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1.聖女様は止められない

 セディラとファヴニールの二人は、ここから一番近い神殿のあるヤズール山を目印に進んでいた。

 ヤズール山の(ふもと)には神殿を抱える町がある。

 まずはそこの神官に、邪竜復活の兆しがある事を伝える必要があった。


「我が本調子ではないのだから、竜としての特徴を色濃く受け継いだ【悪しき竜】のあやつは、全盛期の力を取り戻すまでに相当の時間を要するはず。それまでにあやつの根城を叩き、魂ごと消滅させるしかあるまいな」


 セディラが操る馬の背の上で、ファヴニールが改めて背後からそんな推論を語った。



 セディラが出会ったファヴニールという黒髪の男は、邪神によって魂を二つに分割された、邪竜王の片割れだ。

 人の姿を得た善なるファヴニールは、冥界に堕ちる直前に地上へ舞い戻り、セディラを探し当てた。

 対して、悪なるファヴニールはというと……。


「……あやつは、今も人類の駆逐を目論(もくろ)んでおろう」

「ドラゴンの支配する世界、だったわね。そんなものを実現して、何になるっていうのかしら」

「全ての竜種の幸福を実現する為よ。良くも悪くも、ドラゴンは力を持つ魔族だ。生かせば他種族の脅威となり、殺せば強力な資源となる」


 人は、害ある力を恐れるものだ。

 それが自分達に牙を剥くというのなら、人類は総力を挙げて対象を討ち果たす。

 その総力の中には、セディラも居た。

 故に彼女は【竜滅の聖女】と呼ばれるようになったのだから。


 すると、二人乗りの馬の上で、ファヴニールが悲しげにこう言った。


「……人間であるそなたには、分からぬやもしれぬ話なのだがな? 同族の(むくろ)を鎧に仕立てた者が目の前の現れるというのは、なかなかに堪えるものがある」

「それは……当然でしょうね。特に、貴方のような理性あるドラゴンなら尚更のこと」


 ドラゴンは強い。

 火を操るドラゴンなら、その鱗を使った鎧を作れば耐火性のある装備を得られる。

 氷のドラゴンの牙を加工して槍にすれば、使用者の魔力を流し、貫いた箇所から敵を凍らせる事だって可能になるのだ。

 魔石が貴重であるルシアン王国では、こういったドラゴン達から採れる素材は昔から重宝されている。

 そんなルシアンの軍勢は、ファヴニールにとって、仲間の死体を着込んだ野蛮人にしか思えないのだろう。


「……だがな、そうやって武具を得なければ、人類が魔族に対抗する術が無いのも……理解してはいるのだよ」

「……そうね。普通の人間は、神の力なんて持たないんだし」


 ──良くも悪くも、私達は特別すぎたのよ。


 特別だったからこそ手に入れたものも、失ったものも多くある。

 そんな中で新たな戦いの幕が上がる予感を覚えながら、セディラはひたすらに馬を走らせていった。




 *




 辿り着いた町の名は、ヘアゼナ。

 魔物よけの為に作られた石の防護壁に囲まれたこの町は、すぐ側のヤズール山の中腹にある神殿と、領主が協力して管理する土地だ。

 けれどもセディラ達が到着した頃には日が沈んでおり、町に入る為の門は固く閉ざされてしまっている。

 馬から降りたファヴニールは、隣のセディラを見上げて口を開く。


「我が妻よ、目的地の町には立ち入る事が出来ぬようだが……」

「妻じゃないです。貴方とは他人です」

「否定が早すぎて悲しくなるな! ハッハッハ!」

「馬鹿な事言ってないで、ここからしばらく大人しくしてなさいよ!」


 ──こいつ、変な真似するなって言ったのに……! 先が思いやられるわね、全くもう。


 悲しさなど微塵も感じない高笑いすらも聞き流しつつ、セディラも馬から降りた。

