第一話 俺たちが相手だ!
俺はどこにでもいる普通の大学生だ。ちなみに今は2回生。
毎日だらだら大学に行って、適度にバイトをして、友達と遊んで――。
そんな感じの、なんてことない人生を送っている。
そんな俺だが、選ばれた、らしい。
*
2011年5月9日、ゴールデンウィーク明けの月曜日。
目が覚めた俺は、真っ先にその異変に気付いた。
「……なんじゃこりゃ」
枕元に、見覚えのない折り畳み式携帯が置かれている。真っ赤なボディは明らかに俺のものじゃないし、俺の趣味でもない。
「んん? どうしたんだっけ、これ」
寝ぼけ眼をこすりながら少しいじってみるが反応しない。もしかしたら壊れているのかもしれない。
……しかしよく見るとこの携帯電話、かなりチープな感じがする。普通の携帯よりもかなり軽いし、中が空洞になっているのか、叩いてみればカツカツと情けない音がする。
なんか、プラスチックで作られたおもちゃの電話みたいな――
「お前はイッパンジャーに選ばれたんや」
ああそうそう、子供向けの特撮番組に出てくる機械もこんなイメージだよな。
「……って、え!?」
声のした方を見る。
ローテーブルの上に、茶色の虎猫がちょこんと座っていた。
「なんだお前!? 野良猫!? どっから入ってきた!?」
「そっから」
猫が顔を振った方に目をやる。
ベランダに通じる窓ガラスが、綺麗に割られていた。
「おまっ……」
「まあまあ、細かいことはどうでもええやん」
猫は面倒くさそうな声を出すとローテーブルから降りて、トコトコとこちらに寄ってきた。
「ていうか俺、夢でも見てんのか? なんで猫が喋ってんの?」
「夢やないでー。わい、猫やないもん。虎猫やもん。普段はニャーって鳴くんやけど」
――それは猫だろどう考えても。
俺は内心で突っ込んだ。
布団から出ようとしない俺の顔を覗き込み、猫はにんまりと笑う。
「お前は一般人の中から、イッパンジャーのレッドとして選ばれたんや。というか、わいが見つけてしもたと言うか」
「どういうことだよ」
俺は時計を確認する。……そろそろ大学に行く準備をしないと、講義に遅れてしまう。あの講義は真面目に出席しておかないと、単位を落とすかもしれない。
いい加減、布団から出よう。
「イッパンジャーにふさわしい奴を選び、その『チェンジケータイ』を渡すのが、わいの役目なんや」
俺が手にしたままでいるチープな携帯電話を顎で示し、虎猫は言った。
ああ、なるほど。確かに子供向け番組でもそういう導入が多い気がする。
「でも、わいがそのチェンジケータイを人間に託すと、怪獣たちの封印が解けてまうねん……!」
――ん? んんん?
「だからお前はイッパンジャーとして、怪獣と戦ってくれ!」
「…………」
意味が、わからない。
俺は携帯電話を虎猫に突きつける。
「それならこのチェンジケータイ、誰にも渡さなきゃいいじゃん。そしたら怪獣たちも封印されたままなんだろ?」
俺は至極当然のことを言った。つもりだったが、
「そしたら誰がイッパンジャーをやるねんっ!」
滅茶苦茶に怒られた。
「いや、やらなくていいじゃねえか!」
「何言うとんのや! レンジャーは子供たちのあこがれやぞお前!」
そうして思いっきり背中に猫パンチされた。爪は出していなかったが結構痛い。
げんなりしている俺をしり目に、猫は熱弁する。
「滅多と見つかれへんのやぞ! お前ほどレッドにふさわしい奴は!!」
「え、それってどういう奴?」
その瞬間だけ俺は少し期待をしてしまった。
だってそんな、ヒーローにふさわしい人間、だなんて――。
「アホ丸出しで元気だけが取り柄、そういう人間がレッドにはふさわしい!」
「なんだよそれ!」
訊かなきゃよかった。
ああ、早く準備しないと大学に遅れる……。
「とにかくほれ、戦うんや! ちょうど今、この家の前に、怪獣が出現したとこやぞ!」
「ええ!?」
