大きなお風呂は正義です-1
中央ギルドから徒歩10分。ギルドからも見えていたレンガ造り建物の前まで、シエラ達はやってきていた。
周辺に建っている建物2・3件分くらいはある大きな建物は、王都にある各ギルドに次いで大きな建物で、その大きさの浴場は国内のみならず、周辺各国を探しても、ここにしかない、と言われている。
「ユートピアって俺、実は来るの初めてなんだよな」
もしも王都に来ることがあったら、一度は入ってみたい、と思っていたシエラは、その浴場を前に感動していたのだが、エディの一言で、今ここにきているのが自分だけではなくなっている現実に引き戻されて、スン、と顔から表情が消えた。
「おや、そうなんですか?学園でもここは流行っている、と学園長から聞きましたよ?なんでも、男子学生だけでなく、女子学生にも人気なんだとか」
「え、そうなのか?貴族のご令嬢なんて、こんな公衆浴場とか、恥ずかしくていやだとかなんか言いそうな気がするんだけど」
アオの言葉に、トーカスが不思議そうに聞くと、フフっと彼は笑って答える。
「ここの浴場、実は金額によって、入れるお風呂の種類が変わるんです。ご令嬢方に人気なのは一番高い価格帯の浴場だそうですよ」
ユートピアは誰でも入れる公衆浴場なのだが、3種類の入湯料が設定されている。
1つは、大人銅貨50枚、子供銅貨25枚で、建物2階にある大浴場と洗い場が設置されたフロアに入ることができる。
もう1つは、大人銀貨1枚、子供銅貨50枚で、先ほどの倍の値段になるのだが、こちらは安い入湯料で利用できるフロアの他に、建物3階にあるサウナとよばれる施設と、少し小さめではあるが、露天のお風呂にも入ることができる。
「さらに、入り口も別に用意されている、通称貴族フロアと呼ばれている浴場が、4階から屋上にかけてあるのですが、こちらは入湯料が中銀貨3枚になります」
「たっか!!」
思わず叫んでしまったシエラは、慌てて口に手を当てて黙る。いくら驚いたとは言え、上司に対する言葉遣いではないと、すみません、とぺこぺこと頭を下げると、アオは苦笑しながら、驚きましたよね、と続ける。
「今のシエラさんの反応の通り、平民にとっては中銀貨3枚と言うのはなかなか高額です。なので、滅多にこのフロアに平民の方が来ることはなく、ここに来るのはほとんど貴族の方たちになります」
「なるほど、それで貴族フロアって呼ばれてるのか」
納得したようにトーカスが言うと、アオはその通りです、と頷いた。
「ただ、ここはあくまでも貴族の方が多いというだけで、平民が入れないわけではありません。もちろん、料金をきちんと支払えば、中に入ることは可能です。なので、正式に訪問をして話をするのが大変な間柄の方たちが、こっそりとここで密会されることもあります。ちなみに、ここの貴族フロアはいくつかの浴場がそれぞれ独立したつくりになっているので、全く知らない人と一緒に入る、なんてことにはならないようになっているので、それも人気となっている要因の一つでしょうね」
よく考えられているな、なんてことをシエラは思いつつ、ふと、その言葉で疑問が浮かんだ。
「……あれ?ということは、今、向かっている入り口って」
今の話の流れから行けば、当然エディ達は貴族フロアの方に入るのだろう。そして、その入り口は、通常の入り口とは別だと言っていた。
当然、シエラはそんな料金を払って貴族フロアになんて入るつもりはなく、ちょっと贅沢な銀貨1枚のフロアで十分なので、一緒にいたらだめなのでは?と。
「貴族フロアの入り口だろ?」
「わかりました、私は普通の入り口の方へ行きますので、それではここから先は別行動ということで」
くるりと向きを変えてその場を立ち去ろうとすると、エディが腕をガシッと掴んできた。
「いやいや、なんでだよ!シエラが別のフロアに行ったら、トーカスと一緒にはいれねーじゃねーか!」
「エディ様がトーカスと一緒に風呂に入りたいって理由だけで中銀貨3枚払えるわけないでしょうが!」
中銀貨3枚なんて、ひと月分のお給料の5分の1だぞこのヤロウ、と思いきりエディを睨みつけるシエラ。
「なら俺がシエラの分の料金も払うから!」
「嫌ですよ!そんなことされたら、ゆっくりお風呂を楽しめなくなるじゃないですか!」
「はいはい、そこまで」
ギャーギャーと喧嘩(?)を始めた二人を、アオが少し呆れたよな表情で止めに入った。
「エディ様、同じ建物内ですし、一応、委任状も持ってますよね?それなら、私が一緒におりますので、彼女がいなくても問題なし、と判断します」
「本当か!?」
やったぜ!とトーカスを持ち上げてくるくると回るエディを見て、シエラは本気でこの人は大丈夫なんだろうか、と顔を引きつらせた。
「シエラさん、本当にこちらのフロアに入らなくてもいいんですか?」
念のため、とアオが聞いてきたので、シエラはこくんと頷いて、問題ありません、と答えた。
「こんな高価なフロアになんて入ったら、ゆっくり体を癒すどころか、精神すり減りそうなので……」
それに、1回で中銀貨3枚使うくらいなら、サウナ付きで30回来る方を選択したい、とシエラは思っている。
「ギルドマスターの許可が出ましたので、トーカスのことはお願いします。あ、別のフロアになりますし、帰宅も各自で、ということでいいですか?」
シエラがエディに聞くと、問題ない、とエディは頷いた。
「そうだな……もしタイミングが一緒になったら、その時は一緒に帰った方がいいから、一応、こっちが風呂から出る時に、シエラに伝言するようにするから、そっちも伝言がないときは、出る時にこっちに伝言だけしてくれると助かる」
「わかりました」
シエラは頷くと、それではよろしくお願いします、と頭を下げて、通常の入り口の方へと向かった。
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