お呼びでないお客様
ベースに戻ってきたシエラは、マジックバックから大量の野菜を取り出して、コーカス達に食べていいよ、と提供すると、彼らは一斉に野菜に群がって食べ始めた。
「エディ様、特にベースの方では問題はなかったですか?」
エディに干し肉と公爵邸でもらってきていたサンドイッチを渡しながらシエラが聞くと、エディは何もなかったぞ、と頷く。
「スープとかは作らないのか?」
エディに聞かれて、シエラの手がぴたりと止まる。
「……なんでですか?」
食べるものならあるじゃないですか、とシエラが笑顔で答えると、そうなんだが、と言って、手に持っているパンを見つめながら答える。
「いや、冒険者の食事と言えば、干し肉と硬いパンとスープと相場が決まっている、とトーカスに聞いたから」
「あー……エディ様、スープは硬いパンを柔らかくする目的もあるので作りますが、今回はサンドイッチなので、特になくてもいいかな、と思ったんです」
「あぁ、なるほど」
笑顔を崩さずにシエラがそう言うと、エディは納得したように頷いた。
「ま、まさか、それがエディ様の食事だというのですか!?」
突然、シエラの後ろから、悲鳴にも似た叫び声が上がったので、びっくりして振り向くと、そこには見たことの無い少女が、愕然とした表情を浮かべながら立ち尽くしていた。
「え……っと?」
綺麗な黒髪をなびかせながら、どこかの学校の制服と思われる服を身に着けた彼女は、エディのことを『エディ様』と、名前で呼んだ。
その事実から導かれる答えに、シエラは嫌な汗が背中を伝うのを感じる。
「ま、まさか」
ギギギ、とエディの方を見ながら顔を引きつらせていると、彼は困惑した表情を浮かべながら、叫んだ。
「エフィース嬢!?」
「そっち!?」
思わずシエラも叫んでしまい、慌てて口を手でふさいだ。
(てっきり、婚約者のブラッドリー伯爵令嬢だと思ってたんだけど!エフィース嬢って確か、トーカスの話に出てきてたシシィ・エフィース男爵令嬢のことよね!?)
バジリスク発言の張本人が目の前に現れたことに、シエラもエディも驚きを隠せなかった。
「そこのあなた!」
「え?わ、私……!?」
突然ビシッと指をさされてシエラが焦っていると、彼女は物凄い剣幕で近寄ってきて、大声でシエラに叱責を始めた。
「あなた、メイドなら主人にしっかりとした食事を提供するのは義務でしょう!なのになに、この食事の内容!少なくとも、スープくらいは作ってあげなくちゃダメじゃない!?」
「…………え?」
一瞬、一体何をそんなに怒られているのだ?と彼女の言葉の意味が理解できなかったシエラだが、すぐに、彼女が自分のことを、ボルトン家のメイドだと勘違いしていることに気付く。
「いえ、私は」
「エフィース嬢!彼女はうちのメイドではない。一緒に調査に来ている、ギルドの職員だ」
シエラの言葉にかぶせて、エディが言う。
「ギルドの職員……?」
その言葉に、彼女の眉がピクリと動く。
「……貴女、名前は?」
「も、モルト第一ギルド所属の受付係をやっております、シエラと申します」
そう言って、シエラは小さく頭を下げる。
「シエラ……シエラ?……え、待って、そんな名前、知らないんだけど……?」
シエラの答えに、シシィは少し困惑した表情を浮かべながらブツブツと何かを呟いている。
「ところで、エフィース嬢はこんなところで一体、何をしているんだ?」
どうしたのかとシエラが首を傾げていると、彼女の気が(なぜかは分からないが)それたことに気付いたエディは、間髪入れずに質問をして、話題をそらした。
「え?あ、その、今度討伐訓練があるじゃないですか?なので、その場所の下見をしておこうかなと思って!」
元気いっぱいに、にっこりと愛らしい笑顔を浮かべて彼女が言う。
「……ねぇ、彼女、バジリスクがここに出るって言ってたんだよね?」
肩に乗ってきたトーカスに、シエラが小声で聞く。
「あぁ。確かにそう言ってたぞ」
トーカスが小声で返す。
「その割には軽装だし、なんか、ほんとにバジリスクが出ると思ってるのかな……?」
下見に来た、と言っているが、どう見ても近くの森にピクニックに来ました、と言われたほうが納得できるような服装をしている彼女に、シエラは若干、怪訝な表情を浮かべてしまう。
「……一人でここには来たのか?」
彼女はここにバジリスクが出ると思っているとして、一人でそんな場所に来るのは自殺行為にも等しいじゃないかと思ったエディが聞くと、彼女はいいえ、とにっこりと笑って頭を横に振った。
「一人じゃありませんよ、マーカス殿下も一緒ですから!」
「なんだと!?」
「で!?」
出てきた彼女の言葉に、エディだけではなく、シエラも絶句する。
(ちょちょ、ちょっと待って、マーカス殿下!?殿下って言った!?!?)
