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4.目覚めの一撃

 最後に誰かから愛情を注がれたのは、いつだっただろうか。


 セディラは五歳で母親を亡くし、それからは父と共に田舎の村でのんびりと暮らしていた。

 父はセディラに優しかった。だが、彼女自身は当時の状況をほとんど記憶していない。

 その理由は、セディラが聖女としての才能を開花させつつあったのが原因だった。


 ルシアン王国をはじめ、世界各地で時折誕生する【聖女】という存在。

 彼女達はある日突然、種族や血統に関わらず生まれてくる、神の愛し子であると言われている。

 神々は自身の権能に適合した少女を探し当て、特別な加護を授ける事がある。そうして様々な力を得た少女達の元へ、遠くない未来に神殿から迎えがやって来るのだ。


 セディラは七歳の頃、戦神アルクの神殿へと迎えられた。

 それまでの三年ほどの記憶が曖昧なのは、聖女として与えられたアルクの加護の影響によるものだ。

 聖女は常人を遥かに超えた魔力を備え、加護を与えた神の声を聞き、その命令に従って職務を遂行する存在。

 セディラもそうやって武術の腕を磨き、戦神から命じられるままに騎士を引き連れ、魔物の討伐任務にあたってきた。

 しかしある時、神はこう告げた。


 ──邪竜の王が引き連れし群れが、都の空を黒く染める。


 ルシアン王国にとって、ドラゴンは身近な存在だった。

 けれども邪竜王という存在は、王国において全く聞き及んだ事の無いものであったのだ。


 未知の脅威が襲い来る未来を予言した聖女セディラの神託を受け、王都大神殿には聖女セディラと、もう一人の聖女ミルラが集められた。

 ミルラもまだ幼い少女であったが、彼女達は互いに協力しながら、来たる邪竜王の脅威に備えて切磋琢磨していった。

 セディラはミルラを実の妹のように可愛がり、その分だけミルラもセディラを慕ってくれる。

 修行は厳しかったが、大神殿で過ごしたミルラとの日々は、本当に楽しい思い出ばかりだったのだ。

 ……しかし、ミルラ以外にセディラと親交を深めてくれる者は居なかった。



 数年が経ち、国の保有する財宝の魔力と魔導士を導入し、異世界から勇者が召喚されてからも変わらずだ。

 むしろ勇者とミルラの婚約が決まってからは、セディラが一人でいる時間が増えた。

 それが寂しくないはずもなく。

 かといって、誰かと恋に落ちるでもない。

 そんな日々を繰り返して、セディラももう二十五歳。


 だが──そんなセディラの日常を変えたのが、ファヴニールとの出会いだった。


 ──彼は、私を初めて愛してくれた(ひと)だった。




 *




「な……な……」







「何してくれてんのよっ! この変態〜〜〜〜〜〜ッ‼︎」

「どぅわぁっっっ⁉︎」


 目を覚ましたセディラは、絶叫と共に全力でファヴニールを突き飛ばした。

 ベッドから押し出される形となったファヴニールが、ドスンと床に転がり落ちる。

 セディラは声を震わせながら、自身の身体を両腕で抱き締めるようにしている。

 そんなセディラに、強制的にベッドを追われたファヴニール。彼は驚きはしている様子だが、床に落ちたダメージは無かったらしい。


「い、いきなりどうしたというのだ? せっかくそなたと共に、心地良い眠りに就いていたというのに……」


 不満そうに眉を下げて、その場で立ち上がるファヴニール。

 対してセディラは、顔を真っ赤にして反論する。


「どうしたも何もないわよ! 貴方、何で私を抱き枕にして気持ち良さそうに寝てるのよ!」

「何故、と……? そこに愛しい女が居るのなら、自然と己の側に抱き寄せたくなるものであろう?」

「そ、そうやってサラッと歯の浮くようなセリフを言わないでってば!」