 このまま夜が明けるまで待って門が開くのを待つか、直接山を登って神殿を目指すか……といきたいところなのだが。

 夜の山は、余程の理由が無ければ立ち入るのは危険だ。

 夜は魔物が活発化するうえに、そもそも視界の悪い中での移動というのもリスクがある。出来る事なら面倒は避けたい。

 とはいえ、門の近くで夜明けを待つというのは、すなわち野宿を意味する。

 セディラは野宿の経験もあるが、わざわざ町の外で野宿をするのも馬鹿らしいとしか思えなかった。

 何故なら、彼女は世にも名高い【竜滅の聖女】様なのだから。


「ヘアゼナの門番よ! 私は戦神アルクの加護を受けし聖女、セディラ・ユーリア! 急ぎの旅にて、この町で一晩を過ごす許可を頂きたい!」


 門の内側に向けて、凛と声を発したセディラ。

 すると、門の側の見張り台から兵士が顔を覗かせた。


「失礼ながら、現在ヘアゼナでは警備の強化中であります! 本人確認の為、戦神の紋章の提示をお願い致します!」


 普段であれば、セディラの名を出せば夜間でもすぐに門を開けてもらえる。

 しかし、どうやらこの町は何かのトラブルに見舞われているらしい。


 ──何か困っているのなら、ここの神殿か領主が既に対応しているでしょう。


 セディラはあまり深く気にせず、見張り台の門番に向けて右手の甲を掲げて見せた。

 そうして、右手に軽く魔力を集中させる。

 するとセディラの手に、剣を象った赤い紋章が浮かび上がっていく。

 その模様こそが、セディラが戦神の加護を受ける聖女である証──戦神アルクの紋章の光であった。




 紋章の光を見た門番は、即座にセディラを迎え入れてくれた。


「【竜滅の聖女】セディラ様、ようこそヘアゼナへ! そちらの方は護衛の騎士様でいらっしゃいますか?」


 と、門番の視線はファヴニールに移る。

 一応ファヴニールは黒い鎧と剣を携えているので、騎士に見えなくもないのだろう。

 通常、騎士団に所属する一般騎士の鎧は、同じデザインのもので統一されている。それらを指揮する副団長、団長クラスになると独自の性能やデザインを選ぶ事が出来る。

 加えて聖女と共に居るのもあり、ファヴニールの事を『聖女様を護衛する騎士団長クラスの騎士』だと勘違いしてしまったのだ。


 ──けれども実際は、人類を滅ぼそうとした邪竜王の片割れだっていうのにね。


 セディラが複雑な心境でいると、背後でファヴニールが高らかに笑う。


「フハハハハッ! 我を知りたいか? うむ、良かろう! 我こそは聖女セディラの未来の夫、ファヴニール! つまりは、彼女の婚約者と解釈してもらって構わない‼︎」

「せっ、聖女様の婚約者……⁉︎」

「違います違いますっ! この人の勝手な思い込みです!」


 ファヴニールがあまりにも堂々と宣言するものだから、門番が驚愕してしまっていた。

 しかし、セディラが必死に首を横に振って否定するものの、


「セディラはこう言うのだがな? あれも、彼女なりの照れ隠しというやつなのだよ……!」

「そ、そうだったのですね……!」


 美術品のように整った顔をほんのり朱に染めて、幸福を噛みしめるように微笑むファヴニール。

 それがどこからどう見ても『婚約したばかりの幸せカップル』な空気を全力で醸し出し、男性である門番すらも、思わず彼の雰囲気に惑わされてしまったのである。

 その結果──




「ヘアゼナの町で一番の老舗宿【ペガサスの翼】へようこそお越し下さいました、聖女セディラ様。門番の方からお話は伺っております。この度はご婚約成立、まことにおめでとうございます!」


 あの後、門番から紹介してもらった高級宿の主人に、あまりにも盛大な勘違いが伝染する事となった。


 セディラが頭を抱えたのは、言うまでもない。

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