俺は部屋の窓を開けて、マンション前の道路を見た。
確かに怪獣っぽい何かが、人々を襲っている。その怪獣はボディが銀色で、手がカニみたいで、それでなんか、なんか……
「なあ、あれってバルタンせいじ」
「はよ行くでぇ!」
虎猫にせかされ、俺はケータイを持って外に飛び出した。
「そこまでや! 怪獣!」
声を張り上げたのは俺ではなく、猫の方だった。
「少し高いところに立ってた方が、登場する時かっこいいんや!」などと唆され、俺は虎猫と一緒に、人様の車の上に立っていた。レンジャーとして最低な気がする。この車の持ち主の人、ごめんなさい。
しかも慌てて飛び出た俺は、思いっきりパジャマ姿だった。恥ずかしい。
「……ほれ、お前、なんか続きを言わんかいな」
猫がこそっと俺に言う。しかし何を言えばいいんだ。えーと、えーと。
「お、俺たちが相手だ!」
「なに言うてんねん。今日はお前一人や」
俺は目を見開いた。ちょっと待て。
「お、おい! 青は? 緑は? 黄色は? ピンクは? いきなり助っ人でやってくる黒は!?」
「今んとこ、イッパンジャーとして選ばれたんはレッドのお前だけや。せやから今日は、レッド一人で相手したるわこの怪獣!!」
最後の方だけ怒鳴りながら猫が言う。
俺は猫をにらんだ。お前も戦えよこの野郎。
「ほれ、そろそろ変身せんかい」
「え、どうやって?」
もちろんだが、俺は変身の方法なんて知らない。
「まず、右手を上にあげい」
「こ、こうか?」
言われた通り、右手を高く上にあげた。
「ええぞ。そしたら叫べ。『今から変身するので10秒ほど待ってください』!」
っふぁーーーーーーーーーーーーーー!?!?!
「何宣言してるんだよ! しかも敬語で!?」
「そう言っとかな、怪獣は待ってくれへんぞ! 常識やろ!」
お前は何も知らんのやな、と猫があきれた顔をした。
「テレビではカットしてるけどな、変身前はいつも怪獣に声かけて待ってもろてるんやで」
……そうなのか。知らなかった。レンジャーも怪物もそんなに律儀だったなんて。
「わかったら早よ言わんかい! 襲われるぞ!」
猫に脅され、俺は大声で言う。
「今から変身するので、10秒ほど待ってください!!」
怪獣の動きがぴたりと止まった。
――本当に待ってくれる気らしい。
なんて、律儀な。
「じゃ、さっさと変身せい!」
「だからどうやって!?」
「まず、チェンジケータイの通話ボタンを押すんや」
言われた通り、通話ボタンを押してみる。
『セット』
「うわ、なんか言ったぞこのケータイ!」
「そしたら大声で叫ぶ! へえ~んしい~ん!!」
そのままじゃねえか。
「……へーんしーん」
「ちゃうっ! もっと心をこめるんや! へえ~んしい~ん!!」
「……へ~んし~ん」
「お前やる気あるんかいな!?」
ねえよ。
「はよせな10秒経ってまうで! 急げレッド!」
「……そしたらまたお願いして、10秒待ってもらえばいいじゃねえか」
「阿呆! そない恥ずかしいこと出来るかいっ!!」
1回言うだけでも十分恥ずかしいと思うが。
「とにかく羞恥心なんてもんは捨てろ! はよぉ言えぇぇえぇぇえ!!」
「……へえ~んしい~ん!!」
『メーイクアップ!!』
携帯が何か言ったが、これは違う番組の決め台詞だった気がする。
――などと突っ込んでいる間に、俺はあっという間に全身赤色のタイツ姿になっていた。
「お、おおお!」
カーブミラーにうつる自分の姿を確認する。目の部分が黒い、お決まりのヘルメットまでかぶっている。
なるほど、確かにこれはレンジャーだ。
「よっしゃ行け! こっから飛ぶんや! そしたらかっこええぞ!」
虎猫に言われて調子に乗った俺は、車から飛び降りた。
ぐきっ。
……………………。
「――……いってええ!!」
「阿呆! 戦う前からなにを一人で捻挫してんねん! これやからレッドはアホなんや!!」