「うぅむ……。我は本心しか打ち明けておらぬのだが……」


 平気な顔をして女性を喜ばせる言葉を口に出すファヴニールに、セディラの心は大忙しだった。


 朝目覚めたら、とんでもないイケメンの顔が間近にあって、『こうして大人しくしていると、やっぱり美形なんだなぁ……』と改めて思わされ。

 寝起きでボーッとする頭でぼんやりとファヴニールの長い睫毛を眺めていたら、よくよく考えれば彼に抱き締められた状態であると気が付いて。

 二人の体温でぬくぬくと心地良いベッドの中、急激に頭の回転を早めていくセディラの羞恥心は大爆発し──気が付けば、ファヴニールの胸板を思い切り突き飛ばしていたのである。

 そのうえ、いざ相手も目を覚ますと、流れるように自然と紡がれる愛の言葉。


 ──もう、怒っていいのか喜んでいいのか分からないんだけど……⁉︎


 しかし……恋に一直線な彼に何を言っても、焼け石に水なのは明白だ。


 ──でもまあ、仕方ないわね……。


「……また同じような事をしたら、次はもっと痛い目にあせるからね」


 今回はこれで終わりにしてあげよう、とセディラが会話を切り上げようとした、その時。


「嫌だった……か?」

「えっ……?」


 いつもの根拠の無い自信溢れる姿とは真逆に、ファヴニールが不安そうにセディラを見詰めて言う。

 揺れる真紅の瞳に、戸惑うセディラの顔が映り込む。


「……我はどうにも、そなたへの好意をぶつけずにはいられぬ。故に我は……隣で眠る美しいそなたを見て、思わず抱き締めずにはいられなかった。そういった触れ合いは、セディラにとって煩わしいものであったのだろうか……?」

「それ、は……」

「嫌ならば、素直にそうだと言ってくれて良い。極力そなたには触れぬよう気を付けよう。だがせめて……これからもそなたの隣に居る事だけは、許してもらえないだろうか」


 言葉に迷うセディラ。

 ファヴニールの事を嫌いなのかと問われれば……嫌い、ではない。

 こんな自分に好意を寄せてくれて、呼吸をするように愛を示してくれるファヴニール。

 初めて紅茶を飲んだ時の彼の反応も、ここまで馬を走らせて来る中での会話も……対応に疲れはしたけれど、何だかんだで楽しかったと思うのだ。


 セディラは少し俯いて、考える。

 彼と同じベッドで眠った昨日の夜は、セディラにとっても心地良いものだった。

 そんな風に感じたのは、ファヴニールだけでなく、セディラ自身も相手に心を許しているからなのだろう。


 改めて顔を上げたセディラ。

 見上げたファヴニールの瞳に、不安の色が見えた。


「貴方に抱き締められるのは……嫌じゃ、ないわ」

「……っ、本当か⁉︎」


『嫌ではない』と言われて、パァッと笑顔を咲かせるファヴニール。


「だ、だけど! いくらなんでも、相手の同意も無しにああいう事をするのは良くないと思うの! あ、あんな風に男の人に、だ……抱き締められた事なんて、一度も無かったし……緊張するっていうか……」


 するとファヴニールは、興味深そうに顎に手を当てる。


「ほほーう……? つまりセディラは、我の魅力に思わず胸を高鳴らせてしまうと! そういう事なのだな⁉︎」

「自己肯定感が高いわねぇホント! 完全に間違ってはいないだけに、無性に腹が立ってくるわ!」

「フハハハハッ! 落ち込んでばかりの王では、気性の荒い竜達を束ねる事など出来ぬからな! まあとにかく、安心せよセディラ! そなたが望むというのなら、我は徐々に愛を深めていくその過程すらも、全力で楽しんで参ろうぞ‼︎」


 ファヴニールの心底嬉しそうな高笑いが響く中で、朝食の用意が出来たと宿の従業員が知らせにやって来た。

 すっかり眠気が飛んだ二人は、食事が冷める前に身支度を済ませ、部屋に食事を運んでもらうのだった。

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