休日の過ごし方-3
カミラに教えてもらったパン屋は簡単に見つかった。
何故なら物凄く美味しそうな匂いが少し離れたところまで漂っていたので、その匂いをたどっていくだけでよかったからだ。
「すごい人の数!カミラさんがお勧めするわけだ」
店内に入りきらない人が、外で中に入れるのを今か今かと行列をなして自分たちの順番が来るのを待っていた。カップルと思われる二人組におじいちゃんと一緒に楽しそうにお喋りをしながら列に並ぶ女の子。もちろん、一人でソワソワとした表情で順番待ちをしている人もいる。
「並びますか?」
そんな人たちを眺めていると、サクラがツンツンと足を突いて聞いてきたので、シエラは少し考えてから、うん、と頷いた。
「せっかく教えてもらったし、こんなにたくさんの人が、並んででも食べたいってことは、絶対美味しいだろうからね!」
普段ならば行列ができるほどのお店は、また別の機会に、と諦めることが多いのだが、ここは普段自分が生活している街ではないし、何より、次、いつこんなチャンスがあるかもわからないと思ったシエラは、よし、と意を決して、列の最後尾に並んだ。
「あ、サクラ。ここのお店、小型の従魔だったら一緒に入って問題ないみたいなんだけど、流石に人が多いから、パンを買う間は外で待っててもらっていい?認識票をつけてるから問題ないと思うし」
「わかりました」
従魔を連れた冒険者が訪れる可能性が高い大型の都市では、店先に、従魔可・不可・小型のみ可、といった表示看板を掲げているところが多く、このパン屋も『小型のみ可』に当たる表示看板を掲げており、ちょうど列が半分くらい進んだところで、その看板に気付いたシエラは、サクラにそう告げた。
肩に乗ることができるサイズのサクラであれば、『小型のみ可』であれば、一緒に店内に連れて入ることは特に問題はないのだが、これだけ混雑している状態の中に連れて入ると、余計なトラブルに発展するケースが多いことは身に染みていたので、今回はその対策として、サクラを店先で待たせることを、シエラは選択したのだった。
「そうだ、サクラもパン、食べられるよね?何か食べる?」
「……そうですね、もし、野菜がたっぷり使われたものがあれば、それを食べてみたいですね」
「いいねぇ!了解した!」
何か言いたげな表情を浮かべて答えたサクラに全く気付くこともなく、るんるん気分で列で待つこと三十分。どうぞ、と店員さんに声をかけられたシエラは、待ってました!と、店の中に入っていった。
「はぁ……なんて良い匂いなの……!!」
店の中に入ると、テーブルや棚に、色々な種類のパンが所狭しと並べられていた。
おやつ用に食べられそうな一口サイズの小さなパンから、大人数で分けて食べることもできそうなくらい大きなパンまで、様々な種類のものが置いてあり、シエラはうっとりとした表情で、並べられたパンを見渡した。
入り口に置いてあったトレーとトングを手に取ると、まずはサクラが希望していた、野菜がたっぷりとのっているパンを見つけたので、それを二つ取った後、何やら香ばしい匂いのする三日月のような形をしたパンや、木の実が練り込まれていると思われる丸いパン等、あれこれ目移りさせながら、どれを購入するか真剣に悩んでいた。
「……よし、これでいいかな!」
サクラ用と自分用、そしてお土産(という名の後で自分でこっそり食べる)用でトレーに乗せた六個のパンと、小さな包みに入ったクッキーの詰め合わせ数個を満足げに眺めながら、よし、とカウンターへと持って行ったその時だった。
急にわぁ!っと店先が騒がしくなった。女性の悲鳴のようなものも聞こえたような気がして、お店の中にいた人たちも一瞬、動きが止まり、外へと視線がうつる。一体、何があったんだ?とまだ買い物途中の人たちは入り口の方へと様子を見に移動する。
「はい、合計で銀貨3枚になります。……何かあったんですかね?」
お会計をしてくれていた女性が、パンを袋に詰めながら入り口の方をちらりと見て言う。
「そうみたいですね。どうしたんだろう……あ、これでお願いします」
トレーに銀貨3枚を置くと、女性はありがとうございます、と言って、パンの入った袋をシエラに手渡した。
「ありがとうございます、また、よろしくお願いしますね」
パンの入った袋を持って、ホクホク笑顔を浮かべながら外に出たシエラは、一瞬で天国から地獄へと突き落とされた。なぜならそこには、倒れた人の頭をグイっと足で押さえつけているサクラの姿があったからだった。
「さ、さ、サクラ!?」
慌てて駆け寄るシエラに気付いたサクラは、特に今の状況を気にする様子もなく、どんなパンを買ったんですか?とシエラに聞いた。
「いや、それよりこれ、一体どういう状況」
シエラが詳細を確認しようとしたその時だった。
「本当に、ありがとうございます!」
女性がボロボロと涙を零しながら、サクラに抱きついてきたので、シエラは思わずぎょっとする。
「あ、あんたもしかして、この鶏の主人か?」
「おい、警備隊まだか!」
「タグ付きってことは従魔?え、鶏じゃねーのか?凄いな……」
さらに女性の他にもわらわらと人が集まってきて、あっという間にシエラの周りに人だかりができあがった。
「え、と。サクラは私の従魔で間違いないんですけど、あの、一体何があったんですか?」
何度も何度もサクラにお礼を言う女性の様子に、シエラは全く状況がわからない、と困惑した表情を浮かべていると、近くにいた男性が、凄かったぜ!と事の成り行きを説明してくれた。
「……えぇと、要約すると、彼女に突然襲いかかってきた人がいて、それが、サクラが足蹴にしていた、今そこで今縛られている方、ということであってますか?」
シエラが聞くと、女性はこくこくと頭を大きく振って肯定する。
「はい、その通りです!」
「そこの男、ナイフ持ってたみたいでな。誰も気づいてなかったから、ほんとに危ないところだったんだよ」
成り行きを説明してくれた男性が、ほら、と指さす先には、確かにナイフが一本落ちている。
「彼には少し前までずっと付きまとわれていたんです。最近はもう見かけなくなっていたので、もう大丈夫かなと思って出かけたんですが、まさかこんなことになるなんて……」
ブルりと身を震わせる彼女に、怪我もなくてよかったです、とシエラは伝えた。
「ほんとに、出てきたときは一瞬、何があったのかと思ったけど、人を守ったってことなら問題ないわ」
「理由もなく人を襲ってはいけない、とトーカス様から指示を受けておりますから」
当たり前でしょう?と言わんばかりにサクラが言うので、シエラは失礼しました、と苦笑いを浮かべた。
「あ、警備隊がきたぞ!こっちだ、こっち!」
そう言って男性がやってきた警備隊の人に声をかけたところで、見覚えのある人物に遭遇した。
「……ドウモ、さっきぶりデスネ」
悪いことはしていないのに、思いきり目が泳ぐシエラ。
「……え、と?もしかして、また何か絡んでる?」
少し前に別れたばかりのカミラに聞かれて、シエラはさっき男性から聞いた内容を、そのまま彼女に伝えたのだった。
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