備品チェックー1
「……さて、やるか」
ひとしきり叫んで、過去の自分への恨みつらみを吐き出したところで、ぺしぺしっと頬を叩いてシエラはすっと立ち上がった。
「中央ギルドの備品はー……おぉん……?」
ロウに言われた通り、棚にそれぞれ何が置いてあるかがきちんとラベリングされてはいるのだが。
「えぇっと……用紙がここに2種あって、その下にはポーションが置いてあって……うん?なんでその下に今度は記録用の魔石???」
少し離れた棚にも、用紙が置かれているのがちらりと見えているし、ペンはすぐ隣の棚にあるけれど、インクは近くに見当たらない。魔石もなぜか、色々なところに点在しておかれているが、どういった分け方になっているのかがよくわからない。
「こ、これはまさか……」
人事異動によって、モルト配属になってすぐのこと。
特によくいろいろな備品を使用するギルドの受付係では、とある作業が毎度押し付け合いのようになっていた。
それは、備品の補充。
あと少しでなくなりそう、これに使ったらもうなくなる。
それに気づいたら、本来は気づいた人間が補充をする、というのが暗黙のルールではあったのだが、当時のギルド内では、みんながみんな「誰かがやるだろう」と思うことにして、見て見ぬふりをしていた。
それはなぜか。
備品倉庫内が全く整理されていなかったからだった。
どこになんの備品があるのかがわからない。
同じような種類の備品なのに、全然違う場所に置いてある。
備品の在庫帳簿上はあるはずなのに、どこに置かれているのかが見つけられない。
等々……。
そう、備品を探すだけでも一苦労という状況の為、次の人がきっと探して補充してくれるだろう(というかお願いしますごめんなさい)と、皆が皆、そう心の中で手を合わせるような状態だったからだった。
「混沌の備品倉庫……」
「何を言っているのだ?」
真っ青な顔で呟くシエラを、白い目で見ながらコーカスが呆れたように言う。
「ふふふ……コーカス、これはやばい、ヤバいわよ」
「な、何がヤバいというんだ」
ヤバいのは焦点が定まらず、死んだ魚の濁ったような目になっているお前だろう、と喉まで出かかった言葉をぐっとこらえて聞き返す。
「この状態だとね、備品チェックはいつまでたっても終われないのよ……」
ロウが言っていたことを思い出す。
『備品倉庫のチェックするときって、大体ギルドの職員何人かで区画ごとに担当を分けてチェックする』
「人海戦術が使えるなら、ロウさんが言ってた方法で一人一人が担当区画を対応して、各内容を最後にまとめればいいだけだから。でも、一人でやるとなったら、どこに何があるかが確認できるのは、全部確認し終わってからになるのよ」
もちろん、ロウの言っていた方法を取ったとしても、帳簿の数と実在庫が合わなければ、再確認にまた手間がかかる。とはいえ、一人でやるよりは何倍もマシだ。
「ここにさらに備品の状態がどうだっていうのまで追加されたら……あぁ、私は一体、いつここから出られるというの……」
がっくりと膝をついて項垂れるシエラに、コーカスはポンポン、と肩を叩いた。
「とりあえず、そうこう言ってる間にも時間は過ぎていくのだ。さっさと諦めて仕事をした方がいいと、我は思うが?」
「無慈悲」
慰めてくれるのだろうか、なんて期待の目で彼を見た自分がバカみたいだ、と思いながらも、コーカスの言葉が尤も過ぎて、ぐうの音も出ないシエラは、特大のため息をひとつつくと、立ち上がってぺちぺちと頬を叩いた。
「コーカスの言うとおりね。時間は有限。無駄にはできない。さっさとやっちゃおうじゃない……!」
気合を入れなおしたシエラは、立ち上がると目を閉じて集中し、マッピングのスキルを発動させる。
備品倉庫内の正確な棚の数や段数をしっかりと確認すると、今度はそれを一列ごとに区切って持っていた紙に複写スキルで転写していった。
「……こうして実際に棚がどのくらいあるのかとかを紙に出すと、量がえぐくて泣きたくなるな」
小さく舌打ちしつつも、今度は備品はチェックせずに、棚に何が置かれていることになっているのかを棚を見ながら紙に書きだしていく。その際、文具系は赤、魔石系は青、ポーション系は緑、その他は黒と色分けをして、棚に書かれているものをさっき転写した紙に書き込んでいく。
「備品のチェックではないのか?」
コーカスが不思議に思ってシエラに聞くと、シエラはその準備してるの、とだけ答えて、すたすたと備品倉庫内を行ったり来たりしながら答えた。
「……思ってたよりひどいな、これ」
小一時間ほどかけて作業を終えたシエラは、備品倉庫の隅にあった机に書き出したものを広げて、呟いた。
「何が酷いんだ?」
コーカスが聞くと、シエラは肩を落としながら答える。
「調べてみてわかったんだけど、ここ、同じような備品がちょっと違う表記で棚にしまわれてたりしてるのよ。例えばこの用紙ってやつ。一般的に使われている、安価な「普通紙」が保存されている棚がいくつかあって、「紙」「普通紙」「普通紙(大)」「紙(よく使う)」とかって書かれて棚にそれぞれ保管されてたのよ」
「紙と普通紙、というのは違うものなのか?」
「……一緒」
「あぁ……」
シエラの言葉に、コーカスは彼女が何を思っているのかを察して、同情の目を向けた。
「しかもね、せめてそれぞれが近くにあるならまだしも、保管場所がてんでバラバラなのよ」
よく使っているのであろう、紙(よく使う)は入り口に近いところに保管されていたが、他の物は倉庫の中央、もしくは少し奥まったところに置かれていたりしていた。
「さらに言うとね?、地図の写しなんかに向いている「複写紙」、契約書なんかに使われるちょっとしっかりした「羊皮紙」、さらに魔法を用いた契約に使われる「魔法紙」とか、用紙にも色々種類があるのよ」
「あー…………」
コーカスはシエラの言いたいことを察する。
「それぞれ別の物でも同じような感じの保管方法になってしまっている、ということだな?」
「そう」
シエラは書き込んだメモを見つめて、考える。
「正直なところ、まずは一旦それぞれを綺麗にまとめてからチェックしたほうがいいと思うんだけど……ここはモルトじゃないし、私はあくまでも研修で一時的に中央ギルドに来てるだけだから、勝手にここの棚の物を移動させて整理するのはマズいような気がするんだよね。普段使ってる人が、あれどこいったの!?ってなったら意味ないし」
「だが、そのせいでこの惨状なのだろう?」
「まぁ……それは……」
コーカスに言われて、シエラもそれはそう思う、と心の中では思いつつも視線をそらした。
「と、とりあえず、まずは今度の訓練で使う予定の備品に絞って、チェックしていくわ!」
とりあえず、自分が今しなくてはいけない仕事を終わらせてしまおう、とシエラは現実から少し目をそらすことに決めた。