だが、彼の姿は見当たらない。
慌ててシエラが索敵スキルを展開すると、こちらに近づいてくる人間が一人いることに気付く。
「あ、殿下!こっちですよー!エディ様もきてたみたいですよー!」
「シシィ、こっちにいたのか……うん?」
近づいてくる存在に気付いたシシィが声をかけると、ガサガサ、と森の中から、黒髪に綺麗な緑色の瞳の美少年が姿を現した。
「あ、あれ、前に言ってたシシィ嬢にぞっこんのマーカス殿下」
不要情報満載でこっそりとシエラに耳打ちするトーカスに、シエラは思いきり、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
(ホンットに、もう、勘弁してよ……)
これ以上は私には無理です、手に負えません、助けて!と瞳を潤ませながら、トーカスの方を見るが、彼自身も、流石にこの事態は予測していなかったようで、俺には無理無理!と小さく翼を左右に振る。
「エディじゃないか。こんなところで何をしているんだ?」
「それはこっちの台詞だ。マーカスこそ、従者もつけずに婚約者でもない女性と二人きりで何をしているんだ」
そんな彼女たちをよそに、少し責めるような口調でエディがマーカスに言うと、彼は小さくため息をつきながら答えた。
「討伐訓練の下見だが、予行演習も兼ねているんだ。当日は従者を連れて行くことができないのだから、従者なしで来ているのは当然だろう?ちょうど、シシィが一人で下見に行くのが不安だと言っていたから、彼女は一緒に討伐訓練に行くわけだし、それならと一緒に来たまでだ」
そんなこともわからないのか?という表情でエディに言うが、彼は彼で、こいつ、本気で言ってるのか?と心底呆れた表情を浮かべていた。
「それより、エディこそこんなところで何をしているんだ?しかもそっちは従者を連れてきているようだが……下見だからまぁ別に悪いとは言わないが、できるだけ討伐訓練を想定して、下見をするならしたほうがいいと思うぞ」
チラリとシエラの方を見てマーカスが少し鼻で笑いながら言う。
(お前もかよ)
心の中で特大のため息をつきながら、いちいち訂正するのがもう面倒くさくて、もう、どうでもいいかな、なんて思っていると、シシィが彼女はギルドの職員さんだそうですよ!となぜか得意げに、マーカスに教えていた。
「……ふぅん?なぜ、ギルドの職員がエディと一緒にこんなところで?」
少しだけ眉を顰めたマーカスはすぐにいつもと変わらない表情浮かべてシエラに聞いてくる。
「今度の討伐訓練にあたって、安全面の確認と、ギルドで保有している情報との乖離がないかどうかの事前調査の為です」
にっこりと営業スマイルを顔に張り付けて、シエラは答える。
「ふむ、なぜそれにエディがいるんだ?」
「今回の討伐訓練に関して、ギルドとのやり取りに関する学園側の窓口担当がボルトン様でして。今回の調査に関しても、時間にあまり余裕がないため、ボルトン様の方からも人員を回していただけたので、その監督も兼ねて、こちらにいらっしゃってくださっています」
事情はどうであれ、言っている内容に相違はない。
実際、ハルとニュークはまだ戻ってきてはいないが、今回の調査に協力をしてくれているし、彼らはエディの指示で動いている。
「あ!それよりマーカス殿下、そろそろ戻らないと、王都の門が閉まってしまいませんか?」
少しだけ日が陰ってきたあたりを指さしながら、シシィがマーカスの服の裾をちょんちょんと引っ張って言う。
「あぁ、確かにそうだな」
マーカスはシシィの頭を愛おしそうに撫でながら言う。
その様子に、シエラはすっと目をそらし、私は何も見ていない、私は何も見ていない、と小さくブツブツと呟いた。
「俺たちはまだ調査があるから残るが、気を付けて帰れよ、マーカス」
笑顔を浮かべてエディが言うと、マーカスも、お前も気を付けてな、と言って、シシィと仲良く手を繋いで、街道のある方へと二人で消えて行ったのだった。
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