僕とおろかな人たち
短編の魚住くんとわたしの続きの話です。今回は魚住くん視点です。
僕の名前は魚住はじめ。元文部科学省公認ケアスペシャリスト。
今はなんだろう。人形?人間?もしかしたらどちらでもないのかも知れない。
僕がいなくなった学校では多分、今までのようにみんなが仲良くとはやっていけないだろう。
だって毎日毎日僕にストレスをぶつけてきてたんだから。その対象がいなくなればどうなるかなんて簡単に想像がつく。
おろかな人たちが不幸になっていくのを想像すると少しだけ気分が良くなった。
覚えている中で僕が一番幸せだったのは書類上の父と一緒に暮らしていた時だ。
父と僕には血の繋がりはなかったけど彼はとても優しかった。僕がケアスペシャリストとして内定を貰った時、父は涙を流して喜んでいた。
父は僕に砂を吐かせない人だった。たまにふざけて研究のデータが取れないな、なんて言っていたけど僕はそんな父の事が大好きだった。
父が嬉しい時、僕の目から白いくちなしの花びらがはらはらと落ちてきた。父の嬉しいことは大体僕に関することで、僕もそれが嬉しくて胸がぎゅっとして泣きそうになった。甘く優しい香り、それが父との思い出だった。
今思えばあれは父が嬉しい時じゃなくて僕自身が嬉しかったんだと思う。他者からの感情を形にする僕は、自分自身の思いが花になるなんて想像もしていなかった。だから父が嬉しいのだと思っていたのだ。
砂以外を僕が出すことができるのを知ってるのは父の他には菊池くんがいる。
彼は父と同じで僕でストレスを発散しなかった。彼といると父といるような温かい気持ちになれた。
口からポロポロと小手毬の可愛らしい花が溢れた時、菊池くんはいつもの倍くらい目を見開いて驚いていた。
「お前、砂以外も出るんだな!すげぇじゃん!」
「これは滅多にないんだ。みんなには内緒だよ?」
「わかった。この花なんの花だろ?知ってるか?」
「これは小手毬だね。」
「ふーん。さすがは優等生。勉強になるわ。珍しいものも見せてくれてありがとな!」
小手毬の花言葉は友情ってことは恥ずかしくて言えなかったけど、伝えておけば良かったと今になって思う。
父は二年前に亡くなったし、結果として人を死なせた僕を厚生労働省の人たちは許さないだろう。逃げ続けるのはお金がかかるし、この見た目だと働くのも難しいと思う。
捕まったら多分また研究の材料にされるか、もしくは廃棄だろう。なら自分で人生を終わらせるのも良いかも知れない。僕は何のために生まれたんだろう。
おろかな人たちに翻弄されて、父も友達だと思いたかった人ももう居ない。
「ねぇ、そこの君」
「なんですか?」
「君、すごく良いね。うちに来ない?」
すごく怪しい。けど、どうせ行く場所もないからと僕はその人の手を取った。
その人は一文字と名乗った。珍しい名前だ。彼女(もしかしたら彼かもしれない)は女性にも男性にも見える不思議な人だった。
一文字さんの家は独特な臭いがしてものすごく散らかっていた。でもまあ父の部屋も結構近いものがあったのでそこまで嫌では無かった。
「適当にどけて座って。おなかは空いてる?」
「はい。実はすごくお腹が空いていて…。好き嫌いは特にはないです」
そしたらこれを食べてと袋に入ったジャムパンとクリームパンとペットボトルの緑茶を渡してくれた。
「食べ終わってからで良いんだけど色々見せて欲しいんだよね。あら、若者は食べっぷりが良いわねぇ」
一文字さんは興味深そうに僕を見ている。
見られてると食べ辛いけどお腹も空いてたのですぐに完食した。
「そしたらその布の上に座ってこの果物を持ってて」
「えっと、何をするんですか…?」
「君は知らなかったけどわたしはね、日本のシュルレアリスムの大家って呼ばれてるのよ。君を見てるとすっごく創作意欲が湧くの。じっとして動かないでね」
「わかりました。僕は人形だからそういうの得意なんですよ」
「ん?君はどこからどう見ても人間でしょ。まあ無表情だから人形っぽいと言えばそうかもね。実はね、わたしは他の人とは世界の見え方が違うみたいなの。でもわたしが今見てるものがわたしの世界なのよ」
シュルレアリスムを描いてる人って本人も結構シュールなんだなと思ったけど、一文字さんが本気でそう言ってると感じたので言う通りにじっとした。
口を尖らせ息を止めて僕を見つめた一文字さんはキャンバスにすごいスピードで下描きをしていく。どんな風に描かれているのかとても気になる。
「君には庇護者が、わたしには創作意欲を掻き立てるモデルが必要だと思うのよ。だから、嫌になるまではここにいて構わない。何ならずーっといたって良いのよ」
僕の目からポロポロと花びらが溢れる。ピンク色のアザレアだった。
「えっ?それどうなってるの?手品?」
「嬉しいと出るんです」
「すごい体質ねえ、君本当に素晴らしいわ。何枚でも絵が描けそう!」
今度は後悔しないために伝えようと思う。
「一文字さん、出会ったばかりの人にこういうことを言うのは変だってわかっているんですが前に伝えないことで後悔したので僕の気持ちを言葉にしても良いですか?」
「ええ、良いわよ」
「ピンク色のアザレアの花言葉は、『恋を知った喜び』です。多分僕はあなたに惹かれています」
顔から火が出そうなくらい熱い。一文字さんの顔を見上げると彼女は目を大きく見開いて僕を見た後うーんと考え込んでしまった。
その驚いた表情で菊池くんのことを思い出した。
「ねえ、君って何歳?多分未成年よね?」
「はい、今十八歳です。でもあと二年で成人します」
「うーん、君のことはすごく創作意欲湧くしどちらかと言えばかなり好きなんだけどまだお互いのことを全然知らないから二年後まで保留にさせて」
「それってポジティブな返事だと思って良いんですか?」
「まあ、そうね。でもこれ以上花だらけになると部屋が大変なことになっちゃう。片付け手伝ってくれる?」
「もうすでに汚いじゃないですか」
「あら、君笑うとそんな顔なのね。うんうん、若者らしくて良いわよ」
「え、僕今笑ってました?」
「わたしにはそう見えたわよ。さ、早く片付けをしましょう」
一文字さんはニッコリと笑って僕にホウキとちりとりを手渡してきた。僕は花まみれの部屋の中で今、とても幸せだなと思った。
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