そんなことを言われると、流石にカチンとくる。
「ちょっと待て! 変身したことで、俺の身体能力が上がってるとかそんなんは!?」
「あるはずないやろ」
しれっとこの馬鹿猫……。
「うだうだ言っとらんで、はよ戦わんかい! 怪獣が襲って来とるで!!」
そう言われて前を見ると、怪獣がこちらに向かって突進してきていた。
ま、まずい。こちとら身体能力は人間並み、そのうえ丸腰だ。
「おい、なんか武器はねえのかよ! 剣とか銃とかっ」
「ある! レンジャーなんやからあるに決まってるやろ! チェンジケータイに向かって叫べ、『武器をください』や!」
「また敬語かよ!」
「当たり前や! 低姿勢やないと、世の中やっていかれへんのやで!」
猫に諭されなんだか悔しい気分で、俺はケータイに向かって叫んだ。すると、
金属バットが出てきた。
「……ただの金属バットじゃねえか!」
「お前、金属バットなめたらあかんで。これほど攻撃に向いとるもんはそうそうないわ!」
「じゃなくてもっと、かっこいい武器はないのかよ! 剣とか銃とか!」
「ないわそんなもん」
虎猫はあきれたように言った。
「だってお前、一般人から選ばれたイッパンジャーやで? そんな大層な武器、使えるかいな」
仰るとおりですが。
「せやけどなレッド。そのバットにはお前専用のエフェクトがついとる」
「マジで!? どんな!?」
「雷や」
「おお、かっこいいじゃん! どうやるん――」
ドカッ!!
俺は怪獣のパンチを、顔面にまともに食らった。
「ふごぉっ!!」
「阿呆! よそ見してるからやっ!」
仰るとおりですが。
「サンダーって叫ぶんや! そしたらエフェクトが発動するわい!」
「サ、サンダー!!」
言われた通りに叫ぶと、俺の金属バットに電流のようなものが走り、バチバチと音を立て始めた。
「お、おお」
「ほらな。その名も電流イライラバットや」
何かのパクリのような気がするが、ここは聞き流す。
俺はバットを構えて、怪獣の方に走っていった。狙うは頭だ。よくもさっきは殴ってくれたな!!
「親父にも殴られたことないのにな!」
ナイスタイミングで猫に突っ込まれつつ、俺は無我夢中でバットを振り下ろした。ひるむ怪物に容赦なく、次の一撃を与える。
それを見ていた猫が、ぽつりとつぶやいた。
「イッパンジャーの主な武器は金属バットなんやけどな。怪獣1体に対して、お前ら全員がバットでボコ殴りするわけやろ。……まるでリンチや。かわいそうに」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ!!」
そうこう言っている間に、怪獣が白旗をあげた。
「え?」
「降参やて。もう許したれ」
――え、ちょ、なんか俺が悪いことしてるみたいじゃないか。
怪獣は俺に向かってお辞儀をすると、そのままあたふたとどこかへ走り去っていった。
「……あれ? でかくなったりしないの? ロボットで戦ったりしないの?」
「そんな非現実なことあるかいな。それはテレビだけの話や」
今までやってたことも十分非現実だと思うが。
*
「――ということで、今日からお前はレッドとして戦ってくれ! わいは残りのレンジャーを探してくるさかい」
車の上に載ったままだった虎猫が言う。俺はげんなりした気分で言い返した。
「……いやもういいじゃん。戦わなくて」
「何言うとんねん! レンジャーは子供たちのあこがれやぞお前!」
「うおっ!」
またもや猫パンチされ、真っ赤なヘルメットに傷がついてしまった。
……この猫、案外強いんじゃないのか。
「ほな、頼んだでイッパンジャー!!」
そう言い残すと、虎猫は颯爽とどこかへ走り去っていった。
こうして俺は、子供たちの憧れ「普通戦隊イッパンジャー」として、怪獣たちと戦うことになってしまったのである。
ちなみに、今回の戦いを見ていた人は、誰もいない。