と、
「…………」
無言ではあるがワクワクした様子のブルーがいた。
俺がため息をつくのを見て、虎猫が首をかしげる。
「なんや、またビデオ見てる途中やったか?」
確かにそれもあるけど。
今回、敵が出現した場所は、町はずれに位置する廃工場だった。錆びたドラム缶、鉄骨がむき出しになってしまった壁。そういえばレンジャーものの戦闘シーンって、こういう場所が多い気がする。
誰よりも気合の入っているブルーは、どこかで見たことあるような黄色い電気ネズミに向かって叫んだ。
「そこまでだ! メンストゥアー!!」
それを聞いて、俺は首をかしげた。
「メンストゥアー? なんだそれ」
「化け物のことだ。そんなことも知らないのか」
呆れた顔でそう言われて、俺は10秒考えて、『メンストゥアー』は『モンスター』なのだとようやく気付いた。
要するにブルーは、英語の発音がとってもよろしかった。
いや、ていうか、その発音は正しいのか?
「お前たちの好きにはさせない! 我ら、正義と愛と勇気と強さと優しさとまごころの象徴!!」
色々詰め込んだなあと思っている俺の目の前で、ブルーは右手をあげると、左手を腰に添えて叫んだ。
「普通戦隊、イッパンジャー!!」
それからぼそっと「決まった……!」と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
ブルーは不意に俺の方を見ると、
「なにしてる、お前もポーズをとれ」
「……はい」
確かに決め台詞や決めポーズのことを丸投げしたのは俺だけど、こんなふうになるなんて思ってもみなかったよ、ちくしょう。
俺は右手を高く上げて、左手を腰に添えた。それを見たブルーが、叫ぶ。
「今から変身するので、10秒ほど待ってください!!」
それを宣言するために右手あげてんのかよ、これ。
叫び終わるとブルーはチェンジケータイの通話ボタンを押してから、両手を高く上げて――いわゆるバンザイのポーズをした。後でグチグチ言われないよう、俺もそれに倣う。
バンザイのポーズのまま、ブルーは左足をスーッと前に出し、それから膝をカクッと曲げた。
「へえ~んしい~ん!!」
……どこからどう見ても、あのキャラメルみたいなお菓子の箱に描かれているおじさんのポーズだ。
泣きたい。誰だよ、イッパンジャーを格好良くするとかほざいた奴は。
変身を終えると、ブルーはすかさず「武器をください!」と叫んだ。格好つけてはいるが、出てきたのはやはり金属バットだ。
ブルーは何度か素振りをすると、やる気なく棒立ちしている俺の方を振り返り、
「必殺技は考えてきたか?」
……ヘルメットで顔は見えないが、ものすごく真剣な顔で言ったんだろう。俺はヘルメットの中で、ぽかんと口を開けていた。
ここまできて、そこにこだわるか。
「…………考えてねえよ」
「不真面目だな。いい。今回は俺ひとりでやる」
そう言うとブルーは、黄色いネズミのモンスター
「覚悟しろ! メンストゥアー!!」
メンストゥアーに向かって走り出した。
「……ほんま、あっつい男やなあ」
すぐそばで何もかもを見ていた虎猫が、感心したような声で言う。
「レッドも見習いや?」
どこら辺を?
それからしばらく、ブルーの孤独な戦闘は続いた。
黄色いネズミはとてつもなく素早く、ブルーの攻撃はまるで当たらなかった。空振り三振もいいところだ。
しかし頭の良さを活かしてなのか、それとも偶然なのか、黄色いネズミを徐々に工場の隅に追い詰めつつある。確実に攻撃が当たる場所まで、敵を誘導できているようだ。
そうしてついに敵を追い込んだ時、俺はふと思い出して虎猫に訊ねた。
「そういや、あいつのバットのエフェクトって何なの?」
それを聞いた猫がこちらを見上げて、にやりと笑う。
「爆発、や」
その時だった。
「リア充爆発しろおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
ひときわ大きなブルーの叫び声と、爆発音が廃工場に轟いた。
白旗をあげて退散していく黄色いネズミ。
勝ち誇ったようなブルーのガッツポーズと、「これが僕の必殺技だああああ」という謎の宣言。
それらすべてを遠目に見ながら、俺は固く決意した。
あいつに変な必殺技を考えられる前に、自分でもっとマシなのを考えださねば。
*
「やー! 見事な戦いっぷりやったで、ブルー!!」
猫の嬉しそうな声に、ブルーが素直に頷く。「よかったな」と小声で呟いた俺に、
「お前もやる気ださんかい!!」
前回同様、猫パンチが直撃した。戦ってもいないのに、またもや俺のヘルメットに傷がつく。
「あー、またこんな目立つところに……」
そうしてぶちぶち文句を言う俺を気にも留めず、
「んじゃ、また他のメンバーを見つけたら戻ってくるわ!」
「次までに、必殺技を考えておくんだな」
虎猫とブルーはそう言い残すと、颯爽と走り去っていった。
ちなみに。今回の熱い戦いを見ていた人は、やっぱり誰もいなかった。